金曜日, 9月 25, 2009

勉強とトレーニング

はるか昔。そう、もう遠い過去のことになってしまったが、今から20年ほど前受験生だった頃のこと。
受験にはいろいろな言い伝え、法則、ジンクスがあった。僕が良く覚えているのは、有名大学に合格するためには、「学校のある日で4時間、休み中は毎日8時間勉強する」というものである。

毎日8時間。今サラリーマンとして生活している自分にとっては、むしろ楽チンに聞こえるノルマでもある。しかし受験生の当時、これは相当高いハードルだった。
いや、正直なことを言えば、一度も超えることが出来ない壁だった。

今でも良く覚えている。勉強がとても脂に乗っている時期・・・恐らく冬休みだろう。時計を見ながら一日の勉強量を足し算していったことがある。ところが、これでもかと勉強した日でもその合計値は7時間台に留まった。

一方、周りには8時間、9時間勉強している、という友人が複数いた。自分は随分と堪え性がないのか、少し悲観的になったこともある。

しかし後に、自分が何故8時間の壁を越えられなかったのか、その理由が分かった。
それは努力の問題ではなく、数え方だった。

「勉強時間」
この定義をどうとらえるか、これは人によって相当違う。
自分の部屋に入っている時間、勉強机に向かっている時間、鉛筆を手にしている時間。集中して頭を回転させている時間。。。。
自分は、かなり厳しい方、つまり、教科書を開いて読んでいるか、ノートに書き込みをしているか、そういう時間を勉強時間と捕らえていた。そしてそういう時間を一日8時間過ごすことは、時間的な制約よりも脳の集中力の点から限界があったのだ。
一方、8時間、9時間毎日勉強していた友人は、机に向かっている時間を勉強時間と捕らえていた。
合間に空を眺める時間、コーヒーを飲んでほっと一息つく時間。ラジオに耳を傾ける時間。それも彼にとっては勉強時間だった。

閑話休題

数字は、物事を比較する上ではこの上なく便利だ。そのものの対象すべてを理解しなくても、評価の土台に載せることができるし、万人の目安にもなる。だから物事を数値化して判断することが何にでも求められるし、それができる人が技術者であれマネーを扱う達人であれ、そして時として競技者であれ優秀だと判断されるのだ。

しかし、数える根本的な基準、ベース、思想が合わなければどうだろうか。そのまちまちの土台の上に数値化しても、決して物事をきちんと比較できないし、むしろ分かりやすい数字で出てくる分、誤解を生むというリスクを孕む。

同じような例はいくらでもあるだろう。上の例に近く注意が必要なのは、「トレーニング量」である。トレーニングと非トレーニングの境界の定義が人によって曖昧であれば、その中身は全く異なる。

「今日は大リーグの○△選手が自主トレを始動。午前中に3時間のトレーニングでたっぷりと汗をかきました」
スポーツニュースで伝えた時、果たして、あなたの、あるいは僕の数え方で彼は何時間トレーニングしたのだろうか?ストレッチや整理体操、インターバルをトレーニングに含まなければ、2時間?1時間?いや、もしかしたら正味30分かもしれない。

そういう意味でいろいろな記事、インタビューのコメントは、絶対の情報として信頼するには不十分な場合が多い。
その表現からあなたがイメージする内容と、本当の中身とは、必ずしも同じとは限らないからだ。
色々なところから積極的に貪欲に情報を得て、そこから学ぶことは、とても重要なこと。だけど-これはオリエンテーリングの情報処理ととてもにているのだけど-その情報は決して100%としてインプットせず、一定の曖昧さをもって取り入れることが大切である。








水曜日, 9月 23, 2009

ダボスの丘



調度昼食時を迎えた白樺荘のレストランは、これからロゲインに向かう参加者で賑わっていた。色とりどりのウエアが、ちょっと欧州風を装ったレストランの外観に何故かとても映えて見える。参加者は明らかに昨日までのクラブカップと客層が違う。その違いはなんだろう?服装?表情?もっと内面的なものだろうか?
お腹をすかして我慢できない二羽のひな鳥に早めのえさを与えながら、ぼんやりそんな風景を眺めていた。

食べ物必要かしら?、水はどのくらい?迷いながら仕度をしていた妻も漸く準備が整った。
じゃあね。頑張ってきて、ほら、ももちゃんもママがんばってって。
レストランの窓から、妻がスキー場の芝生の斜面をスタートへ登っていくのを見送った。

息子はすでに手にもったパンをこねくり回していた。もう食欲も満たされたらしい。
いったい食べたんだか、ちらかしたんだか分からない二羽の周りの机や椅子にちょっとげんなりしたが、ウエイターさんに迷惑かけない程度に片付けてから、息子を背負子に乗せ、娘の手を引いてレストランを出た。
さあて、こちらもこれからたっぷり3時間。

「お山に登りに行こうか」
この数日間、何かと娘にそう予告していた。その都度、娘は分かっているのかいないのか「うん!お山に行こう」と元気良く答えた。小さい頃から、「お父さんはとことこお山走ってるんだよ」とばかり母親に教えられてた彼女には、きっとお山はなにかとってもいいことがあるところだと思ってるのだろう

コンビニでおやつの牛乳とビスケットを買い、白樺荘の向いの芝生の斜面を登ってダボスの丘を見上げた。
「うわあ、あの三角なんだろう?」娘は開けた丘の上で青い空に突き出たケルンを見上げて聞いた。
「さあ、なんだろう。いってみようか」

シュナイダー記念塔まで高低差数十m。走れば5分とかかるまい。しかし3歳の娘の手を引いて登ると、それは天国への階段かと思うほど、果てしなく遠い。それでも娘は、乗り気なのか、いつものだっこおねだりもせず、階段をとことこ登りはじめた。

しかし流石に3分もすれば疲れてしまう。そのうち二人で取り決めを作った。
「ももちゃんががんばって歩いて疲れたらだっこ。でもオトウサンもコウイチ君背負ってるから、ももちゃんだっこは疲れちゃう。だからオトウサンが疲れたら、また歩いてね。」
3、4回そのサイクルを繰り返しただろうか。腕の筋肉が悲鳴を上げた頃に到着。
記念塔の周りはゆるい丘となり、まるで広い広場のように開けた草原になっている。そして所々にこんもりとした針葉樹の森がある。あまり日本では見慣れない風景だ。ダボスの丘という名前の由来どおり、スイス的風景がそこにある。
広い草原にぽつぽつと、ピクニックを楽しむ家族が見える。そしてその先、はるか尾根を緩く登った先には、今朝登頂した四阿山、根子岳が見える。朝食までの時間をもらって走ってきたが、四方の見晴らしはすばらしかった。

数百m先の草原の中に1本独立樹が見えた。その脇にわずかにちかちかとオレンジ色の旗が見える。よし、あそこまで行ってみよう!娘と一緒に歩きはじめた。
45番。案の定、それはロゲインのコントロールだった。あたりを見回すと四方少なくとも2、300m先までは見渡せるが、当面選手が向かってくる様子はない。しばらくその木陰に背負子をおろし、おやつタイムにした。
牛乳とビスケットをかじると、二人はフラッグをいじったり、枝や草をいじって遊びはじめた。
丘を通り抜ける気持ちよい風を感じながら、芝生にしばし寝っころがった。
30分ほどのんびりしただろうか。その間、コントロールに訪れて応援できたのはたった1選手だけだった。ゴールに近いだけあって、通過する人のほとんどはスタート直後かゴール直前なのだろう。

気づくと午後の風は少しだけ冷たくなってきた。もうそろそろいい時間である。妻が通過するかもしれない、という淡い期待はあきらめ、娘の手を引いて戻ることにした。
さすがにくたびれたか、娘の足取が千鳥になり、そのうち座り込んだ。いつものパターン。また行きの約束どおり、歩いたりだっこしたりで、ゆっくり下山した。

会場はゴールした選手がそろそろぽつぽつ現われた頃。2時40分にはほとんど人はいないが、2時50分前くらいになると急激に増える。妻もその頃ゴールした。一箇所ミスをして悔しい思いをしたらしい。無料のクエン酸飲料を美味しそうに飲んだ。
そのうちお決まりのカウントダウンがはじまる。疲れた体に鞭打ってゴールに急ぐ幾人かの選手に周りから声援が飛んだ。
そしてカウントダウンが終了。レースは幕を閉じた。

いくつかのハードルを越えて家族で遠征した今回の菅平。
せっかく用意してくれた主催者には申し訳ないが、参加できたイベントは限られている。クラブカップも結果は残念だった。
それでも、家族で十分楽しめた3日間だった。オリエンテーリングがなければ、混雑の予想されるシルバーウィークに家族4人ではるか遠征することもないだろう。菅平の素晴らしい思い出をつくることができたのは、こうした楽しい大会を用意していただいた主催者の皆さまのおかげである。大変感謝したい次第である。















木曜日, 9月 10, 2009

速い!

「最後一周!」
後ろの集団に声をかけた後、それまでのキロ3分40のペースからギアをトップに入れてスピードを上げた。
当然のように雄哉が軽いフォームですっと前にでて集団を引っ張っる。後ろの集団の気配はほどなく消えて横に並ぶ3、4人だけになった。
森を覆う漆黒の闇の中、点々と照らされたランニングコースはスピード感が増幅される。F1ドライバーの気分で心地よい左右のカーブに身をゆだねて脚を回転させる。
半周ほどのところでジョージがギアを入れて雄哉に並ぶ。こちらもギアをあげるがペースはあがらない。こちらをあざ笑うかのようにジョージと雄哉は軽々としたペースで離れていく。
ちくしょう、ともがいて手足を廻しているうちに、隣にいたもう1人もすっと前に出た。
だれだ? 
横を向いて顔を確かめるが分からない。しかし幼い顔をしながら、脚は軽やかに回転して前の二人にすっと追いついていく。
前の3人はじょじょに小さくなっていく。残り1分、最後のスパートでは、スピードの差、まあ言ってみれば馬体の生きのよさの違いを見せつけられてゴールした。
時計を見ると、約1200mの1周最後のラップはキロ3分10秒弱。10秒以上前にゴールした3人はキロ3分前後のはずである。

雄哉のスピードはまだしも、ジョージのスピード向上には少々驚いた。2年前は3000mで10分の壁を感じていた選手であるが、今はおそらく9分30秒も視野だろう。

そして、もう1人。幼い顔の彼は?桐朋高校1年生佐藤君だった。
高校1年生? はじめは負けた悔しさから驚き、そのうち彼のポテンシャルへの驚きになった。
高校1年といえば、JWOC代表の深田、麻布の遠藤などと同じ世代である。彼らの世代にまた1人大きな武器をもった選手がいる。

国沢氏の声かけで渋谷に集まった、高校生大学生約20人。
トレーニングを共にする機会は、上を目指す選手にとっては当たり前である。が、その当たり前を若い選手には十分与えられてない。そのチャンスを提供する貴重な一歩でもあった。今後こうした草の根的なジュニアへの活動は是非継続したい。いや継続すべきである。今後のWOC、2012年、2015年と考えた時、彼らのポテンシャルをいかに育てるかが最も重要な課題であることはいうまでもないのだから。

定時退社を敢行してかけつけた。
その甲斐はあった。おかげで慌てて会社を出て財布を忘れてきたおまけはあったが。。。。


火曜日, 9月 08, 2009

ゲーム理論

最近判断に悩むことが多い。

そこで、自分の判断をゲーム理論を参考に決める、といったら随分と安直に聞こえるだろうか。

囚人のジレンマ」というゲーム理論がある。説明によれば、「ゲーム理論や経済学において、個々の最適な選択が全体として最適な選択とはならない状況の例」とされる。
二者が「協調」と「裏切り」の2枚のカードを出し合い、その組み合わせにより点数が決まる。損得を計算する数学上の学問の一種であるが、単純なモデルながら本質をついたメカニズムに、かつてポピュラーサイエンスの新書かなにかで読んで感動したことがある。
このゲームを繰り返して行なう場合最も利益を得る戦略はなにか。数多の数学者の考案した複雑な戦略にも勝り、最も強い戦略、それは単純な「しっぺ返し」であるらしい。相手が一つ前に出したカードをこちらもまねすることである。相手が裏切ったら裏切る。協調したら協調する。詳しい説明は、上記URLで詳しいが、この解は、実は日常の様々な場面で役にたつ。
例えば身近にしつけ。子供がいい子にして良いことをしようとしている限り、褒めて褒めて褒めまくる。但しいけないことをやったら、叱る。謝ったら再び褒める。
ビジネス。取引先が好意的な限り、こちらも最大限好意を示す。時にはお人よしと思われるくらい尽くしてもよい。相手がこちらの善意を無にした時、それはNoをはっきりいうべき時である。
相手が協調カードを出し続けているのに、いつもでも相手にしなかったり、あるいは裏切りカードを出し続けているのにいつまでもその状態を許容するのは、得策ではない。もっともゲーム理論を出すまでもなく当たり前のことではある。相手の協調を引き出すために、時にあえて「裏切り」を出すのである。

元来自分はほっておくと協調カードばかり出してしまうタイプ。裏切りカードをいかに効果的に出せるか、それが一つの鍵である。





土曜日, 9月 05, 2009

最初の一歩



そろそろ流石に狭いアパートを脱出しようかと、妻が娘を連れて近くの不動産屋に紹介されたマンションを見てきた。
帰宅してビールを飲みながら、妻の撮ってきた写真と間取りの図を見比べて首を捻っていると、宵っ張りの娘がすかさず近寄ってきた。
間取り図を僕の手から取り上げると、指差しながら話はじめた。

「これお風呂、これはトイレでしょ」

確かに合っている。

なんのことはない、段々言葉や物を覚えていく過程の何気ない仕草かもしれない。がよくよく考えてみるとこれは目を見張る成長の瞬間である。

間取りは、一種の地図。地図は実際の配置を、縮小して平面的に簡略化した概念図である。
彼女はその中のものと実際のものを対比することができたのである。角が微妙にまるい四角はお風呂、短いボーリングのピンのようなものはトイレと。

娘は、今までにも部屋に転がっているオリエンテーリングの地図を見るのが好きでよく眺めては、「まる」がここ、「さんかく」がここ、と地図の中で宝探しをしていた。初めはそれが実際の山の様子を現したものという認識は当然ながらなく、ただカラフルな模様として興味を引いたに過ぎなかっただろう。しかしその地図を両親が頭をよせて、ここはこういったとか、ここは急だったとか、話しているのを聞き、やがてまねして、ここはこういくんだよ、とでたらめな1人遊びをするようになった。
そのうち街にある地図の看板にも興味をもち始めた。眺めながらバスがどうだとかぶつぶつつぶやく

音楽の天才が、文字よりも音符を先に読むようになると聞いたことがある。
まあうちの娘にそんな才能があるようには見えないが、おそらく文字より先に「川」や「炭焼き釜」と地図を読むようになるかもしれない。 環境とは恐ろしいものである。