日曜日, 9月 30, 2007

痩せる!

日常的なトレーニングの習慣を身に着けてかれこれ20年になる。
トレーニングをきっちりしている限り肥ることはないだろう。
ちまたで氾濫するダイエット情報にも、自分には縁のないことと、一定の距離を置いて他人事のように通り過ごしていた。

ところが、この10年、考えてみればジワジワ体重が増えている。
周りの30代の同期の中に入れば人も羨む無駄のない体躯ではある、が、アスリートの中にまじるとちょっと絞り方がちょっと足りない。

うすうす感じてはいたが、「軽さを棄ててパワーを身に着けた」と都合のいいように解釈してきた節がある。

そしてダイエットの一歩に踏み出す、決定的な出来事があった。

「あと2キロは痩せられるゾ」

どこの大会だかは忘れたが、レース後上半身裸で身体の汗をぬぐっている時に、羽鳥氏に鋭く指摘され、ずき!!ときた。
確かに腹回りは出てはいないが腹筋の見え方は今ひとつ。善徳や大助の上半身に比べるとちょっとアスリートのオーラが足らない。
悔しいが鋭い指摘。

思い返してみると、大学時代体重54‐5kg。笑われそうだが、「カモシカ」とか「バンビカシマダ」とか言われた時代である。今で言えば円井君とか加藤とか、そんな体躯だった。トレーニング量が増えた20代中盤に57-8kgに増えたが、陸上のタイムも一気に伸びた。この頃が身長168cmの自分のベスト体重だったかもしれない。
その後30歳前後にジワジワ増えて60kg前後に。陸上のタイムは落ちかけていたが、富士登山とか駅伝では若い頃より良いタイムを出していたので、「不整地のパワーには体重も必要」と気にしなかった。その後WOC2005前後には61kg、さすがに重いなと思いつつ、今年はとうとう62kg台が定着。
痩せ型と思っていたのに、いまやBMIを見ても立派な標準。走りも若い頃の軽やかさはどこへやら、往年の加賀屋さん並の迫力ある重戦車になってしまった。

トレーニングをきちっとしている限り、体重コントロールは必要ない。あまり根拠もない持論を、ようやく見直し、遅まきながら「30代になったらトレーニングしつつもカロリーコントロール」との結論に至った。

では何を減らすか?

もともと甘いものもビールも好きな性質、
酒量は多くないがほぼ毎日飲む。
食生活はほめられたほうではない。
改善の余地は大分ありそうだ。
一般的な食事

朝食:パンとフルーツヨーグルト、コーヒー
午前中:ブラックコーヒー
昼食:社食でおかずと一品料理、味噌汁、米、気まぐれで食後にアイス
夕方:空腹を感じた頃に菓子パンを1,2個
夕食:トレーニング終了後に夕食+ビール350ml

夕食をとるのは11時過ぎ、「そりゃまずいですよ、一番肥るというじゃないですか」大助談。
確かにそうだが、帰宅するのが大体11時頃だしある程度やむを得ない。
「ビールやめるのが一番じゃない」某友人の意見、確かにそれもあるが、350ml一本だし、それをやめたら走るモチベーションが半分くらいに落ちちゃうんだよなあ。
「菓子パン1日2個は犯罪よ」妻の指摘、毎日ではないんだけど・・・、これは確かに不味い。

空腹感でトレーニングや仕事に影響を及ぼすのはよろしくない。
生活へのストレスはためたくないし、食事も人生の楽しみの一つ、適度に楽しむことは必要。

そこで、一日の食事量はそれ程減らさずに、脂質を減らす作戦を立てた。

取り組みは2点。
1食後のアイスをやめて、おやつ用の栄養ブロックにする。
2夕方から夜の菓子パンをやめておにぎりにし、夕食の米はやめる。

食後のビールは死守して甘いものをあきらめた。
それだけ?という気もするが、

1で脂質は15g→10g
2で脂質は15~30g→5g未満

炭水化物の量は変わらないので、1日合計約20~25gの脂質を減量したことになる。

脂肪は満腹感はもたらすが、グリコーゲンとしてすぐには利用できないので減らしても一日の活動をするパワーが減ることは無いだろう。
提言量はカロリー換算で200~250g、体重では30g前後に相当する。
1月続けば1kgが減る計算だ。
一般のダイエット製品が唄う1週間に何キロとか、そういった変化に比べればかなり地味だ。

けど、2ヶ月で2kg減らせれば競技をする上では随分と違いがでるはず。筋肉を落とさなければ単純に走スピードも数%上がるはずだ。

ダイエット開始は8月後半から1月経過した。

効果は?

それなりにあったと思う。朝一番に測る体重も、トレーニング後に測る体重も平均して1kg低下。
その間トレーニング量はほぼ通常通り、7-10時間程度で、健康状態もよし。

クラブカップで久しぶりに会った人、ほとんどの人は何も言わなかったが、「絞れてる」という人2組、「肥った?」という人1人・・・・・、まあ2勝1敗で一応痩せてる方向にはいってるのだろう。

この1,2週間プラトーでちょっと中だるみだが、10月末には数年ぶりの60キロ切りを目標としてもう少し継続してみる予定。


金曜日, 9月 28, 2007

trailとtrail

trail (動物・人・物が残した)跡、小道

辞書を調べるとそんな意味が出てくる。

この「trail」という言葉は、オリエンティアには2つの意味をもつ。

おそらく多くのランナーがtrailといえば、トレイルランニングを想像するだろう。
トレイルの意味のごとく、森の中の小道や踏み跡に近いところを走る競技だ。
昨今のトレイルランブームにはここでも触れたことがあるが、競技人口はおそらく数万人程度はいるはずだ。
昨今優秀なトレイルランナーを輩出し、競技人口が一部かぶっているオリエンティアの間でも使われる名称である。

一方多くのオリエンティアがtrailといえば、まったく質の異なるスポーツを思い浮かべる。トレイルOだ。
trailでもより整備されたトレイル、具体的にはハンディキャップをもった人、車椅子の人でも通れるような整備された道で行なうオリエンテーリングだ。オリエンテーリングから派生したこのスポーツは、日本で推定競技人口数百人程度だろうか。しかし熱心な愛好者を集め着実に普及している。

24日はこの「トレイルO」の大会が小金井公園で開催され、その運営協力に出向いた。
東京都オリエンテーリング協会主催のことイベントに、都協会加盟クラブの協力要員としての運営参加である。
トレイルOは、トレイル(道)上から見える範囲の地形に置いた複数のフラッグから、地図に示されたコントロールがどれかを当て、その正解の数を競う競技である。基本的に時間は競わない。ハンディキャップのある人と健常者が同じ土台で競うことができることを目的としているためと思われるが、通常1箇所だけタイムコントロールという場所のみ時間を競い、同点の場合の順位付けに使われる。
正解は必ずしもあるとは限らず、「正解なし」が正解のこともある、なかなか一筋縄でいかない競技だ。

個人的には、1,2度経験したことはあるが、あまり詳しくはない。運営できるは不安だったが、トレイルOで日本代表経験もある宮川さん親子と一緒だったため安心した。多田君を含め4名でタイムコントロールを担当し、タイムキーパを勤めた。
このタイムコントロールは、トレイルOの観察にはもってこいでなかなか面白かった。

タイムコントロールは、それほど難しいコントロールではない。しかし時間を計るため、簡単なトリックに引っかかる選手が多い。
(実際僕もそのコントロールは「当然Bだろ」と思っていたのにAが正解だった。)
選手は皆真剣だ。緊張感は運営者側にも伝わりタイムキーピングも当然真剣。ちょうどテストの試験管をやっているような気分だった。さすがに強いといわれる選手の動きは素早く判断も速い。地図を渡された時点からの手続きも初心者らしき人と熟練者では違いがあって面白い。

3時間近いお勤めを終えたあと、ためしにコースを廻ってみた。随分と悩ましいコントロールが続く。こんなのどっちもあってるじゃん、と思いつつもとりあえず正解を選んでいく。制限時間2時間とのことだが25分足らずで廻ってしまった。一応オリエンテーリングの全日本チャンピオンだし、それ以上時間をかけてじっくりやっても点数が上がるとは思えなかったのだが・・・。
結果を見ると15点満点で9点、6つも間違えた。競技結果を見る限り平凡な結果。正解を見ると確かにやられた!というコントロールもあった。が、そんな違いあるの?とちょっと不完全燃焼のところも多々あった。これって本当に全部当てられる人いるの?
ところが結果を見ると、驚くことにトップは15点満点。1問不正解の14点も数人いた。聞けば強い選手が順当に上位とのこと。つまりほとんどどっちでもいいように見えるコントロールも、熟練者にはきちんと正解不正解がわかるのだ。素直に感心してしまった。

この競技オリエンテーリングとは根本的に何かが違う。そんな印象を受けた。何の努力もしていないのに言うのは失礼かもしれないが、自分はこの競技ではあまりいい選手にはなれそうにない、そんな予感がした。、そしてこの競技、何かに似ている・・・。

地図調査、測量、そんなものに近い。でもぜんぜん違う分野だけど、天文学に通じるものはないか・・・。限られた線上から遠くの物体を観察する。一点からは二次元にか見えず限られた情報であるものを、違う点から観察し情報を補っていく。そしてその他の物体との位置関係など総合的に見て、理詰めで結論を下す。その場に行けばいとも簡単に分かることだが、遠くから眺めることで謎めいた問題になる。
地球からの視差など情報を総合して、行くことのできない遥かな天体の招待を暴くプロセスに似てはないか。
差し詰めコースプランナーは神のような存在、ただ、違うのは、推定の積み重ねで事実を探ることしか永遠にできない天文学者に比べれて、トレイルOは競技が終われば回答を知ることが出来ること。
時間的要素に薄い点も、早さよりも正しさが重要な理学に通じる。そう思ってみると、トレイルOの参加者は、どこかしら、大学時代理学部周辺で見かけたようなちょっと浮世離れした学者肌タイプの人が多いような・・・・。

一方対照的なのはオリエンテーリング。あらゆる有象無象の情報を取捨選択しなければいけない。そこでは情報を100%として処理せず、信頼度を勘案しながら進む。そこにはあいまいな区間があってもよい、目標に速く達するこの方が重要。なんとも工学的発想ではないか。そして工学者の究極は村越さん。

自分がオリエンテーリングに向いていて、トレイルOが向いてないと感じたのは、自分が工学者だからだ!となんとなく納得した。


金曜日, 9月 21, 2007

CC7

駒ヶ根のCC7が終了。

稀に見る接戦で最後の誘導までもつれたレースは、多摩OLの劇的な優勝で幕を閉じた。
トレイルランでもますます活躍する円井君が最後のスプリント勝負をものにした。
7走を走っていた自分はその現場に居合わせてないが、結果のラップや、写真からその緊張感が伝わってくる。クラブカップもまるでユッコラかティオミラのような、何時間も何人もつないだ上で1秒を争う面白いレースに、また1歩近づいたようだ。

我等、渋谷は6位に滑り込み。7年連続のpodiumを確保した。
競技場に一旦戻る2周するコース設定の3走を、新加入のジョージ君がマークドルートを辿りそこない、後半ループを2回まわるはめになるハプニングがあった。他の人の1.5倍走ったことになる。
彼自身はスタート前にそのことを認識していたが、レース中には忘れてしまったのだという。
レース後はすっかり落ち込んでいたが、「15分の借りをこれから毎年何分かづつ返します!」という言葉に本人も廻りも元気を取り戻した。
優勝候補の一角だったし、終わってみれば残念な結果かもしれないが、不思議とチームに沈んだ雰囲気はなかった。
リレーには負けたが、ジョージ君の参加でチームとして慢性的なマンネリ感から抜け出たような、そんな爽快感があったからだろう。やはりチームは新陳代謝が必要だ。


さて、自分のレース。
こんなに焦りを感じて、緊張したレースも久しぶりだ。

夏以降トレイルランに精を出し、トレーニング量はこなしていたものの、レースの結果では大スランプに陥っていた。富士登山駅伝、競走、御嶽スカイレース、あらゆる結果が、全盛時の15~20%の体力低下を示していた。長いレースで、疲労をためがちなことを差し引いても、日本のトップオリエンティアと対等に渡り合える状態ではない。叩いても伸びない、もうそういう身体になってしまったのか、弱気な考えが常にちらつく夏だった。
結局状態を改善できないままに、9月になった。

短い距離ならなんとかなるかも。
そういう淡い期待も15日の駒ヶ根スプリントで見事に打ち砕かれた。
ほとんどミスなく、心拍も180前後まで追い込んだレースで、トップ加藤と10%の差がついた。
実際ミス率は加藤と並んで参加者中最低、巡航スピードで調度10%の差がついている。

これではさすがに7走でいい走りはできるわけがない。
オリエンテーリングに関しては若干自身過剰気味の自分でも非観的にならざるを得ない。
こんな時には肩書きも苦痛にしかならない。
「アンカーは全日本チャンピオン」 クラブのみな誇りにしてくれるが、自分としては重すぎる荷を背負っているような気分だ。
クラブカップでこんな重圧を感じるなんて。
半ば遊び気分で参加していた20代の頃からは信じられない状況だ。
「篠原と変わって欲しい」進言すべきか悩みもしたが、彼もそれ程良い状況にあるようには見えなかった。
しょうがない、あたって砕けるしかない。

タッチを受けるまでの展開が、緊張を少し解いてくれた。
8位でタッチを受け、順位を上げればよい状況は、代表レベルの選手が追ってくる展開に比べて遥かに重圧が軽い。前を行くのはぞんびーずの小野田君。その他上位集団の脱落者をかわせばいい。ペース的には少なくとも負けることはないだろう。

スタート後、きつい登りの1,2は思ったより身体が動いた。身体に鞭を打つだけ反応する。悪くない証拠だ。3番の手前で小野田君を捕らえた。これで7位。6走のランナーも何人か抜かしてペース良く4,5とこなす。森でのオリエンテーリングが全日本ぶりとは思えないほど地図が良く見えている。トレイルランを多く走っていたせいか不整地での踏ん張りも良く効く。「もしかして結構いい状態かも」レース前数日間の不安はどこかに消えてしまい、ペースも気分もどんどんよくなっていった。
7→8のきつい登りをこらえると、9、10、11と下り基調でルートプランニングが鍵を握る得意のレッグが連続する。途中10秒程度のケアレスミスはあったがほぼノーミスでこなす。これはいい感じだ。
ただ、もう一人抜かなければ6位にはなれないことはわかっていた。前を走るランナーが気になりだした。しかし青いゼッケンは見ても赤いゼッケンはいない。そんな中で集中力を少し失ったか。12番番号読み違いで30秒ほどミスを犯す。
13以降はコンピである。たとえ誰かに追いついても離すのは厳しいかもしれないと思っているところに、前にOLP兵庫のユニフォームが見えた。ゼッケンは赤。よし、これで6位確保!
そうこうしているうちに、13のアタックとなるがコントロールが見当たらない。
見通しの聞かない森で多くの選手が右往左往している。皆同じコントロールを探しているようだ。
道からの距離感からしてもう少し先のはず・・・、と進むと白地に青のテープが張り巡らせて合った。立入禁止がこんなところに、地図を見てもそのような記載はないが、おそらく奥の民家の敷地に近いところにきているのだろう。引き返してみるがコントロールはやはりない。
OLP兵庫もコントロールを探している。彼の同行を目の端におきながらもう一度地図を見直す。やはりショートしている。もう少し進んでいいはずだ。第一、コントロール付近の小径を見ていない。思い切って進んでみると、立入禁止と思っていたテープの向こうにコントロールが見えた。およそ1分半のミス。OLP兵庫も先にパンチしている。(後で気付いたがこのテープは競技と関係のないものであった)
このミスはやむを得まい、そう直ぐに割り切れて次のレッグに向かう。脱出で右目に向かうOLPに対して直進目に進んだ。スピードコンプレックスに悩まされてる自分としては仕掛けられと弱い立場にある。が、どうもOLPはその気配はない。片山選手は結構つわもののはずだが、疲労しているのか調子悪いのか、怖さはまったく感じなかった。とにかくこちらとしては願ってもない。次のコントロールのアタックの時点では先行し、そのまま振り返ることなく先行したままコンピをこなす。
ラス前へのアタック後、グラウンドからの「6位だぞ」という声に安心した。あとはタイムの方、13のミスはあったけどそれ以外はいいペースのはず。区間順位を一つでも良くすべく、最後の誘導も出来る限り頑張って走った。ここでも身体はこたえてくれた。HR最大193はこの距離のオリエンテーリングでは限界値に近い。

結局、俊介と松澤君からは2分程度差の区間3位であったが、12,13のミスを考えると今の自分にしては考えられないくらい上出来な結果だった。夏の間のスランプはなんだったのだろうか、今となっては不思議に思えてくる程の思いがけない走りだった。

やはり自分は根っからのオリエンティアなのかもしれない。
無意識のうちに、数あるレースの中からクラブカップに向けてピーキングをしていたのだろう。
夏のトレイルは惨敗に終わったが、
初秋のオリエンテーリングはなかなかいいスタートを切った。

月曜日, 9月 03, 2007

白根山


25,26日の週末は家族で白根山へ

日曜日に妻がX-Terraのスクランブルレッグに参加するため、一泊で小旅行。
X-Terraは一言で言えばトライアスロンのアウトドア版。オープンスイム、マウンテンバイク、トレイルランのレースで争う競技。僕らは今のところトレイルランのスキルしかないので、日曜日に併設されたトレイルランレースに妻が参加し、僕は娘と観戦。
白根山周辺には始めていったけど、なかなか素敵な場所でした。
東京からの距離はちょっとあるけど、標高は14,500mで涼しく、白根山周辺の森も美しい。
トレイルランの会場だった丸沼周辺もほとんど建物はなく、森に囲まれた湖面はちょっとした北欧の湖のような静けさでした。

土曜日は到着後、4時半から大急ぎで菅沼から白根山往復。標高差は800m程度だけど日没間際で、時計を気にしながらペースアップして登り、55分で頂上に到着。2、3分で帰路についたけど、とてもよい眺めでした。往復約1時間半の程よいトレーニング。
日曜日は妻のレース中、ロープウェイで尾根の上に登り、白根山付近を娘とトレッキング。美しい森の中の散策は気分よく、背中で揺られている娘もご機嫌。トレッキングの途中でであったレースの役員の人にも歌を唄うサービス。
レースの方は参加者が少ないとはいえ妻が女子で2位の入賞!
白根山を含むタフな25kmを5時間は立派。
今までにない好成績にちょっとびっくり。最近自分より妻の方が相対的に速くなっているような・・・。

WOC2007

すでに1週間がたつがWOC2007が終了した。

日本選手も帰国して一段落している頃かと思う。まずはお疲れ様といいたい。
旧ソビエト圏のウクライナでは、自由化した今でも、いろいろな面で日本、西欧の常識が通用せず、何かと苦労をしたようである。 蒸し暑く山岳テレインの日本のwocも旧ソビエト圏も、オリエンテーリングのグローバル化という点で、選手にとっては必要な経験なのかもしれない。

競技の方は、今年も、シモーネとティエリが着実に金を重ねるなど実力のある選手はきっちりとその力を示した感がある。隔年開催の時に比べれば毎年の結果やニューヒーローの誕生に新鮮さが欠けるようにも感じるが、それでも今までにない新しい流れもあった。男子マチアス・メルツの活躍やウクライナをはじめとした東欧勢の活躍、オランダの初入賞など、競技力の勢力図も少しづつ書き換わっているのを感じる。

そんな中、日本チームは数字で見るかぎり厳しい結果に終わった。過去にも予選通過者のいないWOCはあったが、いずれも次点の選手がいたり、その先を目指す手がかりはあった。今回は選手の報告を断片的に見る限り、その手がかりすらも見つけにくい状態のようだ。

我々日本で観戦していた者も蚊帳の外ではない。彼らは「日本のトップ」ではなく「日本代表」である。日本の競技力を代弁する代表である。彼らがどこまで到達できるか。それは、ピラミッドの頂点だけを一生懸命つまむのではなく、頂点を支えるピラミッド全体に帰納して考えない限り本当の意味での日本のステップアップにはならないだろう。
ピラミッドの一部にいるすべての競技者が、数字だけの結果の良否に終わることなく、今回ウクライナ代表の選手が感じたことを共有していくことが大切だ。
もちろん自分もその一人である。