水曜日, 5月 04, 2022

UTMF2022 その4 U7 山中湖~FINISH 富士急ハイランド

 U7 山中湖 8時07分 (IN 16:37:10 OUT 16:47:13)


すっかり陽ものぼり、春の陽気の湖畔、観光客も歩いていて、今までのストイックなUTMFから、ちょっと和やかなひと時に変わるのが山中湖。

エイドについてまず豚汁を頂いた。

この時点でまだ暑さを感じていなかったが、次の区間は3時間以上を覚悟し、フラスク1Lに加えてコーラを水で薄めた300mLの手持ちフラスクに補給。だいぶ固い筋肉のセルフマッサージをする。直後にインした西城選手はマッサージの施術を受けているようだった。

毎年ここまでくると、ほのかにフィニッシュが見えてきたような気がする。ここまで17時間弱、想定より早い。あと8時間ちょっとで25時間。これなら25時間前半は狙えるかな、とぼんやりフィニッシュタイムも意識する。

歩き出すと、天気も良く明神山の頂上までがきれいに見渡せた。ここからの3時間のトレイルは本当にきついが、1000mを超える山の風景、森の雰囲気、初春を感じる草木は一番お気に入りの区間だ。

明神山まではひたすら300mちょっとの標高差、はるか前に2名の選手が見える。丁寧に脚を進めてリズムを乱さないように上る。スタートして34分程で頂上についた。練習で30分だったからまだまだ悪いペースではない。振り返ると凄いでっかい富士山が見送ってくれていた。明神山の富士山は間違いなくUTMFの絶景No.1である。

見通しの良い明神山とは別れ、ここから深い森、リズムが変わってアップダウンの続く尾根道となる。

機嫌よく最初の下りに差し掛かると、少し自分の身体の異変に気付いた。腿の内側の筋肉が固く痛みがあって下りの脚の制御がおぼつかない。つまり筋肉痛だ。

少し下りに慣れればほぐれてくるかな、と思いながら走るが、下りの衝撃が腿内側の筋肉にひどく響く。スピードを少し抑えながら我慢して下りをこなしていく。やがて高指山への登りにかかると、今度は先ほど下りで痛んだ筋肉が登りで力が入らないことに気づく。

気づいてみると大分陽は高く登り、初春の枯れ山は日光を遮るものもなく、かなり汗をかいている。手持ちのフラスクは最初の三国山で飲み干し、左右のボトルの水を飲み始めていたが、水の消費が想定より多い。

だんだん速度が遅くなり、身体に力が入らないことに気づく。山伏峠への登りも明らかに遅い。暑さのせいか、筋肉痛のせいかあるいはその両方が影響したのだろうか。

「おかしいな」

スタートから18時間くらい、初めて明らかなペースダウンを感じた。気が付くと水をまずく感じているので、ミネラル不足もあるようだ。干し梅を食べて塩分を補う。

山伏峠からの急な登り返しで、とうとう脚が進まなくなった。痙攣も起きているので水とミネラル不足だ。歩き続けられなくなり途中座りこむ。最終盤にとっておいたアミノゼリーをここで補給する。1,2分でゆっくり歩きだす。そこからは残りの水分を少しづつ補給してだましだまし進む。

やがて急な登りが終わり緩斜面のトレイルに変わる。遅くても少しづつ走れるようになる。

石割山手前のなだらかな尾根上で、前方にゼッケン1の選手が歩いているのが見えた。近江選手だ。初100マイルと聞いている。こちらを振り返ると道をあけてくれた。少し申し訳ない気持ちで抜く。これが100マイルの厳しさか。まだ若い選手なので今後の糧にしてほしい。

やがて石割山の分岐を過ぎ下り斜面になる。いくらか元気も出てきて、泥濘が続く下りでも筋肉痛は耐えられる。2,3人の選手を抜いて二十峠に降りた。


U8 二十曲峠 11時38分(OUT 20:08:36 )

 気が付くとすっかり陽は高く昇り暗いテントの影に入るとほっとする。テント内にはぽつりぽつりと選手10名程度だろうか、今までよりだいぶ減っている。荷物を降ろし、とりあえず椅子に座る。

 テントの端で寝転んでいる選手が2,3人、自分と同じように座って呆然としている選手も数名、スタッフも言葉少なく選手を見つめている。いつものエイドの活気は影を潜め、発電機のエンジン音だけが鳴り響く。やはり暑さにやられてるのだろう。自分だけじゃない。

塩飴や煎餅で塩分をまず補給、その後水分を摂取。できる補給は数分で終わる。回復したかわからない。歩き出す元気もまだ出てこないが、いたずらにエイドに居てもフィニッシュは近づかない。時計の針がそろそろ10分という頃に、とぼとぼ歩き始めた。

杓子までのトレイル、前半は適度な起伏の尾根道である。少しは森の木陰になるかなと思ったが甘かった。まだ葉のない森は木漏れ陽が差し、じわじわ汗をかく。

 下りで感じる筋肉痛は変わらないが、登りは淡々とは歩を進められる。良い状態ではないが、最悪でもない。前の区間で少しタイムロスしたが、この状態で進めば25時間台は十分でるだろう。

やがて杓子山に続く急登がはじまる。無理せず着々と登り、核心の岩場までたどり着く。

ここからが難所だった。この数時間で脚に何度か痙攣をおこしている。岩場の登りはステップに合わせて大きく脚を上げて屈曲した状態から力を入れる。その動作が痙攣を引き起こす。結果岩場の一歩一歩が厳しい動作になった。痙攣をおこさないようステップを工夫し、手を使い負荷を減らす。時間をおいて痙攣のおさまりを待つ。

緊張感のある岩場で初めての経験だった。当然スピードも鈍り、途中また幾人かの人に抜かれた。

岩場と岩場の間の僅かな部分で極度に酷使した筋肉を収めるため休憩をとっていると、岩場から女性の選手が現れた。星野緑選手だった。

抜くときにわざわざ立ち止まって、「日影で休んだ方がいいですよ」と声をかけてくれた。朦朧としているよに見えたのかもしれない。

後で見ると、星野さんはちょうど26時間を切ってゴールしている。このあたりが合格点のレースの限界点だったのかと思う。

辛いだけの記憶しかない杓子までの道のり。何度か手前のピークに騙されるもようやく鐘のある本当の頂上が見えた。しかしこの先もホッとすることはできない。今度は、何度も訪れるロープを張り巡らせた尾根上の急斜面、腿の筋肉痛との戦いとなる。いつしか着地に合わせて声を出して筋肉痛を耐える。

やがてつづら折りの階段にかわる。1段1段の衝撃で筋肉に激しい痛みを覚えるが敢えてスピードを落とさず、アドレナリンで筋肉痛を乗り切ろうと頑張ってみた。

しかし、ここで限界にきた。どうにも痛みが限界に達し歩きだした。一度歩いたら、もう走ることができなくなってしまった。

「筋肉痛は、怠惰な脳のわがまま」、と常々感じている。鞭を打てば頑張れると思っていたけど、この時はもう脳がわがままを譲らなくなってしまった。ぷつっと糸が切れたような感覚だ。

ここから約3キロの下り基調の砂利道。毎年普通に走って15-20分で下れるところ。歩けば倍はゆうにかかる。時計の針がぐるぐる回るような感覚に襲われながらとぼとぼ歩く。情けないがそれしかできない。何人もの選手が倍ものスピードで下っていく。

30分くらい歩いたと思う。やがて林道が平らになりキャンプ場が見えてきた。この頃に漸くゆっくり走れるようになった。一度走ると、今度はエイドに向けた急斜面の下りも走ることができた。脳のわがまま、きまぐれだ。

最後に近江選手に抜かれた。復活したようだ。


U9 富士吉田 14時59分(IN 23:29:24 OUT 23:48:31)


最後のエイドには毎年のうどんがあった。ボランティアの方にお願いしてつゆをたっぷりもらい、塩分補給した。せんべいや塩飴もかじった。

最後の霧山は、よじ登る急登はなく、下りも急な場所は限られてる。最後はなんとか踏ん張りたい。

十分水分をとって10分くらいでエイドを出かけた際、この日まだトイレを済ませてないことに気づいた。仮設トイレをあけると和式だった。絶望的な気分になるがしかたない。

筋肉痛に顔をゆがめながらしゃがむのに随分と時間がかかり、結局合計20分近くをエイドで過ごしてしまった。気を取り直して最後の山へ。

最初の30分近くは富士吉田市街のロード。身体の動きは悪くない。まわりのペースに合わせて走る。富士急の線路をくぐり、山に入る手間で自販機があったので、念のためアクエリアスを1本購入、フラスクに入れ替えた。ミネラル補給にはその方がよいはずなので。

緩い下りをとぼとぼ歩く。この斜面も走れはしないが歩くにはやや緩い。

数十m先に、ベテラン風の選手が登っている。その選手に声をかけている観戦者がいた。その人はやがてこちらに下ってくると僕を見て驚いた顔をしていた。

山谷さんだ。

思わぬ出会いに両方が驚いた。

山谷さんは同年代。10年以上前からハセツネなど多くの大会で上位に入り、目標とする成績を出している人で、数年前からSNSで友人となっている。ただ補給食が鍵を握る70km程度以上のレースは相性から参加しないとのこと。今日は応援にいらしたらしい。


前を行く方は長野でも有名なベテラン選手とのことだった(結果を見るとレジェンドの部で優勝している)

山谷さんとはしばらくいろいろな会話をさせてもらった。最終版で良い気晴らしになった。やがて山谷さんは再度先に進んでいき見えなくなる。

途中鉄塔付近の急登を超え、再び緩いつづら折り。きつくはないがペースはあがらない。やがてつづら折りの道は斜面を右手に見たトラバースに移り、とうとう霜山尾根上の分岐に到着する。ここからは多少の登り返しはあれで下ればフィニッシュだ。いよいよ最終盤。

尾根の下り途中、脚の痙攣でペースダウンもあったが、フィニッシュも近くなり最後の踏ん張りを効かせるところ、腿の筋肉痛もこらえて下り続ける。

2番目登り返しで女性の選手に追いつかれる。

「きついですねー」「あともう1回確か登り返しありましたね、、、」

言葉とは裏腹にその選手はするする登り、急斜面の下りに入ったところでは2つほど先のつづら折りを下ってる気配しか感じなかった。

そこから10分くらいだろうか、市街地に突き出た尾根の先端にたどり着く。(上位選手の)順位確定ポイントを過ぎ、ロードに降りた。ここから2km。

踏切や国道の交差点を渡り、富士急の敷地に入って橋がそろそろというところで、前を2名の女性選手が歩いているのが見えた。

7位の渡邊さんと8位の黒田さんだった。どうやら順位確定ポイントを過ぎて渡邊さんに黒田さんが追い付いたらしい。

ルール的には問題ないのだろうが、なんとなく仲良く歩いている二人を抜くのは気が引けたので少し後ろを一緒に歩いた。渡邊さんは脚が売り切れ状態で二人で歩いているようだった。走ろうよという黒田さんに渡邊さんはもう限界、と。よほど最後まで追い込んだのかな。なんか二人のやりとりが、聴いてて楽しくて、自然と笑顔になる。

国道の橋を渡るところで、後ろから男性のランナーが一人抜いていく。そのうち黒田さんが先に行くね、と走って行き、自分も渡邊さんにお先に、と一声かけて残りを走った。そこからわずか500mでフィニッシュラインがみえた。



フィニッシュ 18時01分 26:31:35 (男子114位)



福田六花さんが、出迎えのグータッチをしてくれ、感想を聞かれた。なんだか頭が回らず気の利いたコメントは言えなかったが、とにかく3年ぶりに完走できたことがうれしい。

直ぐに山谷さんが声をかけてくれ、写真を撮ってもらった。

結果は残念ながら100位は超えてしまったけど、とにかく5度目の完走が出来たことがうれしい。反省点はいろいろあると思うけど、まあそれはもう少し落ち着いてから振り返ることにしよう。








UTMF2022 その3 U4 精進湖~U7 山中湖

U4 精進湖 0時15分(IN 8:45:33 OUT 8:51:22 )


田舎雑炊が出ており、暖かい食べ物を初めてすする。この雑炊が最高に美味しい!雑炊に交じった漬物のしょっぱさが身に染みる。今日は夜でも気温がそれほど下がらないので、知らず知らずのうちにミネラルを失っているのだろう。お代わりしてよいとのことなので2杯目も頂いた。次の区間は3時間以上が確実なので水の補給もしっかり行って走り出す。

短い樹海のトレイルを超えると、ここから魔のロード区間。漆黒の樹海脇に伸びる単調なロードが40分ほど続くUTMFでも嫌いな区間の一つ。微妙な登りのロードは一番苦手で昨年この区間で数人に抜かれている。

走り始めて数分、案の定楽しそうに会話する二人組の選手にすっと抜かれた。どんまいどんまい、無理はしないしない。

肉体的にきついわけではないが、変わらない風景の中単調な身体の動きをひたすら繰り返すことに精神的な苦痛を感じる。腰の回転を意識してペースを維持しようとするが、そろそろ10時間も経過し、腿の筋肉に張りを感じる。

時々げんこつで腿を叩き、蹴り上げのかかとを腿にまで引き付けて走りながらストレッチをする、すると、この刺激でしばらく脚が動くようになり少しペースがあがる。

少し走っては腿に拳骨、かかと上げのストレッチ、これを1分程度の間に繰り返す。単調な走りの気晴らしにもなった。

昨年よりペース維持は出来た感じはする。抜かれたのもその後1人だけだった。苦痛のロードもやがて終わる。右折して再び樹海の中の闇のトレイルに吸い込まれる。

しばらく微妙な下りが続く、と、数十m前を行くライトが突然乱れ、地面に落ちた。

かなり激しく転んだように見えた。「大丈夫ですか?役員呼びましょうか?」と声をかけたところ、かなり痛そうにしながら「大丈夫です」との返事。しばらく様子を見たが、立ち上がって歩き始めたので、大丈夫と判断して先に行くことにした。

樹海のトレイルはかなりでこぼこした溶岩の石が浮いている。夜道は要注意だ。

国道を潜り、やがて足和田山への緩い登りが始まる。

この登りはどうにも中途半端だ。10時間走った身体にとって走るには急すぎる。なるべく速足で登っていくが、傾斜も緩くて心拍もあがらない。この手の区間はあまり得意でない。案の定、1,2人と抜かれていく。

だらだらと山場もなく登り基調のトレイルが続く。途中から2,3人の集団になんとかついていった。そろそろ緩い登りも飽きた頃に最後のちょっとした急登で足和田山を登り切り、下りに変わった。すると、遥か眼下に富士吉田の街の灯が樹々の向こうに見えた。随分と登ったな。無理せずリズムをつくって下って行く、先ほどおいてかれたランナーを一人二人と抜いていく。これがいつものパターン。

眼下に見え続ける街の灯はなかなか近くならない。多少の登り返しも何度かあり、随分くだったな、と思った頃にようやくロードに出てた。2019年までならもうすぐエイドである、が今年はエイドの位置がだいぶ伸びた。役員の「あとエイド7km」の声に少し憂鬱な気分になる。

また再び平坦な走り区間。ただし、微妙な登り、ロード、砂利道、微妙な下り、とわずかだが変化もあるので、先ほどの樹海脇より気分はまぎれる。平坦であればまだまだ走れる。最後短いトレイルを抜けると富士急がすぐ先に見えた。

あと少し、というところで、ずっと後ろにライトを感じていた選手に、すっと抜かれた。欧州人のような手足の長い長身で適度な筋肉に覆われた後ろ姿に、はっとした。ゼッケンを見ると1900番台、なるほど、45分後にスタートした山本健一選手だ。

もう40代にはなるが14年前7時間30分台でハセツネを優勝した選手。さすがに筋肉の質や走るフォームにオーラがある。ついていける気はしないが、ここまで45分差ならまだまだいい感じではないか、と少し勇気づけられた。


U5 富士急ハイランド 3時35分 (IN 12:05:14 OUT 12:20:11)


毎年10分を目安にピットインしていたが、自分の中で今年はもう少し時間をかけても良し、とした。

ドロップバッグを受け取って、まずはTo Doリストを確認。Tシャツ、靴の交換は不要。眠眠打破とRed Bullで明け方の眠気防止。食料は思ったほど消費しておらず、アミノバイタルとジェル、そして意外と食べやすいくずもちをカバンに押し込む。時計の充電を少しの間行う。

残念ながらここは暖かい補給食がない。しかたなくバナナを食べて水を補給し15分で走り始める。

脚


を進めながら、ここまでのレースを振り返る。足和田山で失速した昨年に比べればここまで大きいトラブルはなく悪くないはずだ。胃腸もあまり調子よいとは言えないが、食べ物は受け付ける。少し腿の筋肉に張りがあるのは気になるが、まあ毎年の話だ、なんとか乗り切れるだろう。

次への区間は今までの国道沿いではなくぐるりと一旦高速道近くまで回り道をするコース。緩い登りの砂利トレイルをちょこちょと走る。カフェインはが効いたのか、身体がリフレッシュした感じがある。途中ロードに出てからも自分なりに緩い登りのペースを維持できる。1,2名の歩いている選手を抜いた。

下りトレイルに変わったころからほんのり空が明るくなってきた。わずかに明るくなった明け方の森は大好きだ。この至高の時にトレイルを走れていたのはラッキーだ。20分ほどのトレイルを終えて再び市街地に入り、小倉山に登る頃には大分明るくなった。1,2人と抜き、1,2人と抜かれる。そんなペース。

その後市街地を繋いで忍野に向けた山越えルートを進む。ゆるい山道の登りは幾人かの集団の先頭となり、元気に進めた。いよいよ林道を登りつめ急斜面のトレイルに変わる。ここは富士山の絶景ポイント。振り返って何度か見とれてしまう。今回は惜しみなくレース中雄姿を見せてくれた。過去のUTMFの中でも間違いなく富士山の当たり年だ。

急登で集団にあっという間に離されてしまう。登りが極端に遅いなあ。あせっても仕方ないので再び一人でとぼとぼ走る。

やがて尾根を下ってロードに出て忍野の盆地に降りていく。旧忍野エイドを過ぎ、小さな小川沿いの砂利道に入る。2019年はエイド直後のこのパートで失速したが、今年は登りで置いて行かれた選手に追いつき、ペース維持して走れる。再び、腿のげんこつとかかと上げストレッチで刺激を入れてペース維持する。


U6 忍野 6時29分 (IN 14:59:33 OUT 15:05:07)


あまり何をしたのか記憶にない。次のエイドが近いのでそれほど補給に力を入れなかったと思うが、5分以上かかっているので椅子に座ったのだろう。そろそろ疲れてきたのか。

5分でも休憩してしまうと、脚が固くなる。エイド前のロードで無意識のうちに頑張りすぎたのだろうか。重くて動かない脚に愕然とする。心拍も100台まで落ち込んでしまう。

焦らず歩を進める。10-20分で砂利道も登り基調となり、早歩きで歩を進める。

追いついてきた選手が一緒になった。「きついですね」の一言から、会話が展開した。滋賀から初参加という人だった。山中湖からがとんでもないコースだから、まだまだこれからですよね、なんて会話をしたと思う。こういう初参加の選手も増えてるのだろうな。100マイルレースも選手層の底上げが進んでいるに違いない。。。

やがて少し斜面が急となり、僕の方が少しだけペースが速いのか、だんだん先行して、そのうち滋賀の彼はつづら折りの先で見えなくなった。その後コースではあってない。

大平山を通過。下りは丸太の間が浸食で削られた嫌らしい階段。幸い、丁寧に土嚢が詰められていたので、リズムよく土嚢の上をステップ踏んで降りていく。それほど苦にならなかった。

さらにもう一回平尾台の急登を頑張り、そこからは一路山中湖に向けた下りとなる。

途中、両側藪で覆われたえぐれた登山道をリズミカルに下っていくと、道をあけてくれる選手がいた。ふとみると西城選手だった。2019年も山中湖手前でお会いした。信越100マイルでは120km付近でお会いした。100マイルではいつも後半似た位置を走っている選手だ。

どちらかというと僕が登りに弱く、下りで抜くのがパターンらしい。



UTMF2022 その2 Start~U4 精進湖

 15時30分スタート


500人のウェブスタート。並んだのは真ん中くらいだろうか。スタートから道は広いのでスタート直後からそれほどストレスなく走ることができた。



2019年に比べると子供の国を出るゲートまでの距離は短くほんの3,4分で園内を出て林道を走る。ゲートを出る直前に、「鹿島田さん!」の声が聞こえ、はっと沿道を見ると池君がご夫妻で応援していた。「がんばってください」と声をかけてくれる。あまり知り合いは多くないがやっぱり応援してくれる人がいると、何となく元気が出るもんだ。

最初の数キロは心拍をちょこちょこ確認しながら、慎重にペースを調整。心拍は130台なので平地でキロ5分前半程度の負荷。楽なペースで走り続ける。

15kmを過ぎて送電線下のトレイルに来ると、何度も渡る亀裂の手前でちょっとした渋滞で何度か歩いた。1回10秒から30秒くらいだろうか。やはり歩くと走るペースが乱れるので若干ストレスにもなるが、焦ってもしょうがないので気にせずゆっくり進む。

少し陽が傾いて前を走る選手の影が随分と長くなってきた頃に、U1に到着。


U1 富士宮 17時44分 (IN 2:14:41 OUT 2:16:44)


バナナ2本とメダリストを補給。フラスクに水を入れて比較的直ぐに出発。

ここからはロードや短いトレイルを繋いで川沿いの市街に一回下って、そこからまた少し登り返していく。景色や路面に変化があるのであまり飽きずに走ることができる。やがて日没の時間を迎えて暗くなってきた。登りのトレイルになったあたりからライトを点灯。

登りトレイルはすぐに終わりロードに出る。本来ならそこからさらに天子が岳に登るはずだが、今日はロードをトラバースしていく。

ここからは山の斜面に沿ってロードを繋いでいく。正直あまり楽しい区間ではない。U1からは10人抜いて1人抜かれる、くらいの感じで周りより少し速めのペースを維持して走る。

途中真っ暗な田貫湖を超え、やがて、本来熊森山から下ってくるロードと合流、エイドまでそう遠くない。最後の区間はゆるい起伏ながらトレイルをジグザク走って、景色や使う筋肉が少し変わり気晴らしになる。


U2 麓 20時13分 (IN 4:43:30 OUT 4:46:44)


ここでもバナナで補給した。正直バナナはそれほど好きなわけではないが、他に炭水化物で良いものが見当たらない。富士宮焼きそばは、胃にもたれるのが怖くやめておいた。

麓を出てからはまた平坦なパート。ただトレイルと砂利道を繋ぐようなコースで飽きない程度に起伏はある。ペースは周りのランナーと比較的近いところで落ち着いてきた。時々抜かれ、時々追い抜く、が続く。やがて端足峠に向かう急斜面に差し掛かる。この日最初の急斜面、といっても200m前後の標高差なので、周りのペースに合わせて登るうちに峠を過ぎる。まだまだ周りにランナーが多く、下りも周りのペースに合わせて無理せず降りる。ロードに出て数分でエイドに到着


U3 本栖湖 22時02分 (IN 6:32:04)


 補給食に甘い饅頭があった。それほど食べたいと思わなかったけど、小さいしエネルギーにもなるので一つもらった、その他いつも通りバナナの補給でスタート。

 エイドを出ると暗闇の斜面をトラバースしながら登っていく。毎年この区間は何故か人に抜かれることが多い。エイド直後は比較的しっかり休みをとって、速いペースで走り出す人が多いことに加え、自分が登りが弱いからだろう。まだ脚に疲労を感じているわけではないが、明らかに自分より速いペースの人にひょこひょこと3,4人抜かれていった。

 焦ってもしょうがないので自分のペースで登り続ける。やがってピークを迎え、そこからは細かい起伏のある尾根を進んでいく。ここからは比較的僕が得意なパートだ。抜かれた人を1,2名抜き返し、パノラマ台への登りで再びまた抜かれるという感じ。は自分のぺースを守ることが大事。

烏 帽子からの下りは適度な傾斜のつづら折りで快適なペースで走ることができる。また数人を抜き返した。斜面を下り切り、今度は樹海の中の平坦なトレイルに移る。前は真っ暗。遥か後ろにライトを感じながら、ペースを維持。一人ペースの速い選手に抜かれてU4エイドに到着。概ね三分の一が終わった。ここまではトラブルもなし。


U4 精進湖 0時15分(IN 8:45:33 OUT 8:51:22 )

火曜日, 5月 03, 2022

UTMF2022 その1 準備

 3年ぶりのUTMF

2019年の秋に信越の100マイルを走って以来、30kmの大会を1回走った他はレースからすっかり遠ざかってしまった。


6か月のトレーニング

11月 337km 33時間 (トレイル/10時間)

12月 386km 35時間(トレイル/11時間)

 1月 421km 42時間(トレイル/18時間)

 2月 322km 29時間(トレイル/6時間)

 3月 411km 44時間(トレイル/22時間) 

 4月 209km 19時間(トレイル/1時間)


11月からそろそろと準備を初めて、自分の立てた計画に対して90%は達成できたと思う。ただ、3年のブランクと3つ歳をとった事実は重い。普段のランニングのペースで衰えは感じないけど、時々行うスピード練習は低下は否めない。トレイルの動きは少し鈍くなった自覚はあるが長い距離の粘りは維持しているだろうか。


4月に入ってからは山に行く時間が殆ど取れなかったけど、その分平日のランで近くの公園の起伏を走る距離を少し伸ばす。登り下りの筋肉への刺激は入れるように努めた。、ケガや故障(違和感に近いもの含めて)なし。疲労の抜け具合、睡眠時間、栄養補給、いずれも問題なし。唯一調整で失敗したのは体重管理で目標の60㎏に届かず61㎏を切るくらい。例年より若干重い身体でのスタートとなった。


3日前に天子が岳山塊迂回が決定。このパートは比較的悪路を含む下りが多く得意としていた部分なので少し残念。前半が苦手なフラットなロード中心になるが、後半を考えるといくらか毎年より楽なレースになるだろうか。


前日21日は、午後に在宅勤務を一旦切り上げて15時10分品川発の新幹線で三島に移動。時之栖の宿についてから、再び仕事の会議に夕方から参加。20時頃に終えた。10時半頃には就寝

翌朝は6時30分頃起床、朝食後、どうしても参加しなければいけないため仕事の会議に9時~10時再度参加。11時前にチェックアウトして11時30分のバスでこどもの国へ。


スタートは1時間スライドし15時30分。会場で3時間以上あったので、春らしいさわやかな空気の午後、眺めの良い草っぱらでのんびり補給をしながら待つ。2019年は雨の中、混雑する狭いテントで待っったので、随分と対照的なスタート前だ。



今年の目標は、何とか100位以内をキープして来年度の出場権を得ること。タイムは短縮される部分がどの程度か分からないが、2019年のコース相当で28時間30分として、2時間短縮の26時間30分とした。ただ実際にはコースの短縮はもっと大きかったようだ。


土曜日, 9月 21, 2019

信越五岳 100miles 2019 その3 後半黒姫以降


A6 黒姫 102km in 14:11:11 21位 out 14:21:53 21位

まだ閑散としてるエイドで、ぴょんぴょん跳ねてる妻が直ぐ目に入った。
「ぴったり予定通りね」
少し興奮気味に喜んでくれた。
Tシャツのゼッケンを妻に付け替えてもらってる間に補給。2回目のドロップバッグポイントなので、しっかり食料をザックに詰め、サンバイザーをかぶる。
ここで数分後に、女子のトップの今田選手が入ってきて一段と大きい拍手が起こった。ペーサーの男性と一緒に、僕らの少し後にエイドを出る。

黒姫直後は5kmほど、だらだらした砂利道の登りが延々と続く。このパートは過去大会でも苦手にしているところ。今回も自分では今までと同じように進んでいるつもりが、周りよりペースは遅いようだ。すぐに同じ時間帯に出た今田ペアに置いて行かれた。

急に暑さを感じる。コースに陽が差すことが多くなった。砂利道を40歩走って30歩歩くといったリズム。一人、また一人と抜かれていく。妻も先に行っては待ちきれないようにこちらを見返し、体調は大丈夫か、と声をかけてくる。
悪くはないが、ペースが鈍ってるのは自覚している。少し眠気も出てるようだ。

1時間を過ぎてようやく砂利道が平から下りになる。ペースは相変わらず鈍いが走り続けることはできる。急斜面を丁寧に下って吊り橋を渡り、パイプライン横の急斜面を登る。
ここでまた一人、後ろから追ってくる選手に追いつかれた。だけどこちらのペースも少し回復してるようで、登り切ってからの緩やかな森ではしばらく並走する。
ここは、今回新しく伸びた区間で、石川さんが、極上のトレイルと表現していた森。たしかに北欧のようにゆるやかで美しい森だが、疲れがたまった身体ではペースがあがらない。残り2kmくらいから再びペースダウン。せっかくの素晴らしい森の道を、今回は辛い印象で走ってしまった。

A7 笹ヶ峰グリーンハウス 115km in 16:39:23 26位 out 16:50:05 25位

トイレにいって、補給。カレーを少し食べて元気づける。
ここで三宅君に再び会う(追いつかれる) 彼は身体はまだまだ大丈夫らしいが、エイド間の持参食料が不足したとのこと。はじめてのチャレンジで、100マイルで自分が必要なカロリーが把握しきれてなかったのかもしれない。こちらもすごく残念な気持ちになるが、今の自分には何もできない。労いの言葉だけかけて先に出る。

エイドを後にして暫く暑い日差しの牧場を走る。2,3分後ろにペーサー付きの1組が見え隠れする。乙女湖に降り、ダム沿いの急なコンクリート階段で追いつかれた。西城選手のペアだ。西城選手は110キロで活躍する選手だが、UTMFで終盤に抜かれている(先方は気づいてないと思うが)。100マイルではペースが似てるのかもしれない。

その後しばらく森の涼しい快適なトレイルが続いてほっとする。少しリズムを取り戻してきた。再び砂利道の登りが現れその区間はペースが鈍るものの、黒姫の登りもまた元気が復活してしっかりと登れたと思う。
黒姫の鞍部に到着。そこから岩の多い林道を下るパートは、下りの得意な僕より、むしろ妻の方が遅れがちになった。妻のペースに合わせて少し余力をもってエイドに入る。

A8 大橋林道 130km 19:22:16 26位

ここはそれほど時間をかけずに5分くらいでエイドを後に。
この区間は、牧場周りが新コースになり少し距離が延びたという情報があったところ。
戸隠牧場に出ると、確かに牧場の周りをジグザグに進むコース。牧草の上だったり、森の起伏を超えたり、このパートは標高差は大きくないけど、走り続けることはできず、ペースが上がらない部分。
それでも、のどかな牧場の緑に覆われた風景は日本ではなかなか味わえないトレイル、信越らしい部分だと思う。

ここで初めて110kmのトップ西村選手に抜かれる。

30分ほどで、牧場からトレイルに出る、そこからは以前と似たルートで自分も好きな森のなだらかなトレイル。調子も上がってきたので、妻に前に出てもらって引っ張ってもらい、ペースをあげる。
戸隠神社の参道、鏡池などを通過、110kmの二番手の大瀬選手に途中抜かれ、エイドに向かう緩いトレイルに入る。ここで前に2人組の選手が見えた。少しこちらのペースが上回り、じりじり近づくが、あともう一歩というところでエイドに到着した。

A9 戸隠スキー場 142km in 21:27:12 28位 out21:38:16 27位

事前に妻と相談して、10分以内の休憩を目指す。
蕎麦で元気をもらい(これは美味しかった!)、しっかり補給して、次に向かう。ここで女子トップの今田選手に追いついた。女性同志で妻と今田選手の会話がはずむ。
同時に出るが、最初のペースは向こうはゆっくり目、こちらが先に先行する。

このパートは、110kmの経験で「つらい」という印象が染み付いており、最後のクライマックスと心得ていたが、逆に覚悟してただけに実際に走るとそれほどにも感じなかった。
瑪瑙山手前の森の中の急登も、自分の中のイメージよりあっさり登る。ここまで妻に引っ張ってもらいペース良く走れた。

いよいよ、森から開けた最後の瑪瑙山が夕方の日差しを受けて見えた。はるか前にポツポツ2,3組登ってく選手が見えたろうか。
視線を落とし、目前の地面を見て一歩一歩脚を進める。ここでも武尊の経験が活きた。武尊後半のスキー場400m直登を思えば、この登りはその半分くらいだろう。
時々上を見あげると、確実に瑪瑙山は近づいてくる。同時に後ろもみると数分下に1組の選手が登ってくる。
後ろを気にしてもしょうがないが、できれば抜かれたくないな、と思うようになる。

瑪瑙山の頂上でスタッフの方に写真を1枚とってもらう。繰り返しになるけどレース中写真を撮ったのは今回初めて。お礼を言ってカメラを受け取るとすぐに下りはじめた。

妻はスキー場の見晴らしのよい斜面をどんどん先に飛ばして小さくなっていく。こちらもがんばるが大腿二頭筋がもう限界だ。でもスピードを落とせない。気合で声を張り上げ痛みをこらえながら下る。
やがてスキー場を離れ、森の中の下りになって緩い登りになる。ここの登りと下りがこのコース最後のトレイル。この区間も過去の110kmの記憶よりは、辛くなく過ぎることができた。途中からライトを点灯し、150kmを過ぎていよいよ最後の尾根下りとなる。下りは妻の方がペースが落ちるので、途中少し待ちながらウォーターエイドに向かった。

W 飯縄山登山口 152km 23:39:22 27位

妻がトイレに行ってる間に、一組がノンストップで通り過ぎた。おそらく瑪瑙山で後ろにたペアだ。あのスピードではどのみち抜かれてただろう。
もう一組、女子トップの今田選手のペアがきた。あちらも少し休憩したのでエイドを出るのはほぼ一緒となった。

残り8kmですね!と励ましあいながら、進む。ロードは向こうの方が速そうなので、先にいってもらうと徐々に前に見えなくなっていった。

ここからの8km(実質7km)は毎年辛いと感じるところ。前半は砂利がごつごつしていて走りにくい上に緩やかに登っているところが多く、疲労した脚には答える。妻のペースが鈍ってこちらが引っ張る状態に。
ところが、ようやく中盤を過ぎて下り基調になるとむしろ妻が元気になる。今度はこちらが必至についていくようになった。
永遠に続くかと思われる砂利道も、やがて真っ暗闇の森の中にポツポツ明かりが見え始める。そして会場のアナウンスが微かに届くようになった。そうなるとも1kmはないだろう。最後の力を振り絞って走る。

Finish 飯縄山ハイランドホール 160km 24:33:08 28位

いつも思うのだけど、どんな長いレースも必ず終わりがある。計時線を越えてしまえば、それでおしまいなのだ。ゴールはなんともあっけない。

フィニッシュ後しばしの興奮で、妻と完走を湛えた、近くの役員の人も湛えてくれ、写真をとる。
ゴール後の会場は長居は無用。少しして興奮が収まると、余韻の冷めないうちに、バスに乗って宿に向かうことにした。

夜と翌日の筋肉痛は、UTMF2019よりひどい状態だった。おそらくUTMFよりは、レース中追い込む場面が多かったのだろう。
そういう意味では、力を出し切れたレースかもしれない。



信越五岳 100miles 2019 その2 前半黒姫まで

Start 斑尾高原レストランハイジ 0km
歓声とともにスタート。しばらくはゲレンデの中をつづら折りで走ったり歩いたり。
心拍は上がってないけど脚が結構重たい。やはり直前までリラックスしてたせいか身体が起きてない感じ。
15分くらいのところで、スタート会場の近くを通り、大勢の応援の人並みを抜けるところがある。信越らしい区間、通り抜けて気分が盛り上がる。それを過ぎると森は静かになり、いよいよ闇の中ひたすら進むレースが始まる。

心拍を上げすぎないように注意して走る。
途中35分を過ぎたところで「トップと6分差」の声。ちょうど2割ましくらい。程よいペースか。

110kmで経験してるので、だいたいコースの感覚は持ってる。だらだらと登って、暗い中に野尻湖の見えるカーブを過ぎるとすぐにウォーターエイド。水は十分あるので取らずにすぎる。

W 菅川 17km 1:48:37
時計をみると、たしか110kmの時は1:36くらいだったので1割ちょっと遅いペース。予定よりやや速い。
登りも無理せず進む。30分くらい登ると漸く斑尾山手前のピーク。少し下り登って斑尾山、そこから急激に下る。脚の筋力温存であまり飛ばさないように意識するけど、幾人かの人は抜いた。
やがて緩やかになり右にカーブしていくと最初のエイドの明かりが見えた。

A1 バンフ 22km 2:42:25  63位
水の補給とバナナ、ポテトチップ補給など。それほど時間かけず。

ここからはなだらかな下り基調のトレイルで、信越らしいセクション。周りの選手とそれほど変わらぬテンポで走る。細かな登り下りでリズムが変わるので飽きないし、身体にも心地よい。数十分走ってやがて単独で走りはじめた時、希望湖が近づいてきたところで、コース看板がなかなか出てこないことに不安を持ち始める。分岐らしきところでも看板がないので不安になって、立ち止まり、少し戻ろうとすると、次のランナーが来た。

「私も少し不安になったんですが、この先に明かりが見えたのであってると思いますよ」

とのこと、少し安心して再び並走。途中湖畔の分岐で少し迷うも、大きな道を進むとやがて前のランナーの明かりが見え、その先に矢印看板が見えて安心。

その先も比較的なだらかなトレイルが続く。コースが折り返して毛無山に登り、しばらく行くとエイドにつく。

A2 赤池 36km 4:31:06  

水の補給とバナナ、ポテトチップ補給など。それほど時間かけず。
ただし、水の補給を500mL2本満タンにせず、750mLくらにしてしまったのが、若干失敗。
あとで軽い水切れの要因となる。

赤池を過ぎてからは地図で見たイメージより登ったけど、やがて110kmで良く知ってる袴岳の登りになる。淡々と登ると、110kmの時の記憶よりあっさり頂上を超える。下りになって気持ちよくステップをきっていく。
100マイルは110kmより身体負荷を低く走るので、全般的に110kmの記憶より楽に走れるのだろう。
やがて林道に出て、そこからは単調な林道の下り。途中兼俣のチェックポイント通過。

CP 兼俣林道入口 5:26:26  32位

この部分は自分の身体に任せたペースで進むが結果的にはややオーバーペースだったかもしれない。途中数人の選手を抜くことになる。その先しばらく進むとやがて周りに人がいなくなった。

コースは嘗てより少し変わって、降りるルートが並行する別の林道に変わっていたが、似たような走りやすさなのであまり違いはない。やがて110kmのコースと別れてロードを進むと、壁のような階段が見える。そういえば石川さんがコース解説でコメントしてたっけ。
淡々と登り、登り終えたところで振り返ると、1名遥か下に登り始めたのが見えた。林道で抜いた選手だろう。2、3分は差がありそうだ。

山道に入って淡々と夜道一人で登る。前にも後ろにも誰もいない。前のエイドでうっかり水を満タンに補給しなかったので山中で水切れを起こした。思ったより夜も気温が下がらず、水は1時間に300mLは必要なようだ。
予定では次のエイドまで残り30分くらいのはず。下りがほとんどなので、大丈夫だろう。

案の定、月明かりが照らす道に出る。ゲレンデのようだ。バンフ手前のように、やや急な草っぱらの中の道を下っていく。なるべく丁寧に、筋肉にダメージを与えないことを念頭に下っていく。やがてエイドの明かりが見えてきた。エイドに入ると、兼俣林道で抜かした外国選手が直ぐに入ってきた。

A3 アパリゾート 55km in 7:14:32 27位  out 7:24:05 24位


最初のドロップバッグポイント。眠眠打破を1本飲んで、1本分をボトルに入れる。食料は思ったより消費してないので、必要な分だけ補充した。
ここでオリエンティアの三宅君に声をかけられる。一回り歳は違うが名古屋大で走ってたとか。結構気づかないところでオリエンティアが活躍してるのだな。
しばし会話してお互いの健闘を願って次に進む。

ここからは、広めの砂利道でなだらかに下る部分が多い。身体に任せて気持ち良く下っていく。このあたりから、空の視界が開ける部分が増えてきて、満月の月明かりに、一瞬夜明けかと勘違いすることしばしば。虫の鳴き声だけが聞こえる平和な深夜の明るい夜道。
少し後ろに一人選手がいるらしい。見通しのよい直線でライトの光を感じるが、つかず離れずか。

下りきると田んぼの中の舗装道となり、川沿いに出る。月あかりでライトがなくても走れるくらい。川沿いはやや登りの砂利道。得意ではないが、無理してもしょうがないので自分のペースで走っていく。
途中2名くらい選手に抜かれる。そのうち一人は先ほどエイドで目にした外国選手だった。意識せずマイペースマイペース。。やがて登りの舗装道。高速を超えてさらに登り70kmを過ぎると、用水路沿いの砂利道になる。そろそろ単調な登りに飽きてきた、という頃にエイドに着いた。この区間はほとんど舗装道か砂利道だった。

A4 国立妙高青少年の家 72km in 9:30:52 26位 out 9:34:03 24位

ここまで事前の予定より15分ほど早く進んでる。そろそろ10時間だけどまだ身体の動きも悪くない。今日はいいペースで行けるかもしれない。
エイドを出るとすぐに緩やかなトレイルに入る。この区間は前半山場の急登と急下降があるので身構えていたが、地図をよく見ればしばらくは緩い傾斜で少しづつ登ってくようだ。
空が薄っすら明るくなって夜明けとなってきた。今までの100マイルの経験で、夜明けは一番眠くなる時間帯。しかも急登が眠気を誘う危険ポイントだ。赤倉の急登に備えて、ボトルに入れた眠眠打破の2本目分を飲む。美味しくないが、何となく元気が出た。
周りはすっかり明るくなり、ロードの登りからいよいよスキー場の急登になる。
この風景は既視感あり。武尊Skyviewで何度も登るスキー場の風景と一緒だ。武尊のつらい経験があるので、このくらいは想定内、と感じる心の余裕があった。経験が活きる。
遥か斜面の上に、2人ほど鈍いペースで登る選手ポツポツと見えた。段々と近づいてるようだ。
スキー場の急登は緩やかな林道を挟んで断続的に続く。やがて、1人、2人と抜かす。二人とも並走して軽く声をかけると、「この登りはやばい。。」と、僕に言ってるのか独り言なのか、同じつぶやきをした。「もうちょっとですよ」と励ましで答える。

ようやく登りが終わると、容赦なく反対側の急斜面の下り。しかも舗装道だ。これは登りでパンパンの脚には辛い。悲鳴をあげる大腿二頭筋。とにかく小股で衝撃を減らすしかない。1キロほどで芝生の斜面になる。少し衝撃は緩和するが、それでも斜面は急で大腿筋の痛みは続く。広いスキー場の下りをジグザグに斜めに下って、多少なりとも脚への負担を減らす。赤倉観光ホテルを過ぎてようやく斜面がゆるくなり、ほっとする。

ここまでくれば、エイドはすぐだ、とルートマークを辿ると、道は森のトレイルに入る。ここからエイドまでは2、3kmのはずだが実はずっとシングルトラックだった。(すっかり町中に入り舗装道を走ると思っていた。)下り基調とはいえ、森の道は微妙なアップダウンが続く。急激に空腹を感じてペースダウン、途中で歩いて栄養補給する。

A5 池の平スポーツ広場 88km 12:08:12 22位

エイドには2,3人の選手がいるだけだ、だいぶ選手の密度が減ってきた。
「ラーメンどうですか?」とエイドの方に進められたので、ラーメンをお願いすることにした。
ところがまだ開店間もないらしく、なかなか出てこない。少ししびれを切らして、時間がかかるなら断ろうかと思ったところで出てきた。
このラーメンはうまかった。食べてよかった。あまりに美味しそうだったのだろう。エイ
ドの女性が「写真とりましょうか?」と声をかけてくれた。レース中写真を撮ることはないのだけど、ちょうど前のポケットに携帯が入ってたので、取り出してとってもらった。

時計を見るとエイドで10分使ってしまった。ドロップバッグのないエイドでは、予定より使い過ぎた。
慌ててエイドを後にした。

ここから110kmの合流点までは、下り基調のゆるいトレイルや舗装道を繋いでいく。途中地元の民家の私設エイドで美味しい水をもらい、元気もつけて走る。
1時間もせずに杉野沢に出た。ここで、次の黒姫で待つペーサーの妻にメッセージ。
「8時40分~50分かな」 
ここからは110kmで良く知った黒姫までの登り道。舗装道からシングルトラックへと良いペースで進む。時計も8時を過ぎて、陽の当たるところは結構暑く感じるようになった。

この区間結局誰にも会わなかった。想定時間でも早い方で8時41分に黒姫のエイドに飛び込んだ。

(その3に続く)
 

信越五岳 100miles 2019 その1 準備

前日 13日

定時を少し過ぎて無事退社。
帰宅は19時前。準備は概ね週の中頃に済ませてたので、チェックリストをみてまだ欠けてたものをカバンに入れる。
夕食を20時頃とり、景気づけのビールも飲んで9時30分頃に子供より先に就寝。

当日 14日

翌朝は4時過ぎに起床。5時25分頃に車で出発。
五反田インターから首都高と外環を繋いで関越へ。途中若干混んでる時もあったがほぼ予定通りにドライブ。途中コンビニとサービスエリアのトイレ休憩を短く入れる程度で、9時50分頃に斑尾高原の会場に到着。

10時からの装備チェックを15分ほど並んで受け、受付を終えてすぐに赤倉のホテルに向かう。途中スーパーとセブンイレブンによって最後の買い出し。

11時30分頃にホテル到着。
チェックインを済ませ、昼食(コンビニおにぎりやサンドイッチ)と装備準備。
13時頃にひと段落したので、ベッドで仮眠を15時まで取る。
結構しっかり寝た感じ。軽い食事の追加と、着替えをし、ホテルの送迎で体育館横のバス発着所まで行く。16時にバス発。

16時30分
斑尾高原ホテルに着。足のテーピングを終え、最後の補給食をとって、ドロップバックと荷物をトラックに預ける。再びバスでスタートのあるレストランハイジへ。

スタートまで1時間ちょっと。暇なので、スタート横の草っぱらに横になってのんびり待つ。かつてUTMB前の鏑木さんが、「1時間前まで徹底的にリラックスする」といってたのを何となく思い出す。

やがて日も落ちてきてあたりが暗くなる。20分前頃スタートに入ると、

「鹿島田さんですか」

と声をかけられる。あったことはないが、FBで友達になっていた同年代のトレイルランナーの方。競技ははじめて5年、100マイルは初めてとのこと。話してるうちに、何となくだけど、自分と似たバックグランドをもった選手の匂いがして、会話が心地よかった。初100マイル是非頑張って欲しい。

18時30分
お互いの健闘を祈ってスタート。
怪我はなし。体調も問題なし。体重もベストよりやや重い60.5㎏だが許容範囲。
トレーニング状態も、自分の感覚では悪くないはず。
さて、どんなレースになるか。


信越100mile 2022

<レースの記録を忘れていたので後から記載>  START 18:30  日没して約30分、暗闇の中スタート。序盤はスキー場の中の登りとトラバースを繰り返す。 2,30分で下りからロードに出てそこからは比較的平坦のパートが続く。1時間30分くらいで斑尾山に向けて急登が始まる。...