日曜日, 4月 30, 2023

信越100mile 2022

<レースの記録を忘れていたので後から記載> 


START 18:30 

日没して約30分、暗闇の中スタート。序盤はスキー場の中の登りとトラバースを繰り返す。

2,30分で下りからロードに出てそこからは比較的平坦のパートが続く。1時間30分くらいで斑尾山に向けて急登が始まる。序盤なのでまだ余裕は十分。30分ほどで頂上に上り、そこからスキー場の下りを飛ばしすぎないように下っていくとA1バンフの灯りが見えてくる。



A1 バンフ 19km 2:21:24

バンフを過ぎると、下りか平坦な沢沿いの湿地を走る気持ち良いトレイルが続く。周りの選手に合わせて気持ち良い程度のペースで走る。希望湖の脇あたりで前回少し道迷いをしたが、今年はしっかりマーキングを追ってロスなく走る。希望湖を過ぎてもなおもフラットで走りやすいトレイルが続く。やがて道は折り返して少し登り、その後アップダウンを少し繰り返して赤池のエイドに到着。


A2 赤池  33㎞ 4:11:00 (手元の時計)  

赤池からは袴岳まで標高差200mちょっとのゆるい登り。走りやすいトレイルなので気分は良い。袴岳を過ぎると少し急なつづら折りを降りた後は緩い林道の下りとなる。

兼俣林道 5:10:21 

林道の長く緩い下り。このパートは比較的得意なので、普通に走っても選手をちらほら抜いていく。単調な下りなのでやや飽きる区間だが、まだつらい時間帯ではないので焦らずペースを維持して走る。やがて妙高高原の街の灯が木々の間から見えて、川沿いのフラットな道に入る。川沿いを離れるといきなり階段の急登が目前に現れ、その先から登りのトレイルとなる。階段の頂上で後ろを振り向くが後続のライトはない。

この後合計400mちょっとを登っていく。昨年はこのあたりで水が不足しが、今年はこの区間長いことを想定して1L十分な水を補給した。このパートはえんえんと自分だけのライトで夜の登山道を登っていく。

やがてトレイルは頂上につき、開けたトレイルに変わって下り基調になる。スキー場の中を下りきるとエイドにつく

A3 アパ 52㎞ 7:02:37

最初のデポジット。夜は気温が高くまったく寒さは感じない。食料をバッグに補給し、眠眠打破を飲んで眠気覚まし。暑さのせいか身体は悪い状態ではないが胃があまり良い状態でない。

エイドを出るとここからは比較的フラットか下り基調。やがて1時間ほど走ると田んぼの中の道に出て川沿いを折り返す。川沿いから単調な砂利道が続く。信越でも苦手なパートで昨年は2人ほど抜かれた。時々振り返るが幸い後続がくる気配はない。

やがて川沿いを離れて、ロードの登りに変わり、だらだらと高度を上げていく。後ろからちらほらライトが見えはじめるが追いつかれずに粘って走る。電車の線路と高速をくぐって用水路沿いの道をさらに登っていくとエイドにつく。

A4 国立妙高青少年自然の家 69km 9:20:50

このエイドからは、登り方をいろいろ変えて700mほど高度を上げていく。最初はなだらかなトレイルやスキー場の道が多いけが、後半夜が明けてくるころから、スキー場内のきつい急登が出てくる。武尊Sky Viewを彷彿させる容赦ない急登で、精神的にもきついパート。

エイドを後にして2時間ちょっとでようやく急登が終わりスキー場の頂上についた。そこから一転して急な下り道に入る。脚の筋肉がついてこないので、最初はペースを落とし脚が下りに慣れてきてからペースを戻す。

登りの時は遥か前に数人の選手がぽつぽつ見えていたが、下りに入ってしばらくすると、集団となっておりその後ろにおいついた。自然水が出ている道脇で休んでいたらしい。スキー場の下りに入り脚を痛めないように広い草地をジグザグと下っていく。もういい加減下りがつらい、という頃に川沿いのゆるい傾斜の道に出た。県道まで下りそこから川沿いのトレイルを登りなおす。男女の2人組のペアに追いついて少し離れたところを登っていく。しばらくしてトレイルは森の中に入り、エイドにつく

A5 池の平スポーツ広場 88㎞ 12:28:02

ほぼ半分は来たことになる。昨年はここでラーメンを食べたが、今年は用意もあまりできてなさそうで、食べるのをやめた。昨年に比べてこのエイド時点での疲労感が大きい気がする。

エイドを出ると緩めの林道や畑の中の道を繋いでいく。開けた畑沿いに出ると陽が差し始め、暑さがだんだんと増してくる。やがて杉野沢の集落が見えてきて、家の間を下っていくと110キロのコースに合流。橋の手前の施設エイドで補給をもらい、さらに橋を渡った先の民家で水を補給、頭にも少しかぶって熱を冷ます。ここのサポートは本当にありがたい。
つづら折りの林道を登ってやがてトレイルに入る。ここからは意外と道の悪いところも多く手ごわい。淡々と一人で走っていたがあと2キロくらいのところの登りで男女の2人に追いつかれる。それほどペースが速いわけではないので、そのまま後をおってエイドまでのゆるい下りトレイルを走る。

A6 黒姫 101㎞ 14:42:28

暑さがだいぶきつくなっている。なかなか胃が元気にならないので補給はフルーツや飲み物中心。レース前身体のあちこちにワセリンを塗ってきたが、2,3か所擦れて痛み出しているところがある。汗の多いレースだとどうしても服が擦れてしまう。こんなこともあろうとワセリンをドロップバッグに入れていたのでここで塗りなおした。
あまり時間をかけたつもりはないのだけど20分近くエイドにいたようだ。

黒姫からの登りはあまり得意ではないので、自分のペースで砂利道を進むと心に決めていたが、今年は例年以上に疲労でペースが鈍ったようだ。走れないのはしょうがないが歩いてる人にも簡単に抜かれてしまう。もう何人抜かれたかわからない。1時間で10人くらいだろうか。相対的に中盤はペースがかなり落ちていたと思う。

林道をようやく登り切り、下りの足場の悪いトレースに入ったところで先ほど抜かれた二人組を追い越した。吊り橋を渡り、登り返しの急斜面でまたじわじわ追いつかれるが、さの先のゆるい起伏のトレイルでも差はそのまま保ってエイドに到着

A7 笹ヶ峰グリーンハウス 112㎞ 17:06:30

笹ヶ峰を出るとしばらく遮るもののない牧場の道が続く。丁度昼に差し掛かり日も照ってつらい区間。牧場を過ぎてキャンプ場に入ったところで、後ろから速いペースで走ってくる選手がきた。なんなんだこのペースは、と思ったら110㎞トップの川崎さんだった。楽に走っているように見えるが、あっという間に林の中に見えなくなった。

乙美湖への下り手前の砂利道でなぜかバランスがうまく取れず、身体が疲れて頭もボーとしてきているのを感じた。体調悪いのかな、もしかしたら今日は完走できないかも、一瞬弱気なことが頭に浮かぶ。

無理をはせず、いけるところまでいこう。気を取り直して走る。
湖沿いに出て長い階段を上って再びトレイルへ。ペースを気にせず前に進むことだけを考える。

西登山道入口に向かう緩い登りの砂利道は案の定走れず、とぼとぼあるいていると、後ろから「鹿島田さーん」という声が聞こえる。振り向くとUTMF2022でも途中お会いした、山谷さんだった。110㎞3位の選手のペーサーで走っているのだそうだ。山谷さんの実力だと余裕なのだろうか、こちらの動画を取りながら走っている。知り合いに応援されて少し元気がでてきた。



黒姫への登りは少し落ちていた心拍も戻った感じだった。その後のごつごつした下りもそれなりに踏ん張って走れる。先ほどの弱気がいつのまにか薄れてきた。
途中下りをとぼとぼ歩いていた選手を一人抜いてエイドに到着

A8 大橋林道 128㎞ 19:59:28

大橋林道からは、牧場脇のトレイル。起伏はゆるいがなかなか走れずペースがつかみにくい。その後トレイルは森に入っていくが、この辺り前後に選手はいなく、ずっと一人旅だった。少し日も陰ってきたせいか、先ほどの体調の悪さは消えて淡々を脚を進める。途中マーキングが不安になる箇所がなんどかあったが、特に迷うことはなくコースを進む。
戸隠神社を過ぎ、木道に入るとこの区間もそろそろ後半。最後のちょっとした山で一人の選手に抜かれるが、それほど遅れない位置でペース維持してついていく。最後の別荘地エリアを抜けて緩い登りを進むとエイドにつく。

A9 戸隠スキー場 141㎞ 22:08:43

ここが最後の休憩。瑪瑙山を超えた後に今年はさらに長くなっている。エイドから少し離れたロッジに入ってそばをもらった。胃は変わらず調子悪いがそばはお腹に入れることができた。

この区間は信越らしくなく、足場の悪い山岳トレイルの多い区間。特に中盤の瑪瑙山まではなんどかきつい登りがある。登りはあまり強くないので、淡々とペースが落ちないように。標高を上げていくと、夕方の霧がかなり強くかかっており、あたりも薄暗くなってきた。瑪瑙山手間で一人のランナーを抜くがそれ以外は人に会わない。霧の中を淡々と進んで瑪瑙山を越え、その後の急斜面は方向を見失わないように注意して、沢沿いの真っ暗なトレイルに入る。二番目の闇は気持ち的にはずいぶん応える。しばらく起伏のあるトレイルを走るとやがて尾根に出て10分ほど下って飯綱林道入口に到着

飯綱林道入口 151㎞ 24:28:18

水の補給をしていよいよ最後の区間。林道は得意でないので、ペースが落ちないように意識して走る。闇の中変化のないこのパートは以前から苦手。
遅くても走り続けようと思っていたが、脚の動きが悪く途中、一回歩いてしまう。そこまでつらいわけではないので、精神的な弱さが出てしまう。すぐに走り出すが一回歩いてしまうとリズムは崩れる。後ろから遠くにライトが見えていた選手に抜かれてしまう。
そろそろ2019年までのフィニッシュに近いな、と思っていたころに林道からはずれて林業用の切り開きに入る。事前のブリーフィング通り、荒々しいキャタピラの後がそのままのでこぼこトレイルで、平坦なのに走ことができない。前に見えていた選手はあっという間に小さくなり、とぼとぼ自分のペースで進むしかない。
その後キャタピラ道をはずれ、小さな起伏も超えると森の中のアップダウンのあるトレイルになる。この部分は疲れた脚ながら気持ちよく走れた。
やがて再び林道に出て進むが途中マーキングが見つからないことに気づく。もう数分走っているので、コースアウトの可能性が高い、と元来た道を戻ることにした。すると110kmの選手がこちらに向かって走ってくる。GPSデータだと道は正しいという。安心してもう一度その道を進むと、先ほど戻り始めた少し先にマーキングはついていた。2018年の武尊でも同じミスをしたが夜間の慣れないコースは要注意だ。次からはGPSデータを時計に入れておくべきかもしれない。
110kmの選手と、2,3会話をしながら進む。その選手はスパルタンレースもやるそうで、前週の疲れがまだとれてなく少し不本意なレースなようだ。そうはいっても100㎞の選手の方が速いので、先に行ってもらい、自分のペースに戻した。
その後一回つらい登りがあり、森のトレイルに入ってなんどかアップダウンを繰り返す。だんだんどちらに進んでいるかよくわからなくなるが、とにかくマークを追って走るとやがてコースは沢沿いに向かって下っていく感じがわかってくる。おそらくこの沢沿いの下にフィニッシュがあるのだろう。最後が見えて元気も少し湧いてきた。後ろにちらちらライトが見えていらので、その選手に抜かれないようペースアップする。(結果的にそれは110㎞の選手だった)
やがって森を抜けて草原の下の方に灯りとわずかな放送の音が聞こえてきた。下りの勢いをそのままにフィニッシュレーンにゴール。

FINISH 163km 26:26:48 23位(総合25位)

2019年よりタイムは2時間近く遅いが順位は2つ上がった。
距離が伸びた分で約1時間、それでも1時間くらい遅い。ほかの選手も夜の暑さで全体的にペースが伸びなかったのかもしれない。昨年妻が後半ペーサーしてくれて、自分では頑張ったつもりはないが、やはり知らず知らずのうちにペーサーがいると良いペースで走れるのかもしれない。

土曜日, 4月 29, 2023

UTMF2023 その3 後半

 A5 富士急ハイランド 96.4㎞ IN 14:36:02   OUT 14:52:38

エイドに入るちょうどその瞬間にSUUNTOが日の出を知らせるアラームを鳴らした。エイド内は既にうすら明るく朝を迎えている。ドロップバッグを受け取ってからエイドまでの100mほどの距離が妙に長く感じた。

椅子に座り、ドロップバッグを開けてチェックリストを確認、アミノバイタルと眠眠打破を補給した。眠眠打破は味がきつく、胃が少し気持ち悪くなる。その後リアルゴールドを少し飲むけどあまりたくさんは飲めない。エイドの味噌汁を少しすすって身体をあっためた。

食料は後半に合わせてバッグのポケットに詰め込む。充電はスマホもSUUNTOも大丈夫そうなのでなし。着替えなども特に問題ないので、そのまま何も変えずに進むことにする。

準備はすんだが、身体が立つのを少し嫌がったので
、2,3分だけ椅子でぐったり休ませた。

さて、いざ後半へスタート。

エイド内を次の区間に向かうと、声をかけてくれる人がいたので、誰かと思ったら元慶応の小河原さんだった。昔と変わらないのですぐにわかった。昨年もボランティアをしていたそうだ。応援の言葉をかけてくれ、手を振って次のエイドに向かう。

夜がすっかり明け、朝の森の清々しさを感じる。カフェインを補充したせいか、気分は上向いている。次の区間に向けて脚が動き、心拍もしばらく110台に低下していたのが120から130まであがってくる。すぐに一人を抜き、その後ロードでもう一人抜く。昨年もこの区間は元気だったので、カフェインの効果は大きいかもしれない。

気持ち良いなだらかなトレイルの下りから小倉山、ロードを繋いで再びトレイルとペースはいい感じで進む。忍野に向かう急登でまとめて数人の集団に抜かれるが、これも毎年同じ。富士の絶景ポイントがあるので振り返ると残念ながら雲の中に隠れていた。

森のトレイルの起伏を繰り返し20分ほどで忍野の集落に向かう道へ。ここで先ほどからなんどか会っている伊東選手に追いつき、2,3会話する。ITJで上位になった選手とのこと。「エイドはもうすぐですよ」「登り速いですね」みたいな会話だったか。大きい笑顔が印象的だった。

A6 忍野 112.4㎞ OUT 17:17:55 
エイドでどんな補給をしたか、あまり記憶がないけど、バラエティのないエイドなので、バナナは食べたと思う。次はあまり長くないので水は片方だけ補給。
ここから4㎞ほど平坦なトレイルが続く。4年前はここで失速してたくさん抜かれたけど、今年はほぼ前後と同じ感覚で悪くないペースだったと思う。やがて大平山に向けた緩い登りが始まり、この区間は案の定あまりペースが上がらずじわじわ抜かれることが増えた。
心拍も110前後に落ちてしまうが、足和田山と同じで我慢。
大平山で「90位くらいだよ」と教えてくれる。(実は100位くらいのはずだ)それまでスマホなど見ず、順位もなるべく意識気しないよう走ってきたのだが、調子の割にまわりの選手の多さに順位が気になりつつあった。

90位。このままいけば優先出場権は取れる、というポジティブな気持ちと、少しでも後半崩れたらだめだな、というネガティブな気持ちが入り混じる。

一緒に走っていた若い選手は、「抜かれること多いんですけどね、このまま頑張れば100位いけるかな」、と元気を出していた。ただ下りの走りが今一つだめならしい。その後平野に向かう下りで、その選手はおいていった。下りはリズムよく走れていたので、さらに2名ほどの選手を抜いて山中湖に向かう。

A7 山中湖 124.7km IN 19:14:53  OUT 19:21:53
まずトイレに行っておくが、便意がまだこず、あきらめる。3分のロス。おにぎりがあったのでさっそく補給。これは美味しくて元気になる。

幸い2日目になって気温はそれほど上がっておらず、次の区間で昨年の暑さのような苦労はしないだろう。水は1Lに加えて手持ちのフラスクに半分くらい入れて出発する。鉄砲木の頭の登りは、野焼きが終わって歩きやすくなっており、たんたんと登れた。34分くらいで頂上についたので悪いペースじゃないな、と思う。

頂上を過ぎた後のアップダウンは、そろそろ大腿筋の痛みも出てきてるが、昨年に比べると程度は軽い。最初前に一人、後ろに一人の気配で淡々と走るが、そのうち前は見えなくなり、後ろは気配が消えてくる。途中からはほぼ一人で走った。

しばらくひとりで紅葉樹の見通しがよく静かなトレイルを楽しんでいたが、犬伏峠に近づく頃にやがて再び何人かの選手が一緒になる。峠を越えて石割山に向けた登りで、一人の選手とずっと同じペースで進むことになる。1112の柴崎選手だ。あまり会話はしないが、起伏に対してペースの取り方が似ており、1時間ほどほぼ一緒に進む。最後は少しの差で二十曲峠に到着した。

A8 二十曲峠 138.2km OUT 22:20:13

4年前より40分くらい早く到着した。身体の感じも悪くはないし、胃も今のところそれほどひどくない。

アンパンをかじってる選手がいてちょっと惹かれたが、そこまでの胃の元気はなかったので、バナナで補給。
昨年は暑さにやられて寝ている人が何人かいたが、今年はそうした厳しい状況にある選手は見当たらない。これから嵐のような夜を迎えるのだろうが。その前の平穏な昼下がりエイド、という空気だった。

水は次に向けて量型満タンにして、あまり時間を置かずに5分程度で出発する。
前方の尾根に2名の選手がいるのをちらほら見ながら尾根道の起伏を進む。まだまだ体は動く。

途中少し抜いたり抜かれたりしながら、核心の杓子山に向けた登りに近づく。杓子山につく頃には柴崎選手が30秒ほど前にいる以外前にも後ろにも選手はいなくなった。
ロープと三点支持を駆使して岩場を一歩一歩登っていく。昨年や一昨年のつらい経験に比べると、身体は動いてイメージよりも早く頂上が見えてきた。
杓子山で鐘を一回鳴らし、そこからの急斜面は脚の筋肉もまだ大丈夫で、いつもの通り自分のペースで気持ちよく走れた。途中柴崎選手や女子選手を一人抜く。つづら折りに入る頃にもう一人選手を抜き、林道を気持ちよく下る。最後で柴崎選手に再び追いつかれ抜かれるが、エイドでは見える位置だった。


A9 富士吉田 150.0km IN 24:52:10   OUT 25:04:47


ここでトイレ休憩。5分はかかったか。
その後楽しみにしていたうどんを啜る。これは元気になる。コーラも飲んでエネルギー補給は万端にしてスタート。12分かかったのでエイドで何人か抜かれたらしい。

2015年の時、このエイドを出た時に眼から涙が溢れ出た。フィニッシュには早いけど、このエイドを出るともう完走は目前で、ここまでトラブルがなければ自分が目指した納得のいくレースに限りなく近くなる。そんな気持ちからだった。今年、歳取ったのか感性が鈍ったのか、涙腺は緩まなかったけど、2015年以来の出来であることは確かだ。

最初のロード4㎞は市街をたんたんと一人で進む。選挙前日の追い込みであちこちの選挙カーから候補者の振り絞る声が聞こえてくる。

エイド出た時、前に一人速い選手があっという間に小さくなっていったが、それ以外は前後まったく見えない。
市街を通り過ぎ、いよいよ山に入って登り始める。最後の比高600mの登り。一生懸命脚を前に出すが、心拍は110台からそれ以上はあがらない。少し平坦なところはなるべく走ろうとするが、数十歩で歩いてしまう。
自分が100位に近いところで走っているだろう、とは認識していたので、最後の山でもなるべく抜かれたくない、その思いから、後ろを気にしながら登ることになった。つづら折りで振り返るの繰り返し。中盤まではそんな感じだった。

後ろの気配をずっと感じない。意外といいペースで登れてるのかな、と思ってると登り残り1/4くらいのところで、突然すたすた登ってくる後続選手にあっという間に抜かれた。「あともう一息ですね」くらいの会話をする時間しななかったような。その後ろ姿も直ぐにつづら折りに消えていった。時々すごいスタミナを残して最後の山を越える選手に出会う。

その後、少し登り、尾根まであと10分もないところだったと思う。派手に応援してくれる一団に出会った。ここは名前まで呼んでくれて大きな元気をもらった。通り過ぎた後に耳を澄ませたが、応援の音がしばらく聞こえないので少なくとも5分くらいは間があいてるだろうと確信する。

すぐに霧山の尾根にたどり着いた。この時点で26時間37分、27時間30分も見えてきた。下りで気持ちを切り替えてペースをあげる。

途中ものすごい勢いで一人選手に抜かれびっくりした。抜かれた後にKAIのトップ選手であることに気づいた。その後KAI2位の選手にも抜かれ(甲斐選手だ)る。

山道が下りから平らな散策道に入る林道で残り4㎞と言われる。よし、気持ちを一段切り替えていこう。登りは歩いてしまうが下りは筋肉の痛みを一段高いところで我慢してペースアップ。よしまだ身体も動くぞ、終盤の気持ち良いトレイルから急斜面を下り、いよいよロードが見えてきた。

応援に包まれる中舗装道に出ると、ここでKAIの3位選手に抜かれる。気持ちだけは後をおい、国道と踏切を渡り、富士急沿いの舗装道を一生懸命走る。

今までの静かな森のトレイルから、遊園地の無機的な工作物の世界に飛び込むと、なんだか不思議の国のアリスやら伽話の主人公になった気分になる。

最後の最後、遊園地の脇でFUJIの選手に抜かれてしまう。笑顔で、失礼しますと。ペースは僕よりだいぶ速いので、悔しいよりすがすがしさを感じた。すごいなあ、と感心しながら後を追った。

最後のコニファフォレストに向かう橋を登り、行きかう人に応援してもらい、最後のフィニッシュレーンにたどり着く。レーンで応援してくれている人とハイタッチ。毎年ながら、最後のフィニッシュはあっけなく、テープを切るとそれで165㎞の道はおしまいだった。

FINISH 164.7㎞ 27:32:45  総合96位 男子90位

28時間の目標をクリアし27時間32分は2015年の27時間58分を超えて正規コースでは最速のタイムとなった。

順位は96位と優先出場権をギリギリ獲得できた。このタイムでギロギリになるとはこの数年で選手のレベルも上がっているのだろう。

今年は、大会のコンディション(気温、天気、トレイルの状態)、自分の事前の練習、当日のレース運び、の3つの条件がうまくそろって、今の自分としてはもうこれ以上ない結果だったと思う。この歳にして、なんの競技においてもここまで出し切った感のあるレースをできたことには、神様にも、家族にも、そして自分自身にも感謝の気持ちしかない。

逆にいうともうこれ以上は、取り組みから変えないと望めないだろうし、今の自分にとっては来年以降に走る動機付けのハードルがとても上がってしまったように思う。

年齢を考えれば、良くて維持、普通なら少しづつ体力が低下していく現実の中で来年、どういった目標で走るかは、少ししっかりと考えてみる必要があるかもしれない。


UTMF2023 その2 前半 

 スタート 21日 14:30 第1ウエーブ

もう6回目のスタートながら、スタート前の1分は「本当に明日の夕方まで走り続けられるのかしら」、と心細くなる。ここでは自分を信じるしかない。ふと我に帰るスタート直前、隣にいた二人組の選手と軽く目線を合わせて健闘を祈った。英語なので、どこから来たの?と聞いたら韓国の選手だった。

スタートの合図とともに、歓声と人混みで混沌とした中走り始める。

数分走るとすぐに林道でそこからは長い下りなので前半は身体に優しい。昨年A1までを慎重に行き過ぎて、A1手前の鉄塔下トレイルで何度か渋滞してしまったため、今年は少しペースを上げてみる。心拍でいうと135-145の間くらいか。登りでも150は超えないように注意する。

鉄塔のアップダウンまでくると昨年より周りの選手の密度もまばらで、渋滞もほとんどなく走ることができた。このあたりは起伏も適度に気持ちよく、あまり無理せず周りのペースに合わせて走る。エイド近くのコースレイアウトが少し変わっており、何度かなだらかな森の中の道を折り返した後にエイドに到着した。


A1 富士宮 23.8km 2:20:41

次の区間はレース中最長である。それほど暑さは感じなかったけど、水は両肩のフラスク1Lに加えて手持ちのフラスク500mLに8割ほど入れて持つ。コーラとバナナを1本食べて出発。

市街地のロードとトレイルを縫うように抜け、用水路の脇を走っていよいよトレイルの登りで歩き始める。このあたりはちらほら抜かれてちらほら抜く程度。途中の林道を超えるとそこから急登。SUUNTOの高度計を見て残りの登りを時々チェックしながらひたすら歩く。1200mを超えるとようやく頂上らしきものが見え、スタートから4時間ちょっとで天子が岳到着。ここでヘッドランプとハンドライトを点灯、尾根線を痩せ尾根の岩場も交えながらアップダウンを繰り返して高度をあげる。この手の起伏は好きなので気分よく走る。

そろそろ熊森山が近づくという頃に、細い尾根の脇で小休止しているエルワンさんを抜いた。エルワンさんはマラソンでは僕より全然速いけど、100マイルは似た位置で走ることが多く、2014年以来レース中かならずどこかで会っている。今年はここで見かけたのが最後だった。

熊森山からの下りは得意なのでリズミカルにペースを維持して下っていく。途中1人ぬかしたと思う。10分ほどで林道に出てここからはあまりペースを上げすぎないように注意して重力をうまくつかって走ることを心掛ける。

30分ほど走って平坦となり、そこからはほぼフラットなトレイルを走り続けることを心掛けて進む。水は幸いまだ少し余っており、水分補給は十分だったと思う。

A2 麓 51.0km IN 6:49:21 OUT 6:53:17

今年は今のところ胃は元気なようだ。今までで始めて富士宮焼きそばを食べたがおいしい。少し胃にずっしり来る感じもしたけど、ゆっくり走る分には問題なさそう。次のエイドは近めなので水の補給も片方だけ満タンにして走り出す。

エイドを出てしばらく一人で闇の中を走る時間が長かったが、やがて追いつかれた集団と抜いたり抜かれたりのパックになる。ほぼ平坦な道を50分ほど走り続けて龍ヶ岳の登りに差し掛かるところで男性2名、女性1名のパックになる。女性は今見返すと、総合3位の大渕選手だった。ここまでほぼ同じペースで何度か一緒になっている。

登りに切り替わると、自分は弱いので、集団に前に行ってもらい、後から追いかけるようにして登った。途中から急登に切り替わりじわじわ差がつく。20分ほどの登りで差は1分ほどついたが、いつものパターンで折り返しの下りでまた追いついた。その後平坦になったところでつい調整良く走りすぎてコースアウトしてしまう。幸いライトをつけて走る選手の集団が違う方向に向かうのを見つけて、3,4分のロスだろうかそれほど大きな痛手にはならなかった。

A3 本栖湖 61.3km OUT 8:41:44

このエイドは一番簡素なつくりで、水は水飲み場で補給、食料は身延饅頭のみ。あまり食べる気はしなかったが、補給は欲しかったので一つもらってかじりながら歩き始めた。

ところが身体があまり饅頭を欲しないので、2口くらいかじって途中で食べるのをあきらめた。エイドからは20-30分ほど緩い登りが続くがここは毎年苦手な区間で、かならず数人に抜かれる。今年も一生懸命歩いているつもりでも、2,3人にすっと抜かれてしまった。

登りが終わり、尾根道のアップダウンになる。毎年ここからはペースを取り戻すのだが、今年はやや疲れてるのかエンジンがかからない。その後も時々抜かれることが多かった。最後のパノラマ台の登りでも一人抜かれた。

パノラマ台からの下りは毎年と同様に、数人を抜きかえす。そして平地になってからはまた3,4人に抜かれるパターン。ただ昨年に比べると少し粘りがなく、ペースが鈍っているか。

A4 精進湖 73.1㎞ IN 11:01:58 OUT 11:07:27

田舎雑炊をもらい水でぬるくして、口に注ぎ込む。柴漬けが染みる程美味しい。少し疲れてる感じだし、次は苦手なロードが続くので、少しでも椅子に座って気分を入れ替えた。

次は2番目に長い区間である。この区間は、ロード→山→ロードの3区間に分かれる。

エイドを出てまずは樹海のトレイルを進み、苦手なロード区間が始まる。昨年は脚の筋肉痛を拳骨で覚醒しながら走ったが、あまり使いすぎは良くないと反省し、今年は身体が動く範囲で腰を使って進むことを意識する。

途中いつもの通り1人の選手にあっという間に抜かれた。中盤くらいまで来たところで、遥か前に、時々車のライトに照らされて、ランスカ姿の選手のシルエットが見え隠れする。

少し元気づいてペースを維持すると、やがて姿は大きくなる。歩いたり走ったりしているようだ。もうそろそろロード区間が終わり、という頃に追いついた。6位になった伊東選手だった。携帯で楽しそうに誰かと話しながら走っている。ふと時計を見ると2時半、一人でとぼとぼ真夜中に走ると寂しくなるし、だれかと話して元気をもらっているのかな。

彼女は僕が追いついたところから再び走り始めた。走るスピードは僕よりはるかに速い。あっという間に前に行ってしまい、そのまま樹海のトレイルに消えていった。

第1ステージが終わり第2ステージがはじまる。足和田山だ。前後にライトもなく1人で登りはじめる。傾斜はゆるいが走るにはきつい。せっせと歩いていくがすぐに2,3にライトが後方にゆらゆら見え始め、すぐに抜かれた。なぜ自分はこんなに登りを歩くのが遅いのだろう?と不思議になる。心拍も110くらいまで下がってるのでもっとペースを上げられても良いのにあげられない。

去年もその前も同じだったのであまり焦ららないよう自分に言い聞かせてぺースを貫く。1時間くらいでようやく登りが終わり、そこからは下り基調。前にも後ろにも選手はいないので、淡々と下った。

第2ステージが終わり、第3ステージは再びエイドまでのロード区間。途中自販機でぶどうジュースを買って飲んだ。身に染みる程美味しく、エネルギーにもなって残り区間への元気が湧いた。この区間も1,2名抜かれるが気にせずペースを維持。空がしらけてきて夜明けが近づいてくる。短いトレイルを走った後国道沿いから富士急ハイランドに到着。






UTMF2023 その1 準備



 9月に信越100マイルに出場、まずまずのレースで10月は少し休養。11月もトレイルは1回だけでロード中心に300㎞を少し超えるくらい。12月から準備を始める。

12月、30㎞の北高尾と50㎞の箱根外輪山の2回。箱根外輪山は久しぶりに6時間台で回れてコンディションが悪くないことを実感。総距離は401㎞

1月、高尾のマンモス(44㎞)を2回。2回目はいつもの逆コースで6時間の自己最短で回ることができた。長い距離走った時の粘り強さは今年はいい感触がある。1月は総距離410㎞

2月、予定の都合でトレイルは走らず。森は、オリエンテーリングで短い距離心拍上げるレースを2回+テレインジョグ2時間のみ。総距離314㎞

3月 北鎌倉21㎞、北高尾54㎞、FUJI後半試走79㎞の3回。FUJI試走はやや疲れをためてたせいかペースはゆっくりぎみだが、疲労の感じから身体は100マイル向きになってきた感じ。 総距離402㎞

4月 FUJIの2週間前に高尾マンモス44㎞、自己ベストの5時間54分、悪くない。前週(5日前)には鎌倉で16㎞軽く。その他オリエンテーリングの合宿で20㎞ほど富士山麓の不整地。前日までで4月総距離218㎞

今年の目標は28時間にした。

2019の時に27時間を目標としたものの、A4精進湖あたりの夜間走行から設定タイムから離れはじめ、A8二十曲峠で予定より1時間以上離れた。その後杓子山の突然の雹で寒さに襲われ、結局29時間以上かかったが、もしアクシデントなくても28時間前半が良いところだった。

体調の良さは感じていたけど、4年の歳月がたちベースの速度もなかなか上げるのは難しく、良いレースをして28時間が現実的と考えたのだ。

装備は毎年とほぼ変えていない。

食料は、昨年までの経験から少し変えてみる。

くずもち(セブンイレブン)、羊羹(セブンイレブン)、ジェル(メダリスト他)、バランスパワー(ブルーベリー味)、アミノバイタルジェル 、干し梅



靴はon cloudのcloudoltra 周りにはいている人を見たことないが、昨年の信越で安定感があり、レース後半いつも生じるマメによる痛みもなかったので、今年も1足新調して臨んだ。

身体の背面に疲れがたまった疲れを感じたので、前の週の土曜日に接骨院に行き施術、2日前にはマッサージを受けて疲れを解した。

前日は昼まで仕事をして、12時過ぎに移動、13時15分バスタ発のバスで15時頃富士急ハイランドに到着。5分ほど離れたコニファーフォレストに行くと、受付は長蛇の列。1時間とちょっと待って、携行品チェックを受けて受付。少し会場でEXPOをぶらぶらし、遅めの昼食に、テイクアウトのフォー、クラフトビールでいい気分。18時頃シャトルバスで富士の森ホテルへ。到着後歩いて1.5㎞のローソンに散歩がてら行き、次の日の買い出しをして宿に戻る。10時過ぎまで準備などをして10時30分に就寝

6時30分頃起床。7時過ぎから朝食。朝食は、昨年までの時の栖に比べるとビュッフェのバラエティが少ない。あまり食べすぎないように。出発の11時までは少し二度寝してのんびり準備。

11時15分発のバスでこどもの国へ。12時40分くらいに到着。レース前の捕食をして、13時過ぎに荷物を預け、トイレにいって、14時の開会式まではのんびり草っぱらをぶらぶらしながらスタートを待った。






水曜日, 5月 04, 2022

ウルトラトレイル ~ 8つのリスクを知る

  100マイルに代表されるウルトラトレイルは、昼夜のレースで高山の岩場から街中のロード、暑い日差しから雨や時に雪など、様々な環境の変化に対して走り続けることが必要である。そのため、スピードや持久力に優れた選手でも、これら変化する状況へ巧く対応できなければ、結果がついてこない。

 しかし、よく考えてみれば、冒険の疑似体験でもある100マイルは、謂わばリスクの予測と対処がレースの醍醐味だとも言えなくない。様々な想定外があって、それを乗り越えることで俄然このレースの面白さが際立ってくる。

 そして山のリスクは時には生命の危険にも繋がり、また、そこまで行かなくても、リタイヤ時の運営者や周りの人への負担が大きい。そのため多くのレースで必須装備を指定することで自己管理を喚起し、自己責任でリスクを負うことが、そもそものレースを走る上での前提となっている。

 しかし必須装備を求める背景に、レースでどんな想定外、リスクが潜んでいるのかその要因について丁寧な分析をしている例はあまり見ない。選手の体験談や用具メーカーのアドバイスなども、数あるリスクの、ある部分を切り取って解説しており、この競技がもつリスクの全体感までつかむことは難しいのではないか。

 結局リスクは言葉で説明されるのではなく、自分で経験してみないと対処の方法は分からないのかもしれない。実際、多くの選手がレースを通じて一つ一つ苦い経験をし、次のレースで改善策をたてて成長しているように感じる。 

 そうはいってもこの競技に取り組む選手にしてみれば、リスクの羅針盤的なものは欲しいだろう。そこで、主に100マイルのレースを想定し、「ウルトラトレイルのリスクを知る」というテーマで起こりうる8つのリスクを類型化し、合わせてある程度の対応策も記した。細かいものや稀なものを上げればリスクはこの他にもあるだろうが、まずこの8つを想定しておけば大抵のレースは乗り越えられるだろう。

 まだ超長距離レースを経験したことのない人も含めて、どんなリスクがあるかを事前に想像し、準備するためのヒントとして活用していただければ幸いである。

 なお、レース中の8つのリスクとは、

「低体温・寒さ」

「日射病・脱水症状」

「胃腸トラブル」

「筋肉痛・痙攣」

「睡魔」

「怪我・動物被害」

「用具トラブル」

「コースアウト・道迷い」

 である。

 なお、個人的な経験と他の選手からの伝聞に基づいており、専門的な知識に基づくものではない点はご了承いただきたい。


1. 低体温・寒さ

 ウルトラトレイルで最も留意すべきリスクだろう。昨年中国で起きた20人以上の犠牲者を出した悲劇もこの要因である。

 春や秋に開催されるレースでもともと平地でも気候の涼しい時期は、高山の通過時間帯が深夜から明け方に重なるなどの条件で0度以下の環境も珍しくない。気温0度でさらに雨が降ればかなり厳しい条件になり、動き続けていても身体から体温が奪われる。

UTMFは防水ジャケット・パンツが必須装備としているが、これもうまく使えないと効果がない。まず雨で身体が濡れる前に着ることが大切。ジャケットをバッグの奥底に入れてしまったがために、取り出して着るタイミングが遅れ、濡れてしまうケースがある。身を守るジャケットは出しやすいところに入れることが必要である。

 手袋や帽子などで体の末端を温めると寒さは和らぐ。手袋は悪路で転んだり樹々を掴むと直ぐに濡れるので、防水機能のあるものか、もしくは替えをもっている方が良いだろう。

 体躯は、最近多い撥水性のドライレイヤーを持つアンダーウエアが良い。汗でも雨でも濡れた後の冷えを防止できるので必須アイテムだと思う。

 防水雨具だけでなく、保温のできるウエアも必須装備にある。実際は、ある程度のタイムで走る選手は、ほとんど着る機会はないままレースを終える。しかし、もし身体の不調などでペースが鈍り休むと急に体が冷え、身を守る保温が必須となる。普段はお守りと思ってしっかり保温できるウエア1枚をどんな時も携帯しよう。

 また、レース中 どうしても体が冷え切ってしまった時はエイドでしっかり休み、濡れた衣服を乾かすことが大切である。





2. 日射病・脱水症状

 条件によっては寒さと同じくらい大きなリスクになりうるのが脱水症状だ。

 晴天の日中に走る区間は、気温がそれほど上がらなくても暑さに襲われることも多い。広葉樹林は春先や秋に葉が落ちて枯れ山となる。あるいは防火帯のようなトレイルも多いので、直射日光に長時間さらされることも多い。普段の練習から気温と水分の補給量の関係を把握して、次のエイドまでの時間と必要な水分量をしっかり計画することが大切である。

 山中で水が不足してくると知らず知らずのうちに飲む量を節減し、やがて体内の水分が減少してスピードが低下する。痙攣しやすくもなり、急激なブレーキに繋がるおそれがある。

 タイムを狙う選手はついつい軽量化に走り水をギリギリにしてしまうので注意が必要だ。最近のベスト型のバッグは左右の肩で合計1L保持できるものが多いが、日中に3時間以上かかる区間で1Lでは足りない可能性が高い。私の場合、そのような時は手持ちのフラスクを用意し、300-500mLプラスしてエイドを出発し、前半に飲み切ったらフラスクをカバンにしまうことにしている。

 コース途中で自然水の補給ができる場合があるが、試走などで確実に利用できることを確認したい。確実な情報がない場合は、見逃したりあるいは季節によって枯れてたりするリスクもあるので、あてにしない方が良いだろう。

 もう一つ気をつけるべきがミネラルの補給だ。レースによってはエイドで水しか補給できないので、途中水ばかり飲んでしまうとミネラルが不足し水中毒の症状(妙に水がまずくなるので分かる)を起こす。汗をかいてるのに水分を欲しなくなったら危険信号だ。防ぐには塩飴、干し梅などミネラル(塩分)の多い補給食を別に用意することが必要。スポーツドリンクの粉を用意して自分で水に溶くのも手だと思う。またエイドでは豚汁やせんべい、ポテトチップなど、ミネラル補給を積極的に行うのが良いだろう。



3. 胃腸トラブル

 中距離までのレースとの一番の違いはここかもしれない。レースで本調子を出せず失速したり棄権する選手の多くがこの胃腸トラブルを原因としている。多くの場合、レース中に胃腸が食べ物や時に水分を受け付けなくなり、エネルギー不足で失速する。

 個人差があって、ほとんど悩まされない人もいるし、この問題を解決できず100マイルを走らない人もいる。僕の場合その中間だ。つまり、酷くトラブルを起こしたこともあれば、うまくかわせたことも多い。

 対策に王道はないが、一番大切なことはレース前を含めて食べ過ぎないことだ。スタート直前まで食べてしまったり、あるいは途中のエイド、にこやかなスタッフの進めでついつい食べ過ぎてしまうこともある。しかし、一旦食べ過ぎてしまうと、消化のスピードが極端に遅くなり、そこから胃がおかしくなる。そうなるとレース中の復帰は難しくなる。

  20年トレイルを走っているが、唯一棄権した2005年のハセツネはこの胃腸トラブルだった。練習不足の不安からかレース直前まで食べまくってしまい、結果その重たいお腹が40km過ぎてもおさまらずレースを断念したことがある。

 食料の準備としての工夫の一つは種類への配慮である。同じものを取りすぎると胃腸が受け付けなくなることが多い。ジェルだけに頼らず、シリアルバーや、羊羹、ドライフルーツ、ゼリーなど多くの種類の食べ物を用意しておくと、食欲が低下しても、どれかを食べてしのぐことができる。

 どこまで効果あるか分からないが、レースの走り方にも工夫の余地がある。急な下りの走りで衝撃が強いと胃腸が揺れて消化が悪くなるという人もいる。下りは脚のことも考えて胃腸にも優しい走りをすることが大切だ。



4. 筋肉痛・痙攣

 筋肉痛は、事前のトレーニングでどれだけ筋力を鍛えられたか、あるいは、その準備した体に見合ったペースの走りを出来ているか、が大きな鍵だ。

 筋肉痛がひどくなり、下りで速度を制限されてしまうケースが多い。レース後半になると必ず斜面をとぼとぼ歩いて下る選手に出会うが、下りのブレーキは登り以上に差がついてしまう。良いパフォーマンスには、最後まで下りを走り切ることが大切だ。

 レース中一番注意することは前半の走り方だ。筋肉疲労は下りの着地で蓄積するため、特に下り方に注意する。大股での下りや大きい段差の衝撃は避けて重力をうまく使った小刻みな下りを心掛けたい。

 用具の面で重要なのは靴の選択だろう。私は初回の100マイルをソールの薄いスピード用の靴で走って大失敗をした。やはり100マイルを走るには、ある程度ソールがしっかりした靴の方が後半に向けたダメージは小さい。

 疲労しやすい筋肉のサポートをするテーピング(あるいはその役目をするサポート機能付きタイツ)もある程度効果が期待できるだろう。但し自分の筋肉を増強してくれるような高い効果まで期待しない方が良いと思う。あくまで補助的な対策だ。

 もう一つ、意外と効果があるのがレース中のマッサージである。エイドによってはマッサージやテーピングサポートをしてくれるケースもある。あるいは自分で腿をマッサージするのでも良い。固くなった筋肉に激しい痛みを感じるくらいの強いマッサージをすると、その後筋肉の状態が改善する。レース中に回復しながら走る100マイルならではだ。

 痙攣は、筋肉痛とは少し違う要因だ。多くは前述「2. 暑さと脱水症状」に起因する。痙攣の場合発生したらストレッチなどして、まずは負荷を落とすしかない。全く動けなくなることはないので、焦らず1,2分待てばいい。少し動けるようになったら、痙攣をおこす筋肉の動きを特定し、その動きを使わない動きを工夫してみる。うまく走り方を見つけられれば影響は大分軽減できる。

 次のエイドでしっかりと水分とミネラル(塩分)をとることで、ある程度回復するだろう。

 なお、痙攣防止のためのミネラルを含んだサプリメントが多く出ている。興味ある人は調べてみると良い。


5. 睡魔

 これも100マイル特有のリスクだ。特に2晩目に突入するレースでは、睡魔への対策は成績を大きく左右する。私も1度目の100マイルは睡魔との闘いに負けて1時間以上のタイムをロスした。しかしその後のレースでは、うまくコントロールできるようになり、今ではまったく眠気を感じることなく走ることができる。

 基本的な準備として、レース前数日の睡眠で負債を抱えないことだ。少なくとも普段自分が必要と考える睡眠時間は確保する。特に前の晩からレース前までは宿でゆっくり睡眠を確保できるスケジューリングが必要だ。

 次に、レース中に睡魔に襲われる時間帯について知ること。自分の場合夜が明けて少し明るくなった朝の6-9時頃が一番つらくなる。もう一つのポイントは眠くなるシチュエーションだ。これは圧倒的に登り。特に急登で景色の動きが遅くなると、とたんに眠くなる。つまり睡魔対策として、明け方から午前中にかけて急登が続くコース上のポイントを予見しておく。

 対策だが、これは比較的シンプルで、僕の場合カフェインである。眠眠打破やRedBullで良い。普段とらない量のカフェインを接種すると明らかに身体が活性化して眠気が収まるので、フラスクに用意して眠くなるポイントに来たらしっかり飲む。

 レース前に少しカフェイン断ちしても良いかもしれない。なおカフェインはWADA(世界アンチドーピング機構)の禁止薬物には現在含まれていない。

 

6. 怪我・動物被害

 怪我の危険を生む一つの要因は悪路だ。トレイルレースは主催者が参加者全員(数百人時には数千人)が通過することを想定し、最低限の安全確保されたコースが原則となる。それでも雨や雪などで路面状態によっては危険なエリアにもなりうる。だから、山登りと同じように、急斜面や切り立った尾根などリスクのある場所で、危険を察知することが大切だ。意識を切り替え、3点確保などで確実に進むしかない。

 命の危険を感じる程でもないが、泥濘や滑る斜面が続く場面も多い。走り方には一定のスキルがあるだろう。自分の脚で制動できるスピードの範囲に収まるよう気をつけつつ、滑って転倒した時のことを念頭に姿勢を構える。例えば進行方向に対して体を斜め30度くらい傾け、いつでも片手を後ろにつける姿勢で下る。あるいは着地の両足を少し開き気味にして、仮に滑っても足を内側ではなく外側に滑るようにすれば転倒しても大事には至らない。

 もっとも、(日本の)ウルトラトレイルの場合、危険なエリアでの大怪我はあまり聞いたことがない。むしろ気を付けたいのは、なんでもない路面での疲労に起因した転倒だ。その場合なんらか予兆がある。木の根に足を何度か引っかけたら「自分は疲れている」ということを自覚し、歩幅を狭めて無理をしないことだ。

 怪我ではないが意外と侮れないのが足のマメだ。途中つぶれると、棄権まではいかないが、その後走るのが苦痛になるケースは多い。マメの防止は靴下や靴との相性によるので具体的な解決は難しいが、練習でレースと同じ靴、靴下で相性をみておく必要はある。どうしてもマメが出来る場所はそこにテーピングを巻いて摩擦を防止し、軽減できるケースもある。またレース中足をなるべく濡らさないことも大切。濡れると足がふやけてマメがつぶれやすくなる。

 一方、動物被害では蜂さされが一番多いだろう。前を歩く選手が蜂の巣を刺激して次に近づいた人が襲われるケースが多い。こればかりは中々予防は難しいが、コース上で蜂が発生した場合はしばらく待つ方が賢明だ。可能なら迂回する。 ポイズンリムーバ―を持っていると万一刺された場合もリスクを軽減できるだろう。

 それ以外の被害(クマ、蛇など)は殆ど聞いたことがない。熊鈴は大会のガイドラインに沿って使うのが良いだろう。蛭の被害は時々聞く。気持ち良いものではないが、危険はなくレースへの大きな影響はないだろう。

 総じて、怪我や動物被害での大きなトラブルは他のリスクに比べて見聞きすることが少ない。侮ってはいけないが、他のリスクと比較すれば過度に心配することはないだろう。


7. 用具トラブル

 まず、一番避けなければいけないのが、用具の紛失、落とし物である。UTMFでは必須装備を落として失格となったケースも多い。例えば、雨があがり、脱いだ雨具を背中のバッグのポケットに入れたところ、走っているうちに落ちてしまった。関門で、必須装備チェックにひっかかり失格、その日はもう雨なんて降りそうにない天気だったとしてもルールはルールだ。本人には可哀そうだが実話である。むき出しの背面のポケットは必須装備には使わない方が良い。

 その他ライトの接触不良、ハイドレーションの水漏れなどに気をつけたい。いずれも大きなロスに繋がる可能性が高く、最悪は生命の危険にもつながる。

 バッグのファスナーのトラブルも稀だが起こる。初心者にたまにあるのは、バックの両開きのファスナーを頂上付近で合わせて締めてしまい、下りなどの振動でファスナーが開いて中からモノが落ちるというもの。ファスナーはどちら側かにまとめるのが定石。振動で動いてもバックが開いてしまうことはない。

 食料切れによるハンガーノックも広い意味での用具トラブルかもしれない。レース中の補給は想定できないケースもありうるので、予備の食料をどこかに入れておくことは大切である。

 また100マイルを走ると靴も相当に傷む。新品に近い靴なら問題ないが、履きなれた靴だとソールの剥がれや上面の穴などリスクもある。靴は使用歴の浅いものにする方が無難であり、途中のエイドで替えの靴を用意するなどの対策も必要だ。


8. コースアウト・道迷い

 トップ選手を含めて完全に避けられないリスクだろう。UTMFでも2013年や2018年,2022年にトップ選手でロスがあった。致命的までのミスは多くないが、それでも10分単位のロスは十分に起こりうる。

 道迷いのリスクは主催者のコースマーキングのつけ方に大きく影響される。大会のマーキングの間隔、特徴をレース前半で把握しておくことは大切だ。UTMFなどは大分親切な方だと思うがそれでもミスは起こる。特に夜の区間にマーキングを見失うと精神的な不安も重なりロスが大きい。

 道迷いを防ぐ一番良い方法は試走をしておくことだ。あるいは試走をしなくてもどんなコースを走るのか一回地図でしっかり予習することも大切だ。大局的なコースの方向をイメージしておく。ミスを完全には防げないが、例えば登るべきところを下ってしまう、といった大きな勘違いのミスは防げるだろう。

 個人的に感じるコースロストの注意ポイントはエイド直後や市街地通過時である。鋭角な曲がりなどもあり、思わぬ方向にコースが曲がっているのに気づかずまっすぐ走ってしまうケースが往々にしてある。山の中に比べてコースマークも目立ちにくく、また深夜は注意してくれる観戦者もいない。

 それと、レース中の並走者との会話にも気をつけたい。前後に人がいない状態で、会話に夢中になって走ってついついマーキングを見失うケースがある。夜は特に下りなどで足元ばかりをライトで照らさず、前方の看板やマークを見落とさないようなライトの使い方も気を付けると良い。

 マーキングがないことに気づいた時は、とにかく戻るしかない。この時に焦るとさらに間違ってしまうリスクもあるので、時々振り返りながら来た時の風景をチェックすると良いだろう。それでも分からなくなったら、必須装備の地図を確認する。そのようなときのために地図読みのスキルも身に着けていた方がよいだろう。

 



 





UTMF2022 その4 U7 山中湖~FINISH 富士急ハイランド

 U7 山中湖 8時07分 (IN 16:37:10 OUT 16:47:13)


すっかり陽ものぼり、春の陽気の湖畔、観光客も歩いていて、今までのストイックなUTMFから、ちょっと和やかなひと時に変わるのが山中湖。

エイドについてまず豚汁を頂いた。

この時点でまだ暑さを感じていなかったが、次の区間は3時間以上を覚悟し、フラスク1Lに加えてコーラを水で薄めた300mLの手持ちフラスクに補給。だいぶ固い筋肉のセルフマッサージをする。直後にインした西城選手はマッサージの施術を受けているようだった。

毎年ここまでくると、ほのかにフィニッシュが見えてきたような気がする。ここまで17時間弱、想定より早い。あと8時間ちょっとで25時間。これなら25時間前半は狙えるかな、とぼんやりフィニッシュタイムも意識する。

歩き出すと、天気も良く明神山の頂上までがきれいに見渡せた。ここからの3時間のトレイルは本当にきついが、1000mを超える山の風景、森の雰囲気、初春を感じる草木は一番お気に入りの区間だ。

明神山まではひたすら300mちょっとの標高差、はるか前に2名の選手が見える。丁寧に脚を進めてリズムを乱さないように上る。スタートして34分程で頂上についた。練習で30分だったからまだまだ悪いペースではない。振り返ると凄いでっかい富士山が見送ってくれていた。明神山の富士山は間違いなくUTMFの絶景No.1である。

見通しの良い明神山とは別れ、ここから深い森、リズムが変わってアップダウンの続く尾根道となる。

機嫌よく最初の下りに差し掛かると、少し自分の身体の異変に気付いた。腿の内側の筋肉が固く痛みがあって下りの脚の制御がおぼつかない。つまり筋肉痛だ。

少し下りに慣れればほぐれてくるかな、と思いながら走るが、下りの衝撃が腿内側の筋肉にひどく響く。スピードを少し抑えながら我慢して下りをこなしていく。やがて高指山への登りにかかると、今度は先ほど下りで痛んだ筋肉が登りで力が入らないことに気づく。

気づいてみると大分陽は高く登り、初春の枯れ山は日光を遮るものもなく、かなり汗をかいている。手持ちのフラスクは最初の三国山で飲み干し、左右のボトルの水を飲み始めていたが、水の消費が想定より多い。

だんだん速度が遅くなり、身体に力が入らないことに気づく。山伏峠への登りも明らかに遅い。暑さのせいか、筋肉痛のせいかあるいはその両方が影響したのだろうか。

「おかしいな」

スタートから18時間くらい、初めて明らかなペースダウンを感じた。気が付くと水をまずく感じているので、ミネラル不足もあるようだ。干し梅を食べて塩分を補う。

山伏峠からの急な登り返しで、とうとう脚が進まなくなった。痙攣も起きているので水とミネラル不足だ。歩き続けられなくなり途中座りこむ。最終盤にとっておいたアミノゼリーをここで補給する。1,2分でゆっくり歩きだす。そこからは残りの水分を少しづつ補給してだましだまし進む。

やがて急な登りが終わり緩斜面のトレイルに変わる。遅くても少しづつ走れるようになる。

石割山手前のなだらかな尾根上で、前方にゼッケン1の選手が歩いているのが見えた。近江選手だ。初100マイルと聞いている。こちらを振り返ると道をあけてくれた。少し申し訳ない気持ちで抜く。これが100マイルの厳しさか。まだ若い選手なので今後の糧にしてほしい。

やがて石割山の分岐を過ぎ下り斜面になる。いくらか元気も出てきて、泥濘が続く下りでも筋肉痛は耐えられる。2,3人の選手を抜いて二十峠に降りた。


U8 二十曲峠 11時38分(OUT 20:08:36 )

 気が付くとすっかり陽は高く昇り暗いテントの影に入るとほっとする。テント内にはぽつりぽつりと選手10名程度だろうか、今までよりだいぶ減っている。荷物を降ろし、とりあえず椅子に座る。

 テントの端で寝転んでいる選手が2,3人、自分と同じように座って呆然としている選手も数名、スタッフも言葉少なく選手を見つめている。いつものエイドの活気は影を潜め、発電機のエンジン音だけが鳴り響く。やはり暑さにやられてるのだろう。自分だけじゃない。

塩飴や煎餅で塩分をまず補給、その後水分を摂取。できる補給は数分で終わる。回復したかわからない。歩き出す元気もまだ出てこないが、いたずらにエイドに居てもフィニッシュは近づかない。時計の針がそろそろ10分という頃に、とぼとぼ歩き始めた。

杓子までのトレイル、前半は適度な起伏の尾根道である。少しは森の木陰になるかなと思ったが甘かった。まだ葉のない森は木漏れ陽が差し、じわじわ汗をかく。

 下りで感じる筋肉痛は変わらないが、登りは淡々とは歩を進められる。良い状態ではないが、最悪でもない。前の区間で少しタイムロスしたが、この状態で進めば25時間台は十分でるだろう。

やがて杓子山に続く急登がはじまる。無理せず着々と登り、核心の岩場までたどり着く。

ここからが難所だった。この数時間で脚に何度か痙攣をおこしている。岩場の登りはステップに合わせて大きく脚を上げて屈曲した状態から力を入れる。その動作が痙攣を引き起こす。結果岩場の一歩一歩が厳しい動作になった。痙攣をおこさないようステップを工夫し、手を使い負荷を減らす。時間をおいて痙攣のおさまりを待つ。

緊張感のある岩場で初めての経験だった。当然スピードも鈍り、途中また幾人かの人に抜かれた。

岩場と岩場の間の僅かな部分で極度に酷使した筋肉を収めるため休憩をとっていると、岩場から女性の選手が現れた。星野緑選手だった。

抜くときにわざわざ立ち止まって、「日影で休んだ方がいいですよ」と声をかけてくれた。朦朧としているよに見えたのかもしれない。

後で見ると、星野さんはちょうど26時間を切ってゴールしている。このあたりが合格点のレースの限界点だったのかと思う。

辛いだけの記憶しかない杓子までの道のり。何度か手前のピークに騙されるもようやく鐘のある本当の頂上が見えた。しかしこの先もホッとすることはできない。今度は、何度も訪れるロープを張り巡らせた尾根上の急斜面、腿の筋肉痛との戦いとなる。いつしか着地に合わせて声を出して筋肉痛を耐える。

やがてつづら折りの階段にかわる。1段1段の衝撃で筋肉に激しい痛みを覚えるが敢えてスピードを落とさず、アドレナリンで筋肉痛を乗り切ろうと頑張ってみた。

しかし、ここで限界にきた。どうにも痛みが限界に達し歩きだした。一度歩いたら、もう走ることができなくなってしまった。

「筋肉痛は、怠惰な脳のわがまま」、と常々感じている。鞭を打てば頑張れると思っていたけど、この時はもう脳がわがままを譲らなくなってしまった。ぷつっと糸が切れたような感覚だ。

ここから約3キロの下り基調の砂利道。毎年普通に走って15-20分で下れるところ。歩けば倍はゆうにかかる。時計の針がぐるぐる回るような感覚に襲われながらとぼとぼ歩く。情けないがそれしかできない。何人もの選手が倍ものスピードで下っていく。

30分くらい歩いたと思う。やがて林道が平らになりキャンプ場が見えてきた。この頃に漸くゆっくり走れるようになった。一度走ると、今度はエイドに向けた急斜面の下りも走ることができた。脳のわがまま、きまぐれだ。

最後に近江選手に抜かれた。復活したようだ。


U9 富士吉田 14時59分(IN 23:29:24 OUT 23:48:31)


最後のエイドには毎年のうどんがあった。ボランティアの方にお願いしてつゆをたっぷりもらい、塩分補給した。せんべいや塩飴もかじった。

最後の霧山は、よじ登る急登はなく、下りも急な場所は限られてる。最後はなんとか踏ん張りたい。

十分水分をとって10分くらいでエイドを出かけた際、この日まだトイレを済ませてないことに気づいた。仮設トイレをあけると和式だった。絶望的な気分になるがしかたない。

筋肉痛に顔をゆがめながらしゃがむのに随分と時間がかかり、結局合計20分近くをエイドで過ごしてしまった。気を取り直して最後の山へ。

最初の30分近くは富士吉田市街のロード。身体の動きは悪くない。まわりのペースに合わせて走る。富士急の線路をくぐり、山に入る手間で自販機があったので、念のためアクエリアスを1本購入、フラスクに入れ替えた。ミネラル補給にはその方がよいはずなので。

緩い下りをとぼとぼ歩く。この斜面も走れはしないが歩くにはやや緩い。

数十m先に、ベテラン風の選手が登っている。その選手に声をかけている観戦者がいた。その人はやがてこちらに下ってくると僕を見て驚いた顔をしていた。

山谷さんだ。

思わぬ出会いに両方が驚いた。

山谷さんは同年代。10年以上前からハセツネなど多くの大会で上位に入り、目標とする成績を出している人で、数年前からSNSで友人となっている。ただ補給食が鍵を握る70km程度以上のレースは相性から参加しないとのこと。今日は応援にいらしたらしい。


前を行く方は長野でも有名なベテラン選手とのことだった(結果を見るとレジェンドの部で優勝している)

山谷さんとはしばらくいろいろな会話をさせてもらった。最終版で良い気晴らしになった。やがて山谷さんは再度先に進んでいき見えなくなる。

途中鉄塔付近の急登を超え、再び緩いつづら折り。きつくはないがペースはあがらない。やがてつづら折りの道は斜面を右手に見たトラバースに移り、とうとう霜山尾根上の分岐に到着する。ここからは多少の登り返しはあれで下ればフィニッシュだ。いよいよ最終盤。

尾根の下り途中、脚の痙攣でペースダウンもあったが、フィニッシュも近くなり最後の踏ん張りを効かせるところ、腿の筋肉痛もこらえて下り続ける。

2番目登り返しで女性の選手に追いつかれる。

「きついですねー」「あともう1回確か登り返しありましたね、、、」

言葉とは裏腹にその選手はするする登り、急斜面の下りに入ったところでは2つほど先のつづら折りを下ってる気配しか感じなかった。

そこから10分くらいだろうか、市街地に突き出た尾根の先端にたどり着く。(上位選手の)順位確定ポイントを過ぎ、ロードに降りた。ここから2km。

踏切や国道の交差点を渡り、富士急の敷地に入って橋がそろそろというところで、前を2名の女性選手が歩いているのが見えた。

7位の渡邊さんと8位の黒田さんだった。どうやら順位確定ポイントを過ぎて渡邊さんに黒田さんが追い付いたらしい。

ルール的には問題ないのだろうが、なんとなく仲良く歩いている二人を抜くのは気が引けたので少し後ろを一緒に歩いた。渡邊さんは脚が売り切れ状態で二人で歩いているようだった。走ろうよという黒田さんに渡邊さんはもう限界、と。よほど最後まで追い込んだのかな。なんか二人のやりとりが、聴いてて楽しくて、自然と笑顔になる。

国道の橋を渡るところで、後ろから男性のランナーが一人抜いていく。そのうち黒田さんが先に行くね、と走って行き、自分も渡邊さんにお先に、と一声かけて残りを走った。そこからわずか500mでフィニッシュラインがみえた。



フィニッシュ 18時01分 26:31:35 (男子114位)



福田六花さんが、出迎えのグータッチをしてくれ、感想を聞かれた。なんだか頭が回らず気の利いたコメントは言えなかったが、とにかく3年ぶりに完走できたことがうれしい。

直ぐに山谷さんが声をかけてくれ、写真を撮ってもらった。

結果は残念ながら100位は超えてしまったけど、とにかく5度目の完走が出来たことがうれしい。反省点はいろいろあると思うけど、まあそれはもう少し落ち着いてから振り返ることにしよう。








UTMF2022 その3 U4 精進湖~U7 山中湖

U4 精進湖 0時15分(IN 8:45:33 OUT 8:51:22 )


田舎雑炊が出ており、暖かい食べ物を初めてすする。この雑炊が最高に美味しい!雑炊に交じった漬物のしょっぱさが身に染みる。今日は夜でも気温がそれほど下がらないので、知らず知らずのうちにミネラルを失っているのだろう。お代わりしてよいとのことなので2杯目も頂いた。次の区間は3時間以上が確実なので水の補給もしっかり行って走り出す。

短い樹海のトレイルを超えると、ここから魔のロード区間。漆黒の樹海脇に伸びる単調なロードが40分ほど続くUTMFでも嫌いな区間の一つ。微妙な登りのロードは一番苦手で昨年この区間で数人に抜かれている。

走り始めて数分、案の定楽しそうに会話する二人組の選手にすっと抜かれた。どんまいどんまい、無理はしないしない。

肉体的にきついわけではないが、変わらない風景の中単調な身体の動きをひたすら繰り返すことに精神的な苦痛を感じる。腰の回転を意識してペースを維持しようとするが、そろそろ10時間も経過し、腿の筋肉に張りを感じる。

時々げんこつで腿を叩き、蹴り上げのかかとを腿にまで引き付けて走りながらストレッチをする、すると、この刺激でしばらく脚が動くようになり少しペースがあがる。

少し走っては腿に拳骨、かかと上げのストレッチ、これを1分程度の間に繰り返す。単調な走りの気晴らしにもなった。

昨年よりペース維持は出来た感じはする。抜かれたのもその後1人だけだった。苦痛のロードもやがて終わる。右折して再び樹海の中の闇のトレイルに吸い込まれる。

しばらく微妙な下りが続く、と、数十m前を行くライトが突然乱れ、地面に落ちた。

かなり激しく転んだように見えた。「大丈夫ですか?役員呼びましょうか?」と声をかけたところ、かなり痛そうにしながら「大丈夫です」との返事。しばらく様子を見たが、立ち上がって歩き始めたので、大丈夫と判断して先に行くことにした。

樹海のトレイルはかなりでこぼこした溶岩の石が浮いている。夜道は要注意だ。

国道を潜り、やがて足和田山への緩い登りが始まる。

この登りはどうにも中途半端だ。10時間走った身体にとって走るには急すぎる。なるべく速足で登っていくが、傾斜も緩くて心拍もあがらない。この手の区間はあまり得意でない。案の定、1,2人と抜かれていく。

だらだらと山場もなく登り基調のトレイルが続く。途中から2,3人の集団になんとかついていった。そろそろ緩い登りも飽きた頃に最後のちょっとした急登で足和田山を登り切り、下りに変わった。すると、遥か眼下に富士吉田の街の灯が樹々の向こうに見えた。随分と登ったな。無理せずリズムをつくって下って行く、先ほどおいてかれたランナーを一人二人と抜いていく。これがいつものパターン。

眼下に見え続ける街の灯はなかなか近くならない。多少の登り返しも何度かあり、随分くだったな、と思った頃にようやくロードに出てた。2019年までならもうすぐエイドである、が今年はエイドの位置がだいぶ伸びた。役員の「あとエイド7km」の声に少し憂鬱な気分になる。

また再び平坦な走り区間。ただし、微妙な登り、ロード、砂利道、微妙な下り、とわずかだが変化もあるので、先ほどの樹海脇より気分はまぎれる。平坦であればまだまだ走れる。最後短いトレイルを抜けると富士急がすぐ先に見えた。

あと少し、というところで、ずっと後ろにライトを感じていた選手に、すっと抜かれた。欧州人のような手足の長い長身で適度な筋肉に覆われた後ろ姿に、はっとした。ゼッケンを見ると1900番台、なるほど、45分後にスタートした山本健一選手だ。

もう40代にはなるが14年前7時間30分台でハセツネを優勝した選手。さすがに筋肉の質や走るフォームにオーラがある。ついていける気はしないが、ここまで45分差ならまだまだいい感じではないか、と少し勇気づけられた。


U5 富士急ハイランド 3時35分 (IN 12:05:14 OUT 12:20:11)


毎年10分を目安にピットインしていたが、自分の中で今年はもう少し時間をかけても良し、とした。

ドロップバッグを受け取って、まずはTo Doリストを確認。Tシャツ、靴の交換は不要。眠眠打破とRed Bullで明け方の眠気防止。食料は思ったほど消費しておらず、アミノバイタルとジェル、そして意外と食べやすいくずもちをカバンに押し込む。時計の充電を少しの間行う。

残念ながらここは暖かい補給食がない。しかたなくバナナを食べて水を補給し15分で走り始める。


を進めながら、ここまでのレースを振り返る。足和田山で失速した昨年に比べればここまで大きいトラブルはなく悪くないはずだ。胃腸もあまり調子よいとは言えないが、食べ物は受け付ける。少し腿の筋肉に張りがあるのは気になるが、まあ毎年の話だ、なんとか乗り切れるだろう。

次への区間は今までの国道沿いではなくぐるりと一旦高速道近くまで回り道をするコース。緩い登りの砂利トレイルをちょこちょと走る。カフェインはが効いたのか、身体がリフレッシュした感じがある。途中ロードに出てからも自分なりに緩い登りのペースを維持できる。1,2名の歩いている選手を抜いた。

下りトレイルに変わったころからほんのり空が明るくなってきた。わずかに明るくなった明け方の森は大好きだ。この至高の時にトレイルを走れていたのはラッキーだ。20分ほどのトレイルを終えて再び市街地に入り、小倉山に登る頃には大分明るくなった。1,2人と抜き、1,2人と抜かれる。そんなペース。

その後市街地を繋いで忍野に向けた山越えルートを進む。ゆるい山道の登りは幾人かの集団の先頭となり、元気に進めた。いよいよ林道を登りつめ急斜面のトレイルに変わる。ここは富士山の絶景ポイント。振り返って何度か見とれてしまう。今回は惜しみなくレース中雄姿を見せてくれた。過去のUTMFの中でも間違いなく富士山の当たり年だ。

急登で集団にあっという間に離されてしまう。登りが極端に遅いなあ。あせっても仕方ないので再び一人でとぼとぼ走る。

やがて尾根を下ってロードに出て忍野の盆地に降りていく。旧忍野エイドを過ぎ、小さな小川沿いの砂利道に入る。2019年はエイド直後のこのパートで失速したが、今年は登りで置いて行かれた選手に追いつき、ペース維持して走れる。再び、腿のげんこつとかかと上げストレッチで刺激を入れてペース維持する。


U6 忍野 6時29分 (IN 14:59:33 OUT 15:05:07)


あまり何をしたのか記憶にない。次のエイドが近いのでそれほど補給に力を入れなかったと思うが、5分以上かかっているので椅子に座ったのだろう。そろそろ疲れてきたのか。

5分でも休憩してしまうと、脚が固くなる。エイド前のロードで無意識のうちに頑張りすぎたのだろうか。重くて動かない脚に愕然とする。心拍も100台まで落ち込んでしまう。

焦らず歩を進める。10-20分で砂利道も登り基調となり、早歩きで歩を進める。

追いついてきた選手が一緒になった。「きついですね」の一言から、会話が展開した。滋賀から初参加という人だった。山中湖からがとんでもないコースだから、まだまだこれからですよね、なんて会話をしたと思う。こういう初参加の選手も増えてるのだろうな。100マイルレースも選手層の底上げが進んでいるに違いない。。。

やがて少し斜面が急となり、僕の方が少しだけペースが速いのか、だんだん先行して、そのうち滋賀の彼はつづら折りの先で見えなくなった。その後コースではあってない。

大平山を通過。下りは丸太の間が浸食で削られた嫌らしい階段。幸い、丁寧に土嚢が詰められていたので、リズムよく土嚢の上をステップ踏んで降りていく。それほど苦にならなかった。

さらにもう一回平尾台の急登を頑張り、そこからは一路山中湖に向けた下りとなる。

途中、両側藪で覆われたえぐれた登山道をリズミカルに下っていくと、道をあけてくれる選手がいた。ふとみると西城選手だった。2019年も山中湖手前でお会いした。信越100マイルでは120km付近でお会いした。100マイルではいつも後半似た位置を走っている選手だ。

どちらかというと僕が登りに弱く、下りで抜くのがパターンらしい。



信越100mile 2022

<レースの記録を忘れていたので後から記載>  START 18:30  日没して約30分、暗闇の中スタート。序盤はスキー場の中の登りとトラバースを繰り返す。 2,30分で下りからロードに出てそこからは比較的平坦のパートが続く。1時間30分くらいで斑尾山に向けて急登が始まる。...