金曜日, 5月 14, 2010

レンブラント光線


夕方、ふらっと息抜きに上がった会社の最上階の食堂で思わぬ素晴らしい景色に出会った。

広い空に見えたのは「レンブラント光線」
雲の合間から光が差している。空も街並みも陰影のコントラストがみごとで宗教絵画的世界にしばし感動。

ちなみにこれ、光を通さない厚く切れ目のある雲、空気中の水蒸気、夕暮れか早朝、という条件がそろわないとだめなのだそうだ。

辺鄙なところにオフィスを作ったもんだ、と社員から不満の多い立地だけど、唯一素晴らしいのはこの食堂の眺め。羽田空港の広い滑走路とその先の東京湾、反対側は延々と続く街並みが一望できる。

こんなきれいな天使の梯子を見たのは、、、いついらいだろう??でもなんとなく仕事のストレスもほぐれた感じで、人間美しいものには癒されるんだなあ。

写真ではあまり感動が伝わらないけど。



日曜日, 5月 09, 2010

2009年5月~2010年4月



この1年をレビューしてみた。

トレーニング走行距離:3480km(ラン)、3200km(バイク)
総トレーニング時間:499時間
内訳は
自転車:152時間
OL:23時間
OL以外の山:91時間

会社の総労働時間:2200時間

最大体重62.3kg(全日本運営後)、最小体重56.9kg(ハセツネ1周試走後)、平均60.2kg

主な記録
ハセツネ:9時間8分(10月)
マラソン:3時間30分(1月)
ハーフマラソン:1時間15分39秒(1月)
10マイル:57分43秒(12月)
10km:35分25秒(3月)
*マラソンは散々だったけど、あとはまずまずの記録。10kmはコースがかなり急カーブが多く、普通のロードなら35分フラットくらいは出るだろう。総じてロードの記録はこの5年でほぼ変わってない。

昨年の夏頃は山で良く走っていたので距離の割にトレーニング時間が45時間以上と多い。反対に秋から冬はロード中心のトレーニングで距離は300~400km程度走っているものの時間は少ない。
2月以降は全体的にトレーニングにエネルギーが避けてなく、やや質量ともに低下気味だった。




水曜日, 5月 05, 2010

ASOCルート



ロングとミドルのルート。
2日間でこれだけ、ミスの少ないレースをしたのも記憶にない。
もっともそれでもルートチョイスには課題があるし、フィジカル面ではもう2,3%速く走れる身体をつくらないと、これから国内といえども勝たせてはもらえないだろう。

ASOC終了



アジア選手権が無事終了。

今日のリレーは自分の家でネットで結果をチェックすることになった。男子は貫録の優勝、女子も検討の2位だったといえよう。怪我で不安を抱えていた番場や朴峠が特に終盤力を発揮できたのは、とても心強い。男子も寺垣内の怪我はやや心配だが、他の選手はハードな3レースをこなした上でリレーをきっちり走っている。個人の感触はともあれ、結果の数字を見ると5日間4レースの厳しい条件の中、選手はよく走り切ったように思う。

ジュニア男子の選手には、JWOCという舞台の前で、国際競技会を走る経験は有意義だったろう。に代表として大切なことは大きくわけて二つ、代表と呼ぶにふさわしい準備をすること、そしてもう一つはその準備を国際競技会の場で十分に発揮すること。前者はこれからの2月の準備にもかかっているが、後者についてのいわばリハーサルになったわけである。そういう点では尾崎を始めFavoriteな選手が、波こそあれおおむね上位に来ていた印象はある。



大会期間中、日本チームは新調した代表ウエアに身を包んだ選手が、国際大会らしい雰囲気を一層引き立てていた。今回、協賛してくれたリトラメッドの山岸さんや、Nonameの小泉君、デザイン段階で尽力してくれた西尾君などいろいろな人の尽力により、とても素晴らしいウエアがASOC直前に届いたのだ。
特に照れながらも誇らしげにウエアを着てウォームアップしているジュニアの選手を見ると、ウエアという一つの道具であっても、「代表」という意識を引き出すとても大切なツールなのだと感じた。
その風景を見て、ふと「自分ももう一度着てみたい」と思った。そんな人を引き付ける魅力があったのは確かだろう。

アジア選手権という国際競技会もあって、W21EとM21Eでは国際色豊かに各国が上位を競っていた。対照的にM21Eは連日日の丸の列がリザルトボードの上を飾り、実質日本のチャンピオンを決める戦いとなった。

話はかわって個人的な結果である。
まとめてしまえば80点だろうか。

最大の目標としていたロングでは優勝はかなわず3位。
そのかわりミドルで優勝した。
体力的なコンディションはベストまでにはいかなかった。それでもその時点で達成しうるベストの結果を引き出すことができたと自負する。金と銅だから結果だけすれば大変満足だ。だから100点をあげてもよいかもしれない。
でも、自分の狙った種目で勝てなかった点に少しばかり悔いが残るので減点。マイナス20点だろうか。

マルチデイイベントでのピーキングの難しさも感じた。1レース毎の疲労の影響が大きい昨今は間1日あっても完全回復はかなわない。ミドルに比べてロングの日の若干の鈍さを免れなかった。

ロングは頭をひねるようなレッグは少なく、全体的にコントロール位置もやさしく素直なコースだったといえるだろう。その分極力ミスを抑えてスピードを維持することがカギになる。
こちらはミスはほとんどない。明確にいえるミスは15秒を2回と、数秒を2,3回だけ。もちろんルート選択で数十秒単位のロスを結果的にはしているようだが、せいぜいその程度である。だからゴールした時は手ごたえはあったけど、自身のレース中の体の動きを考えるとそう甘くはないだろうと想像した。その通りだった。
しかしそれにしても優勝した小泉のタイムは素晴らしい。
おそらく今回の準備では10回やっても1度も勝てなかっただろう。時間を巻き戻して、12月くらいの段階から準備を本気でやり直さなければ今年の小泉には勝てまい。だから87分であっさりゴールインする姿を見た時は、天晴としか言いようがなかった。昔から狙ったレースへのピーキングに素晴らしいものをもつ彼の集大成を見たような気がする。

対照的に2日前のミドルは、どちらかといえば予想外だった。
確かにミスはほとんどない。9番の岩の横をコンタで5mほど下りすぎただけである。それ以外のミスは3秒が1回。自分でも90点はあげて良い内容だった。勝てるチャンスは十分あると思った。が2分近い大差がつくとは思わなかった。
後で振り返ってみれば、各選手が不本意なレースをする中、自分だけがまともなレースをした結果だった。僕の巡航スピードはなんと103で、一番速い大助より6%近く遅い。対照的にミス率で10%を切っている選手がほとんどいないことも少し異常なことである。
テレイン的な特徴からくる課題‐特徴のない緩斜面から細かい地形へのアタック‐は、考えてみれば日本ではあまり経験しないものだ。
しかし大陸系のテレインではむしろ当たり前の課題である。
少し踏み込んで言えば、今の日本チームが海外レースで十分に実力を発揮できない理由の一つを垣間見た感がある。
この手のテレインには新たな技術が必要なわけではない。日本人が得意な、細かい部分で地図を読む技術と、コンパスで方向を決めて飛ばす‐八ヶ岳的オリエンテーリング‐を持っていれば、あとはそれを組み合わせる戦術の話だと思う。戦略的な練習の余地があるように感じる。



ミドルで優勝した後に多くの人に祝福らしき言葉を頂いた。もっともその表現のし方は今の僕の立場もあって様々だ。あまりアドリブの返答が上手でない自分は、「今日は僕は選手ですから」そういってかわすしかない。
ただ胸を張っていえることがある。それは、自分なりの準備はASOCに向けて十分やってきたということ。

スプリントの加藤は良かったとして、ロングで優勝した小泉、すべてで2位をとった俊介、そして僕と、ノルウェーに行かないメンバーの好成績が目立った。そのこと自体はWOC代表を軸としてみれば、望ましい結果ではない。しかし2003年以降WOCが毎年化してから、WOC出場がオリエンテーリング競技の唯一かつ最高峰の目標、という従来の価値観が変わり多様化してきている。そのことを象徴しているだろう。一時的にしろ国内で競技レベルを上げることを役割分担とする選手が存在するようになったのである。
だからこう考えるべきだろう。
WOCに出ない小泉、紺野、鹿島田がいなかったと想像したらどうだろうか。
ロングは92分~93分台でWOC代表が上位を独占し、WOC選手のクロースな戦いに拍手が贈られていただろう。表彰台に登る選手も自分のレースの完成度にどこか首をかしげながらも、自らも満足していたかもしれない。
しかし現実には彼らより5分速く、87分で走る選手がいる。だからからこそ、悔しいし自分たちに改善の余地が大きく残されていることを実感できる。そのことが夏のWOCまでにプラスに働くことは間違いない。そういうところで国内組選手の果たす役割はちゃんとあるのだ。

問題は誰が勝ったとか、それが何歳の選手か、とかではない。上位を争ったレベルが世界でどの程度通用するかが重要なのだ。

さて、これからはいよいよ夏に向けて、代表選手の準備が本格化する。手前みそだが、昨年に比べて選手をサポートする体制は少しづつ改善されてると感じる。もちろんまだまだ十分ではない。いわば社長自らで賄う家族経営の工場から、組織らしい形態が見える中小企業になった、くらいの段階である。ただ、今年は昨年のように最前線の現場でサポートするのではなく、もう少し全体を俯瞰して、できれば少し先を見通してサポートを考えていきたい。

そして僕自身も次の目標を見つけよう。それが、代表を支えるモチベーションにもつながる大切なことだから。