月曜日, 10月 25, 2010

ドジの適応戦略

僕はドジだ。

以前読売新聞で、荻野アンナが、いかに自分がドジかを赤裸々に描いたコラムを書いていた。読んで妙に共感を持ったのだが、それ以来「ドジ」というどこか懐かしいこの言葉が好きになった。
何か自己管理能力の欠如をごまかしてるような表現だけど、「まいいか」とおおらかに許容できる範囲だったら、ドジの一言で片付けちゃったほうが気楽な部分もある。ちなみに、そのコラムを読む限り、荻野アンナも相当にドジな人だ。多分僕以上は確実で、僕の周りにいるドジチャンピオンと争えるくらいだと思う。

ドジな人はしょっちゅう、プチ自己嫌悪に陥る。時には本当にビョーキなんじゃないかと我ながら心配になることがある、
電車の乗る方向を間違えるは日常茶飯事、改札の手前ではいつもおろおろとポケットに手を突っ込んで切符を探す(そしてかなりの確率で見つけられない)。更衣室のロッカーのカギがなくなって、さんざん鞄をひっくり返して探したあげく、返却してしまったことを思い出す。合宿で短パンに履き換えようと鞄から出したら妹のキュロットスカートだった、同じくパンツと思ったら靴下だった。。。

ドジはなおした方が多分良い。でもなかなか人間生来の性質をなおせるもんじゃない。

僕は医学も生命科学もからっきしわからないが、ドジはある遺伝子の欠陥なのではないか、と根拠もなく確信する。僕の場合、ほとんどは母親からの遺伝と思う。でもすました顔した親父にも実は少しその破片があって、2割くらいはそちらからだろう。
でも、そうだとしたらそもそもドジの「遺伝子」がなんで現代に生き残っているのか?まったく生活能力がなく無駄をもたらすドジ遺伝子は、とっくに淘汰されてもいいはずなのに、なぜか、僕の観察するに、10人いれば1,2人の身体にドジの遺伝子が生きている。
動物行動学の竹内久美子さん(そういえば彼女も同じ読売のコラムを書いている)風に考えれば、ドジにはドジの適応戦略があって、ドジの利己的遺伝子は今まで生き抜いてきたことになる。

そうするとドジの適応戦略は何だろう?

ドジな自分の勝手な説だけど、僕が思いついたのは2つの戦略である。名付けて「危機管理戦略」と「保護者獲得戦略」

ドジな人は生まれた時からドジである。だから、小さいころからいろいろと痛い経験をしている。そのうち、自分がドジなことを前提に行動、考えるようなくせがつく。つまり自分はドジだから、いざっという時にそのドジが出ないように、また出た後でもなんとかなるよう工夫する。少しそれっぽい言葉をいえば、ドジな自分に対する危機管理能力が身につくことになる。
例えば、財布や携帯をなくしてもパスポートはなくさない。ガス欠で車が止まるのは、その後の予定がなんとかなる時だけ。勘違いしたり、忘れたりするスケジュールは自分がいなくても大丈夫な会議である。書類の細かいミスはあっても重要な数字の桁だけは間違えない。
まあ、それでも十分まずいといわれそうだけど、最悪の事態だけはさけることが知らず知らずのうちに身についてくる。

ちなみに、僕が知るもっとも偉大な「ドジ」村越真は、「絶対大事なところはミスしない」という点を常々主張していたが、言葉の言い回しが違うにしろ、この危機管理能力が備わったドジのことをいっていたのだと思う。

もうひとつはまわりとの融和である。荻野アンナさんも書いていたが、ドジな人は他人のドジに寛容になる。自分もいつドジするかわからないから他人の「ドジ」を責められないし、つい共感してしまう。
その結果どうなるだろう?おおらかな性格になり、必要以上に敵をつくらないで味方を増やす。
さらに、これは僕の観察によると、もっと戦略的ドジはチャーミングな「世話を焼きたくなるオーラ」を発して、なぜかしっかりしたパートナーや、お姉さん、お兄さん的な友人をまわりに呼び込む。そして本人のドジがひどいことになる前にまわりが救ってしまう。
ただここまでくると、なぜか女性ドジ限定の効果のようである。残念ながら男性ドジはドジなままほっておかれることが多い。

これらの戦略をドジ遺伝子はとる。その結果、ドジ遺伝子は社会生活で破綻することなく適応していくのではないか。
僕の仮説である。

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ひとつのエピソードがある。

もう5年以上前だろうか。愛知の世界選手権前のこと。
1日でも多く練習を三河の森で過ごすことが選手にとって一番大切だったころのこと。
春先にイギリスチームのトレキャンがあった。確か平日だったと思うが、僕は有休をとって愛知に向かい、チームメートの女性2人とレンタカーを借り、練習に合流させてもらったことがある。

その日はひどい雨の中だった。急な三河の森なので、練習後当然体中泥んこだらけになる。雨の中イギリスチームと分かれ、田んぼ沿いのあぜ道に止めた小さな車の脇で3人は急いで着替えて車に乗り、そこから小一時間かけて宿舎に戻った。

僕はその時、、ドジ、をしていた。
替えのパンツをかばんに入れるのを忘れていたのである。濡れたパンツをはくわけにもいかないので、しょうがなくそのままトレーニングウエアを着て車を運転していた。白状すればそれほど珍しいことではないので、まあ1時間我慢すればいいやと思ってた。
ただ、なんとなく居心地が悪いので、あまり会話をしなかった様に思う。幸いほかの2名も口数が少なかったように記憶する。
1時間後、無事宿につき、めいめいシャワーを浴びて着替えた。

これは後になって片方の女性から聞いてわかったことである。あの時とんでもない偶然が起こっていた。
誰も車内では口にしなかったけど、あの車の中、誰もパンツを履いてなかったのである。

そう、3人とも同じミスを犯していたのだ。
当時チームでもうっかりものといわれてた3人とはいえ、あまりの偶然に聞いた時は笑い出してしまった。

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話はそこまで。

ここでドジの適応戦略を考えてみる。
3人とも忘れ物はしたけど、それがパンツなところにミソがある。
つまり、トレーンニングウエア(の特に下)ではなかったこと。もしウエアの下を忘れたらどうだろう?
パンツ姿で帰るか、濡れて泥んこになったOウエアでそのまま帰るしかない。パンツを忘れた場合より深刻だ。つまり3人は最悪の事態は回避していた。知らず知らずのうちの危機管理、といえなくもない。

おまけにもうひとつ、偶然かもしれないが、2名の女性(これは名誉のために名前はあかさないが)はともに、チャーミングかつおおらかで、人に愛される人柄だということ。だからドジをしてもなぜか許されるし、笑い話で終わるのだ。

こうしてみると、ドジにはドジの生き方がある。実際僕も会社を首にされず、社会生活を営むことができている。
いや、とくに女性のドジは意外と侮れず、実はちゃっかりものなのかもしれない。

少し都合のいい結論だが、ドジ遺伝子とあと半世紀ちかく付き合っていかなければいけない自分にとってみれば、むしろ「愛すべきドジ」と考えたい。








金曜日, 10月 22, 2010

スパイダーウェブ

久しぶりに家族4人でオリエンテーリングで週末を過ごした。

ES関東の小林ご夫妻などが主催する「こどもオリエンテーリング合宿」にお誘い頂いたのが数ヶ月前。
まだ4歳と2歳のうちの子では地図も理解できないどころか、親のいうことをちっとも聞けないのに集団生活もできるわけない。迷惑掛けるだけかな、と思ったけど、子供たちのオリエンテーリングの様子を見てみたい気持ちもあり、妻を誘ったら二つ返事で同意してくれたので、参加することにした。

実は本当にオリエンテーリングに行くのは久しぶりで、妻は半年ぶり、僕もコンパスを握るのは7月の強化合宿の運営をして以来。ショックだったのは、事前にメールでEcardNo.を連絡しようとして、番号がそらで書けなかったのである。10年くらいEcardを使っていて初めてのことだった。

練習の場となった手賀の丘は、千葉の内陸らしい手賀沼沿いにある少し起伏をもった森である。白い森には平坦な森に特徴的なピークやはっきりした尾根沢もあり、広くはないけれどオリエンテーリングの基本を練習するには事欠かない。

集まった子供たちは総勢20名程度だろうか。上は中学生から下はうちの下の子まで。まあ地図を読めない未就学児はおまけとしても十数名の子供と、その親たちが集まった。
コーチは日本代表も指導する吉田コーチなので引き締まる。それでも子供たちは適度にリラックスして、全体的にはとても良い雰囲気でプログラムが進行していたと思う。

息子が集団の中で愛想を振りまく一方で、集団活動が苦手な娘はみんなが体操している間ひとりでそっぽ向いていた。娘は僕の血をひいてる。しょうがあるまい。
それでも時間がたつにつれて少しづつ慣れてきて、シール張りのオリエンテーリングの時はお姉さんと楽しそうにまわってきた。

今回は子守中心、と思っていたのだけど、2日間でスプリントを1本づつ真剣に走った。スプリントを走ったのなんていつ以来だろう?記憶の限り今年初めてである。ちょこちょこミスはしたけれど、総じて気持ちよく走れた。タイムが良いのか悪いのか良くわからないけど、とにかく心配機能は追い込んだ。
2日とも、ゴール直後、クモの巣だらけの体に皆に驚かれた。縦横無尽に走れる森には確かにクモの巣がたくさんあった。でも逆に何で皆はクモの巣がつかないんだろう?

そういえば僕は同じコースを走っても人より汚れて帰ってくる傾向にある。昔は加賀屋さんが上手をいっていたので気にならなかったけど、最近は「どこ通ったんですか?」と若い選手に驚かれることがある。

これは僕の仮説である。
僕は方向感覚がない。いわゆる方向音痴である。コンパスがないとうまく走れないのだ。これは周知のことで、以前村越さんが、「オリエンテーリング技術」と「天性の方向感覚」が無関係であることの実例としてあげていたことがある。
だからレース中に走る方向を変えるのがあまり得意でない。そのいわば不器用な欠点と10代の頃からずっとつきあってきた結果の適応進化?ではないか。

極力走る方向を変えない、つまりクモの巣があろうが、藪があろうがまっすぐ進むことで、自分の弱点を補ってきたのではないか。それがオリエンテーリングの面白いところである。

話題は戻って子供合宿。
無事2日間の合宿を終え、よく遊んでくれたお兄さんお姉さんにお別れをして家路へ。
途中で汗を流して帰ろうと、手賀沼沿いの日帰り温泉に車を止め、よってみると。
「3歳未満の入浴はご遠慮願います」

あえなく退散。眠りかけでぐずる子供を起こして、疲れた体を引きずって駐車場の一番はじから歩いてきたのに。。。。
なんだよだったら駐車場の入り口にでっかく書いておいてくれよ、
と文句もいいたい気持ちだが、まあしょうがあるまい。
きっと過去に湯船で事件でもあって、一般の利用者から苦情があったのだろう。
もうしばらくは事前の下調べをしないと温泉にはいけない。がんばれ、ちび君、早くおむつを卒業しよう!




水曜日, 10月 20, 2010

会社の名前が変わる時

散々なやんだ挙句、自分の子供の名前を決めた。
はじめにその名前で赤ちゃんを呼ぶ瞬間、とても照れくさいし、違和感がある。
「本当にこの名前でいいんだろうか?」そんな小さな後悔が頭を過ぎることもあった。
だけど一旦つけてしまった名前は、変えようがないし、覚悟を決めて使い始める。

2歳にななったいま、すっかり馴染んでしまった。「コウイチ」は「コウイチ」であって、「コウヘイ」でも「コウスケ」でもない。「コウイチ」という名前が本人の個性、人格と同一化する。
名前はなんでも良い。その名前に個性と風格を持たせるのが本人の実力である。

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15年近く勤めている会社の名前が変わる。


かなり斬新だと思う。会社の名前というか、商品名。あるいはバンドのネーミングのようなセンス。
ちなみに、水事業に関わるわが社は世間一般から見れば体質的にまだ古さが残り、100年近く続く親会社のブランド名に頼りたくなるのが普通だと思う。我が会社ながら思い切った。

正直発表に前後して、社員でも賛否あり。
眉をひそめた人もいる。現実的には、ローンや賃貸などで勤め先を記入する時の会社の「風格」への影響を懸念する声。
確かにそりゃそうだ。一般論からすれば少し冒険しすぎの感もある。
僕も始め聞いた時は「えっ」と思った。

ロゴを見ていて数日この名前を頭の中で反芻しているうちに、違和感がだんだん愛着に移り変わっていくのを感じる。いや、むしろ
「以外といけるんじゃないの?」
という気がしてきた。覚えやすいし、見た目にも印象が残る。
今、世の企業名を見ると、漢字と英文字(しかも小文字)の組み合わせなんて記憶の限り見たことないけど、
でも10年、20年たったらどうだろう?意外と流行ってるかもしれない。実はかなり先進的なんじゃないか、という気もしてきた。

いや、そして何よりも名前に個性と風格を持たせるのは中身の実力だから。
新しい会社名のスタートとともに、名前負けしない実力の会社にしよう!
そう思う自分はいつのまにか立派なサラリーマンである。


金曜日, 10月 08, 2010

運動会とハセツネとてるてる坊主

「二人とも申し込んだのは、園全体でうちらだけだって」

えっ、そうなの?
「カシマダさんちは何かしてるんですか?って聞かれちゃった」

週末にある娘の幼稚園の運動会。父母参加のリレーがあるらしいので、深くも考えずとりあえず妻に申し込んでおいてもらった。数日して娘が持って帰った、先生手書きのパンフには、チーム分けが乗っている。確かに園全体にしてはエントリーはさほど多くない。両方走るのは確かにうちだけ。
「急に運動して怪我をしないよう、事前に身体を動かしておいてください」「毎年転倒するハプニングが出てます、気をつけて下さい!」考えられる限りの注意書きがしてある。

でも、そんな町内一週するわけはあるまいし。走る距離はお父さんが小さなグランド1周、お母さんにいたっては半周だよ。身体があったまる暇もない。うちらが次の日に走る距離の1000分の1ってところだぜ、大げさな。
でもわずか100mだからの怖さがあるのも確か。無理に無酸素状態で筋肉を動かしすぎるのも危険だ。ここで脚を痛めもしょうがない。

さて、近づくにつれて夫婦の心配事は、運動会の勝負でも、ここ数日鼻をたらしてる娘の体調でも、はたまたリレーの怪我でもない。「天気」である。今週に入って、i-phoneの天気アプリを数時間ごとに見ている。予報は刻々と少しづつ変わるのに、なぜか9日土曜日の雨マークはこびりついたように変わらない。一日一日近づくにつれ、晴れろとはいわないから、ああせめて曇りに、、、と願うばかり。でも、とうとう前日の今日になっても雨マークはかわらなかった。

まあしょうがあるまい。これも人生。
泣いても笑っても明日の朝、お天道様の気まぐれと、幼稚園の判断で決まる。

明日の土曜日に予定通り決行か、それとも10日の日曜日に延期となるか。。。。。

日曜日, 10月 03, 2010

夕暮れの城山

土曜日の夕暮

走り始めたのが午後の遅くだったので、帰路はすでに日が沈みはじめ、城山への尾根道に戻る頃には深い森の木々に覆われて、足元は暗くなった。
ミシュラン三ツ星人気に誘われてにぎわう高尾周辺も、さすがにこのあたり、この時間になると人に会うこともない。日没を考えれば普通の登山者はいてはいけない時間帯だ。

と思いきや、前方の暗い林の中に赤いシャツのトレラン風の人影
つい時計を見てしまった。えっこの時間からこの方向?

かるく挨拶しようと思いきや、見覚えのある顔、「かしまださん!」

お互い脚をとめ、思わず笑い始めてしまった。そう、笑いの意味は(やっぱり行動が同じだね!)と。

三河も順調に3連覇した大助は、5歳年下だが境遇が良く似てる。サラリーマン、2児の父、子供の歳も同じ、妻もランナーでありトレラン好き。だから、時間の使い方が良くにてるのだ。

陣馬を超えて和田峠あたりまで行こうと思うんです、そういう彼はヘッドライトと手持ちのライトを見せてくれた。 
― 僕もね、帰りは城山から大垂水峠経由で回り込もうかなと ―

彼も一日家族と過ごして、夕方の数時間をなんとか確保できたのだろう。そして来週の72kmを思えば、やはり数時間でも山を走りたい、でも陣馬往復ではやや物足りない、だからヘッドランプをかばんに入れて、そう思う思考回路も多分まったく同じなのだ。

WOC2010では必ずしも完全燃焼できなかった彼だが、この秋ステージをトレランに移してどこまで活躍してくれるか。ショートの世界ではすでに一流選手なのだから、ロングを象徴するハセツネでどこまで上にのぼるか楽しみである。

金曜日, 10月 01, 2010

トレーニング弾力性

経済用語に「価格弾力性」という言葉があるらしい。
価格変動に対する需要の敏感さを示す。例えば100円のジュースを10円値上げして110円にしたところ、100本売れていたものが80本しか売れなくなったら、価格弾力性は20%/10%=2となる。1より大きいと弾力性が大きいとみなされる。一般論として嗜好品は弾力性が高く、必需品は低いらしい。水道代なんて弾力性の低い典型である。値上げしても生活に必須の水を節約するにも限界があるからだ。

容易に想像がつくことだが - 弾力性の異なる商品では、販売の戦略も全く異なるので、価格弾力性を知ることは重要なことである。当たり前だが、ゲームソフと水道のプライシングは全く異なるだろう。

さて、「価格弾力性」とは、なんとなく言葉の響きでその意味が伝わる分かりやすい用語と思う。こういう言葉を最初に使ったのは誰か知らないが - きっと偉い経済学者なのだろうけど - 頭がよくてセンスある人に違いない。

それでふと、この弾力性という言葉の応用で、「トレーニング弾力性」という概念ができないか、と考えてみた。そう、定義はトレーニング量と結果(レースタイムなど)の関係である。敏感な人はトレーニング弾力性が高く、鈍い人はトレーニング弾力性が低い。

世にはトレーニング状態に左右されず安定して速い選手がいる、一方でトレーニングしないとシェイプできずパフォーマンスが保てない輩もいる。最近感じるのは、かりな弾力性には個人差があることだ。

自分はどうだろう?あきらかに弾力性が高い。つまりトレーニング量に結果が偉く影響されるのだ。そのことは三河トレイルのこの3年の結果に出てる。2年前、WOC後でトレーニングもオフだった時に2時間8分で惨敗、昨年は夏場に良いトレーニングをして大健闘の1時間41分。そして今年は夏こそ良いトレーニングしたのに9月中にトレーニングが減った結果2時間25分とまったく走れなかった。
忙しい中、体調も今ひとつといっていた大助が、好調だった昨年のコースレコードから+2分の1時間37分台で3連覇をしたのとはかなり対照的である。

もっともポジティブに考えれば弾力性がある方が、トレーニングの重要性を肌で感じられるので動機付けは大きくなるだろう。価格弾力性の大きい嗜好品の方が商品開発の切磋琢磨が進むように、、、、トレーニング弾力性の大きさが進歩する動機付けを多く与えてくれるのかもしれない。

大切なのは、自分と異なる弾力性をもつ選手をお手本としても、それは参考にならないこと。これは価格もトレーニングも同じ。つまり、自分の弾力性を把握することがとても大切である。