木曜日, 10月 20, 2011

KatyとTaylor

僕はそれほど音楽に造詣が深いわけではないけれど、
人並の趣味としては嗜んできた。

初めに自分で買ったレコードは、ビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド」である。多分中2の終わり頃だった。

中学1年の頃はパソコンオタク気味だった。当時電気メーカに勤めていた父が、自社のパソコン(当時はマイコンといっていた)を買ってきたのをきっかけにのめり込み、パソコン雑誌を買ったり、Basic言語でゲームを作ったりした。当然友達もそういう系の人が多かった。

ただ、そのパソコンがすぐに時代遅れになり、当然自分で買うこともできないので、そのままパソコンという趣味を諦めた。今思えば、自分で選んで道でもないのだが、それが幸いしたかもしれない。

その変わりのめり込んだのがオリエンテーリングと音楽、特に洋楽だった。

ビートルズは二つ上の兄の影響だったが、その先の発展は自主的だった。主に英国ロック路線で、ポリス、レッドツェッペリン、クイーン、ポリス、解散後のジョンレノンなどを渡り歩いた。僕のティーンエイジは80年代だから、同時代のアーティストというよりも、当時すでに歴史になりかけたバンドばかりだった。

当時は結構聴きこむ方だったと思う。LP盤を買ってくると、家の洋間(そこにプレイヤーセットがあったのだ)の扉をぴしゃっと閉めて、歌詞カードを見て口ずさみながら聴いたものである。
そのアーティストのカリスマ性や音楽の旋律に涙腺が刺激されることもあった。若いだけ感性豊かだったのだろう。
だから当時買ったLPの曲は今でもそらで唄えるものもあるし、英語のスラング的言い回しを随分と勉強させてもらった。

何故か洋楽の男子に限られて、邦楽や女性アーティストには手を出さなかった。それが何故かは良く分からない。洋楽の方がクールだとカッコつけてた面もあるけど、実際邦楽には全く興味がなく、今でも80年代のアーティストは、後でカラオケで学んだ程度しか知らない。


ところが20代以降、僕の音楽の趣味は全く進歩しなくなった。
惚れるアーティストを探して聴きこんだりすることは皆無になった。オリジナルアルバムのストーリー性なんてものはどうでもよくなり、ベスト盤やチャート上位のアーティストの曲を適当に耳にして、音楽を消費するタイプになった。

多分大学以降はいろいろな世界が広がり、音楽に向けるエネルギーの割合が極端に減ったのだろう。
その間、音楽の媒体はレコードやテープから、CD、MD、電子データと変わった。

最近は自分も世間並みにi-podやi-phoneに音楽を貯め込んで聴いている。CDを買うこともあるが、i-tuneでダウンロードすることも多い。圧倒的に音楽を聴くのが便利になった。そのせいか、また少し音楽が自分の趣味として少しだけまともな地位に戻った。

ところが中身は、すっかり女性アーティストになってしまった。音楽に求めるものが、メッセージ性やカリスマじゃなくて、リラックス、癒しになったんだと思う。セリーヌ・ディオン、エンヤ、スウィート・ボックス、アヴリル・ラヴィーン、と宇多ヒカルなどなど。。。

そして最近のi-phoneの再生頻度を見ると、レディ・ガガも多いけど、テイラースウィフトとケイティ・ペリーが一番。
テイラースウィフトは、映画「ジュリエットからの手紙」のLove Storyという曲が琴線に触れて聴き始めた(ちなみにこの映画、どうってことない恋愛ものだけど、イタリアの風景がきれいで結構面白かったと思う)のだけど、そのあとのSpeak Nowというアルバムになぜかはまった。
このお嬢さんまだ22歳なので、ずいぶんとこれからが期待できそう。
ケイティ・ペリーはFireworkという曲から入った。Teenage Dreamからは5曲の1位が生まれて女性の記録だそうだが、確かにこのアルバムには良い曲が多い。
ちなみに、この二人、仲が良いとのうわさもあるらしい。

そういえば若い頃、自分も歳を重ねると、ジャズが好きになったり、あるいは演歌なんか聴いたりするのかなあ、と思ったことがある。残念ながらかそれとも幸いか、そういう嗜好にはならないし、これからあまり成るようにも思えない。

当時の演歌やジャズといった中年おじさんの趣味に思えていたものは、実はその年齢層の趣味ではなくて、その世代に流行った趣味、だったのかもしれない。
人は結構自分の若い頃の嗜好を引きずりながら歳をとるように思う。自分の嗜好を大きく変えるのは、よほど革新的な性格でない限り難しい。

だから、10年前眉毛を整えるのは若者の特権のようでオジサンはカヤの外だったけど、今では(若い頃に整えることを覚えた)オジサンたちがキリリとした眉をしている。ズボンを腰ではく管理職もぼちぼちいるかもしれない。
僕の場合、洋楽ロック、ポップスという趣味を引きずりながら歳を取ってきている。ヒップホップ系は耳にはするがあまりなじまない。これは僕が趣味を引きずりはじめた後に出てきたジャンルだからだと思う。

土曜日, 10月 01, 2011

水中毒

9月の休日予定をパズルのように妻と解きながら、僕のハセツネの試走の日が決まった。

生憎その日はまだまだ残暑厳しい天気予報だったけど、せっかくうまったパズルをもう一度崩す分けにもいかないので、予定通り荷物を用意して早朝の五日市に向かった。

秋のレース時には第一関門の月夜野駐車場まで2Lの水を持っていくのだけど、この日は3Lを背負った。おまけに途中でのリタイヤも想定して、1周分に少し余裕を見た2000kcalちょっとの食糧、防寒具、ヘッドライト、携帯、テーピング等などをキャメルバッグにつめる。背負ってみるとズシリと重い。
ずいぶんと鈍いペースで、武蔵五日市の駅前から71kmの長い旅に向けて一人ひたひたと走り始めた。

まだ7時前なのに蒸し暑く汗がすぐに噴き出てくる。26、7度はあるだろうか。早く標高の高いところに登ってしまおうと先を急いだ。

今熊山、刈寄峠、市道山と過ぎて標高は稼ぐけど、日も高くなるのであまり気温は下がらない。発汗量はすさまじい。短パンは海水パンツのようになり、サンバイザーのつばからは絶えず汗がしたたる。ペースは上がらないのに心拍は高い。高温の中のランニングの典型的症状であるが、辛さまでは感じないので、少しペースをゆるめて焦らず走ることにする。

醍醐丸で小休止する。ここまで2時間15分。一周10時間30分ペースくらいだろうか。日没前の下山ぎりぎりだけど、ライトもあるので無理はしまい。
予備に用意した500mLの水がおいしく一気に飲んだ。その後ハイドレーションの残りの水を見て愕然とする。すでに残り1Lちょっとしかない。ここまでで2L弱の水分をすでに飲んでしまった。

地図を広げて水場を確認。三頭山の先まではおろか、西原峠までも持つまい。浅間峠の先の日原峠付近に滴マークがある。そこで給水することにした。

そこから1時間あまり、水を節約しながら走ってようやく日原峠に着く。右手の斜面をコンタリングする下山道を少し進むと勢いよく水の流れる水場がある。水を手ですくって何口かがぶ飲みした後、ハイドレーションとペットボトルすべてに3Lつめた。これで御岳山手前の水場まで持つだろう。気を取り直して走りはじめる。

その後三頭山までは問題なかった。汗かいて水分補給して、時々カロリーも補給しての繰り返し。。。。。

初めに異変に気付いたのは 鞘口峠の当たりだろうか。

まず水が妙にまずく感じるようになった。口にしても飲みこむのがつらい。

そのうち無意識に口の周りをなめていることに気づく。身体が塩気を欲している。

月夜見の駐車場で休憩を取る。かばんをあけると、残りの食糧はおにぎり1個と、ドライフルーツ、ジェリー飲料。ナトリウムを補給できるのはおにぎりと、ドライフルーツに交じった乾燥梅の塩気くらいである。ドライフルーツからしょっぱい乾燥梅だけつまんで口にした。

気を取り直して御前山に向かうが、登りの途中から急にペースが鈍った。力が入らない。汗は相変わらず滝のようにかくが、水が飲めない。しかたなく最後にとっておいたおにぎりを食べる。しょっぱさが身体に染みるようにおいしい。水が飲める状態になったので補給する。またひたすら登る。

御前山の頂上から少し下った所に水場がある。しばらくそこで考えた。水も食糧もある。でも手持ちの「塩」はない。ここに来るまで7時間30分あまりのうちに6L以上の水を飲んだ。

塩分が不足している。

これ以上山道を進むのはリスクがあるように思えた。
御前山から南東に伸びる尾根のエスケープルート、標高差1000m以上を1時間あまりで下り、車道に出た。車道沿いのしがない商店の前にある自販機でスポーツドリンクを買い、一気に飲み干した。これほどスポーツドリンクがおいしいと思ったことはない。
そこから武蔵五日市まで1時間30分、とぼとぼジョグして戻った。

水、食糧には十分注意した。外傷、捻挫にも気をつかった。ライトの球切れ、電池の予備にも配慮した。防寒もしかり。山を走る時は、特に一人であれば、あらゆるリスクを想定して走るのが、一種の義務である。
ところが、塩がこうした事態を生むとは思いもしなかった。まさに想定外である。
振り返ってみると、10時間あまりの時間に8L以上の水分を失っている。それとともに電解質の多くが汗として身体から流れ出た。相当量のナトリウムを補うには、通常の食糧に含まれる塩分ではとても足りなかった。

その日結局70kmほど走ったけど、追いこめなかったので筋肉痛はそれほど残らなかった。その変わり2,3日はしょっぱいものばかりが欲しい状態が続いて、ラーメンを汁まで飲んで周りの人を驚かせた。

それが「水中毒」という症状であることを知ったのは、その後妻と話た時である。水中毒は棄権な状態で、水飲み競争で大量の水を飲み、死亡した例もあるとのこと。

運動時に大切なのは、水を補給することではない。身体の中の電解質のバランスを保つことなのだ、ということを改めて痛感した。

それにしても身体は正直である。あれほど水を不味く感じたことはない。逆にしょっぱいおにぎりをおいしいと思ったことはない。
食や飲料は、ただただ身体の欲求に素直に応じるのが、一番健康的で身体に良いのではないか。
我々が気をつけなければならないのは、身体の欲求を抑えることではなくて、その後の惰性を抑えることなのではないか、と思った次第である。

まだまだ学ぶことはたくさんある。