月曜日, 2月 07, 2011

週末の出来事

久しぶりにオリエンテーリングのことを書く。
先週末最大のニュースは、インカレロング(再競技)の結果

いや、結果速報を土曜日の夕方に見た時には驚いた。
ご存じの方が多いと思うが、秋に開催されたインカレロング競技の選手権クラスが競技不成立になったのを受け、再競技を行ったものである。
① 男女ともOLK(同じチームの大学)が優勝
② 男子の入賞6名中、5人が東大
③ 男子上位3名は僅差の好記録。中でも2位の結城は2年生で2位の快挙

①は昨年に続いてなので、それ程驚かないが、僕の記憶の限り②は前代未聞、③も山口大助が2年生の時から実に15年ぶりだと思う。
試験、卒論と学生にとって忙しい時期の開催、コントロールできていないテレインでの開催など、いろいろな要素があるにしろ、今のOLKの総合力を示しているだろう。母校の手前みそになるが客観的に見た事実である。
いや少し穿った見方をすれば、上位寡占はむしろ全体の競技レベルの低下を示唆している、との見方ができなくもない。
でもこれはどうやら間違いのようだ。むしろ上位3名が学生のレベルを超えていると考えた方がよさそうだ。それは翌日の関東リレーで、あり得ないと言われた、現役学生チームがOBチームに勝つ歴史的勝利で証明された。

すっかり引き立て役のOBチームの一員として惨敗したのは、けっこう悔しい。でも、ようやくオリエンテーリングの選手層が少し理想像に近づいてきた。学生時代からトップレベルに達する選手が何故今年生まれたか?その理由が知りたい。単なる偶然?小林のWOC代表入りが影響している?何故だろう?その理由を知ることが一番大切なように感じる。

春のインカレも楽しみにしたい。

さて、学生に打ち負かされた上にさっぱりのレース。全日本には復帰しようと考えていた自分の甘さが身にしみた。例え凡ミスがなくても47分がせいぜいいいところだ。到底小林のペースについていける気はしなかった。さすがに山を走るスキルは相当落ちている。
あと1月半、目標設定と予定に思い悩む。
少し考え直さなければなるまい。

閑話休題
この日の鹿島田家の3大ニュース
①おとうさん、土曜日の社内駅伝は優勝するものの、日曜日は惨敗。。。
②おかあさん、品川区民10kmロードレースで42分57秒の自己新記録で1位!
③ももちゃん、新しいスウィートプリキュアが放送開始!

「・・・もう一回一通りそろえるのかい?」
「幼稚園では年長さんもおおはやりよ。だから少なくともあと2回」


月曜日, 1月 31, 2011

ようやくひと段落

せっかく12月の年末合宿で富士の森を走ったのに、結局また1月に森を走ることができなかった。

O-newsやorienteering.com、その他の場所で情報をとる回数もめっきり減ってしまった。
それでもオリエンテーリングに関わることばかりの毎日。
最近すっかりオリエンテーリングが趣味ではなく仕事、いや正確にいうなら「仕事以内の仕事」になってしまった。
移動や、通勤の途中、あちこちのコーヒー屋のフレッツスポットにお世話になって、ちょこちょこと、SOHOならぬMOSO(mobile office short office)である。

ちなみに、ソフトバンクのmobilepointを使っていた時は、マクドナルドのコーヒーにずいぶんとお世話になったけど、フレッツスポットに変えてからは、スタバやモスなど、少しこじゃれた店が多くなって、コーヒーの単価があがった。でも遅めの夜の時間にあまりお行儀のよくない中高生に交じってパソコンと叩くよりも、スタバあたりの落ち着いた雰囲気の方が仕事もはかどる。

仕上げなければいけない書類が山ずみの状態。それでも1月はよく走った。いや、だからこそ良く走った?仕事をこなすメンタルコンディションと、トレーニングコンディションは生活の両輪。どちらかが欠けてもうまく回らなくなる。

今週末はひさしぶりのオリエンテーリング。レースは実にアジア選手権ぶり。しかもリレーなので適度な緊張感。フィジカルコンディションは上向いているので、週末が楽しみ!

水曜日, 1月 12, 2011

豪州の洪水

豪州のクイーンズランド州で大規模の洪水災害が発生している。

昨日実父から連絡があり、実兄の留学先ブリスベンも災害宣言され、兄一家も自宅を離れ避難をしているとの連絡があった。

豪州は数年前から旱魃被害が深刻で、水不足の解消が国家存続の課題とされ、海水淡水化や下水再利用などのインフラ整備が急ピッチで進められた経緯がある。
今でも西部や南部では水不足は変わらないらしいが、比較的湿潤な北東沿岸部では逆に洪水被害が出ている。

温暖化の影響として、世界的な降雨の偏在を一部の学者が予測していたが、それを象徴する出来事だ。

兄一家は無事とのことで一安心だが、小さな甥、姪もいるので、自宅を離れた生活は大変に違いない。
一刻も早く元通りの生活に戻れるようになることを願う。

日曜日, 1月 09, 2011

猫ひろし

猫ひろしが速いらしい。

明日が谷川真理ハーフという晩に、妻がテレビの情報番組で仕入れた話題を口にした。
芸能ネタはからきしダメな僕でも、走る芸人の話に少し興味をもった。
毎年、足の速い芸人として谷川真理ハーフに参加しているのは知っていた。確か記憶が正しければ、1、2年前に1時間20分台で走っており、それなりに速いのは知っていた。オリンピックを目指すとか、まあ芸人らしいコメントをしていたのも覚えている。

ただ、妻の話を聞くと、そんな悠長なものではないらしい。数年前に素質を谷川真理に認められてトレーニングをしているうち、かなり本格的になったらしい。オリンピック云々も、マラソン選手がほとんどいない東南アジアの国の国籍をとって参加を目指すと、あながちホラ話ではないらしい。そういう出場のしかたをどう思うかは、まあ色々な考えがあるだろうが、とにかく本人が本気なのは本当らしい。

赤羽の駅からランナーの集団に交じって荒川土手の会場に向かう途中、暇つぶしに、i-phoneに「猫ひろし」と入れてみた。Wikipediaのページがすぐ引っかかる。読んでみて顔が少し蒼くなった。

1時間15分59秒。彼のベスト。マラソンも2時間40分台。
僕の今の実力に限りなく近い。

つい1,2年前まで、とても負ける気のしないレベルだったはず。
少し半信半疑で、スタート前のアップをし、スタートラインに並ぶと、直前になって当人がきてインタビューをうけていた。なるほど風貌も以前より大分絞れた感じがする。インタビュワーもただの芸能人相手の突っ込みでなくて、ランナー相手の少し真面目な質問もしていた。

スタート直後の混沌が1km程度でおさまって周りを見回すと、数秒前の集団に彼の姿があった。少し追いつくのは厳しい距離だ。ペース配分を考えてそのまま距離を保ってしばらく走った。
その後自分のペースがよくわからないまま(余談だが、谷川真理のハーフは良い大会だが、スタートとゴール前後の距離表示が頂けない。最大200mくらいずれているので、レース序盤ペースを確認したくてもさっぱり自分の調子が分からない)、5kmを過ぎ、10kmと進むけれど、進むにつれてじわじわ彼との差はついていく。10mの通過は35:48なのでそれほど悪くない。それでも折り返しで彼と約40秒の差があった。
後半、またペースがよくわからないのだが、どうも落ちていたらしい。彼の姿はとうとうまったく見えなくなった。僕のタイムは76分59秒。会場では猫ひろしが自己新記録で15分台を出したとしきりに放送していた。

スタート前、横の速そうな選手が、「猫ひろしに絶対負けたくない」と息巻いていた。僕も正直同じことを思った。
だけど結局(おそらく僕の隣の彼も)かなわなかった。
芸能人でも素人でも、本気で速くなろうと思えば努力は実るんだなあと感じた。折り返しの時にすれ違った走りと真剣な眼差しはアスリートそのものだった。
風貌の割には若く、まだ30歳代前半だそうである。オリンピック代表は別としてもまだまだ伸びる歳なので是非がんぱって欲しい。

木曜日, 1月 06, 2011

東京マラソン

東京マラソンに当たった。

応募するのはただなので去年から応募している。昨年幸運にも当たって走った妻に言わせれば、東京のど真ん中を走るのは想像以上に気持ち良いらしい。僕が走ったことのあるマラソンは、古くは埼玉、霞ヶ浦、昨年久しぶりに走ったのが勝田である。どれもそれなりに参加者を集める人気のマラソン大会ではあるけれど、42kmのほとんどは田舎道である。途中のどかな景色にずいぶんと退屈するのは否めない。東京マラソンはそういうマラソンとは比べものにならないコース全体のお祭り気分を楽しめるらしい。

だけど、10倍という倍率をきくと、当たらないもんだと思いながら応募する。なので、かえって当たった瞬間は戸惑ってしまう。あわてて日程を確認してしまった。2月27日。幸いオリエンテーリングの全日本までは3週あるので十分休養を取る時間はある。

走るからには、無様なレースはしたくない。12月に入ってからロードを意識したトレーニングに少しシフトすることにした。
休日に妻と契約し、午前と午後ではんぶんこする。朝7時、一番小さいキャメルバッグに500mlの炭酸抜きコーラを入れ、自転車で20分程の駒沢公園に向かう。キャメルバッグを背負って、まだ閑散とした一周約2130mのランニングコースを走りだす。ひたすら回る、回る、回る。。。大分日も上がってきてランナーの数も増えた時分、19周弱で40kmとなる。ペースを落としダウン込みで20周し、かるいストレッチをしたら自転車で家に戻る。12時前には家に着く。妻を見送った後の午後はチビ怪獣たちの見張り番をする。

かなり無味無臭、エンジョイ要素のないトレーニング。でも持久スポーツのトレーニングは多かれ少なかれそういう部分があるだろう。鍛錬期のトレーニングは、疲労との戦いよりも、飽きることとの戦いにも思える。箱根の選手などは、さらに長く、地味なトレーニングを果てしなく積み上げた成果なのだと想像する。

40km走は12月中2回程やったので、残りの1,2月でもう2、3回やろうと思う。ペースをかえて30km走も入れてみようと思う。

目標はどう設定するか。
40kmの練習はだいたい2時間50分前後なので、マラソン3時間のペースである。余力はあるのでつぶれない限り2時間40分台はいけるとは思う。26歳の初マラソンは最後失速しての37分台だった。そのレベルはさすがに厳しいが少しでもそのタイムに近づきたい。

12月は風邪で中盤トレーニングが失速した。目標の400kmにはたらず360km程度。1月は450kmを目標にトレーニングを継続しようと思う。


火曜日, 12月 28, 2010

心のバロメータ

「ちゃんと更新してくださいよ」

納会で酔っぱらった後輩に指摘されてしまった。
いや、ここに書き始めて2カ月間をあけたのはじめて。

自分でも書いてないな、と思ってた。
その間、「あ、これを書いてみよう」というエピソードはいくつもあったけど、なかなかこの場に戻ってくることができなかった。

ブログは「心のバロメータ」とつくずく思う。ちょっとの時間もとれないほど物理的に忙しかったわけでないけれど、心のどこかに何か引っかかった状態で、ここに文章を書くことができない。
そう書くと、何か心の病にかかってたように思われるかもしれないが、そうではなくて、ただ小心者の僕は、やることがたまっていると、それが気になってしまうだけのこと。
だからどこか心に余裕がないと、他愛もない、どうでもよいことを書く気持ちにはなれないのだ。だって、ここに何も書かなくても、仕事も趣味も家庭もすべてのことはちゃんと回っていくのだから。

だけど、ここで「何かを書く」というのは、僕のひそかな余暇になってる。ときどき誰かに「面白かったよ」と声をかけてもらうとなんとなくうれしい。だから一度頻度を落としてしまうと、そういう人を少しづつ失ってしまうことになるだろうし、そう思うとなんだか少しさびしい気持ちになる。

だからもう気持ちに余裕をもって少しづつでも書いていくことにしよう。

4年前に書き始めた頃、ここを見てくれる人のほとんどはオリエンティアだったが、最近声をかけてくれるのは、オリエンティアじゃなくて、古い友人とか、親族とか、そういう人が多くなった。内容も競技的なことよりも、子育てのこととか、そういうテーマが増えたせいかもしれない。でも、その方が懐かしい人との接点になるかもしれないし、あまり肩を張らずに気楽にかけるような気がする。

師走もあと3日、2011年が良い年でありますように。


月曜日, 10月 25, 2010

ドジの適応戦略

僕はドジだ。

以前読売新聞で、荻野アンナが、いかに自分がドジかを赤裸々に描いたコラムを書いていた。読んで妙に共感を持ったのだが、それ以来「ドジ」というどこか懐かしいこの言葉が好きになった。
何か自己管理能力の欠如をごまかしてるような表現だけど、「まいいか」とおおらかに許容できる範囲だったら、ドジの一言で片付けちゃったほうが気楽な部分もある。ちなみに、そのコラムを読む限り、荻野アンナも相当にドジな人だ。多分僕以上は確実で、僕の周りにいるドジチャンピオンと争えるくらいだと思う。

ドジな人はしょっちゅう、プチ自己嫌悪に陥る。時には本当にビョーキなんじゃないかと我ながら心配になることがある、
電車の乗る方向を間違えるは日常茶飯事、改札の手前ではいつもおろおろとポケットに手を突っ込んで切符を探す(そしてかなりの確率で見つけられない)。更衣室のロッカーのカギがなくなって、さんざん鞄をひっくり返して探したあげく、返却してしまったことを思い出す。合宿で短パンに履き換えようと鞄から出したら妹のキュロットスカートだった、同じくパンツと思ったら靴下だった。。。

ドジはなおした方が多分良い。でもなかなか人間生来の性質をなおせるもんじゃない。

僕は医学も生命科学もからっきしわからないが、ドジはある遺伝子の欠陥なのではないか、と根拠もなく確信する。僕の場合、ほとんどは母親からの遺伝と思う。でもすました顔した親父にも実は少しその破片があって、2割くらいはそちらからだろう。
でも、そうだとしたらそもそもドジの「遺伝子」がなんで現代に生き残っているのか?まったく生活能力がなく無駄をもたらすドジ遺伝子は、とっくに淘汰されてもいいはずなのに、なぜか、僕の観察するに、10人いれば1,2人の身体にドジの遺伝子が生きている。
動物行動学の竹内久美子さん(そういえば彼女も同じ読売のコラムを書いている)風に考えれば、ドジにはドジの適応戦略があって、ドジの利己的遺伝子は今まで生き抜いてきたことになる。

そうするとドジの適応戦略は何だろう?

ドジな自分の勝手な説だけど、僕が思いついたのは2つの戦略である。名付けて「危機管理戦略」と「保護者獲得戦略」

ドジな人は生まれた時からドジである。だから、小さいころからいろいろと痛い経験をしている。そのうち、自分がドジなことを前提に行動、考えるようなくせがつく。つまり自分はドジだから、いざっという時にそのドジが出ないように、また出た後でもなんとかなるよう工夫する。少しそれっぽい言葉をいえば、ドジな自分に対する危機管理能力が身につくことになる。
例えば、財布や携帯をなくしてもパスポートはなくさない。ガス欠で車が止まるのは、その後の予定がなんとかなる時だけ。勘違いしたり、忘れたりするスケジュールは自分がいなくても大丈夫な会議である。書類の細かいミスはあっても重要な数字の桁だけは間違えない。
まあ、それでも十分まずいといわれそうだけど、最悪の事態だけはさけることが知らず知らずのうちに身についてくる。

ちなみに、僕が知るもっとも偉大な「ドジ」村越真は、「絶対大事なところはミスしない」という点を常々主張していたが、言葉の言い回しが違うにしろ、この危機管理能力が備わったドジのことをいっていたのだと思う。

もうひとつはまわりとの融和である。荻野アンナさんも書いていたが、ドジな人は他人のドジに寛容になる。自分もいつドジするかわからないから他人の「ドジ」を責められないし、つい共感してしまう。
その結果どうなるだろう?おおらかな性格になり、必要以上に敵をつくらないで味方を増やす。
さらに、これは僕の観察によると、もっと戦略的ドジはチャーミングな「世話を焼きたくなるオーラ」を発して、なぜかしっかりしたパートナーや、お姉さん、お兄さん的な友人をまわりに呼び込む。そして本人のドジがひどいことになる前にまわりが救ってしまう。
ただここまでくると、なぜか女性ドジ限定の効果のようである。残念ながら男性ドジはドジなままほっておかれることが多い。

これらの戦略をドジ遺伝子はとる。その結果、ドジ遺伝子は社会生活で破綻することなく適応していくのではないか。
僕の仮説である。

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ひとつのエピソードがある。

もう5年以上前だろうか。愛知の世界選手権前のこと。
1日でも多く練習を三河の森で過ごすことが選手にとって一番大切だったころのこと。
春先にイギリスチームのトレキャンがあった。確か平日だったと思うが、僕は有休をとって愛知に向かい、チームメートの女性2人とレンタカーを借り、練習に合流させてもらったことがある。

その日はひどい雨の中だった。急な三河の森なので、練習後当然体中泥んこだらけになる。雨の中イギリスチームと分かれ、田んぼ沿いのあぜ道に止めた小さな車の脇で3人は急いで着替えて車に乗り、そこから小一時間かけて宿舎に戻った。

僕はその時、、ドジ、をしていた。
替えのパンツをかばんに入れるのを忘れていたのである。濡れたパンツをはくわけにもいかないので、しょうがなくそのままトレーニングウエアを着て車を運転していた。白状すればそれほど珍しいことではないので、まあ1時間我慢すればいいやと思ってた。
ただ、なんとなく居心地が悪いので、あまり会話をしなかった様に思う。幸いほかの2名も口数が少なかったように記憶する。
1時間後、無事宿につき、めいめいシャワーを浴びて着替えた。

これは後になって片方の女性から聞いてわかったことである。あの時とんでもない偶然が起こっていた。
誰も車内では口にしなかったけど、あの車の中、誰もパンツを履いてなかったのである。

そう、3人とも同じミスを犯していたのだ。
当時チームでもうっかりものといわれてた3人とはいえ、あまりの偶然に聞いた時は笑い出してしまった。

===

話はそこまで。

ここでドジの適応戦略を考えてみる。
3人とも忘れ物はしたけど、それがパンツなところにミソがある。
つまり、トレーンニングウエア(の特に下)ではなかったこと。もしウエアの下を忘れたらどうだろう?
パンツ姿で帰るか、濡れて泥んこになったOウエアでそのまま帰るしかない。パンツを忘れた場合より深刻だ。つまり3人は最悪の事態は回避していた。知らず知らずのうちの危機管理、といえなくもない。

おまけにもうひとつ、偶然かもしれないが、2名の女性(これは名誉のために名前はあかさないが)はともに、チャーミングかつおおらかで、人に愛される人柄だということ。だからドジをしてもなぜか許されるし、笑い話で終わるのだ。

こうしてみると、ドジにはドジの生き方がある。実際僕も会社を首にされず、社会生活を営むことができている。
いや、とくに女性のドジは意外と侮れず、実はちゃっかりものなのかもしれない。

少し都合のいい結論だが、ドジ遺伝子とあと半世紀ちかく付き合っていかなければいけない自分にとってみれば、むしろ「愛すべきドジ」と考えたい。








信越100mile 2022

<レースの記録を忘れていたので後から記載>  START 18:30  日没して約30分、暗闇の中スタート。序盤はスキー場の中の登りとトラバースを繰り返す。 2,30分で下りからロードに出てそこからは比較的平坦のパートが続く。1時間30分くらいで斑尾山に向けて急登が始まる。...