火曜日, 1月 26, 2010

ジュニアチャンピオン

ジュニアチャンピオン大会に参加。
1月ぶりに家族4人での参加。でもその話は今日はおいておこう。

ジュニアにとって、多摩OLのジュニアチャンピオン大会はインターハイと並ぶタイトルの一つである。
今年は男女とも高校1年の深田、宮川が優勝した。ともにJWOC経験者で、来年以降の遠征を視野に入れて継続的に頑張っている選手だ。

男子の上位は秒差の争いだった。タイトな競い合いをすることは、集団でレベルアップするために重要なこと。多くの選手がジュニアチャンピオンやインターハイのみならず、その先を目指しているからこそ、そういった結果が生まれるのだと感じる。
そういう点でジュニア選手が元気なことを素直に嬉しく思う。

また、宮川のタイムは男子優勝タイムの30%をきっている。これは褒められるべきタイム。通常WOCなどのトップレベルで、女子は男子の20%程度である。日本では番場や最近の朴峠は20-25%程度を出すこともあるが、通常は30%を超えることが多い。
宮川は女子のライバルが少ない中だが、今後男子ジュニアの25%、さらには20%を目指すことが一つの目標となるだろう。

もう一つ、上位選手のコメントをO-NEWSで見た。インタビューに対する答えの内容に感心した。内容の是非とかではなく、きちんと自分やレースの特性を捕らえて真面目に答えているところである。こうしたインタビューは選手の思う以上に廻りは良く見ているもの。ついつい若い頃は斜めにかまえたり、肩透かしを食らわすようなコメントを残すことが多くあるが、聞く側は不快で感心できない。オリンピック選手やプロの選手を見習うとわかるが、世間の人に広く通じるコメントをすることは、活動を応援してくれるファンを増やすことつながる。こうした機会にきちんとしたコメントを残すことはとても大切である。

一方、技術的に、コースが簡単だったとのコメントが多くあった。ジュニアチャンピオンは比較的やさしいコースで競い合いをさせる、というコンセプトはここ数年一貫している。だからそういったコースへの対策とその結果を受けてのことだろう。
しかし、こうした簡単なレースでも、オリエンテーリングの技術の差は思いの他出るもの。道から沢に入るとき、沢筋を乗り換えるときなどはもちろん、道の分岐でさえ数秒の差はでてくる。
WOCミドル6勝の帝王、ティエリ選手がまだ無名だったころ、彼がアナリシスに「ミス+1秒」とコメントをつけていたそうだ。まだ彼の才能を見抜けなかったコーチがそれを見て笑ったそうだが、後に彼が本物の選手になって、その意味を理解したという逸話がある。
1秒でも大切にするという観点でレースを見直すと、また新しい発見がある。もう一度レースシーンを頭で反芻してみるとよいだろう。

僕の周りには30歳、40歳過ぎても如何に脚が速くなるかを真剣に考えているおじさん、おばさんが沢山いる。そして実際そういう人はいくつになっても脚が速くなる。
だからまだ20歳に満たない選手に「脚が遅い」人、もう少し正確にいえば「将来頑張っても脚が遅い人」なんているわけがないと思ってしまう。
もちろん今の自分を知ることは大切。ただ、若いうちに絶対やってはいけないのは、自分に限界をつくること。次のシーズンまでできる限りのことをしたら「脚が遅い」自分なんているわけない。

だんだん説教臭くなってきました。歳のせいかも。これくらいにしよう。

月曜日, 1月 11, 2010

同タイム・・・・

10日の谷川真理ハーフは2005年以降に4度目。
今年はコース途中で工事区間があってやや走りにくかったものの風は少なく、好コンディション。

タイムは1:15:38でなんと2年前と同タイム!
さらに約3年前の川口ハーフと1秒差。
ちなみにこの川口ハーフの1:15:37がここ5年のベストタイムなので、このタイムが今の壁。

1:15分くらいはいけそうかと思ったけど後半延びなかった。
とはいえ昨年の冬に比べれば3分短縮、まずまず順調といったところ?

水曜日, 1月 06, 2010

年末年始徒然

冬景色の釧路出張から最終JAL便で東京に戻る。天空橋の駐輪場から寒気に耐えて自転車で帰宅。子供たちはすでにすやすや。音を立てないように大急ぎで荷造り。ぼさぼさ頭で送り出してくれた妻に別れを告げ暗いうちに駅へ。大井町線で待ち合わせの南町田駅へ、尾上号に乗りいざ愛知へ。

エミルとシモーネの優勝で沸いた2005年からはや4年。それ以来はじめて訪れた昭和の森。初日はスプリント練習。コントロール設置後テレイン内で選手の走りを動画におさめる。さすがに大助や藤沼の走りにほれぼれ。でも予想外にシャープな動きをして光ったのは寺垣内。

ばたばた準備した合宿もなんとか大事なく進行。今回大きなポイントは夜のミーティング。内容の濃い夜の集いは原田さんの存在で一際しまった。これだ。忘れていたこの感じ。これからのチームに必要な微妙な緊張感。

翌日は三河の森でのリレートレ。奈緒さんの力強い走りに目を見張り、本気で走っても迫りくる朴峠の影に驚き、藤沼のスピードに白旗をあげた。もちろん原田さんのオリエンテーリングにもびっくり。3日目を残し2日目の夜に後ろ髪を引かれる思いで若い選手と東京へドライブ。車中で選手と話すうち、色々なことに気づき、これからやりたいことも増えてきた。よし、次の1年こそ勝負の年だ。

翌日は会社の〆日。午前中出張後の残務をこなし、30分くらいとってつけたように机周り整理して今年の仕事はおしまい。半分くらいのメンバーは休暇をとっており、こじんまりと缶ビールでお疲れ様会。入社したての頃は大嫌いなこのイベント、今ではここで飲んで一年を振り返るのもまた楽し。自分も年取った。

実家の掃除を手伝ったり、年賀状を書いたりであっという間に2日が過ぎ、30日の夜から妻と竹芝桟橋へ。2年ぶりの大島。こりずに子供の世話を引き受けてくれる義理の父母に感謝。
日本列島を襲った西高東低の冬将軍で海は大波。早朝岡田港につくと、桟橋を吹き抜ける風はまっすぐ歩けないくらいの強さ。青い海には白い波が激しくうねって飛沫をあげる。こりゃ今年の一周は厳しいかも。
寂しいことに今年は許田クンも大井さんもいない。全体でもわれわれ含めて4名のハートブレイク合宿。世話人の金子さんに宿であう。僕と同い年。ランナーらしいさわやかな人だ。荒川マラソンに向けてトレーニング中とのこと。「どれくらい走ってますか?」との問いに「月600㎞くらいですかね」これがランナーの常識。2時間35分のベスト更新を目指しているとのことだった。
それから30年来合宿を出続けているという横尾さんは今年も参加。怪我でやや自重している模様。これでオールキャスト。

朝飯をとってからいざ1周42KM。走り出すと案の定厳しい風体が浮き上がるような感覚を何度も味わう。それでも空は澄みきっており、バームクーヘンや筆島はいつも同じようにとても素晴らしい眺めだった。ずっと一人で走ったこともあってタイムは伸びず。例年より10分遅い3時間6分。これにて2009年の走り納め。妻も4時間45分で無事ゴール。

一風呂浴びて昼食後大急ぎで港へ。風で欠航したジェット船の変わりに、大型船でのんびり竹芝へ。参加者が少ない分、金子さんと横尾さんとはいろいろな話ができた。別れを告げて西大井に到着。すでに街は静まり返り、紅白ははじまっている。
やくざな親にもすねることなく、2匹の子供達は大喜びで出迎えてくれた。おじいちゃん、おばあちゃんありがとう。さっそく紅白を見ながら年越しそば。

話題になっていたスーザンボイルの登場だ。「夢やぶれて」の心に響く歌声に10年前に訪れたスコットランドの荒涼とした風景が瞼に浮かんだ。気分はやや感傷的に。"I dreamed a dream" か。絶妙な邦題だ。WOC99当時の自分もそうだったかも。でも今の自分は色々な意味で"I'm dreaming a dream"

SMAPの歌い終わるのを見届けられずに子供と一緒にノックアウト。除夜の鐘を聞かずに寝てしまった大晦日なんて記憶にない。

元旦は意外と目覚めよく、日の出前の街を40分ほどジョギング。心地よい寒さ。幸先のよい一年かもしれない。
正月は家族の時間で完全オフ。当然のごとく食べて飲んで。ついつい乗ってしまった体重計は軽々60kg超え、1kgのウエイトオーバ。まあしばらくはしかたあるまい。映画を見に行った妻がえらく感激して帰ってきた。アバター、「しばらく現実に戻れなかったわ」、ネットで調べてみると早くも世界興収10億ドルで歴代4位とのこと。うーん、なんとか時間をひねり出して見に行かねば!

二日夜には狭い我が家に戻り、三日朝は子供の起きる前を狙って暗い多摩川沿いをジョグ。20kmは言葉どおり朝飯前。昨晩の御節料理を一生懸命燃やして少し借りを返した気分。朝食後子供と公園散歩し、午後はたまった年賀状とメールの返信。夕方日が落ちる前にキロ4分のペース走7kmで脚に刺激。

翌日は陣馬往復トレイル28km。さすがに疲労あってペースはあがらず。冬の寒気で透き通った空がとても気持ちよい。陣馬からははるか新宿の高層ビル群が見えた。
家に戻って締め切りぎりぎりのJOA関係書類を作成。これで短い冬休みもおしまい。

7日間で140kmはまずまずかな、と思ったら、妻は2回の40kmを含んで10日間150kmとのこと。やれやれ、こりない夫婦。これでも子供達は無事育っているのだから、両方のおじいちゃんおばあちゃん、2人の子供たちに感謝しなければなるまい。