木曜日, 7月 23, 2009

3連休

「子供達がかわいそう、ま、慣れっこだけど」

そう妻に窘められた3連休。

結婚式で東京に来た村越さん、イタリア帰りで話題満載の国沢氏と密度の濃い昼食をとったのが土曜日の昼。そこから、恩師の最終講義に記念祝賀会、夜に地図印刷をしてそのまま早朝から富士での2日間の合宿、ほとんど家を空けてしまった。

富士の合宿はWOC組にとって最後に集まる練習機会。今回は学連合宿との共催だった。効率化というより単独開催では限界がある人や資材を集める現実的な意味もある。それでも、若い学生にとっては代表選手を間近で見るよい機会であり、選手にとっても代表としての意識をもつチャンスになったのではないか、と勝手に相乗効果を考えている。オリエンテーリングをはじめて1年目の若者達との接触はお互いに刺激的である。
この季節暑く体調も崩しやすい。選手も多少不安を抱える時期だが、それでも多くの選手は元気にトレーニングしてくれていたのでややほっとした。ネット環境がなく、WG組の観戦はできなかったのが残念ではある。不安要素も若干はあるが、これでいよいよ8月のWOCである。

話は戻って3連休。一つ一つの行事は一期一会、それぞれの理由で大切にしなければならないし、どれも捨てられない。でも全部まとめると、やっぱりちょっとやりすぎ感があった。毎度のことなり。
「無理して体壊して迷惑するのは家族よ、あなたは体強い方ではないんだから」
はあ、おっしゃるとおり。
自分がへたくそなのは、時間の使い方でなく、選び方なのかもしれない。
幸いにして今は仕事がそれほど忙しくないので。体調は崩さず平日の仕事もそれなりに順調。

いよいよ夏休み。そう、気がつけば皆既日食は見忘れた。

土曜日, 7月 18, 2009

退官記念パーティ

大学時代の恩師の退官記念パーティがあった。

私が人生で尊敬する2人のうちの1人である。
定年を前にして、独立行政法人の研究所の理事長として転身したのである。

僕が研究室にいたのはわずか2年半、しかも14年も前だから、いま思えばお世話になったのは、長い人生のほんの短い時期であるが、今でもその先生の笑顔を見ると妙に懐かしく、癒される気分になる。

もともと小学校や中高など卒業校にそれほどの愛着を持たない方だと思うが、何故かこの研究室だけには、妙な郷愁を感じる。いろいろな経験や思い出が交じり合ってそう感じるのだろうけど、その先生の人柄によるところが大きいだろう。

私の技術分野では大変名の通った先生である。各種代表、委員長、理事などのあらゆる要職を経験され、いつも学科をリードし、業界紙の一面にもしょっちゅう顔を出す。そして定年を間近に最後も見事な転身であった。
かといってがつがつ、ぎらぎらした先生ではない。どちらかといえばいつも笑顔を絶やさず、「いやあ実験の打ち合わせしなくちゃね」といいながら忙しく過ごしていた印象がある。それでも怒ると怖いといううわさではあったが、僕自身は一度もそういう姿にお目にかからなかった。
正直なところ先生を見ていて、科学者、研究者として他を圧倒する凄さを感じるかというと、そういう分けではない。しかし人の上に立つ人が持つ、バランス感覚みたいなものはとても感じる方だ。

同じことを多くの教え子が感じるのだろう。この手の集まりがあると沢山の卒業生が集まる。人が集まれば交流が生まれ、いろいろな情報交換が始まり、またそこが別の意味で有意義な場になる。そうして雪だるま式に、集まるところに人は集まるのだろう。

パーティ後、数年ぶりに会う同期や先輩で自然な流れで2次会に脚が向かった。
しばし悩んで、やはり決断した。今日の晩にコースを確定して残りの50枚を刷らなければ流石にやばい。

「すまん、今日は帰る」

なんだよ、仕事?という顔をならべる同期にどう説明してよいやら、

「いや、仕事じゃないんだ。その、、明後日からの合宿の準備が・・、」

「ガッ・・・ガッシュク??」

まるで何年も口にしてない死後を耳にしたかのようなリアクション。
38歳のサラリーマンが飲み会に誘われて断る理由にしては、余りにも唐突すぎるかも。

(ああ、まだそういうのやってるんだね)と、でも皆なんとなく納得。本郷三丁目前の交差点の雑踏で別れを告げて家路についた。




金曜日, 7月 03, 2009

原宿

午前中山手線を乗り継いで、原宿の岸記念体育館に向かった。
本当はお気に入りの自転車で移動をしたかったのだけど、夜に雨の予報だったこと、一日の終わりに懇親会が予定されていたことで、あきらめて電車に乗った。
午後から市ヶ谷で会議があり、会社にいったん出勤しても効率が悪いため、午前半休としてオリエンテーリング関係の仕事に割り当てた次第である。

原宿なんて今の自分の生活とは180度反対の街である。山手線の中から様々ないでたちの若者に混じって駅を降りる。襟付きのシャツを着て歩く自分が、とても異質な人間に思えてくる。
ただ、ふとこの原宿で感じる違和感が、渋谷を歩くときほど息苦しさ、居心地の悪さを感じないことに気づいた。
なんでだろう?原宿を歩く若者を観察していると、奇抜なファッションにもかかわらずどこか素朴な匂いがする。まるで学芸会を見ているような、そんな気分である。
考えていることがわからない、どこか得体のしれない恐ろしさを感じる渋谷の若者との違いである。
だから、ここ原宿では意外と人間観察が面白い。たまにここを歩くのも悪くはない。

話がそれた。

午前中いっぱいJOAの事務所のイスを借りて、たまった仕事を片付ける。事務局には酒井さん、宮城島クンもいた。
2時間はあっという間に過ぎ、本業の会議がある市ヶ谷に向かった。
自分はあまり時間の使い方がうまい方とは思わない。ただ、必要に迫られて、暇があれば時間のやりくりばかり考えるようになった。いろいろ試してみても策に溺れてかえってうまくいかないこともあるのだけれど、今回は比較的グッドアイディアかもしれない。朝一番の接骨院から、夜の懇親会まで、今日の使い方はほぼ100点。
月1回の定期的な外回りなので、今後も続けてみよう。

夜は屋形船で暑気払い。いよいよ本格的な夏である。




金曜日, 6月 26, 2009

野川公園

「子供向けのイベントをやるよ」
ヒディに誘われて、梅雨の合間に青空も少しのぞいた週末に、野川公園にいった。

多摩OLの菅原夫妻が中心に企画されたイベント。コンセプトは、小さな子供がいる家族で、公園で楽しく過ごしましょうというもの。キッズOや親向けのオリエンテーリングもあるけれど、それはあくまでおまけ。すいか割りや水遊びなど、まあ幼稚園の遠足みたいな感じだ。

かつてMEクラスで火花を散らしたかてのライバル達が、それぞれ子供達に翻弄されながら週末の午後を楽しんだ。

うちの2匹の子供達は、思いの他喜んで遊んだ。ほとんど初見の子たちとも楽しそうに遊んでる。川に入ったり、土いじりをしたり、アスレチックにチャレンジしたり。
そういえばこんなに緑がきれいな公園なんて久しく連れてきていない。もしかしたら下の子ははじめてかもしれない。

うちの夫婦は子供が生まれても懲りずにトレイルランニングのレースに出たり、好き勝手やっている。だけど思い返せば子供達とこうしてゆっくり自然を楽しむ機会が今までにどれだけあっただろうか。
そう思うとちょっと反省の念が浮かんだ。

大人にとって一週間はあっという間。
あれこれとあたふたしているうちにカレンダーはどんどんめくられて1年が過ぎていく。
そろそろ今年も半分だなんて、年が過ぎるのはなんて早いのだろう、と思わずため息がでる。それでももうこの歳になると、矢のように過ぎる年月にも慣れっこで、ああこうしてまた今年も暮れるんだななんて達観してしまう。

でも子供にとって1年はとんでもなく壮大な月日。1月、いや1週間、1日でもきっと新しい発見や冒険の毎日なのだろう。
その大切な毎日を、大人の感覚で流れ行く月日としてつき合わせてしまうのは、実はかわいそうなことなのかもしれない。毎日といわずとも、毎週の遊びを大切に、のびのびと色々な経験をさせてやる、そういうことが大切かもしれない。

そんなことを徒然に感じる週末だった。
企画してくれた皆さん、ありがとうございました!


日曜日, 6月 07, 2009

競技マニア

妻がめずらしく発熱した。それほど深刻ではないけれど、日曜の早朝に迷いながらあきらめた。
病人をおいて出かけるのは後ろ髪を引かれるようだけど、色々したいこともあるし、久しぶりのレース。「いってらっしゃい」という妻の言葉に甘えてカバンの紐を締めた。
車の予定を切り替えて湘南新宿ラインに乗る。

前回の赤城はいつだったろうか。そう、フィンランドの世界選手権の前だった。30歳を超えてコンディションがなかなかつかめず、モチベーション的にもフィジカル面でもスランプを迎えてた時期である。確かあの時は好調の加賀屋さん、まっちゃんに続く3位に終わった記憶がある。あれから8年、時間がたつのは早い。さらに前の優勝した赤城からは14年の歳月がたっていた。

今の自分は?思い返して見ればチェコ以来のまともな個人レースである。随分とご無沙汰したが、この1月WOC合宿に出ていたせいかあまりブランクの意識はない。
ただ、ここ1,2月悩まされている坐骨神経痛が憂鬱だ。接骨院にいったり、カイロプラクティックに行ったりしているが、どうもすっきりしない。

今日の自分の目標はなんだろう?行きの電車の中で自問する。WOC選手でもない。当面は秋のハセツネが目標である。であるなら、畑違いの今日のレースは自分にとってどんな位置づけなのだろう?
どう考えてもあまりすっきりした解はない。難しいことを考えるのはやめた。そんなことをいちいち考えなくても、優勝はしたい。まあ現実難しいかもしれないけれど、3位くらいは目指してもいいんじゃないか。その場の気分でつくりあげた曖昧な目標である。
でもそんなふわふわしたモチベーションで、積み重ねのない目標でも、それなりに準備をして楽しめる自分がある。
そう、競技者というよりも、「競技マニア」というべきか。いつしか、そういう楽しみ方をするようになった。

レース結果は3位。
俊介のタイムは流石にお手上げであるが、数字で見れば想いのほか良い結果だった。
内容的には1番のミスが悔やまれる。けどそのおかげで2分後の藤沼に追いつかれて、キレのある走りにつき合わされてその後のレースがぴりっと引き締まった。

帰りはバスに乗り、渋滞に巻き込まれて家につくと、妻の容態は悪化していた。
「あち、、、」 実家が近いことについつい甘えてしまった。普通なら夫&父として落第だよなあ。
でも、それを補う色々な意味での収穫もあったし、今回は言葉に甘えて走れたことに感謝。

火曜日, 6月 02, 2009

ハセツネ大作戦

時計が9時半を回った。
まだ洗濯かごには山盛りの洋服。
散らかし放題の部屋で3歳の娘は、歌番組のお姉さんを真似て大声で歌っている。

緊張感は徐々に高まり、無言のまま夫婦で役割分担して、家事を片付ける。。
「ももちゃん、お願いお父さんとお母さん大事な用事があるの、いい子だから片づけでおばあちゃんの家にお母さんと一緒にいこ」
妻の真剣な声に勘のいい娘は、いつもと違う緊張感を感じたに違いない。いつになく素直に靴を履き、ちびを背負った妻とアパートの階段を降りて行った。

「携帯手元においておいてね、エントリーできたらお互い連絡よ」

娘の大きな歌声が遠のいていく。
急いでパソコンを開く。9時45分。まだ15分ある。

ブラウザを開いていつものRUNNETを開く。
何かおかしい。異常に重たくなかなかつながらない。
いやな予感がして、もう1台のモバイルパソコンも開きつなぐがやはりつながらない。

携帯が鳴った。「なかなかつながらないの」実家に戻ってパソコンに向かう妻も同じ状態らしい。
「団体エントリーもできなさそうよ。お互い自分のエントリーして、できたらお互いのやりましょう」

作戦変更でひたすら画面を待つがなかなかつながらない。
考えてみれば、もっともだ。まるで一昔前の電話でのコンサート予約のようなものだ。アクセスが集中して処理しきれないのだろう。うかつだった。もっと前に準備してせめて申し込みフォームくらい生めておくべきだった。
いつまでも変わらぬ画面に焦りは募る。こうしている間にも1000の指定席は次々に埋まっていっている。なんてこどだ!半休までとって準備したのに!

30分ほどしてあきらめかけた頃、ようやく申し込み画面に進むことができた。そこから慎重に内容を記入して、再読み込みにもめげず、1時間後、ついに「申し込み完了」の画面を拝む。さらに格闘した妻も遅れて30分ほど後に、申し込みが完了し、セブンイレブンにダッシュしていった。

「もうゴールした気分よ」妻がつぶやいた。

話に聞けば、申し込みは2時間後に完了したらしい。
なんとも日本中にパンデミックを起こしたトレラン熱は当分収まりそうにない。

水曜日, 5月 27, 2009

ルイガノRSR4

よく自転車が趣味の人のブログを除くと、自分の自転車の写真を自慢げに乗せているのを見かけるが、なるほどその気持ちがなんとなく分かった。

先日とうとう自転車を買った。
10年前に買ったママチャリでの通勤を卒業し、今流行りのクロスバイクを買った。
自転車の「ジ」も知らない状態から、色々な人に話しを聞いて、ネットでなんとなく調べて、漸く自分のライフスタイルに合った手ごろな自転車が見つかった。
通勤くらいの使用に適したアーバンサイクルというジャンルでは比較的ポピュラーな自転車らしい。
「ジャイアント」というメーカのものをとても良く見かけたけれど、なんとなくビビビッとこなくて、デザインで琴線に触れたルイガノにしてしまった。

片道8km、25分~30分だった通勤は、苦なくして1割ほど短縮。むしろ短くて物足りないくらい。

次は、勝間さん目指して都内の移動全般に使ってみよう。

信越100mile 2022

<レースの記録を忘れていたので後から記載>  START 18:30  日没して約30分、暗闇の中スタート。序盤はスキー場の中の登りとトラバースを繰り返す。 2,30分で下りからロードに出てそこからは比較的平坦のパートが続く。1時間30分くらいで斑尾山に向けて急登が始まる。...