水曜日, 10月 10, 2007

16番の悪夢

16番に向けてマツクイムシによる立ち枯れが酷い無残な伐採地を見渡した時、その風景に妙な不安が過ぎった。嫌な予感。何がというわけではない。ただ、スウェーデンやノルウェーの森での経験から、オープンと地形がらみのコントロールは落とし穴が多いことを無意識のうちに体得していたからだろう。

7.0km ウイニング45分×3人。平らで走りやすい加賀海岸の森であるが、人工的な微地形と、低い松の枝による見通しの悪さが相まって、全日本リレー史上で最もテクニカルなレースの一つになることがほぼ予想された。MEディフェンディングチャンピオンの東京都は源後-鹿島田-篠原のオーダ。本命とは言いがたいが十分優勝は狙える。

1走は、予想外のオーダーで攻めたライバル埼玉/高橋が2位以下に3分の差をつけて帰還。東京の源後君はトップと6分程度の差で帰ってくる。埼玉を除けば3分程度の差、テレインの性質を考えればほぼ予定通りのいい位置である。2走、3走は相対的にこの手のテレインに強い鹿島田、篠原なので優勝の可能性は十分にある。モチベーション的には非常によいスタートだった。

前半はほとんど同時に出た村越さんと見えたり離れたりの展開。さすがに緊張感がある。走るスピードでは若干こちらの方が速いがコントロール廻りで差を詰められるようだ。中盤に差し掛かるまでコントロール付近で交差する展開が続く。

ようやく中盤の登りでじりじり離してからは、やがて足音は聞こえなくなる。その他2つの神奈川チームを抜かし、順調に順位は上げる。ほとんどミスらしいミスもない。CC7に続いて脚も良く動く。減量1.5kgの効果だろうか。ペースはしり上がりによくなったころ、リズムの変わった15番でとうとう6分以上前に出たはずの埼玉/新さんの姿を見る。
自分の調子はほぼ完璧。トップで出た6分前のライバルチームに追いた。残りはまだ1/3のこっている。
「よし!」15番の脱出から走る力がさらに漲ってくる。そして運命の16番。
ややロングレッグでコントロールは平らな伐採地にある人工的な細い尾根。明確なアタックポイントはないが、平らなオープンの端に位置し、地形的にも近くに行けばナビゲーョンできる程度の特徴はある。15番を出たときにチラッとコントロール廻りを見てそう判断し、「自分のナビゲーション技術の範囲」と判断すると、手前の道までラフオリエンテーリングで後続の埼玉を離しにかかった。


遠くまで見通せる平たく広いラフオープンは伐採された松の枝で荒れており直進することが難しい。冒頭の不安を感じたのはこの時。しかしその直感から自らを律し、リズムを変えることはできなかった。後ろの埼玉を離したいという誘惑を好調な身体が後押しする。予定した道に乗れず、位置は大まかにしか把握しないまま、大まかな方向を合わせてスピードの維持に努める。

漠然とした不安は現実になる。コントロール手前の道に近づくにつれてイメージが合わないことに気が付く。自分の想定では、道を越えても左右前方に広いラフオープンが続くはずである。コントロールは右奥のラフオープンの角に向かい、斜面の緩急を合わせて捉られるはずだった。しかし眼前はラフオープンと呼ぶには木々が生えすぎている。境界は極めてあいまいだが左手の方は開けていて、右は完全な森だ。一旦、道を超えて入りかけるが、完全な森の中を進んでいる。右手に大分ずれた可能性を考えて右手を見る。ずれているとすれば道が直ぐ見えるはずだ。しかし道らしきものは全く見えない。第一道に近ければ斜面がもっと落ち込んでいるはずである。
埼玉も後ろで地図を見て往生している。

考え直してみろ。まずコントロールはオープンのはじだ。君の居るところは森の中だ。地図を見ると? 来た方向が間違ってなければ、①コントロールより右にずれているか、②行き過ぎているか。その二つしかない。前者は、先ほど可能性がないことを確認した。では行き過ぎている?道の本数を数えてきたはずだ。しかし歩測はしていない。もしかしたら気が付かないうちに道を通り越していたら?地図が変わっているかもしれないとテクミでいっていたじゃないか。でもそんなに距離を行き過ぎているだろうか。


もうワンステップ消去法を理論的に重ねることができたら、ミスは1分で済んだだろう。消去法で、自分が行き過ぎた可能性を消し去ることはできたはずである。行き過ぎていれば前方に明らかに尾根が見え、森の様子も違っていたはずだからである。
この段階であればゴールタイムは45分前後で、東京都に優勝の可能性もわずかながら残す位置だった。
しかし、悲しいかな、詰めは甘く、ここから理論的なリロケートは破綻する。動き出してしまった。自分が行き過ぎているか、それているか判らない状態のままに。仮説を立てることなく。

いつしか埼玉の気配は消えた。

遥か遠くのコントロールが目に入った。広い伐採の中にちょこんと置かれたそのコントロールに本能的に吸い寄せられる。そんな平らなところに自分のコントロールがあるわけないことは頭が理解しても、脚は一抹の望みを求めて向かってしまう。リロケートが破綻した時の一番悪い症状だ。131番。1つ違い。会場で待つメンバーの待ち焦がれる姿が頭をぐるぐる回る。風の音がひゅぅと耳をかすめ、動悸が身体を伝って聞こえてくる。

ここで最悪のシナリオを避けるべく決断をする。リロケートすべき手段を失った自分にはもはや理論的な手法は取ることが出来ない。そう判断するだけの最小限の理性は残っていた。だとすれば最後の手段に出るしかない。

はじめに迷い始めた道に戻り下っていく。道を下り、2つの十字路付近の特徴物を確認する。数百mの移動でようやく自分の位置がわかった。そして迷い始めた最初の位置はほぼ、ルート上で正しかったことを知る。ショックを受けながら、反対側からコントロールにアタックした。前方からははるか前半で追い抜いた神奈川の武田がちょっと驚いたように、でもニヤっと笑いながらアタックしてくるのが見えた。


区間タイムは8分53秒。4分30秒のミス。

その後のレースは精細をかきながらも崩れることはなく何とか3走の篠原にタッチした。

さすがにゴール後はショックに呆然とした。全日本リレー、クラブカップリレー合わせてかれこれ30回近く出走した。その中で一度として大ミスを犯さないことが自分の中でのリレーを走る自信であり、その安定性が競技者としてのアイデンティティーだった。トップと6分差というタイムはそれまでの自分のジンクス、自信を崩してしまう、とてもショッキングな出来事であった。大げさでなく、6月に手にした個人のタイトルも帳消しにしてしまう、ナイトメアだ。


その後3走の篠原が2つ順位を上げ、東京は4位だった。結局2,3走の2人が実力を十分発揮できなかった東京は、優勝の埼玉から10分近い差をつけられた。

何がまずかったのだろうか?


コントロール付近のラフオープンが予想以上に不明確で、ナビゲーションには使いにくかった。あるいは伐採等による森の変化がある、という情報が混乱を増幅した。もちろんそういう要因もある。ラフオープンのとり方が自分にしっくり合わなかったのは確かである。しかしこれらは自分ではコントロールできない外的要因。程度の差こそあれオリエンテーリングという競技が本質的に内包するリスクだ。これらのリスク要因をヘッジして走る術がなければ強い選手にはなれない。
前のコントロールで埼玉に追いついたことが、集中力を低下させたこと、これが大きな敗因だ。もし、もう少しあと2,3%でもスピードを落とし、より自分の位置を狭い範囲で捉えて16番に向かっていたらどうだっただろうか。おそらく同じ場所を走ったとしても、手前を横切る道の距離感、植生情報だけでない地形の情報など、現地の様子をいろいろ目にしていたはずだ。そしてそういった情報を、重層的に利用し、後になって理論的リロケーションをする際の鍵と出来ただろう。
冷静に考えれば、6分前スタートの埼玉に追いついた時、自分はその埼玉を意識的に離す必要はあっただろうか。確かに3走の埼玉/坂本と東京/篠原の現在のコンディションを考えれば2,3分のゲインは欲しい。しかし状況を考えれば心理的にはこちらがどう考えても有利な状況である。追いついた側がリスクを犯して離す意義はなにもない。他のチームとの差を少しでも縮める/広げる意味でも自分のレースを貫くことがもっとも的確な選択だったはずだ。
そのタクティクスが自分の中で十分に意識されてなかっただろう。

もう一点副次的な反省点を挙げれば、理論的なリロケートが破綻するのがあまりにも速かった。もう1分地図と現地を辛抱強く見れば、傷はもっともっと浅かった。これは最近のオリエンテーリングの経験の薄さが露呈した。場数を踏んで不意の自体にも冷静さを失わないメンタルマネージメントの問題でもあろう。

しばらくトレイルランにうつつを抜かしていた。 トレイルランは単純明快ですがすがしい。体力の不足を隠すことは出来ない。それはそれでオリエンテーリングにない厳しさがある。トレイルランを通じて得たメリットも十分にある。

だけどオリエンテーリング特有の、この難しさ。集中力を保つことのできるぎりぎりのスピードを表現する戦術、これまたとてつもなく難しい。そして面白い。このバランスを本当の意味で体得しなければ強い選手にはなれない。自分はまだまだ詰めが甘い。「まだまだ青いな」自分より4分近い速いタイムで流石のレースをした村越さんに言わた。10年前と会話が変わっていない。悔しいけど苦笑いしてしまった。こんどこそは・・・・。これがオリエンテーリングの醍醐味だろう。

来年のクラブカップはこの加賀海岸らしい。リベンジできるチャンスがあることにちょっとほっとした。

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