火曜日, 1月 30, 2007

一番近いハーフマラソン

東京の都心を走れるのは、あの東京マラソンだけではない。

28日、「新宿シティーハーフマラソン」というのがあった。あまり聞いたことのない人も多いだろう。それほどレベルの高いレースでもない。ところが参加者はハーフから2kmまで含めると8000人を超える。つくづく日本は走るのが好きな国民だ。3週間後には3万人が参加する東京マラソン、翌週には2万人の青梅マラソンがあるというのに。

会場がこれ以上近い大会はない。半日で参加できる。例によって妻の実家に娘をあずけて二人でハーフに参加していた。

ところが、この半月からだのコンディションがよくない。
12月からちょっと頑張ってトレーニングを増やしたつけが回ったよう。それほど無茶してるわけではないけど、やっぱり無理はだんだん聞かなくなる。悔しいけどしかたがない。
2月に入っても不調を引きずりたくないので、はじめからペース走のつもりで参加。

コースは国立競技場をスタートに、こちょこちょと神宮外苑と新宿付近の周回コースを回る。それでも明治神宮外苑や絵画館、新宿御苑に新宿高島屋と、ちょっとした名所をぐるぐる回るのでなかなか飽きない。

ただ極力交通に影響を与えないように、道路も片側封鎖ではなく、1/4のみ封鎖などで、走るコースは1車線分くらいしか確保してない。細いところ2~3m程度の幅。さらに何週も同じところを走るので途中から周回遅れの選手と入り乱れて、ゆっくりの選手と猛スピードの選手がぐちゃぐちゃになり、なんだが織田フィールドの1コースみたいな様相になってくる。
あまりタイムを狙う人にはお勧めできないが、まあそれもレースの個性と思うと、人波をどう綺麗に縫って走るかもまた、面白く感じてくる。

レースは案の定HRが160台でしか体が動かず、キロ4分切るくらいのペースで淡々と走り80分台でゴール。
目標の74分台は遥かとおい。3月にもう一本走るハーフの目標にお預け。

一方、妻は3分ほど自己ベストを更新したよう。あまりタイムとか気にせずのんびり走るタイプだけど、産後大分体が戻ったのを感じて、とても嬉しいよう。
僕にとっては自己ベストなんて遥か遠い目標なので、走るたびに速くなる妻がなんともうらやましい。

ゴール後は、妻のウエアの「SHIBUYA 1994」とかかれたエンブレムに興味を示した外国人が声をかけてきた。
日本語も上手で、話せばアドベンチャーレースをやるデンマーク人。セルフディスカバリーにも出たとのこと。オリエンテーリングのことも知っていた。知り合いのフランス人(ファビエンといわれてた)はオリエンテーリングが得意だとのこと。ひとしきり話に花が咲いた。世間はせまい。

第4週 8時間45分 Run68km+Bike15km


日曜日, 1月 21, 2007

高尾の穴場

日曜日は高尾にトレイルラン

本当は誰か他の選手とトレーニングに行きたいのだけれど、なかなか予定が合わない。最近は一人で行くのに慣れてしまった。今日も多分ジュニアチャンピオンの大会に行っている人が多いだろう。でも自分は今の時期は1時間のオリエンテーリングより3時間のトレイルランの方がベターだと判断していかなかった。

高尾はトレイルランの名所として知られる。その手のガイドには必ず交通がよく手ごろなコースとして紹介される。高尾山口から高尾山、城山、景信を経由して陣馬まで行くコースの往復が一般的である。

ただ、最近は登山客の多い高尾山経由でなく、南の城山湖付近を通る関東ふれあいの路を辿り、大垂峠経由で城山に行くことが多い。個人的にはこちらがかくれたマイコースだ。

このコースははじめこそアップダウンがきつく、体の暖まってない序盤はややきついが、その後は比較的走りやすく適度な起伏の快適なトレイルが続く。
林間の小径が続いて景色は時々城山湖と津久井湖が見えるくらいだが、オリエンティア好みの5番の路が多いし、何よりも人が少ない。大垂峠から城山の300m一気登りはあるが、これもトレーニングと思えば適度な標高差だ。

天気はあまりよくない予報だったせいか、全体的に人手は少ないように感じた。
それでも高尾山の山頂は多くの人でにぎわう。久しぶりにあまりペースを気にせずゆっくり目に、景信まで足を伸ばして23km 3時間ちょっと。天気も崩れずに無事高尾山口にゴール。

第3週 8時間35分 Run75km+Bike26km

土曜日, 1月 20, 2007

ここにもスタバ



仕事の関係もあって久しぶりに母校に行った。

学生時代はなんとも思わないかったけれど、本郷界隈の街並みは趣き深い。骨董品屋、医学書専門店、古い写真屋など、普通の街では淘汰されてしまいそうな店が集まっている。もちろん大学の構内も季節感がある。どうってことはないが心が和む。
自分は毎日、再開発地区を通勤している。モダンで洗練されてるかもしれないけれど、もうそういうところは見慣れてしまったし、やっぱりどこか心に訴えるものがない。
こういう街並みと環境で研究や勉強している同僚がちょっとうらやましくなった。

さて、そんな大学構内で意外なものをみつけた。自分が通った14号館のすぐ手前。

僕らの時代にはこんなしゃれたものはなかった。

先輩に聞くと、コンビニも構内に複数あるようだ。
独立行政法人になったせいなのだろうか。確かに大学はひとつの街のようなもの。ニーズは高いだろう。

それにしてもスタバ好きの自分にとっては今の学生が少し羨ましい感じがした。でも、考えてみれば学生時代のように貧乏だったら、そうは入れまい。

のぞいて見ると、結構多くの学生で賑わっていた。
今の学生はそれほど貧乏でないのかも。


水曜日, 1月 17, 2007

ユースキャンプ2007


ユースキャンプ2007が富士で開催され、コーチとして1日参加した。

昨年から、NPO法人のM-nopが主催で始めた、「世界」をキーワードにした若い選手向けの合宿である。
コーチ陣は現役の強化選手を中心とし、現役選手と若い選手のコミュニケーションを大切にしている。

この時期はオリエンテーリングはオフなのだけど、この合宿は自分の感じる、「普及・強化」の視点と近いものを感じていたので、是非ということで1日だけだがコーチをさせてもらった。

中心になって準備をしたのは高橋善徳。M-nopの事務的フォローやテクニカル面の準備はロブ氏が担当したとはいえ、全体のマネージメントを良くやってくれたと思う。その他は番場、紺野の全日本現チャンピオンに、加藤、加納、朴峠といったWOC選手等等豪華なメンバー。そうそう久しぶりに宮内もきてくれた。

参加者は東北、関西の学生を中心に40名以上が集まった。車で夜通し半日かけてきた選手もいる。
最近年をとったせいか、インカレへの熱意というのをすっかり忘れてしまった感がある。ある意味青い思い出というか、いろいろな意味で未熟だった時代の出来事で、どちらかといえば気恥ずかしい思い出だ。
しかし、今回インカレで「少しでも速く走りたい」というオーラをぷんぷん匂わせながらトレーニングをこなす学生をみていたら、確かにまだまだ競技的には未熟かもしれないけれど、素朴な熱意のすがすがしさのようなものを思い出した。

もちろん今回の合宿の本来の主旨は、そうしたインカレを最終目的とするものではない。でも色々なことを吸収しようという姿勢の学生達は今回の合宿にインスピレーションを得てくれるに違いない。そして、インカレ後に次のステップに行ってみようか、と感じる学生が一人でも増えれば、この合宿の意義は十分にあったのではないかと感じる。

トレーニングは初日のみの参加で残念ながら夜の講義は聞くことが出来なかった。初日は、朝霧野外活動センター周りの1:4000のスプリントマップをつかった練習。わずか週百m四方のテレインだけど、ロブ氏のつくった地図とコースで十分楽しい練習をこなすことができた。練習の質はテレインの質ではなく、メニューのコンセプトとコースが重要であるのは言うまでもない。
朝霧は富士の隠れた名テレインだと思う。

ロブに、このあたりに他に地図はできないのか、とたずねたところ、「富士へ向かう上の道からダウンヒルのロングコースが組める地図が造れる」と目を輝かせて教えてくれた。いつかまたロブのExcellentな仕事に期待しよう。

さて、練習自身は、悲しいかな水曜日の櫻本くんとこなした400m×10本のインターバルの筋肉痛がしっかり残っていて、さっぱりの走り。途中からは心拍もあがらず、選手のお手本にはとてもならなかった。最近確実にスピードトレの疲れがとれにくくなった。やれやれ、もう少し体を労わった方がよさそうだ。

第2週 9時間15分 OL7km+Run71km+Bike24km

月曜日, 1月 08, 2007

6.7%に思うもの

新年が明けてからは、1日高尾にトレイルランに行っただけで、家や身近な街で過ごす日が多い。
そんな中、先日娘を実家に預けて妻と渋谷のアートスポーツに行った。
そのことは別段、どうってことものないのだが、そこで「
OSJ冬号」が目に留まった。

OSJは知っている人も多いと思うが、アウトドア系スポーツ専用のフリーの新聞のようなもので、アウトドアに力を入れているスポーツ用品店で無料で配布している。
トレイルランがトピックだったので、ぱらぱらとめくってみると、もちろんそこでは石川弘樹の颯爽とした姿があちこちに散らばっているのだが、最近の活躍で鏑木さんや横山さんの姿もある。様々なトレイルランレースがまとめて乗っているので、なかなか見ごたえがあった。

ただ、そんな紙面で目を引いたのが、山耐で参加者に行ったアンケートの結果である。

利用している用具、のメーカ別順位が集計されている。ウエアではCW-X、靴ではモントレイルといったメーカが上位に並ぶ。この手の調査はオリエンテーリングのコンパスやシューズにもよく見るが、普及に成功している用具メーカにとってはいい宣伝になる。

ただ、一番興味を引かれたのは、スポーツに関する調査である。
よくやっているスポーツはなにか。これは自転車、登山、トライアスロン、クライミング、水泳の順である。驚くことに陸上は10位以内にない。そしてオリエンテーリングもない。10位以内には2.1%の普及率が必要だが、オリエンティアの参加は2,30人といったところだから、全参加者から推察するとおそらく1~1.5%なので圏外なのもしかたない。
ところが、今後やってみたいスポーツはどうだろうか。上位はアドベンチャーレース、登山、サイクルスポーツ、クライミング、カヌーと並ぶ。そしてその次にオリエンテーリングが6位(6.7%)にあがっている。
6.7%というと単純に計算すると130~140名が該当したことになる。
山耐の会場に行けば「パタゴニアを着ている人」、「ナイキの靴をはいている人」、「カーボショッツを持って走る人」を探すのと同じくらいの確率で「オリテンテーリングをやてみたい人」を探し当てることができる計算だ。
もちろん、なんとなく聞いたことある程度の軽い気持ちかもしれないが、普及に苦戦しているオリエンテーリングにとってみればこれはばかにならない数字だろう。

いかに競技人口を維持発展させるかで常に大きな議論が巻き起こるオリエンテーリング界。もちろん若い世代から競技を普及させるのが一番重要なことは確かだが、途中から入りにくい、学生意外の初心者を受け入れにくいというオリエンテーリング特有の欠点を見直して、近隣スポーツから愛好者を迎えるのも有効に感じる。M-nopが進めるプロモーションの方向はこちらに近いかもしれない。

一案だが、例えば山耐会場にJOAあるいはM-nop?などのオリエンテーリングブースを設置してはどうか。
山耐会場は、用具メーカの展示会場的スペースとなっており、多くの参加者でごったがえす。
WOCの華麗な競技風景をテレビで流し、競技の説明を行他、初心者向け大会や講習会の案内などを行う。競技前後のNT選手に説明員を手伝ってもらえば、より魅力的な説明も可能だろう。



第53週+2007年第1週 11時間25分 Run117km



土曜日, 1月 06, 2007

2006をふり返る

2006年は自分にとって、大きな転機となった。

1990年以来毎年使っていたパスポートをついに1回も使わなかった。
当然1991年以来出続けていた世界選手権も国内のNETで観戦した。
全日本では1992年に21Eを走り初めて、(98年の棄権を除けば)最低の9位だった。
10年勤めた仕事で、11年目にして所属会社が変わった。
子供が生まれて生活が一変した。

競技の面では良いことのないように思えるが、印象はそれ程でもない。むしろ毎年に比べると充実感が高い。
今は、競技を、自分の環境の中で相対的に捕らえているからだろう。

かつてのように絶対的な成績がすべてな時代は、どんなに努力しても、結果が伴わなければ満足感は得られない。努力に対し結果の得られにくい世界選手権に出ている限り、失望とそこからのモチベーション探しに終始していたように感じる。
世界選手権は自分にとってチャレンジングではあったが、ゼロかマイナスかの結果には、今思えば、競技生活の好循環を得るバランスを欠いていた。

今は、もちろん休日を昨年までのように使うことは出来ない。使える時間は今まで以上に限られてくる。むしろ自分の環境を絶対的な条件として、その中でどう競技していくか、そのマネージメントが面白い。いつやめても誰にも文句は言われない。ある意味アマチュアの甘えで、厳しさに足りるかもしれない。しかしゼロかプラスかの結果は、ストレスを与えすぎないことでむしろ好循環を得ているように思う。

「I must」ではなく「I can」が自分の競技スタイルとしては合っている。

2006年のトレーニングは、約370時間、ラン3450km+バイク約400km

それ程多い量ではない。
しかし妻の出産前後の4月~7月に落ち込んだことを考えれば、「I must」だった2005年以前からそれ程大きく変わってはいない。生活のリズムを掴んだ秋以降は例年とほぼ変わらない質量のトレーニングが出来ている。もちろんまる一日費やすオリエンテーリングの練習は激減したが、フィジカルなトレーニングはより短い時間投資で効果を上げることができる。
12月のハーフでもまずまずの75分台が出た。「I can」の取り組みでもフィットレベルは保つことができるし、もしかしたらよりよい循環を得られるかもしれない。

もちろん、妻の理解があることが一番の理由だと思う。
そんな一年を締めくくってみると、ちょっと今後に色気を出したくなる。

2007年は12年ぶりの全日本優勝

今の時点ではちょっと高めの目標だけど、今の好循環を保てば視野に入るはずだ。
無理しすぎず低すぎず、チャレンジングな目標として目指したい。

月曜日, 1月 01, 2007

大島一周



「大島に行かない?」

と妻がはじめに言い出したのは11月のことである。
何につけても、念入りに計画する彼女はすでに年末年始の予定表とにらめっこしていた。
「まさか、娘連れて?」半分冗談と1度は聞き流したのだが、だんだん本気であることに気付いた。

富士登山駅伝でも活躍する市民ランナークラブ「ハートブレイク」恒例の年末年始合宿には、31日に大島一周というメニューがある。厳しい連日の練習の中でも、一際ハードでアップダウンの激しい42kmはマラソンよりはるかにきつい。でも島一周という分かりやすい内容に、クラブ外の人もよく参加する。僕自身もオリエンティアのタクさんの薦めで数年前に1回参加し、とても気に入って、2年前には妻と参加した。妻は大嵐の中走る羽目になったがそれでも大島一周の魅力に取り付かれたようだ。

かといってまだ1歳にならない娘を連れて行くことはできない。
結局、彼女は実家のご両親に相談し、どうやら1日預けることにOKをもらった。

今年の大島は幸いにも晴れ、景色も良く見えそうだ。
6時半にハートブレイクの選手が泊まっている宿に到着。
今年は琢さんや大井さんといった常連のオリエンティアのほか、許田君や、田所君といったメンバーも来ていた。
前日には、自転車で大島2周とか、自転車1周のあと30km走とか、タフな練習をしているようでちょっとびっくり。
さすがにガッツ溢れる若者達。

妻は5時間以上かかることを予想して、キャメルバックも背負って7時半には一人で走りだす。

その他、各々のペースに合わせて走り始め、本隊は食事を済ませた9時半に宿をスタート、反時計回りに一周する。

大島は東京からわずか1,2時間で行けるにもかかわらず、長閑なところだ。
観光客が訪れるのは、北西側一体の街や観光施設と、三原山、大島温泉ホテルである。島の東側は街は一つもなく延々と道がつながっているだけである。しかしこの辺りはとても風景がよい。通称バームクーヘンと呼ばれる地層断面が続く崖や、筆島、大島裏砂漠に延々と続く道など、観光とは無縁の自然に会うことが出来る。僕も5年前、雄大な海に対峙するバームクーヘンの圧倒的な壁を見て感動し、また走りたいと思うようになった。


この大島一周は標高差は300m、累積の登りで800mある。距離は調度マラソンと同じなのでマラソン+5~10分程度のタイムと思えばよい。

はじめは大井さんと一緒に走り始めた。マラソン2時間20分台の大井さんには到底かなわないが、途中比較的平らな17kmの筆島あたりまではちょっと頑張って付いていくことに。

大井さんは途中、ウエストバッグからカメラを取り出してあちこちで写真をとって半分観光モード。立ち止まる分調度こちらのペースにうまいことあう。筆島まではほぼ4分kmのペースで。 海に浮かぶ筆島の風景がとても綺麗に見える。


ここから300mの急登。50~90m/kmで登るのでペースもほとんどキロ5分。20km程度でさすがに大井さんについていくのが辛くなる。その後もじりじりと離されるが、写真を撮る間に差が縮まる、というのを繰り返す。
登りきって裏砂漠を過ぎる。このあたりはとても東京とは思えない森の中の一本道。10年前にオリエンテーリングの地図もつくられた荒涼とした礫の砂漠が左手に続く。

大島公園へ向かう急坂をスピードに乗って快適に下っていく。ペースもキロ3分30で快調に。下りきった泉津あたりで2時間前にスタートした妻を抜かす。元気そうに走っているので大丈夫そうだ。

岡田港に向かうゆるい登りのトンネルを3つ抜けるあたりからさすがに疲労が見える。大井さんはとうに見えなくなってしまった。平地でもキロ4分の維持が難しい。やがて岡田港への分岐を過ぎると残り6km、ここからは極端な登りもないのにペースはずるずる落ちる。やはり35km過ぎの壁?2年前のタイムを意識してなんとかペース維持に努める。大島高校を過ぎてようやくゴール。

タイムは2時間56分、一昨年のタイムとほぼ一緒。5年前ともほとんど変わっていない。
体力レベルはほとんど変わってないところまで戻っていることを感じて少しほっとする。
クラブの方々も皆続々帰ってくる。妻も5時間半近くで無事ゴール。

急いで風呂に入って、昼を食べて、皆に挨拶をして2時45分の高速船に飛び乗る。


それにしても大島の上陸時間は約8時間半、そのうち妻は5時間半走っていたのだから、なんとも忙しい工程だけど、価値ある遠征でした。



ハートブレイクの皆さん、いつも部外参加を受け付けてくれてありがとうございます。そして幹事役をしていた許田君ありがとう。今シーズンのさらなる活躍期待してます。