木曜日, 3月 31, 2011

今日の読売一面

「今日の一面見た?」
朝刊に目を通して妻に問いかける。
「みたわ。。。。ああ、切なくて」

「ママ、お元気ですか?」
手紙を書いてうとうと眠る4歳の女の子。
未だに母と妹が津波後行方不明。
もちろん断定はできない。でも現実その可能性がどれだけあるのだろうか。
自分の同い年の娘と重ね合わせしまう。映画やドラマじゃない、被災地であちこち見られる現実の一端。

もう出勤の時間。
見送る妻の目が少し赤い。
自分もまたポロポロこぼした涙をぬぐって玄関を抜け、自転車にまたがって出勤。

月曜日, 3月 28, 2011

2週間すぎて

「てぃりん てぃりん キンキュウジシンソクホウデス ツヨイユレニケイカイシテクダサイ!」
4歳の娘がきゃっきゃと叫ぶ
「オウチ、ワサワサ、コワイコワイ」
半分笑って答える2歳の息子

つい1週間前までは緊急地震速報の音を聞くなり震えあがっていた娘。本気でPTSDではないかと妻と心配していたのだが、どうやら随分と慣れてしまったらしい。
大人にはやや不謹慎な遊びにも思えるが、4歳と2歳の子供にいってもしょうがあるまい。

牛乳や水が手に入りにくい以外は、23区に住む我が家の生活はほぼ通常に戻った。会社も期末につきものの雑多な仕事の他、震災復興に関わる緊急の仕事が舞い込んで日に日に残業が多くなる。いつもとかわらない毎日のリズムに戻ってきた。しいて言えば週末の予定がみなキャンセルされ、少しばかり単調な週末が続くことくらいだろうか。

それでも、毎日寝る前に目を通す社会面の記事に、ついついぽろぽろ涙をこぼしてしまう。ああ、同じ日本でこれだけ尊い命を落とした人、今現在も悲痛な思いに駆られている人がいるのかと。それなのに自分はこんな風に、子供がすやすや寝た隣の部屋で風呂あがりのビールを飲んでいてよいのだろうかと。

春の選抜の選手宣誓が感動的、と話題になっていたので、自分もYoutubeでみた。つい繰り返し見てしまった。やっぱりぽろぽろ涙が出た。
高校球児なんて汗臭くてむさ苦しいだけと思ってたのに。丸坊主の高校生が妙に美しく見えた。つい若さがうらやましくなった。

震災はとても辛く悲しい経験である。でも多感な時期にこうした経験をした今の若い世代にとって、きっとこの経験は将来の人間形成に役立つにちがいない。僕らの世代みたいに、何の苦労もなく平和ボケして大人になった世代よりも、もっと地に脚がついた旧来の日本人らしい大人になるんじゃないか、拝金主義なんかじゃなくて、医者や自衛官、消防隊員など人の命を守る職業がもっともっとカッコよくて、尊敬される社会がきてもいい、丸坊主の宣誓を聞きながらぼんやりと思った。

「生かされた幸福な自分たち」は、今の毎日を精いっぱい生きるしかあるまい。今自分にできること。一つは、会社の仕事を通じて被災地の上下水道インフラの復興に精いっぱい協力すること、もうひとつは困難な中でも世界にチャレンジしたい若者のためにWOC,JWOC選手団のあり方を模索することである。

土曜日, 3月 19, 2011

ナイターを中止すると節電になるか?

地震から1週以上がたって、まだまだ混乱は続くけれど、今のリズムの生活にも慣れてきて、今後のいろいろなことを考えられるようになった。
そんなついでに、報道を見ていてちょっと疑問に思ったたわいもないこと。

セリーグが予定通り開幕することに、いろいろと非難があり、結局開幕の延期と、ナイターをやめたり照明を落としたりして実施するらしい。
僕も感覚的には、あと1週間での開幕には違和感を覚えたし、まだ被災地の悲しみも、世の混乱も収まってない今は正しい判断だと思う。

その判断とは全く別の話だが、その中で、「ナイターをすると5千世帯分の電力量」がかかると表現され、節電が叫ばれる中の実施の批判につながっていた。

この数値が正しいとして、では本当にナイターをやめると節電になるのか?という疑問がちょっと湧いた。

全く別の話だけど、会社では最近、多数の人が集まる会議の際、事前にメールでPDFの資料が送られ、「各自プリントアウトして持参ください」と断りが付け加えられてるケースがある。これをする人に聞くと「資料をコピーして準備する時間が省けるし、(準備した部門の)固定費も節減できるから」と答えがきた。
なんとなく、あれ?と思う。
確かに準備する人の手間は省けるしその部門の固定費は減るけど、それは会議に出る(例えば10人)人それぞれが費やす5分の手間と、細切れの固定費に分散されて、会社の管理上見えにくく薄まっただけじゃないの?と。そしてコピーの手間を考えればまとめて1人がやった方が効率よいことは間違いない。

なんとなく同じことがナイターの電気節減にもあるように思う。満員のナイター、例えば3万人の試合を中止したら、その人達はどうするのだろう?しかたなく家にいて、電気つけて、ストーブ付けてテレビ見るか、ゲームするかもしれない。その電気使用量は各家庭の微増に薄まってしまうけど、それを足してナイターの5千世帯分の電気量よりも少ない、と確実にいえるだろうか??

個人的な感覚としては、やっぱりナイターの方が多分電気は使うと思う。でも「ナイターを実施することは5千世帯分の電気の浪費をすること」と考えてしまうようないいかたは、なんとなく批判する側のトリックのように思えてならない。

火曜日, 3月 15, 2011

地震に思うこと

先週の金曜日以前とそれ以降では、なにもかもが変わってしまった。
毎日テレビで見る映像には、言い表す言葉が思い当たらない。自分の親族や近い知り合いには被災した方はいなかった。でもそれを幸いというべきなのか、自分に近い人が被災してなかったからよかったなんてとても言えない。一命をとりとめても家族との再会が果たせず涙するたくさんの人々を見て感じた。

福島原発の状態も心配だし、東京の計画停電にも随分と混乱した。今までの人生でこんなに世の中が混乱して恐怖におびえているのに遭遇したことがない。
この先どうなるのか、と不安にもなる。その分世の中は、特に東京電力への風当たりが強い。でも、組織は批判しても人は批判しまい。東電の技術者も懸命に対応しているだろう。特に原発で最前線で作業している人たちは、それこそ命も顧みずに作業にあたってるのだ。その数十名の活躍に運命は委ねられている。そう思うと応援せずにはいられない。
むしろ一企業の危機管理体制に国民の運命を委ねてしまうのは国としての危機管理の問題だし、その国は僕らが支えているのだから、誰を批判しようとも、結局これが今の日本の現実なのだろうと思う。だから今は批判しあうよりも、現実を直視してたたえ合って励ましあうことの方が大切なんだと思う。

心がそれほど強くない僕は、身体にも影響が出てここ数日走れなくなった。脚に力が入らない。こういうのは軽いPTSDなのだろうか。思い返せば10年前のNYテロ映像を見た直後も同じような経験をした。僕でさえそうなのだから、地震や津波の直接被害にあわれた方々のショックは計り知れない。

海外のメディアに、混乱時の日本人のマナーの良さ、資質の良さをたたえる報道があると聞いて少しうれしく思った。ビジネスの世界では、あまり合理的でなく閉鎖的とも言われる日本人気質だけど、これだけの繁栄を生み出した国民気質は素晴らしい力を秘めてるのだと思う。危機を脱した後の復興はきっと素晴らしいものになるに違いない。

がんばれ!ニッポン!

金曜日, 3月 11, 2011

いつもの季節

街にマスク姿で目がうるうるしている人が増える。上着を着ると汗ばむ陽気の日がちょこちょこで始める。近くの公園の丘にある枯れ木の桜の間にはロープが張られ、ゴミ置き場も作られた。「***さんがくるらしいよ...」噂に一番早い女の子が来期の人事を教えてくれる。。。。

さあて、春の訪れとともにやってくるあの日。今年もあと10日を切った。

今年の目標は?

数値目標はなし。
あげられるほどにバランスの良い準備ができなかったから。
とはいっても2005年度の最低順位9位はクリアしたい。
走ってのお楽しみ。
イメージゴールはもう一度森を真剣に走りたいと思えるレースをすること。

土曜日, 3月 05, 2011

1年がかり

金曜日の朝、起きてすぐ日本技術士会のHPで結果を確認。少しどきどきしてPDFのページ無事をめくったところ、見慣れた番号が目にとまった。。。。
無事、総合技術監理に合格しました。

筆記を受けた時は、微妙かなと思ったのだけど、ここは幸い通過して、その後の論文、面接もなんとかクリア。
面接では、とくに答えにつまったり険悪になったりしなかったのだけど、逆に質問に答えてもなんとなく手ごたえを感じなかったので、結果を見るまで不安でした。

それにしても技術士は、4月に申し込みに始まって、8月に筆記試験で11月に論文提出、1月に面接、3月に合否発表とまるまる1年かかる。なんでこんなにかかるのかわからないけど終わると、やれやれという感じ。
これで当面は資格試験からは解放されるかな。



火曜日, 3月 01, 2011

東京マラソン-その2

「東京がひとつになる日」
どこかがこそばゆいような、フレーズ。

3万人が参加?応援する人は100万とも200万とも?確かにすごい人数だね。でも、東京の人口は1000万人以上だよ。「ひとつになる」は少し押しつけがましくない?
ずっと誇り高きマイナーを生き続けてきた自分にとって、誰もが認めるメジャーにはなんとなくヘソを曲げたくなる。だから東京マラソンというイベントの異様な盛り上がりはどこかしら距離をおいていた。

そんな自分も妻につられてここのところ応募だけはしてきた。昨年妻があたった。喜んで参加した妻は、感動しながら帰ってきた。あんな雨の中の悪コンディションだったのに。どちらかといえば辛口の方なのに、手放しで絶賛した。そんなに東京の真ん中を走るのは気持ちいいのかな?少し想像してみて、確かにそんなものかもしれない、と思うようになった。

今年は僕があたった。メジャーの神様がまあいいから一度出てみなさい、といってるようだった。
それなら一つ気合を入れて望んでみるか。ちょうど冬場のトレーニングのモチベーション持続に長い距離のレースを走ろうと思ってたのだ。すでに申し込んでいた2月の鎌倉アルプス42kmのトレランをキャンセルして、東京マラソンに冬場の目標を合わせることにした。

11月下旬から2月下旬までの3カ月、ここ数年では良く準備した方だろう。3カ月で1150kmくらい、12月から1月にかけての1カ月で500km走った。駒澤20周43km(あの川内さんと同じ練習!)が3回、15-25kmのペース走4回、30km以上のトレラン持久走も4回やった。体調を崩したり、思うように走れない時期も少しあったけど、今の生活では90点以上の準備だろう。この準備したことが大切、東京マラソンを走ることはおまけみたいなもの、と直前まで可愛くない態度を自分の中でとってた。

前々日の木曜日、受付をするために19時過ぎにあわてて会社を出、天王洲アイル経由で東京ビッグサイトに行った。受付を済ませたらさっさと帰ろうと思ってたら、マラソンEXPOが想像以上に立派で驚いた。ついつい、あちこちの展示を見ているうちに、なんだかだんだん緊張してきた。

さて、当日、結局僕は東京マラソンの魅力の下に跪くことになる。
「ああ、これが皆が狂乱する東京マラソンなんだ」と今さらながら納得した。

僕にとって象徴的な場面は2つあった。
1つは都庁前のスタート直前。青空にスカイスクレパー如く都庁が聳える。コーラス隊のアカペラで君が代斉唱。歌声ははるか高い空に抜けていく。その瞬間厳かな空気につつまれた。なぜか宗教的な静寂を僕は感じた。
直後の号砲と紙吹雪に入り乱れて走るランナー。その静寂から混沌へのコントラストがすごい。VIPが座る仮設のスタンドからの眺めはさぞかし壮大だろう、とちょこちょこ前の人につかえて走りながら思った。

もうひとつは銀座4丁目の交差点。レース中盤の21km付近、レース開始直後の混沌とは違い、自分のリズムを掴んで淡々と走るころ。そしてランナーもまばらになって閑散としたレーンと、大勢の観客に溢れる沿道のコントラストが強くなってくる。三越銀座店が見える交差点付近はそのコントラストが一番印象的だった。曲がった瞬間に思わず360度廻りを見渡して、ため息がでた。沿道の声援がすべて自分に向けられているような気がしてきて、「ああ、これが箱根のランナーが時々口にする至福の瞬間なのかな」と感じた。

35kmまでは多かれ少なかれ、そんな東京マラソン特有の雰囲気に包まれてる。ところが35kmを過ぎると突然レースの雰囲気ががらりと変わる。コースは起伏が出てきて観客は急に減る。周りも臨海地区特有の無機質な風景になる。ここからが踏ん張りどころ、普通のマラソン的なストイックな7kmとなる。

どんなに良いコースのマラソンでも、いつまでも続いてほしいとは思わない。35kmからは1kmがとても長く感じ、脚どりはどんどん重くなった。最後のコーナーを曲がるとテレビで見慣れた風景のゴールレーンにようやくたどりついた。

2時間48分14秒
35kmまではずっと3分50秒/km代でほぼ貫いたが、最後の7kmで4分~4分30秒近くまで失速した。でもそれはマラソンなら多かれ少なかれしょうがないか。その他32km付近でトイレ休憩を1分ほどとったロスはあった。でも品川で応援してくれた家族にもほぼ予告通りのタイムで通過できたし、そう思うとまずまず実力通りだったのだろう。
正直な気持ちは少し悔しい。きちんと準備すれば、30分台は厳しいけれど42,3分はいけると秋の時点では思ってた。だけど、事前準備も合格点、レース運びも合格点なら今の自分の実力はこんなものなのだと納得するしかない。

月曜日、出社するとまず上司に「どうだった?」と聞かれた。それが皮切りに、昼休み、コピーコーナー、打ち合わせの前後、電話の切り際、メール、数え切れないほどの会社の人に結果を聞かれた。そしてタイムをいえばお決まりのように「いやあすごい」とほめてくれる。ゴールシーンをネットで見てくれた人もいた。
今まで幾度となくレースに出てるけど‐自分にとってもっともっと誇り高きレースもあったけど‐、週明けにこれほど会社で反響のあったレースははじめてだった。
ああ、これが東京マラソンなんだ、と思った。メジャーの偉大さに敬服する。

もうひとつあとになって気づいたことがある。冒頭のキャッチフレーズがまんざらうそじゃない、そう感じさせるもうひとつの理由だ。ボランティアスタッフの笑顔である。これだけの多人数をさばいているのに、どこのスタッフも笑顔だった。出走している人に対して基本的に暖かい。大規模イベントにありがちな人をコントロールする対象とみなすような冷たさ、そういうのは一切感じなかった。正直見事な運営と思う。

もう一度出たいか?と聞かれたら、直観的には間違いなく「イエス」である。
出たことない人には一度出てみることをお勧めする。

でも、この感覚、ファーストインプレッションのなせる新鮮さにも感じる。はたしてもう一度走ったら、銀座4丁目であの不思議な体験をできるだろうか?

初めてだからこそ感じる一度きりの初心な体験なのではないか、とも感じる次第である。