日曜日, 4月 30, 2023

信越100mile 2022

<レースの記録を忘れていたので後から記載> 


START 18:30 

日没して約30分、暗闇の中スタート。序盤はスキー場の中の登りとトラバースを繰り返す。

2,30分で下りからロードに出てそこからは比較的平坦のパートが続く。1時間30分くらいで斑尾山に向けて急登が始まる。序盤なのでまだ余裕は十分。30分ほどで頂上に上り、そこからスキー場の下りを飛ばしすぎないように下っていくとA1バンフの灯りが見えてくる。



A1 バンフ 19km 2:21:24

バンフを過ぎると、下りか平坦な沢沿いの湿地を走る気持ち良いトレイルが続く。周りの選手に合わせて気持ち良い程度のペースで走る。希望湖の脇あたりで前回少し道迷いをしたが、今年はしっかりマーキングを追ってロスなく走る。希望湖を過ぎてもなおもフラットで走りやすいトレイルが続く。やがて道は折り返して少し登り、その後アップダウンを少し繰り返して赤池のエイドに到着。


A2 赤池  33㎞ 4:11:00 (手元の時計)  

赤池からは袴岳まで標高差200mちょっとのゆるい登り。走りやすいトレイルなので気分は良い。袴岳を過ぎると少し急なつづら折りを降りた後は緩い林道の下りとなる。

兼俣林道 5:10:21 

林道の長く緩い下り。このパートは比較的得意なので、普通に走っても選手をちらほら抜いていく。単調な下りなのでやや飽きる区間だが、まだつらい時間帯ではないので焦らずペースを維持して走る。やがて妙高高原の街の灯が木々の間から見えて、川沿いのフラットな道に入る。川沿いを離れるといきなり階段の急登が目前に現れ、その先から登りのトレイルとなる。階段の頂上で後ろを振り向くが後続のライトはない。

この後合計400mちょっとを登っていく。昨年はこのあたりで水が不足しが、今年はこの区間長いことを想定して1L十分な水を補給した。このパートはえんえんと自分だけのライトで夜の登山道を登っていく。

やがてトレイルは頂上につき、開けたトレイルに変わって下り基調になる。スキー場の中を下りきるとエイドにつく

A3 アパ 52㎞ 7:02:37

最初のデポジット。夜は気温が高くまったく寒さは感じない。食料をバッグに補給し、眠眠打破を飲んで眠気覚まし。暑さのせいか身体は悪い状態ではないが胃があまり良い状態でない。

エイドを出るとここからは比較的フラットか下り基調。やがて1時間ほど走ると田んぼの中の道に出て川沿いを折り返す。川沿いから単調な砂利道が続く。信越でも苦手なパートで昨年は2人ほど抜かれた。時々振り返るが幸い後続がくる気配はない。

やがて川沿いを離れて、ロードの登りに変わり、だらだらと高度を上げていく。後ろからちらほらライトが見えはじめるが追いつかれずに粘って走る。電車の線路と高速をくぐって用水路沿いの道をさらに登っていくとエイドにつく。

A4 国立妙高青少年自然の家 69km 9:20:50

このエイドからは、登り方をいろいろ変えて700mほど高度を上げていく。最初はなだらかなトレイルやスキー場の道が多いけが、後半夜が明けてくるころから、スキー場内のきつい急登が出てくる。武尊Sky Viewを彷彿させる容赦ない急登で、精神的にもきついパート。

エイドを後にして2時間ちょっとでようやく急登が終わりスキー場の頂上についた。そこから一転して急な下り道に入る。脚の筋肉がついてこないので、最初はペースを落とし脚が下りに慣れてきてからペースを戻す。

登りの時は遥か前に数人の選手がぽつぽつ見えていたが、下りに入ってしばらくすると、集団となっておりその後ろにおいついた。自然水が出ている道脇で休んでいたらしい。スキー場の下りに入り脚を痛めないように広い草地をジグザグと下っていく。もういい加減下りがつらい、という頃に川沿いのゆるい傾斜の道に出た。県道まで下りそこから川沿いのトレイルを登りなおす。男女の2人組のペアに追いついて少し離れたところを登っていく。しばらくしてトレイルは森の中に入り、エイドにつく

A5 池の平スポーツ広場 88㎞ 12:28:02

ほぼ半分は来たことになる。昨年はここでラーメンを食べたが、今年は用意もあまりできてなさそうで、食べるのをやめた。昨年に比べてこのエイド時点での疲労感が大きい気がする。

エイドを出ると緩めの林道や畑の中の道を繋いでいく。開けた畑沿いに出ると陽が差し始め、暑さがだんだんと増してくる。やがて杉野沢の集落が見えてきて、家の間を下っていくと110キロのコースに合流。橋の手前の施設エイドで補給をもらい、さらに橋を渡った先の民家で水を補給、頭にも少しかぶって熱を冷ます。ここのサポートは本当にありがたい。
つづら折りの林道を登ってやがてトレイルに入る。ここからは意外と道の悪いところも多く手ごわい。淡々と一人で走っていたがあと2キロくらいのところの登りで男女の2人に追いつかれる。それほどペースが速いわけではないので、そのまま後をおってエイドまでのゆるい下りトレイルを走る。

A6 黒姫 101㎞ 14:42:28

暑さがだいぶきつくなっている。なかなか胃が元気にならないので補給はフルーツや飲み物中心。レース前身体のあちこちにワセリンを塗ってきたが、2,3か所擦れて痛み出しているところがある。汗の多いレースだとどうしても服が擦れてしまう。こんなこともあろうとワセリンをドロップバッグに入れていたのでここで塗りなおした。
あまり時間をかけたつもりはないのだけど20分近くエイドにいたようだ。

黒姫からの登りはあまり得意ではないので、自分のペースで砂利道を進むと心に決めていたが、今年は例年以上に疲労でペースが鈍ったようだ。走れないのはしょうがないが歩いてる人にも簡単に抜かれてしまう。もう何人抜かれたかわからない。1時間で10人くらいだろうか。相対的に中盤はペースがかなり落ちていたと思う。

林道をようやく登り切り、下りの足場の悪いトレースに入ったところで先ほど抜かれた二人組を追い越した。吊り橋を渡り、登り返しの急斜面でまたじわじわ追いつかれるが、さの先のゆるい起伏のトレイルでも差はそのまま保ってエイドに到着

A7 笹ヶ峰グリーンハウス 112㎞ 17:06:30

笹ヶ峰を出るとしばらく遮るもののない牧場の道が続く。丁度昼に差し掛かり日も照ってつらい区間。牧場を過ぎてキャンプ場に入ったところで、後ろから速いペースで走ってくる選手がきた。なんなんだこのペースは、と思ったら110㎞トップの川崎さんだった。楽に走っているように見えるが、あっという間に林の中に見えなくなった。

乙美湖への下り手前の砂利道でなぜかバランスがうまく取れず、身体が疲れて頭もボーとしてきているのを感じた。体調悪いのかな、もしかしたら今日は完走できないかも、一瞬弱気なことが頭に浮かぶ。

無理をはせず、いけるところまでいこう。気を取り直して走る。
湖沿いに出て長い階段を上って再びトレイルへ。ペースを気にせず前に進むことだけを考える。

西登山道入口に向かう緩い登りの砂利道は案の定走れず、とぼとぼあるいていると、後ろから「鹿島田さーん」という声が聞こえる。振り向くとUTMF2022でも途中お会いした、山谷さんだった。110㎞3位の選手のペーサーで走っているのだそうだ。山谷さんの実力だと余裕なのだろうか、こちらの動画を取りながら走っている。知り合いに応援されて少し元気がでてきた。



黒姫への登りは少し落ちていた心拍も戻った感じだった。その後のごつごつした下りもそれなりに踏ん張って走れる。先ほどの弱気がいつのまにか薄れてきた。
途中下りをとぼとぼ歩いていた選手を一人抜いてエイドに到着

A8 大橋林道 128㎞ 19:59:28

大橋林道からは、牧場脇のトレイル。起伏はゆるいがなかなか走れずペースがつかみにくい。その後トレイルは森に入っていくが、この辺り前後に選手はいなく、ずっと一人旅だった。少し日も陰ってきたせいか、先ほどの体調の悪さは消えて淡々を脚を進める。途中マーキングが不安になる箇所がなんどかあったが、特に迷うことはなくコースを進む。
戸隠神社を過ぎ、木道に入るとこの区間もそろそろ後半。最後のちょっとした山で一人の選手に抜かれるが、それほど遅れない位置でペース維持してついていく。最後の別荘地エリアを抜けて緩い登りを進むとエイドにつく。

A9 戸隠スキー場 141㎞ 22:08:43

ここが最後の休憩。瑪瑙山を超えた後に今年はさらに長くなっている。エイドから少し離れたロッジに入ってそばをもらった。胃は変わらず調子悪いがそばはお腹に入れることができた。

この区間は信越らしくなく、足場の悪い山岳トレイルの多い区間。特に中盤の瑪瑙山まではなんどかきつい登りがある。登りはあまり強くないので、淡々とペースが落ちないように。標高を上げていくと、夕方の霧がかなり強くかかっており、あたりも薄暗くなってきた。瑪瑙山手間で一人のランナーを抜くがそれ以外は人に会わない。霧の中を淡々と進んで瑪瑙山を越え、その後の急斜面は方向を見失わないように注意して、沢沿いの真っ暗なトレイルに入る。二番目の闇は気持ち的にはずいぶん応える。しばらく起伏のあるトレイルを走るとやがて尾根に出て10分ほど下って飯綱林道入口に到着

飯綱林道入口 151㎞ 24:28:18

水の補給をしていよいよ最後の区間。林道は得意でないので、ペースが落ちないように意識して走る。闇の中変化のないこのパートは以前から苦手。
遅くても走り続けようと思っていたが、脚の動きが悪く途中、一回歩いてしまう。そこまでつらいわけではないので、精神的な弱さが出てしまう。すぐに走り出すが一回歩いてしまうとリズムは崩れる。後ろから遠くにライトが見えていた選手に抜かれてしまう。
そろそろ2019年までのフィニッシュに近いな、と思っていたころに林道からはずれて林業用の切り開きに入る。事前のブリーフィング通り、荒々しいキャタピラの後がそのままのでこぼこトレイルで、平坦なのに走ことができない。前に見えていた選手はあっという間に小さくなり、とぼとぼ自分のペースで進むしかない。
その後キャタピラ道をはずれ、小さな起伏も超えると森の中のアップダウンのあるトレイルになる。この部分は疲れた脚ながら気持ちよく走れた。
やがて再び林道に出て進むが途中マーキングが見つからないことに気づく。もう数分走っているので、コースアウトの可能性が高い、と元来た道を戻ることにした。すると110kmの選手がこちらに向かって走ってくる。GPSデータだと道は正しいという。安心してもう一度その道を進むと、先ほど戻り始めた少し先にマーキングはついていた。2018年の武尊でも同じミスをしたが夜間の慣れないコースは要注意だ。次からはGPSデータを時計に入れておくべきかもしれない。
110kmの選手と、2,3会話をしながら進む。その選手はスパルタンレースもやるそうで、前週の疲れがまだとれてなく少し不本意なレースなようだ。そうはいっても100㎞の選手の方が速いので、先に行ってもらい、自分のペースに戻した。
その後一回つらい登りがあり、森のトレイルに入ってなんどかアップダウンを繰り返す。だんだんどちらに進んでいるかよくわからなくなるが、とにかくマークを追って走るとやがてコースは沢沿いに向かって下っていく感じがわかってくる。おそらくこの沢沿いの下にフィニッシュがあるのだろう。最後が見えて元気も少し湧いてきた。後ろにちらちらライトが見えていらので、その選手に抜かれないようペースアップする。(結果的にそれは110㎞の選手だった)
やがって森を抜けて草原の下の方に灯りとわずかな放送の音が聞こえてきた。下りの勢いをそのままにフィニッシュレーンにゴール。

FINISH 163km 26:26:48 23位(総合25位)

2019年よりタイムは2時間近く遅いが順位は2つ上がった。
距離が伸びた分で約1時間、それでも1時間くらい遅い。ほかの選手も夜の暑さで全体的にペースが伸びなかったのかもしれない。昨年妻が後半ペーサーしてくれて、自分では頑張ったつもりはないが、やはり知らず知らずのうちにペーサーがいると良いペースで走れるのかもしれない。

土曜日, 4月 29, 2023

UTMF2023 その3 後半

 A5 富士急ハイランド 96.4㎞ IN 14:36:02   OUT 14:52:38

エイドに入るちょうどその瞬間にSUUNTOが日の出を知らせるアラームを鳴らした。エイド内は既にうすら明るく朝を迎えている。ドロップバッグを受け取ってからエイドまでの100mほどの距離が妙に長く感じた。

椅子に座り、ドロップバッグを開けてチェックリストを確認、アミノバイタルと眠眠打破を補給した。眠眠打破は味がきつく、胃が少し気持ち悪くなる。その後リアルゴールドを少し飲むけどあまりたくさんは飲めない。エイドの味噌汁を少しすすって身体をあっためた。

食料は後半に合わせてバッグのポケットに詰め込む。充電はスマホもSUUNTOも大丈夫そうなのでなし。着替えなども特に問題ないので、そのまま何も変えずに進むことにする。

準備はすんだが、身体が立つのを少し嫌がったので
、2,3分だけ椅子でぐったり休ませた。

さて、いざ後半へスタート。

エイド内を次の区間に向かうと、声をかけてくれる人がいたので、誰かと思ったら元慶応の小河原さんだった。昔と変わらないのですぐにわかった。昨年もボランティアをしていたそうだ。応援の言葉をかけてくれ、手を振って次のエイドに向かう。

夜がすっかり明け、朝の森の清々しさを感じる。カフェインを補充したせいか、気分は上向いている。次の区間に向けて脚が動き、心拍もしばらく110台に低下していたのが120から130まであがってくる。すぐに一人を抜き、その後ロードでもう一人抜く。昨年もこの区間は元気だったので、カフェインの効果は大きいかもしれない。

気持ち良いなだらかなトレイルの下りから小倉山、ロードを繋いで再びトレイルとペースはいい感じで進む。忍野に向かう急登でまとめて数人の集団に抜かれるが、これも毎年同じ。富士の絶景ポイントがあるので振り返ると残念ながら雲の中に隠れていた。

森のトレイルの起伏を繰り返し20分ほどで忍野の集落に向かう道へ。ここで先ほどからなんどか会っている伊東選手に追いつき、2,3会話する。ITJで上位になった選手とのこと。「エイドはもうすぐですよ」「登り速いですね」みたいな会話だったか。大きい笑顔が印象的だった。

A6 忍野 112.4㎞ OUT 17:17:55 
エイドでどんな補給をしたか、あまり記憶がないけど、バラエティのないエイドなので、バナナは食べたと思う。次はあまり長くないので水は片方だけ補給。
ここから4㎞ほど平坦なトレイルが続く。4年前はここで失速してたくさん抜かれたけど、今年はほぼ前後と同じ感覚で悪くないペースだったと思う。やがて大平山に向けた緩い登りが始まり、この区間は案の定あまりペースが上がらずじわじわ抜かれることが増えた。
心拍も110前後に落ちてしまうが、足和田山と同じで我慢。
大平山で「90位くらいだよ」と教えてくれる。(実は100位くらいのはずだ)それまでスマホなど見ず、順位もなるべく意識気しないよう走ってきたのだが、調子の割にまわりの選手の多さに順位が気になりつつあった。

90位。このままいけば優先出場権は取れる、というポジティブな気持ちと、少しでも後半崩れたらだめだな、というネガティブな気持ちが入り混じる。

一緒に走っていた若い選手は、「抜かれること多いんですけどね、このまま頑張れば100位いけるかな」、と元気を出していた。ただ下りの走りが今一つだめならしい。その後平野に向かう下りで、その選手はおいていった。下りはリズムよく走れていたので、さらに2名ほどの選手を抜いて山中湖に向かう。

A7 山中湖 124.7km IN 19:14:53  OUT 19:21:53
まずトイレに行っておくが、便意がまだこず、あきらめる。3分のロス。おにぎりがあったのでさっそく補給。これは美味しくて元気になる。

幸い2日目になって気温はそれほど上がっておらず、次の区間で昨年の暑さのような苦労はしないだろう。水は1Lに加えて手持ちのフラスクに半分くらい入れて出発する。鉄砲木の頭の登りは、野焼きが終わって歩きやすくなっており、たんたんと登れた。34分くらいで頂上についたので悪いペースじゃないな、と思う。

頂上を過ぎた後のアップダウンは、そろそろ大腿筋の痛みも出てきてるが、昨年に比べると程度は軽い。最初前に一人、後ろに一人の気配で淡々と走るが、そのうち前は見えなくなり、後ろは気配が消えてくる。途中からはほぼ一人で走った。

しばらくひとりで紅葉樹の見通しがよく静かなトレイルを楽しんでいたが、犬伏峠に近づく頃にやがて再び何人かの選手が一緒になる。峠を越えて石割山に向けた登りで、一人の選手とずっと同じペースで進むことになる。1112の柴崎選手だ。あまり会話はしないが、起伏に対してペースの取り方が似ており、1時間ほどほぼ一緒に進む。最後は少しの差で二十曲峠に到着した。

A8 二十曲峠 138.2km OUT 22:20:13

4年前より40分くらい早く到着した。身体の感じも悪くはないし、胃も今のところそれほどひどくない。

アンパンをかじってる選手がいてちょっと惹かれたが、そこまでの胃の元気はなかったので、バナナで補給。
昨年は暑さにやられて寝ている人が何人かいたが、今年はそうした厳しい状況にある選手は見当たらない。これから嵐のような夜を迎えるのだろうが。その前の平穏な昼下がりエイド、という空気だった。

水は次に向けて量型満タンにして、あまり時間を置かずに5分程度で出発する。
前方の尾根に2名の選手がいるのをちらほら見ながら尾根道の起伏を進む。まだまだ体は動く。

途中少し抜いたり抜かれたりしながら、核心の杓子山に向けた登りに近づく。杓子山につく頃には柴崎選手が30秒ほど前にいる以外前にも後ろにも選手はいなくなった。
ロープと三点支持を駆使して岩場を一歩一歩登っていく。昨年や一昨年のつらい経験に比べると、身体は動いてイメージよりも早く頂上が見えてきた。
杓子山で鐘を一回鳴らし、そこからの急斜面は脚の筋肉もまだ大丈夫で、いつもの通り自分のペースで気持ちよく走れた。途中柴崎選手や女子選手を一人抜く。つづら折りに入る頃にもう一人選手を抜き、林道を気持ちよく下る。最後で柴崎選手に再び追いつかれ抜かれるが、エイドでは見える位置だった。


A9 富士吉田 150.0km IN 24:52:10   OUT 25:04:47


ここでトイレ休憩。5分はかかったか。
その後楽しみにしていたうどんを啜る。これは元気になる。コーラも飲んでエネルギー補給は万端にしてスタート。12分かかったのでエイドで何人か抜かれたらしい。

2015年の時、このエイドを出た時に眼から涙が溢れ出た。フィニッシュには早いけど、このエイドを出るともう完走は目前で、ここまでトラブルがなければ自分が目指した納得のいくレースに限りなく近くなる。そんな気持ちからだった。今年、歳取ったのか感性が鈍ったのか、涙腺は緩まなかったけど、2015年以来の出来であることは確かだ。

最初のロード4㎞は市街をたんたんと一人で進む。選挙前日の追い込みであちこちの選挙カーから候補者の振り絞る声が聞こえてくる。

エイド出た時、前に一人速い選手があっという間に小さくなっていったが、それ以外は前後まったく見えない。
市街を通り過ぎ、いよいよ山に入って登り始める。最後の比高600mの登り。一生懸命脚を前に出すが、心拍は110台からそれ以上はあがらない。少し平坦なところはなるべく走ろうとするが、数十歩で歩いてしまう。
自分が100位に近いところで走っているだろう、とは認識していたので、最後の山でもなるべく抜かれたくない、その思いから、後ろを気にしながら登ることになった。つづら折りで振り返るの繰り返し。中盤まではそんな感じだった。

後ろの気配をずっと感じない。意外といいペースで登れてるのかな、と思ってると登り残り1/4くらいのところで、突然すたすた登ってくる後続選手にあっという間に抜かれた。「あともう一息ですね」くらいの会話をする時間しななかったような。その後ろ姿も直ぐにつづら折りに消えていった。時々すごいスタミナを残して最後の山を越える選手に出会う。

その後、少し登り、尾根まであと10分もないところだったと思う。派手に応援してくれる一団に出会った。ここは名前まで呼んでくれて大きな元気をもらった。通り過ぎた後に耳を澄ませたが、応援の音がしばらく聞こえないので少なくとも5分くらいは間があいてるだろうと確信する。

すぐに霧山の尾根にたどり着いた。この時点で26時間37分、27時間30分も見えてきた。下りで気持ちを切り替えてペースをあげる。

途中ものすごい勢いで一人選手に抜かれびっくりした。抜かれた後にKAIのトップ選手であることに気づいた。その後KAI2位の選手にも抜かれ(甲斐選手だ)る。

山道が下りから平らな散策道に入る林道で残り4㎞と言われる。よし、気持ちを一段切り替えていこう。登りは歩いてしまうが下りは筋肉の痛みを一段高いところで我慢してペースアップ。よしまだ身体も動くぞ、終盤の気持ち良いトレイルから急斜面を下り、いよいよロードが見えてきた。

応援に包まれる中舗装道に出ると、ここでKAIの3位選手に抜かれる。気持ちだけは後をおい、国道と踏切を渡り、富士急沿いの舗装道を一生懸命走る。

今までの静かな森のトレイルから、遊園地の無機的な工作物の世界に飛び込むと、なんだか不思議の国のアリスやら伽話の主人公になった気分になる。

最後の最後、遊園地の脇でFUJIの選手に抜かれてしまう。笑顔で、失礼しますと。ペースは僕よりだいぶ速いので、悔しいよりすがすがしさを感じた。すごいなあ、と感心しながら後を追った。

最後のコニファフォレストに向かう橋を登り、行きかう人に応援してもらい、最後のフィニッシュレーンにたどり着く。レーンで応援してくれている人とハイタッチ。毎年ながら、最後のフィニッシュはあっけなく、テープを切るとそれで165㎞の道はおしまいだった。

FINISH 164.7㎞ 27:32:45  総合96位 男子90位

28時間の目標をクリアし27時間32分は2015年の27時間58分を超えて正規コースでは最速のタイムとなった。

順位は96位と優先出場権をギリギリ獲得できた。このタイムでギロギリになるとはこの数年で選手のレベルも上がっているのだろう。

今年は、大会のコンディション(気温、天気、トレイルの状態)、自分の事前の練習、当日のレース運び、の3つの条件がうまくそろって、今の自分としてはもうこれ以上ない結果だったと思う。この歳にして、なんの競技においてもここまで出し切った感のあるレースをできたことには、神様にも、家族にも、そして自分自身にも感謝の気持ちしかない。

逆にいうともうこれ以上は、取り組みから変えないと望めないだろうし、今の自分にとっては来年以降に走る動機付けのハードルがとても上がってしまったように思う。

年齢を考えれば、良くて維持、普通なら少しづつ体力が低下していく現実の中で来年、どういった目標で走るかは、少ししっかりと考えてみる必要があるかもしれない。


UTMF2023 その2 前半 

 スタート 21日 14:30 第1ウエーブ

もう6回目のスタートながら、スタート前の1分は「本当に明日の夕方まで走り続けられるのかしら」、と心細くなる。ここでは自分を信じるしかない。ふと我に帰るスタート直前、隣にいた二人組の選手と軽く目線を合わせて健闘を祈った。英語なので、どこから来たの?と聞いたら韓国の選手だった。

スタートの合図とともに、歓声と人混みで混沌とした中走り始める。

数分走るとすぐに林道でそこからは長い下りなので前半は身体に優しい。昨年A1までを慎重に行き過ぎて、A1手前の鉄塔下トレイルで何度か渋滞してしまったため、今年は少しペースを上げてみる。心拍でいうと135-145の間くらいか。登りでも150は超えないように注意する。

鉄塔のアップダウンまでくると昨年より周りの選手の密度もまばらで、渋滞もほとんどなく走ることができた。このあたりは起伏も適度に気持ちよく、あまり無理せず周りのペースに合わせて走る。エイド近くのコースレイアウトが少し変わっており、何度かなだらかな森の中の道を折り返した後にエイドに到着した。


A1 富士宮 23.8km 2:20:41

次の区間はレース中最長である。それほど暑さは感じなかったけど、水は両肩のフラスク1Lに加えて手持ちのフラスク500mLに8割ほど入れて持つ。コーラとバナナを1本食べて出発。

市街地のロードとトレイルを縫うように抜け、用水路の脇を走っていよいよトレイルの登りで歩き始める。このあたりはちらほら抜かれてちらほら抜く程度。途中の林道を超えるとそこから急登。SUUNTOの高度計を見て残りの登りを時々チェックしながらひたすら歩く。1200mを超えるとようやく頂上らしきものが見え、スタートから4時間ちょっとで天子が岳到着。ここでヘッドランプとハンドライトを点灯、尾根線を痩せ尾根の岩場も交えながらアップダウンを繰り返して高度をあげる。この手の起伏は好きなので気分よく走る。

そろそろ熊森山が近づくという頃に、細い尾根の脇で小休止しているエルワンさんを抜いた。エルワンさんはマラソンでは僕より全然速いけど、100マイルは似た位置で走ることが多く、2014年以来レース中かならずどこかで会っている。今年はここで見かけたのが最後だった。

熊森山からの下りは得意なのでリズミカルにペースを維持して下っていく。途中1人ぬかしたと思う。10分ほどで林道に出てここからはあまりペースを上げすぎないように注意して重力をうまくつかって走ることを心掛ける。

30分ほど走って平坦となり、そこからはほぼフラットなトレイルを走り続けることを心掛けて進む。水は幸いまだ少し余っており、水分補給は十分だったと思う。

A2 麓 51.0km IN 6:49:21 OUT 6:53:17

今年は今のところ胃は元気なようだ。今までで始めて富士宮焼きそばを食べたがおいしい。少し胃にずっしり来る感じもしたけど、ゆっくり走る分には問題なさそう。次のエイドは近めなので水の補給も片方だけ満タンにして走り出す。

エイドを出てしばらく一人で闇の中を走る時間が長かったが、やがて追いつかれた集団と抜いたり抜かれたりのパックになる。ほぼ平坦な道を50分ほど走り続けて龍ヶ岳の登りに差し掛かるところで男性2名、女性1名のパックになる。女性は今見返すと、総合3位の大渕選手だった。ここまでほぼ同じペースで何度か一緒になっている。

登りに切り替わると、自分は弱いので、集団に前に行ってもらい、後から追いかけるようにして登った。途中から急登に切り替わりじわじわ差がつく。20分ほどの登りで差は1分ほどついたが、いつものパターンで折り返しの下りでまた追いついた。その後平坦になったところでつい調整良く走りすぎてコースアウトしてしまう。幸いライトをつけて走る選手の集団が違う方向に向かうのを見つけて、3,4分のロスだろうかそれほど大きな痛手にはならなかった。

A3 本栖湖 61.3km OUT 8:41:44

このエイドは一番簡素なつくりで、水は水飲み場で補給、食料は身延饅頭のみ。あまり食べる気はしなかったが、補給は欲しかったので一つもらってかじりながら歩き始めた。

ところが身体があまり饅頭を欲しないので、2口くらいかじって途中で食べるのをあきらめた。エイドからは20-30分ほど緩い登りが続くがここは毎年苦手な区間で、かならず数人に抜かれる。今年も一生懸命歩いているつもりでも、2,3人にすっと抜かれてしまった。

登りが終わり、尾根道のアップダウンになる。毎年ここからはペースを取り戻すのだが、今年はやや疲れてるのかエンジンがかからない。その後も時々抜かれることが多かった。最後のパノラマ台の登りでも一人抜かれた。

パノラマ台からの下りは毎年と同様に、数人を抜きかえす。そして平地になってからはまた3,4人に抜かれるパターン。ただ昨年に比べると少し粘りがなく、ペースが鈍っているか。

A4 精進湖 73.1㎞ IN 11:01:58 OUT 11:07:27

田舎雑炊をもらい水でぬるくして、口に注ぎ込む。柴漬けが染みる程美味しい。少し疲れてる感じだし、次は苦手なロードが続くので、少しでも椅子に座って気分を入れ替えた。

次は2番目に長い区間である。この区間は、ロード→山→ロードの3区間に分かれる。

エイドを出てまずは樹海のトレイルを進み、苦手なロード区間が始まる。昨年は脚の筋肉痛を拳骨で覚醒しながら走ったが、あまり使いすぎは良くないと反省し、今年は身体が動く範囲で腰を使って進むことを意識する。

途中いつもの通り1人の選手にあっという間に抜かれた。中盤くらいまで来たところで、遥か前に、時々車のライトに照らされて、ランスカ姿の選手のシルエットが見え隠れする。

少し元気づいてペースを維持すると、やがて姿は大きくなる。歩いたり走ったりしているようだ。もうそろそろロード区間が終わり、という頃に追いついた。6位になった伊東選手だった。携帯で楽しそうに誰かと話しながら走っている。ふと時計を見ると2時半、一人でとぼとぼ真夜中に走ると寂しくなるし、だれかと話して元気をもらっているのかな。

彼女は僕が追いついたところから再び走り始めた。走るスピードは僕よりはるかに速い。あっという間に前に行ってしまい、そのまま樹海のトレイルに消えていった。

第1ステージが終わり第2ステージがはじまる。足和田山だ。前後にライトもなく1人で登りはじめる。傾斜はゆるいが走るにはきつい。せっせと歩いていくがすぐに2,3にライトが後方にゆらゆら見え始め、すぐに抜かれた。なぜ自分はこんなに登りを歩くのが遅いのだろう?と不思議になる。心拍も110くらいまで下がってるのでもっとペースを上げられても良いのにあげられない。

去年もその前も同じだったのであまり焦ららないよう自分に言い聞かせてぺースを貫く。1時間くらいでようやく登りが終わり、そこからは下り基調。前にも後ろにも選手はいないので、淡々と下った。

第2ステージが終わり、第3ステージは再びエイドまでのロード区間。途中自販機でぶどうジュースを買って飲んだ。身に染みる程美味しく、エネルギーにもなって残り区間への元気が湧いた。この区間も1,2名抜かれるが気にせずペースを維持。空がしらけてきて夜明けが近づいてくる。短いトレイルを走った後国道沿いから富士急ハイランドに到着。






UTMF2023 その1 準備



 9月に信越100マイルに出場、まずまずのレースで10月は少し休養。11月もトレイルは1回だけでロード中心に300㎞を少し超えるくらい。12月から準備を始める。

12月、30㎞の北高尾と50㎞の箱根外輪山の2回。箱根外輪山は久しぶりに6時間台で回れてコンディションが悪くないことを実感。総距離は401㎞

1月、高尾のマンモス(44㎞)を2回。2回目はいつもの逆コースで6時間の自己最短で回ることができた。長い距離走った時の粘り強さは今年はいい感触がある。1月は総距離410㎞

2月、予定の都合でトレイルは走らず。森は、オリエンテーリングで短い距離心拍上げるレースを2回+テレインジョグ2時間のみ。総距離314㎞

3月 北鎌倉21㎞、北高尾54㎞、FUJI後半試走79㎞の3回。FUJI試走はやや疲れをためてたせいかペースはゆっくりぎみだが、疲労の感じから身体は100マイル向きになってきた感じ。 総距離402㎞

4月 FUJIの2週間前に高尾マンモス44㎞、自己ベストの5時間54分、悪くない。前週(5日前)には鎌倉で16㎞軽く。その他オリエンテーリングの合宿で20㎞ほど富士山麓の不整地。前日までで4月総距離218㎞

今年の目標は28時間にした。

2019の時に27時間を目標としたものの、A4精進湖あたりの夜間走行から設定タイムから離れはじめ、A8二十曲峠で予定より1時間以上離れた。その後杓子山の突然の雹で寒さに襲われ、結局29時間以上かかったが、もしアクシデントなくても28時間前半が良いところだった。

体調の良さは感じていたけど、4年の歳月がたちベースの速度もなかなか上げるのは難しく、良いレースをして28時間が現実的と考えたのだ。

装備は毎年とほぼ変えていない。

食料は、昨年までの経験から少し変えてみる。

くずもち(セブンイレブン)、羊羹(セブンイレブン)、ジェル(メダリスト他)、バランスパワー(ブルーベリー味)、アミノバイタルジェル 、干し梅



靴はon cloudのcloudoltra 周りにはいている人を見たことないが、昨年の信越で安定感があり、レース後半いつも生じるマメによる痛みもなかったので、今年も1足新調して臨んだ。

身体の背面に疲れがたまった疲れを感じたので、前の週の土曜日に接骨院に行き施術、2日前にはマッサージを受けて疲れを解した。

前日は昼まで仕事をして、12時過ぎに移動、13時15分バスタ発のバスで15時頃富士急ハイランドに到着。5分ほど離れたコニファーフォレストに行くと、受付は長蛇の列。1時間とちょっと待って、携行品チェックを受けて受付。少し会場でEXPOをぶらぶらし、遅めの昼食に、テイクアウトのフォー、クラフトビールでいい気分。18時頃シャトルバスで富士の森ホテルへ。到着後歩いて1.5㎞のローソンに散歩がてら行き、次の日の買い出しをして宿に戻る。10時過ぎまで準備などをして10時30分に就寝

6時30分頃起床。7時過ぎから朝食。朝食は、昨年までの時の栖に比べるとビュッフェのバラエティが少ない。あまり食べすぎないように。出発の11時までは少し二度寝してのんびり準備。

11時15分発のバスでこどもの国へ。12時40分くらいに到着。レース前の捕食をして、13時過ぎに荷物を預け、トイレにいって、14時の開会式まではのんびり草っぱらをぶらぶらしながらスタートを待った。






水曜日, 5月 04, 2022

ウルトラトレイル ~ 8つのリスクを知る

  100マイルに代表されるウルトラトレイルでは、昼夜のレースで高山の岩場から街中のロード、暑い日差しから雨や時に雪など、様々な環境の変化に対して走り続けることが必要である。そのため、スピードや持久力に優れた選手でも、これら変化する状況へ巧く対応できなければ、結果がついてこない。

 しかしよく考えてみれば、冒険の疑似体験でもある100マイルは、いわばリスクの予測と対処がレースの醍醐味だとも言えるだろう。様々な想定外があってそれを乗り越えることで俄然このレースの面白さが際立ってくる。

 山のリスクは時に生命の危険にも繋がり、また、そこまで行かなくても、リタイヤした時の運営者や周りの人への負担が大きい。そのため多くのレースで必須装備を指定することで自己管理を喚起し、自己責任でリスクを負うことが、そもそものレースを走る上での前提となっている。

 しかし必須装備を求める背景に、レースでどんな想定外、リスクが潜んでいるのかその要因について丁寧な分析をしている例はあまり見ない。web上では選手の体験談や用具メーカーのアドバイスなど沢山見つかるが、そのほとんどは数あるリスクのうちある部分を切り取って解説しており、この競技がもつリスクの全体感までつかむことは意外と難しいのではないか。そもそもリスクは言葉で説明されるのではなく、自分で経験してみないと実感としてつかめない部分も大きい。実際、多くの選手がレースを通じて一つ一つ苦い経験をし、次のレースで改善策をたてて成長しているように感じる。 

 そうはいってもこの競技に新たに取り組む選手にしてみれば、リスクの羅針盤的なものは欲しいだろう。そこで、主に100マイルのレースを想定し、「ウルトラトレイルのリスクを知る」というテーマで起こりうる8つのリスクを類型化し、対応策も記してみた。細かいものや稀なものを上げればリスクはこの他にもあるだろうが、経験的にはまずこの8つを想定しておけば大抵のレースは乗り越えられると感じる。まだ超長距離レースを経験したことのない人も含めて、どんなリスクがあるかを事前に想像し、準備するためのヒントとして活用していただければ幸いである。

 なお、レース中の8つのリスクとは、

「低体温・寒さ」

「日射病・脱水症状」

「胃腸トラブル」

「筋肉痛・痙攣」

「怪我・動物被害」

「睡魔」

「用具トラブル」

「コースアウト・道迷い」

 である。

 個人的な経験からリスクの深刻度と発生頻度から重要なものから順に並べてみた。あくまで私個人の視点と他の選手からの伝聞に基づいており、専門的な知識に基づくものではない点はご了承いただきたい。

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1. 低体温・寒さ

 ウルトラトレイルで最も留意すべきリスクだろう。昨年中国で起きた20人以上の犠牲者を出した悲劇もこの要因である。

 春や秋に開催されるレースでもともと平地でも気候の涼しい時期は、高山の通過時間帯が深夜から明け方に重なるなどの条件で0度以下の環境も珍しくない。気温0度でさらに雨が降ればかなり厳しい条件になり、動き続けていても身体から体温が奪われる。

多くのレースで防水ジャケット・パンツが必須装備としているが、これもうまく使えないと効果がない。まず雨で身体が濡れる前に着ることが大切である。ジャケットをバッグの奥底に入れてしまったがために、取り出して着るタイミングが遅れ、濡れてしまうケースがある。身を守るジャケットは天候が急変した時のために出しやすいところに入れることが必要である。

 手袋や帽子などで体の末端を温めると寒さは和らぐ。手袋は悪路で転んだり樹々を掴むと直ぐに濡れるので、防水機能のあるものか、もしくは替えをもっている方が良いだろう。帽子は寒さの中で脳をしっかり集中させるためにも耳までしっかり覆うものが良い。

 体躯は、最近多い撥水性のドライレイヤーを持つアンダーウエアが良い。汗でも雨でも濡れた後の冷えを防止できるので必須アイテムだと思う。

 防水雨具だけでなく、保温のできるウエアも必須装備にある。実際は、ある程度のタイムで走る選手は、とんど着る機会はないままレースを終える。しかし、もし身体の不調などでペースが鈍れば急に体が冷え、身を守る保温が必須となる。普段はお守りと思ってしっかり保温できるウエア1枚をどんな時も携帯しよう。

 また、レース中 身体がぬれたりして体が冷え切ってしまった時は、エイドでしっかり休み、濡れた衣服を乾かすことが大切である。





2. 日射病・脱水症状

 条件によっては寒さと同じくらい大きなリスクになりうるのが脱水症状だ。

 晴天の日中に走る区間は、気温がそれほど上がらなくても暑さに襲われることも多い。春先や秋の広葉樹林は葉が落ちて枯れ山となり陽を遮るものがなくなるので注意が必要だ。あるいは防火帯のようなトレイルも直射日光に長時間さらされることも多い。普段の練習から気温と水分の補給量の関係を把握して、次のエイドまでの時間と必要な水分量をしっかり計画することが大切である。

 山中で水が不足してくると知らず知らずのうちに飲む量を節減し、やがて体内の水分が減少してスピードが低下する。脚の痙攣しやすくもなり、急激なブレーキに繋がるおそれがある。

 タイムを狙う選手はついつい軽量化に走り水をギリギリにしてしまうので注意が必要だ。最近のベスト型のバッグは左右の肩で合計1L保持できるものが多いが、日中に3時間以上かかる区間で1Lでは足りない可能性が高い。私の場合、そのような時は手持ちのフラスクを用意し、300-500mLプラスしてエイドを出発し、前半に飲み切ったらフラスクをカバンにしまうことにしている。

 コース途中で自然水の補給ができる場合があるが、試走などで確実に利用できることを確認したい。確実な情報がない場合は、見逃したりあるいは季節によって枯れてたりするリスクもあるので、あてにしない方が良いだろう。

 もう一つ気をつけるべきがミネラルの補給だ。レースによってはエイドで水しか補給できないので、途中水ばかり飲んでしまうとミネラルが不足し水中毒の症状を起こす。汗をかいてるのに水分を飲めなくなったら危険信号だ。防ぐには塩飴、干し梅などミネラル(塩分)の多い補給食を別に用意することが必要。スポーツドリンクの粉を用意して自分で水に溶くのも手だと思う。またエイドでは豚汁やせんべい、ポテトチップなど、ミネラル補給を積極的に行うのが良いだろう。



3. 胃腸トラブル

 深刻なリスクではないがレースのブレーキに一番なりやすいのが胃腸トラブル。中距離までのレースとの一番の違いはここである。レースで本調子を出せず失速したり棄権する選手の多くがこの胃腸トラブルを原因としている。レース中に胃腸が食べ物や時に水分を受け付けなくなり、エネルギー不足で失速する。個人差があって、ほとんど悩まされない人もいるし、この問題を解決できず100マイルを走らない人もいる。僕の場合その中間だ。つまり、酷くトラブルを起こしたこともあれば、うまくかわせたことも多い。

 対策に王道はないが、一番大切なことはレース前を含めて食べ過ぎないことだ。スタート直前まで食べてしまったり、あるいは途中のエイド、にこやかなスタッフの進めでついつい食べ過ぎてしまうこともある。しかし、一旦食べ過ぎてしまうと、消化のスピードが極端に遅くなり、そこから胃がおかしくなる。そうなるとレース中の復帰は難しくなる。

  20年トレイルを走っているが、唯一棄権した2005年のハセツネはこの胃腸トラブルだった。練習不足の不安からかレース直前まで食べまくってしまい、結果その重たいお腹が40km過ぎてもおさまらずレースを断念したことがある。

 食料の準備としての工夫の一つは種類への配慮である。同じものを取りすぎると胃腸が受け付けなくなることが多い。ジェルだけに頼らず、シリアルバーや、羊羹、ドライフルーツ、ゼリーなど多くの種類の食べ物を用意しておくと、食欲が低下しても、どれかを食べてしのぐことができる。

 どこまで効果あるか分からないが、レースの走り方にも工夫の余地がある。急な下りの走りで衝撃が強いと胃腸が揺れて消化が悪くなるという人もいる。下りは脚のことも考えて胃腸にも優しい走りをすることが大切だ。



4. 筋肉痛・痙攣

 筋肉痛は、事前のトレーニングでどれだけ筋力を鍛えられたか、あるいは、その準備した体に見合ったペースの走りを出来ているか、が大きな鍵だ。

 筋肉痛がひどくなり、下りで速度を制限されてしまうケースが多い。レース後半になると必ず斜面をとぼとぼ歩いて下る選手に出会うが、下りのブレーキは登り以上に差がついてしまう。良いパフォーマンスには、最後まで下りを走り切ることが大切だ。

 レース中一番注意することは前半の走り方だ。筋肉疲労は下りの着地で蓄積するため、特に下り方に注意する。大股での下りや大きい段差の衝撃は避けて重力をうまく使った小刻みな下りを心掛けたい。

 用具の面で重要なのは靴の選択だろう。私は初回の100マイルをソールの薄いスピード用の靴で走って大失敗をした。やはり100マイルを走るには、ある程度ソールがしっかりした靴の方が後半に向けたダメージは小さい。

 疲労しやすい筋肉のサポートをするテーピング(あるいはその役目をするサポート機能付きタイツ)もある程度効果が期待できるだろう。但し自分の筋肉を増強してくれるような高い効果まで期待しない方が良いと思う。あくまで補助的な対策だ。

 もう一つ、意外と効果があるのがレース中のマッサージである。エイドによってはマッサージやテーピングサポートをしてくれるケースもある。あるいは自分で腿をマッサージするのでも良い。固くなった筋肉に激しい痛みを感じるくらいの強いマッサージをすると、その後筋肉の状態が改善する。レース中に回復しながら走る100マイルならではだ。

 痙攣は、筋肉痛とは少し違う要因だ。多くは前述「2. 暑さと脱水症状」に起因する。痙攣の場合発生したらストレッチなどして、まずは負荷を落とすしかない。全く動けなくなることはないので、焦らず1,2分待てばいい。少し動けるようになったら、痙攣をおこす筋肉の動きを特定し、その動きを使わない動きを工夫してみる。うまく走り方を見つけられれば影響は大分軽減できる。

 次のエイドでしっかりと水分とミネラル(塩分)をとることで、ある程度回復するだろう。

 なお、痙攣防止のためのミネラルを含んだサプリメントが多く出ている。興味ある人は調べてみると良い。



5. 怪我・動物被害

 怪我の危険を生む一つの要因は悪路だ。トレイルレースは主催者が参加者全員(数百人時には数千人)が通過することを想定し、最低限の安全確保されたコースが原則となる。それでも雨や雪などで路面状態によっては危険なエリアにもなりうる。山登りと同じように、急斜面や切り立った尾根などリスクのある場所で、危険を察知することが大切だ。意識を切り替え、3点確保などで確実に進むしかない。

 命の危険を感じる程でもないが、泥濘や滑る斜面が続く場面は多い。走り方には一定のスキルが必要だろう。自分の脚で制動できるスピードの範囲に収まるよう気をつけつつ、滑って転倒した時のことを念頭に姿勢を構える。例えば進行方向に対して体を斜め30度くらい傾け、いつでも片手を後ろにつける姿勢で下る。あるいは着地の両足を少し開き気味にして、仮に滑っても足を内側ではなく外側に滑るようにすれば転倒しても大事には至らない。

 もっとも、(日本の)ウルトラトレイルの場合、レース中の大怪我はあまり聞いたことがない。むしろ気を付けたいのは、なんでもない路面での疲労に起因した転倒だ。そのような時はなんらか予兆がある。木の根に足を何度か引っかけたら「自分は疲れている」ということを自覚し、歩幅を狭めて無理をしないことだ。

 怪我ではないが意外と侮れないのが足のマメだ。途中つぶれると、棄権まではいかないが、その後走るのが苦痛になるケースは多い。マメの防止は靴下や靴との相性によるので具体的な解決は難しいが、練習でレースと同じ靴、靴下で相性をみておく必要はある。どうしてもマメが出来る場所はそこにテーピングを巻いて摩擦を防止し、軽減できるケースもある。またレース中足をなるべく濡らさないことも大切。濡れると足がふやけてマメがつぶれやすくなる。

 一方、動物被害では蜂さされが一番多いだろう。前を歩く選手が蜂の巣を刺激して次に近づいた人が襲われるケースが多い。こればかりは中々予防は難しいが、コース上で蜂が発生した場合はしばらく待つ方が賢明だ。可能なら迂回する。 ポイズンリムーバ―を持っていると万一刺された場合もリスクを軽減できるだろう。

 それ以外の被害(クマ、蛇など)は殆ど聞いたことがない。熊鈴は大会のガイドラインに沿って使うのが良いだろう。蛭の被害は時々聞く。気持ち良いものではないが、危険はなくレースへの大きな影響はないだろう。

 総じて、怪我や動物被害での大きなトラブルは他のリスクに比べて見聞きすることが少ない。侮ってはいけないが、他のリスクと比較すれば過度に心配することはないだろう。


6. 睡魔

 これも100マイル特有のリスクだ。特に2晩目に突入するレースでは、睡魔への対策は成績を大きく左右する。私も1度目の100マイルは睡魔との闘いに負けて1時間以上のタイムをロスした。しかしその後のレースでは、うまくコントロールできるようになり、今ではまったく眠気を感じることなく走ることができる。

 基本的な準備として、レース前数日の睡眠で負債を抱えないことだ。少なくとも普段自分が必要と考える睡眠時間は確保する。特に前の晩からレース前までは宿でゆっくり睡眠を確保できるスケジューリングが必要だ。

 次に、レース中に睡魔に襲われる時間帯について知ること。自分の場合夜が明けて少し明るくなった朝の6-9時頃が一番つらくなる。

 もう一つのポイントは眠くなる条件だ。これは圧倒的に登りである。特に急登で景色の動きが遅くなると、とたんに眠くなる。つまり睡魔対策としては明け方から午前中にかけて急登が続くコース上のポイントをレース前に予見しておく。

 対策は比較的シンプルで、多くの場合カフェインである。RedBull、あるいはカフェイン入りのジェルで良い。以前は眠眠打破などを使ったが味がかなりきつい。カフェイン入りジェルが一番胃に優しいと思う。普段とらない量のカフェインを接種すれば明らかに身体が活性化して眠気が収まるので、眠くなるポイントに来たらしっかり飲む。

 レース前に少しカフェイン断ちしても良いかもしれない。なおカフェインはWADA(世界アンチドーピング機構)の禁止薬物には現在含まれていない。


7. 用具トラブル

 まず、一番避けなければいけないのが、用具の紛失、落とし物である。UTMFでは必須装備をレース中落とし失格となったケースも多い。例えば、雨があがり、脱いだ雨具を背中のバッグのポケットに入れたところ、走っているうちに落ちてしまうケース。その日はもう雨なんて降りそうにない天気だったとしてもその先の関門で必携品チェックを受けて失格。ルールはルールだ。本人には可哀そうだが実話である。背面のポケットは木を潜る時に引っ掛けることもあり落とし物に気づきにくいので必須装備には使わない方が良い。

  バッグのファスナーのトラブルも稀だが起こる。初心者にたまにあるのは、バックの両開きのファスナーを頂上付近で合わせて締めてしまい、下りなどの振動でファスナーが開いて中からモノが落ちるというもの。ファスナーはどちら側かにまとめるのが定石。振動で動いてもバックが開いてしまうことはない。

 その他ライトの接触不良、ハイドレーションの水漏れなどに気をつけたい。いずれも大きなロスに繋がる可能性が高く、最悪リタイヤにつながってしまう。

 食料切れによるハンガーノックも広い意味での用具トラブルかもしれない。特にレース経験が浅い選手に後半の食料切れがみられる。レース中の補給は想定できないケースもありうるので、予備の食料をどこかに入れておくことは大切である。

 また100マイルを走ると靴も相当に傷む。新品に近い靴なら大丈夫だろうが、使い込んだ靴だとレース中にソールの剥がれや上面の穴などリスクもある。靴は使用歴の浅いものにする方が無難であり、万一に備えて途中のエイドで替えの靴を用意するなどの対策も必要だ。


8. コースアウト・道迷い

 トップ選手を含めて完全に避けられないリスクだろう。UTMFでも2013年や2018年,2022年にトップ選手でロスがあった。致命的までのミスは多くないが、それでも10分単位のロスは十分に起こりうる。

 道迷いのリスクは主催者のコースマーキングのつけ方に大きく影響される。大会のマーキングの間隔、特徴をレース前半で把握しておくことは大切だ。UTMFなどは大分親切な方だと思うがそれでもミスは起こる。特に夜の区間にマーキングを見失うと精神的な不安も重なりロスが大きい。

  個人的に感じるコースロストの注意ポイントはエイド直後や市街地通過時である。鋭角な曲がりなどもあり、思わぬ方向にコースが曲がっているのに気づかずまっすぐ走ってしまうケースが往々にしてある。山の中に比べてコースマークも目立ちにくく、また深夜は注意してくれる観戦者もいない。

 それと、レース中の並走者との会話にも気をつけたい。前後に人がいない状態で、会話に夢中になって走ってついついマーキングを見失うケースがある。夜は特に下りなどで足元ばかりをライトで照らさず、前方の看板やマークを見落とさないようなライトの使い方も気を付けると良い。

 マーキングがないことに気づいた時は、とにかく戻るしかない。この時に焦るとさらに間違ってしまうリスクもあるので、時々振り返りながら来た時の風景をチェックすると良いだろう。それでも分からなくなったら、必須装備の地図を確認する。そのようなときのために地図読みのスキルも身に着けていた方がよいだろう。

 なお、最近はGPXデータを事前に時計に取り入れて走る選手が増え、道迷いによる大幅なコースアウトは減ったように感じる。

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 以上が100マイルに起こりうる8つのリスクについて触れてみた。前にも書いたがもちろんこれ以外のリスクもありうる。意外と侮れない着ズレや日焼け、トイレトラブル、そもそもスタートラインに立つまでの障害など、人によって違うポイントもあるだろう。そこは経験をしながら学んでいくのが100マイルの楽しみの一つでもある。

 



 





UTMF2022 その4 U7 山中湖~FINISH 富士急ハイランド

 U7 山中湖 8時07分 (IN 16:37:10 OUT 16:47:13)


すっかり陽ものぼり、春の陽気の湖畔、観光客も歩いていて、今までのストイックなUTMFから、ちょっと和やかなひと時に変わるのが山中湖。

エイドについてまず豚汁を頂いた。

この時点でまだ暑さを感じていなかったが、次の区間は3時間以上を覚悟し、フラスク1Lに加えてコーラを水で薄めた300mLの手持ちフラスクに補給。だいぶ固い筋肉のセルフマッサージをする。直後にインした西城選手はマッサージの施術を受けているようだった。

毎年ここまでくると、ほのかにフィニッシュが見えてきたような気がする。ここまで17時間弱、想定より早い。あと8時間ちょっとで25時間。これなら25時間前半は狙えるかな、とぼんやりフィニッシュタイムも意識する。

歩き出すと、天気も良く明神山の頂上までがきれいに見渡せた。ここからの3時間のトレイルは本当にきついが、1000mを超える山の風景、森の雰囲気、初春を感じる草木は一番お気に入りの区間だ。

明神山まではひたすら300mちょっとの標高差、はるか前に2名の選手が見える。丁寧に脚を進めてリズムを乱さないように上る。スタートして34分程で頂上についた。練習で30分だったからまだまだ悪いペースではない。振り返ると凄いでっかい富士山が見送ってくれていた。明神山の富士山は間違いなくUTMFの絶景No.1である。

見通しの良い明神山とは別れ、ここから深い森、リズムが変わってアップダウンの続く尾根道となる。

機嫌よく最初の下りに差し掛かると、少し自分の身体の異変に気付いた。腿の内側の筋肉が固く痛みがあって下りの脚の制御がおぼつかない。つまり筋肉痛だ。

少し下りに慣れればほぐれてくるかな、と思いながら走るが、下りの衝撃が腿内側の筋肉にひどく響く。スピードを少し抑えながら我慢して下りをこなしていく。やがて高指山への登りにかかると、今度は先ほど下りで痛んだ筋肉が登りで力が入らないことに気づく。

気づいてみると大分陽は高く登り、初春の枯れ山は日光を遮るものもなく、かなり汗をかいている。手持ちのフラスクは最初の三国山で飲み干し、左右のボトルの水を飲み始めていたが、水の消費が想定より多い。

だんだん速度が遅くなり、身体に力が入らないことに気づく。山伏峠への登りも明らかに遅い。暑さのせいか、筋肉痛のせいかあるいはその両方が影響したのだろうか。

「おかしいな」

スタートから18時間くらい、初めて明らかなペースダウンを感じた。気が付くと水をまずく感じているので、ミネラル不足もあるようだ。干し梅を食べて塩分を補う。

山伏峠からの急な登り返しで、とうとう脚が進まなくなった。痙攣も起きているので水とミネラル不足だ。歩き続けられなくなり途中座りこむ。最終盤にとっておいたアミノゼリーをここで補給する。1,2分でゆっくり歩きだす。そこからは残りの水分を少しづつ補給してだましだまし進む。

やがて急な登りが終わり緩斜面のトレイルに変わる。遅くても少しづつ走れるようになる。

石割山手前のなだらかな尾根上で、前方にゼッケン1の選手が歩いているのが見えた。近江選手だ。初100マイルと聞いている。こちらを振り返ると道をあけてくれた。少し申し訳ない気持ちで抜く。これが100マイルの厳しさか。まだ若い選手なので今後の糧にしてほしい。

やがて石割山の分岐を過ぎ下り斜面になる。いくらか元気も出てきて、泥濘が続く下りでも筋肉痛は耐えられる。2,3人の選手を抜いて二十峠に降りた。


U8 二十曲峠 11時38分(OUT 20:08:36 )

 気が付くとすっかり陽は高く昇り暗いテントの影に入るとほっとする。テント内にはぽつりぽつりと選手10名程度だろうか、今までよりだいぶ減っている。荷物を降ろし、とりあえず椅子に座る。

 テントの端で寝転んでいる選手が2,3人、自分と同じように座って呆然としている選手も数名、スタッフも言葉少なく選手を見つめている。いつものエイドの活気は影を潜め、発電機のエンジン音だけが鳴り響く。やはり暑さにやられてるのだろう。自分だけじゃない。

塩飴や煎餅で塩分をまず補給、その後水分を摂取。できる補給は数分で終わる。回復したかわからない。歩き出す元気もまだ出てこないが、いたずらにエイドに居てもフィニッシュは近づかない。時計の針がそろそろ10分という頃に、とぼとぼ歩き始めた。

杓子までのトレイル、前半は適度な起伏の尾根道である。少しは森の木陰になるかなと思ったが甘かった。まだ葉のない森は木漏れ陽が差し、じわじわ汗をかく。

 下りで感じる筋肉痛は変わらないが、登りは淡々とは歩を進められる。良い状態ではないが、最悪でもない。前の区間で少しタイムロスしたが、この状態で進めば25時間台は十分でるだろう。

やがて杓子山に続く急登がはじまる。無理せず着々と登り、核心の岩場までたどり着く。

ここからが難所だった。この数時間で脚に何度か痙攣をおこしている。岩場の登りはステップに合わせて大きく脚を上げて屈曲した状態から力を入れる。その動作が痙攣を引き起こす。結果岩場の一歩一歩が厳しい動作になった。痙攣をおこさないようステップを工夫し、手を使い負荷を減らす。時間をおいて痙攣のおさまりを待つ。

緊張感のある岩場で初めての経験だった。当然スピードも鈍り、途中また幾人かの人に抜かれた。

岩場と岩場の間の僅かな部分で極度に酷使した筋肉を収めるため休憩をとっていると、岩場から女性の選手が現れた。星野緑選手だった。

抜くときにわざわざ立ち止まって、「日影で休んだ方がいいですよ」と声をかけてくれた。朦朧としているよに見えたのかもしれない。

後で見ると、星野さんはちょうど26時間を切ってゴールしている。このあたりが合格点のレースの限界点だったのかと思う。

辛いだけの記憶しかない杓子までの道のり。何度か手前のピークに騙されるもようやく鐘のある本当の頂上が見えた。しかしこの先もホッとすることはできない。今度は、何度も訪れるロープを張り巡らせた尾根上の急斜面、腿の筋肉痛との戦いとなる。いつしか着地に合わせて声を出して筋肉痛を耐える。

やがてつづら折りの階段にかわる。1段1段の衝撃で筋肉に激しい痛みを覚えるが敢えてスピードを落とさず、アドレナリンで筋肉痛を乗り切ろうと頑張ってみた。

しかし、ここで限界にきた。どうにも痛みが限界に達し歩きだした。一度歩いたら、もう走ることができなくなってしまった。

「筋肉痛は、怠惰な脳のわがまま」、と常々感じている。鞭を打てば頑張れると思っていたけど、この時はもう脳がわがままを譲らなくなってしまった。ぷつっと糸が切れたような感覚だ。

ここから約3キロの下り基調の砂利道。毎年普通に走って15-20分で下れるところ。歩けば倍はゆうにかかる。時計の針がぐるぐる回るような感覚に襲われながらとぼとぼ歩く。情けないがそれしかできない。何人もの選手が倍ものスピードで下っていく。

30分くらい歩いたと思う。やがて林道が平らになりキャンプ場が見えてきた。この頃に漸くゆっくり走れるようになった。一度走ると、今度はエイドに向けた急斜面の下りも走ることができた。脳のわがまま、きまぐれだ。

最後に近江選手に抜かれた。復活したようだ。


U9 富士吉田 14時59分(IN 23:29:24 OUT 23:48:31)


最後のエイドには毎年のうどんがあった。ボランティアの方にお願いしてつゆをたっぷりもらい、塩分補給した。せんべいや塩飴もかじった。

最後の霧山は、よじ登る急登はなく、下りも急な場所は限られてる。最後はなんとか踏ん張りたい。

十分水分をとって10分くらいでエイドを出かけた際、この日まだトイレを済ませてないことに気づいた。仮設トイレをあけると和式だった。絶望的な気分になるがしかたない。

筋肉痛に顔をゆがめながらしゃがむのに随分と時間がかかり、結局合計20分近くをエイドで過ごしてしまった。気を取り直して最後の山へ。

最初の30分近くは富士吉田市街のロード。身体の動きは悪くない。まわりのペースに合わせて走る。富士急の線路をくぐり、山に入る手間で自販機があったので、念のためアクエリアスを1本購入、フラスクに入れ替えた。ミネラル補給にはその方がよいはずなので。

緩い下りをとぼとぼ歩く。この斜面も走れはしないが歩くにはやや緩い。

数十m先に、ベテラン風の選手が登っている。その選手に声をかけている観戦者がいた。その人はやがてこちらに下ってくると僕を見て驚いた顔をしていた。

山谷さんだ。

思わぬ出会いに両方が驚いた。

山谷さんは同年代。10年以上前からハセツネなど多くの大会で上位に入り、目標とする成績を出している人で、数年前からSNSで友人となっている。ただ補給食が鍵を握る70km程度以上のレースは相性から参加しないとのこと。今日は応援にいらしたらしい。


前を行く方は長野でも有名なベテラン選手とのことだった(結果を見るとレジェンドの部で優勝している)

山谷さんとはしばらくいろいろな会話をさせてもらった。最終版で良い気晴らしになった。やがて山谷さんは再度先に進んでいき見えなくなる。

途中鉄塔付近の急登を超え、再び緩いつづら折り。きつくはないがペースはあがらない。やがてつづら折りの道は斜面を右手に見たトラバースに移り、とうとう霜山尾根上の分岐に到着する。ここからは多少の登り返しはあれで下ればフィニッシュだ。いよいよ最終盤。

尾根の下り途中、脚の痙攣でペースダウンもあったが、フィニッシュも近くなり最後の踏ん張りを効かせるところ、腿の筋肉痛もこらえて下り続ける。

2番目登り返しで女性の選手に追いつかれる。

「きついですねー」「あともう1回確か登り返しありましたね、、、」

言葉とは裏腹にその選手はするする登り、急斜面の下りに入ったところでは2つほど先のつづら折りを下ってる気配しか感じなかった。

そこから10分くらいだろうか、市街地に突き出た尾根の先端にたどり着く。(上位選手の)順位確定ポイントを過ぎ、ロードに降りた。ここから2km。

踏切や国道の交差点を渡り、富士急の敷地に入って橋がそろそろというところで、前を2名の女性選手が歩いているのが見えた。

7位の渡邊さんと8位の黒田さんだった。どうやら順位確定ポイントを過ぎて渡邊さんに黒田さんが追い付いたらしい。

ルール的には問題ないのだろうが、なんとなく仲良く歩いている二人を抜くのは気が引けたので少し後ろを一緒に歩いた。渡邊さんは脚が売り切れ状態で二人で歩いているようだった。走ろうよという黒田さんに渡邊さんはもう限界、と。よほど最後まで追い込んだのかな。なんか二人のやりとりが、聴いてて楽しくて、自然と笑顔になる。

国道の橋を渡るところで、後ろから男性のランナーが一人抜いていく。そのうち黒田さんが先に行くね、と走って行き、自分も渡邊さんにお先に、と一声かけて残りを走った。そこからわずか500mでフィニッシュラインがみえた。



フィニッシュ 18時01分 26:31:35 (男子114位)



福田六花さんが、出迎えのグータッチをしてくれ、感想を聞かれた。なんだか頭が回らず気の利いたコメントは言えなかったが、とにかく3年ぶりに完走できたことがうれしい。

直ぐに山谷さんが声をかけてくれ、写真を撮ってもらった。

結果は残念ながら100位は超えてしまったけど、とにかく5度目の完走が出来たことがうれしい。反省点はいろいろあると思うけど、まあそれはもう少し落ち着いてから振り返ることにしよう。








UTMF2022 その3 U4 精進湖~U7 山中湖

U4 精進湖 0時15分(IN 8:45:33 OUT 8:51:22 )


田舎雑炊が出ており、暖かい食べ物を初めてすする。この雑炊が最高に美味しい!雑炊に交じった漬物のしょっぱさが身に染みる。今日は夜でも気温がそれほど下がらないので、知らず知らずのうちにミネラルを失っているのだろう。お代わりしてよいとのことなので2杯目も頂いた。次の区間は3時間以上が確実なので水の補給もしっかり行って走り出す。

短い樹海のトレイルを超えると、ここから魔のロード区間。漆黒の樹海脇に伸びる単調なロードが40分ほど続くUTMFでも嫌いな区間の一つ。微妙な登りのロードは一番苦手で昨年この区間で数人に抜かれている。

走り始めて数分、案の定楽しそうに会話する二人組の選手にすっと抜かれた。どんまいどんまい、無理はしないしない。

肉体的にきついわけではないが、変わらない風景の中単調な身体の動きをひたすら繰り返すことに精神的な苦痛を感じる。腰の回転を意識してペースを維持しようとするが、そろそろ10時間も経過し、腿の筋肉に張りを感じる。

時々げんこつで腿を叩き、蹴り上げのかかとを腿にまで引き付けて走りながらストレッチをする、すると、この刺激でしばらく脚が動くようになり少しペースがあがる。

少し走っては腿に拳骨、かかと上げのストレッチ、これを1分程度の間に繰り返す。単調な走りの気晴らしにもなった。

昨年よりペース維持は出来た感じはする。抜かれたのもその後1人だけだった。苦痛のロードもやがて終わる。右折して再び樹海の中の闇のトレイルに吸い込まれる。

しばらく微妙な下りが続く、と、数十m前を行くライトが突然乱れ、地面に落ちた。

かなり激しく転んだように見えた。「大丈夫ですか?役員呼びましょうか?」と声をかけたところ、かなり痛そうにしながら「大丈夫です」との返事。しばらく様子を見たが、立ち上がって歩き始めたので、大丈夫と判断して先に行くことにした。

樹海のトレイルはかなりでこぼこした溶岩の石が浮いている。夜道は要注意だ。

国道を潜り、やがて足和田山への緩い登りが始まる。

この登りはどうにも中途半端だ。10時間走った身体にとって走るには急すぎる。なるべく速足で登っていくが、傾斜も緩くて心拍もあがらない。この手の区間はあまり得意でない。案の定、1,2人と抜かれていく。

だらだらと山場もなく登り基調のトレイルが続く。途中から2,3人の集団になんとかついていった。そろそろ緩い登りも飽きた頃に最後のちょっとした急登で足和田山を登り切り、下りに変わった。すると、遥か眼下に富士吉田の街の灯が樹々の向こうに見えた。随分と登ったな。無理せずリズムをつくって下って行く、先ほどおいてかれたランナーを一人二人と抜いていく。これがいつものパターン。

眼下に見え続ける街の灯はなかなか近くならない。多少の登り返しも何度かあり、随分くだったな、と思った頃にようやくロードに出てた。2019年までならもうすぐエイドである、が今年はエイドの位置がだいぶ伸びた。役員の「あとエイド7km」の声に少し憂鬱な気分になる。

また再び平坦な走り区間。ただし、微妙な登り、ロード、砂利道、微妙な下り、とわずかだが変化もあるので、先ほどの樹海脇より気分はまぎれる。平坦であればまだまだ走れる。最後短いトレイルを抜けると富士急がすぐ先に見えた。

あと少し、というところで、ずっと後ろにライトを感じていた選手に、すっと抜かれた。欧州人のような手足の長い長身で適度な筋肉に覆われた後ろ姿に、はっとした。ゼッケンを見ると1900番台、なるほど、45分後にスタートした山本健一選手だ。

もう40代にはなるが14年前7時間30分台でハセツネを優勝した選手。さすがに筋肉の質や走るフォームにオーラがある。ついていける気はしないが、ここまで45分差ならまだまだいい感じではないか、と少し勇気づけられた。


U5 富士急ハイランド 3時35分 (IN 12:05:14 OUT 12:20:11)


毎年10分を目安にピットインしていたが、自分の中で今年はもう少し時間をかけても良し、とした。

ドロップバッグを受け取って、まずはTo Doリストを確認。Tシャツ、靴の交換は不要。眠眠打破とRed Bullで明け方の眠気防止。食料は思ったほど消費しておらず、アミノバイタルとジェル、そして意外と食べやすいくずもちをカバンに押し込む。時計の充電を少しの間行う。

残念ながらここは暖かい補給食がない。しかたなくバナナを食べて水を補給し15分で走り始める。


を進めながら、ここまでのレースを振り返る。足和田山で失速した昨年に比べればここまで大きいトラブルはなく悪くないはずだ。胃腸もあまり調子よいとは言えないが、食べ物は受け付ける。少し腿の筋肉に張りがあるのは気になるが、まあ毎年の話だ、なんとか乗り切れるだろう。

次への区間は今までの国道沿いではなくぐるりと一旦高速道近くまで回り道をするコース。緩い登りの砂利トレイルをちょこちょと走る。カフェインはが効いたのか、身体がリフレッシュした感じがある。途中ロードに出てからも自分なりに緩い登りのペースを維持できる。1,2名の歩いている選手を抜いた。

下りトレイルに変わったころからほんのり空が明るくなってきた。わずかに明るくなった明け方の森は大好きだ。この至高の時にトレイルを走れていたのはラッキーだ。20分ほどのトレイルを終えて再び市街地に入り、小倉山に登る頃には大分明るくなった。1,2人と抜き、1,2人と抜かれる。そんなペース。

その後市街地を繋いで忍野に向けた山越えルートを進む。ゆるい山道の登りは幾人かの集団の先頭となり、元気に進めた。いよいよ林道を登りつめ急斜面のトレイルに変わる。ここは富士山の絶景ポイント。振り返って何度か見とれてしまう。今回は惜しみなくレース中雄姿を見せてくれた。過去のUTMFの中でも間違いなく富士山の当たり年だ。

急登で集団にあっという間に離されてしまう。登りが極端に遅いなあ。あせっても仕方ないので再び一人でとぼとぼ走る。

やがて尾根を下ってロードに出て忍野の盆地に降りていく。旧忍野エイドを過ぎ、小さな小川沿いの砂利道に入る。2019年はエイド直後のこのパートで失速したが、今年は登りで置いて行かれた選手に追いつき、ペース維持して走れる。再び、腿のげんこつとかかと上げストレッチで刺激を入れてペース維持する。


U6 忍野 6時29分 (IN 14:59:33 OUT 15:05:07)


あまり何をしたのか記憶にない。次のエイドが近いのでそれほど補給に力を入れなかったと思うが、5分以上かかっているので椅子に座ったのだろう。そろそろ疲れてきたのか。

5分でも休憩してしまうと、脚が固くなる。エイド前のロードで無意識のうちに頑張りすぎたのだろうか。重くて動かない脚に愕然とする。心拍も100台まで落ち込んでしまう。

焦らず歩を進める。10-20分で砂利道も登り基調となり、早歩きで歩を進める。

追いついてきた選手が一緒になった。「きついですね」の一言から、会話が展開した。滋賀から初参加という人だった。山中湖からがとんでもないコースだから、まだまだこれからですよね、なんて会話をしたと思う。こういう初参加の選手も増えてるのだろうな。100マイルレースも選手層の底上げが進んでいるに違いない。。。

やがて少し斜面が急となり、僕の方が少しだけペースが速いのか、だんだん先行して、そのうち滋賀の彼はつづら折りの先で見えなくなった。その後コースではあってない。

大平山を通過。下りは丸太の間が浸食で削られた嫌らしい階段。幸い、丁寧に土嚢が詰められていたので、リズムよく土嚢の上をステップ踏んで降りていく。それほど苦にならなかった。

さらにもう一回平尾台の急登を頑張り、そこからは一路山中湖に向けた下りとなる。

途中、両側藪で覆われたえぐれた登山道をリズミカルに下っていくと、道をあけてくれる選手がいた。ふとみると西城選手だった。2019年も山中湖手前でお会いした。信越100マイルでは120km付近でお会いした。100マイルではいつも後半似た位置を走っている選手だ。

どちらかというと僕が登りに弱く、下りで抜くのがパターンらしい。



UTMF2022 その2 Start~U4 精進湖

 15時30分スタート


500人のウェブスタート。並んだのは真ん中くらいだろうか。スタートから道は広いのでスタート直後からそれほどストレスなく走ることができた。



2019年に比べると子供の国を出るゲートまでの距離は短くほんの3,4分で園内を出て林道を走る。ゲートを出る直前に、「鹿島田さん!」の声が聞こえ、はっと沿道を見ると池君がご夫妻で応援していた。「がんばってください」と声をかけてくれる。あまり知り合いは多くないがやっぱり応援してくれる人がいると、何となく元気が出るもんだ。

最初の数キロは心拍をちょこちょこ確認しながら、慎重にペースを調整。心拍は130台なので平地でキロ5分前半程度の負荷。楽なペースで走り続ける。

15kmを過ぎて送電線下のトレイルに来ると、何度も渡る亀裂の手前でちょっとした渋滞で何度か歩いた。1回10秒から30秒くらいだろうか。やはり歩くと走るペースが乱れるので若干ストレスにもなるが、焦ってもしょうがないので気にせずゆっくり進む。

少し陽が傾いて前を走る選手の影が随分と長くなってきた頃に、U1に到着。


U1 富士宮 17時44分 (IN 2:14:41 OUT 2:16:44)


バナナ2本とメダリストを補給。フラスクに水を入れて比較的直ぐに出発。

ここからはロードや短いトレイルを繋いで川沿いの市街に一回下って、そこからまた少し登り返していく。景色や路面に変化があるのであまり飽きずに走ることができる。やがて日没の時間を迎えて暗くなってきた。登りのトレイルになったあたりからライトを点灯。

登りトレイルはすぐに終わりロードに出る。本来ならそこからさらに天子が岳に登るはずだが、今日はロードをトラバースしていく。

ここからは山の斜面に沿ってロードを繋いでいく。正直あまり楽しい区間ではない。U1からは10人抜いて1人抜かれる、くらいの感じで周りより少し速めのペースを維持して走る。

途中真っ暗な田貫湖を超え、やがて、本来熊森山から下ってくるロードと合流、エイドまでそう遠くない。最後の区間はゆるい起伏ながらトレイルをジグザク走って、景色や使う筋肉が少し変わり気晴らしになる。


U2 麓 20時13分 (IN 4:43:30 OUT 4:46:44)


ここでもバナナで補給した。正直バナナはそれほど好きなわけではないが、他に炭水化物で良いものが見当たらない。富士宮焼きそばは、胃にもたれるのが怖くやめておいた。

麓を出てからはまた平坦なパート。ただトレイルと砂利道を繋ぐようなコースで飽きない程度に起伏はある。ペースは周りのランナーと比較的近いところで落ち着いてきた。時々抜かれ、時々追い抜く、が続く。やがて端足峠に向かう急斜面に差し掛かる。この日最初の急斜面、といっても200m前後の標高差なので、周りのペースに合わせて登るうちに峠を過ぎる。まだまだ周りにランナーが多く、下りも周りのペースに合わせて無理せず降りる。ロードに出て数分でエイドに到着


U3 本栖湖 22時02分 (IN 6:32:04)


 補給食に甘い饅頭があった。それほど食べたいと思わなかったけど、小さいしエネルギーにもなるので一つもらった、その他いつも通りバナナの補給でスタート。

 エイドを出ると暗闇の斜面をトラバースしながら登っていく。毎年この区間は何故か人に抜かれることが多い。エイド直後は比較的しっかり休みをとって、速いペースで走り出す人が多いことに加え、自分が登りが弱いからだろう。まだ脚に疲労を感じているわけではないが、明らかに自分より速いペースの人にひょこひょこと3,4人抜かれていった。

 焦ってもしょうがないので自分のペースで登り続ける。やがってピークを迎え、そこからは細かい起伏のある尾根を進んでいく。ここからは比較的僕が得意なパートだ。抜かれた人を1,2名抜き返し、パノラマ台への登りで再びまた抜かれるという感じ。は自分のぺースを守ることが大事。

烏 帽子からの下りは適度な傾斜のつづら折りで快適なペースで走ることができる。また数人を抜き返した。斜面を下り切り、今度は樹海の中の平坦なトレイルに移る。前は真っ暗。遥か後ろにライトを感じながら、ペースを維持。一人ペースの速い選手に抜かれてU4エイドに到着。概ね三分の一が終わった。ここまではトラブルもなし。


U4 精進湖 0時15分(IN 8:45:33 OUT 8:51:22 )

火曜日, 5月 03, 2022

UTMF2022 その1 準備

 3年ぶりのUTMF

2019年の秋に信越の100マイルを走って以来、30kmの大会を1回走った他はレースからすっかり遠ざかってしまった。


6か月のトレーニング

11月 337km 33時間 (トレイル/10時間)

12月 386km 35時間(トレイル/11時間)

 1月 421km 42時間(トレイル/18時間)

 2月 322km 29時間(トレイル/6時間)

 3月 411km 44時間(トレイル/22時間) 

 4月 209km 19時間(トレイル/1時間)


11月からそろそろと準備を初めて、自分の立てた計画に対して90%は達成できたと思う。ただ、3年のブランクと3つ歳をとった事実は重い。普段のランニングのペースで衰えは感じないけど、時々行うスピード練習は低下は否めない。トレイルの動きは少し鈍くなった自覚はあるが長い距離の粘りは維持しているだろうか。


4月に入ってからは山に行く時間が殆ど取れなかったけど、その分平日のランで近くの公園の起伏を走る距離を少し伸ばす。登り下りの筋肉への刺激は入れるように努めた。、ケガや故障(違和感に近いもの含めて)なし。疲労の抜け具合、睡眠時間、栄養補給、いずれも問題なし。唯一調整で失敗したのは体重管理で目標の60㎏に届かず61㎏を切るくらい。例年より若干重い身体でのスタートとなった。


3日前に天子が岳山塊迂回が決定。このパートは比較的悪路を含む下りが多く得意としていた部分なので少し残念。前半が苦手なフラットなロード中心になるが、後半を考えるといくらか毎年より楽なレースになるだろうか。


前日21日は、午後に在宅勤務を一旦切り上げて15時10分品川発の新幹線で三島に移動。時之栖の宿についてから、再び仕事の会議に夕方から参加。20時頃に終えた。10時半頃には就寝

翌朝は6時30分頃起床、朝食後、どうしても参加しなければいけないため仕事の会議に9時~10時再度参加。11時前にチェックアウトして11時30分のバスでこどもの国へ。


スタートは1時間スライドし15時30分。会場で3時間以上あったので、春らしいさわやかな空気の午後、眺めの良い草っぱらでのんびり補給をしながら待つ。2019年は雨の中、混雑する狭いテントで待っったので、随分と対照的なスタート前だ。



今年の目標は、何とか100位以内をキープして来年度の出場権を得ること。タイムは短縮される部分がどの程度か分からないが、2019年のコース相当で28時間30分として、2時間短縮の26時間30分とした。ただ実際にはコースの短縮はもっと大きかったようだ。


土曜日, 9月 21, 2019

信越五岳 100miles 2019 その3 後半黒姫以降


A6 黒姫 102km in 14:11:11 21位 out 14:21:53 21位

まだ閑散としてるエイドで、ぴょんぴょん跳ねてる妻が直ぐ目に入った。
「ぴったり予定通りね」
少し興奮気味に喜んでくれた。
Tシャツのゼッケンを妻に付け替えてもらってる間に補給。2回目のドロップバッグポイントなので、しっかり食料をザックに詰め、サンバイザーをかぶる。
ここで数分後に、女子のトップの今田選手が入ってきて一段と大きい拍手が起こった。ペーサーの男性と一緒に、僕らの少し後にエイドを出る。

黒姫直後は5kmほど、だらだらした砂利道の登りが延々と続く。このパートは過去大会でも苦手にしているところ。今回も自分では今までと同じように進んでいるつもりが、周りよりペースは遅いようだ。すぐに同じ時間帯に出た今田ペアに置いて行かれた。

急に暑さを感じる。コースに陽が差すことが多くなった。砂利道を40歩走って30歩歩くといったリズム。一人、また一人と抜かれていく。妻も先に行っては待ちきれないようにこちらを見返し、体調は大丈夫か、と声をかけてくる。
悪くはないが、ペースが鈍ってるのは自覚している。少し眠気も出てるようだ。

1時間を過ぎてようやく砂利道が平から下りになる。ペースは相変わらず鈍いが走り続けることはできる。急斜面を丁寧に下って吊り橋を渡り、パイプライン横の急斜面を登る。
ここでまた一人、後ろから追ってくる選手に追いつかれた。だけどこちらのペースも少し回復してるようで、登り切ってからの緩やかな森ではしばらく並走する。
ここは、今回新しく伸びた区間で、石川さんが、極上のトレイルと表現していた森。たしかに北欧のようにゆるやかで美しい森だが、疲れがたまった身体ではペースがあがらない。残り2kmくらいから再びペースダウン。せっかくの素晴らしい森の道を、今回は辛い印象で走ってしまった。

A7 笹ヶ峰グリーンハウス 115km in 16:39:23 26位 out 16:50:05 25位

トイレにいって、補給。カレーを少し食べて元気づける。
ここで三宅君に再び会う(追いつかれる) 彼は身体はまだまだ大丈夫らしいが、エイド間の持参食料が不足したとのこと。はじめてのチャレンジで、100マイルで自分が必要なカロリーが把握しきれてなかったのかもしれない。こちらもすごく残念な気持ちになるが、今の自分には何もできない。労いの言葉だけかけて先に出る。

エイドを後にして暫く暑い日差しの牧場を走る。2,3分後ろにペーサー付きの1組が見え隠れする。乙女湖に降り、ダム沿いの急なコンクリート階段で追いつかれた。西城選手のペアだ。西城選手は110キロで活躍する選手だが、UTMFで終盤に抜かれている(先方は気づいてないと思うが)。100マイルではペースが似てるのかもしれない。

その後しばらく森の涼しい快適なトレイルが続いてほっとする。少しリズムを取り戻してきた。再び砂利道の登りが現れその区間はペースが鈍るものの、黒姫の登りもまた元気が復活してしっかりと登れたと思う。
黒姫の鞍部に到着。そこから岩の多い林道を下るパートは、下りの得意な僕より、むしろ妻の方が遅れがちになった。妻のペースに合わせて少し余力をもってエイドに入る。

A8 大橋林道 130km 19:22:16 26位

ここはそれほど時間をかけずに5分くらいでエイドを後に。
この区間は、牧場周りが新コースになり少し距離が延びたという情報があったところ。
戸隠牧場に出ると、確かに牧場の周りをジグザグに進むコース。牧草の上だったり、森の起伏を超えたり、このパートは標高差は大きくないけど、走り続けることはできず、ペースが上がらない部分。
それでも、のどかな牧場の緑に覆われた風景は日本ではなかなか味わえないトレイル、信越らしい部分だと思う。

ここで初めて110kmのトップ西村選手に抜かれる。

30分ほどで、牧場からトレイルに出る、そこからは以前と似たルートで自分も好きな森のなだらかなトレイル。調子も上がってきたので、妻に前に出てもらって引っ張ってもらい、ペースをあげる。
戸隠神社の参道、鏡池などを通過、110kmの二番手の大瀬選手に途中抜かれ、エイドに向かう緩いトレイルに入る。ここで前に2人組の選手が見えた。少しこちらのペースが上回り、じりじり近づくが、あともう一歩というところでエイドに到着した。

A9 戸隠スキー場 142km in 21:27:12 28位 out21:38:16 27位

事前に妻と相談して、10分以内の休憩を目指す。
蕎麦で元気をもらい(これは美味しかった!)、しっかり補給して、次に向かう。ここで女子トップの今田選手に追いついた。女性同志で妻と今田選手の会話がはずむ。
同時に出るが、最初のペースは向こうはゆっくり目、こちらが先に先行する。

このパートは、110kmの経験で「つらい」という印象が染み付いており、最後のクライマックスと心得ていたが、逆に覚悟してただけに実際に走るとそれほどにも感じなかった。
瑪瑙山手前の森の中の急登も、自分の中のイメージよりあっさり登る。ここまで妻に引っ張ってもらいペース良く走れた。

いよいよ、森から開けた最後の瑪瑙山が夕方の日差しを受けて見えた。はるか前にポツポツ2,3組登ってく選手が見えたろうか。
視線を落とし、目前の地面を見て一歩一歩脚を進める。ここでも武尊の経験が活きた。武尊後半のスキー場400m直登を思えば、この登りはその半分くらいだろう。
時々上を見あげると、確実に瑪瑙山は近づいてくる。同時に後ろもみると数分下に1組の選手が登ってくる。
後ろを気にしてもしょうがないが、できれば抜かれたくないな、と思うようになる。

瑪瑙山の頂上でスタッフの方に写真を1枚とってもらう。繰り返しになるけどレース中写真を撮ったのは今回初めて。お礼を言ってカメラを受け取るとすぐに下りはじめた。

妻はスキー場の見晴らしのよい斜面をどんどん先に飛ばして小さくなっていく。こちらもがんばるが大腿二頭筋がもう限界だ。でもスピードを落とせない。気合で声を張り上げ痛みをこらえながら下る。
やがてスキー場を離れ、森の中の下りになって緩い登りになる。ここの登りと下りがこのコース最後のトレイル。この区間も過去の110kmの記憶よりは、辛くなく過ぎることができた。途中からライトを点灯し、150kmを過ぎていよいよ最後の尾根下りとなる。下りは妻の方がペースが落ちるので、途中少し待ちながらウォーターエイドに向かった。

W 飯縄山登山口 152km 23:39:22 27位

妻がトイレに行ってる間に、一組がノンストップで通り過ぎた。おそらく瑪瑙山で後ろにたペアだ。あのスピードではどのみち抜かれてただろう。
もう一組、女子トップの今田選手のペアがきた。あちらも少し休憩したのでエイドを出るのはほぼ一緒となった。

残り8kmですね!と励ましあいながら、進む。ロードは向こうの方が速そうなので、先にいってもらうと徐々に前に見えなくなっていった。

ここからの8km(実質7km)は毎年辛いと感じるところ。前半は砂利がごつごつしていて走りにくい上に緩やかに登っているところが多く、疲労した脚には答える。妻のペースが鈍ってこちらが引っ張る状態に。
ところが、ようやく中盤を過ぎて下り基調になるとむしろ妻が元気になる。今度はこちらが必至についていくようになった。
永遠に続くかと思われる砂利道も、やがて真っ暗闇の森の中にポツポツ明かりが見え始める。そして会場のアナウンスが微かに届くようになった。そうなるとも1kmはないだろう。最後の力を振り絞って走る。

Finish 飯縄山ハイランドホール 160km 24:33:08 28位

いつも思うのだけど、どんな長いレースも必ず終わりがある。計時線を越えてしまえば、それでおしまいなのだ。ゴールはなんともあっけない。

フィニッシュ後しばしの興奮で、妻と完走を湛えた、近くの役員の人も湛えてくれ、写真をとる。
ゴール後の会場は長居は無用。少しして興奮が収まると、余韻の冷めないうちに、バスに乗って宿に向かうことにした。

夜と翌日の筋肉痛は、UTMF2019よりひどい状態だった。おそらくUTMFよりは、レース中追い込む場面が多かったのだろう。
そういう意味では、力を出し切れたレースかもしれない。



信越五岳 100miles 2019 その2 前半黒姫まで

Start 斑尾高原レストランハイジ 0km
歓声とともにスタート。しばらくはゲレンデの中をつづら折りで走ったり歩いたり。
心拍は上がってないけど脚が結構重たい。やはり直前までリラックスしてたせいか身体が起きてない感じ。
15分くらいのところで、スタート会場の近くを通り、大勢の応援の人並みを抜けるところがある。信越らしい区間、通り抜けて気分が盛り上がる。それを過ぎると森は静かになり、いよいよ闇の中ひたすら進むレースが始まる。

心拍を上げすぎないように注意して走る。
途中35分を過ぎたところで「トップと6分差」の声。ちょうど2割ましくらい。程よいペースか。

110kmで経験してるので、だいたいコースの感覚は持ってる。だらだらと登って、暗い中に野尻湖の見えるカーブを過ぎるとすぐにウォーターエイド。水は十分あるので取らずにすぎる。

W 菅川 17km 1:48:37
時計をみると、たしか110kmの時は1:36くらいだったので1割ちょっと遅いペース。予定よりやや速い。
登りも無理せず進む。30分くらい登ると漸く斑尾山手前のピーク。少し下り登って斑尾山、そこから急激に下る。脚の筋力温存であまり飛ばさないように意識するけど、幾人かの人は抜いた。
やがて緩やかになり右にカーブしていくと最初のエイドの明かりが見えた。

A1 バンフ 22km 2:42:25  63位
水の補給とバナナ、ポテトチップ補給など。それほど時間かけず。

ここからはなだらかな下り基調のトレイルで、信越らしいセクション。周りの選手とそれほど変わらぬテンポで走る。細かな登り下りでリズムが変わるので飽きないし、身体にも心地よい。数十分走ってやがて単独で走りはじめた時、希望湖が近づいてきたところで、コース看板がなかなか出てこないことに不安を持ち始める。分岐らしきところでも看板がないので不安になって、立ち止まり、少し戻ろうとすると、次のランナーが来た。

「私も少し不安になったんですが、この先に明かりが見えたのであってると思いますよ」

とのこと、少し安心して再び並走。途中湖畔の分岐で少し迷うも、大きな道を進むとやがて前のランナーの明かりが見え、その先に矢印看板が見えて安心。

その先も比較的なだらかなトレイルが続く。コースが折り返して毛無山に登り、しばらく行くとエイドにつく。

A2 赤池 36km 4:31:06  

水の補給とバナナ、ポテトチップ補給など。それほど時間かけず。
ただし、水の補給を500mL2本満タンにせず、750mLくらにしてしまったのが、若干失敗。
あとで軽い水切れの要因となる。

赤池を過ぎてからは地図で見たイメージより登ったけど、やがて110kmで良く知ってる袴岳の登りになる。淡々と登ると、110kmの時の記憶よりあっさり頂上を超える。下りになって気持ちよくステップをきっていく。
100マイルは110kmより身体負荷を低く走るので、全般的に110kmの記憶より楽に走れるのだろう。
やがて林道に出て、そこからは単調な林道の下り。途中兼俣のチェックポイント通過。

CP 兼俣林道入口 5:26:26  32位

この部分は自分の身体に任せたペースで進むが結果的にはややオーバーペースだったかもしれない。途中数人の選手を抜くことになる。その先しばらく進むとやがて周りに人がいなくなった。

コースは嘗てより少し変わって、降りるルートが並行する別の林道に変わっていたが、似たような走りやすさなのであまり違いはない。やがて110kmのコースと別れてロードを進むと、壁のような階段が見える。そういえば石川さんがコース解説でコメントしてたっけ。
淡々と登り、登り終えたところで振り返ると、1名遥か下に登り始めたのが見えた。林道で抜いた選手だろう。2、3分は差がありそうだ。

山道に入って淡々と夜道一人で登る。前にも後ろにも誰もいない。前のエイドでうっかり水を満タンに補給しなかったので山中で水切れを起こした。思ったより夜も気温が下がらず、水は1時間に300mLは必要なようだ。
予定では次のエイドまで残り30分くらいのはず。下りがほとんどなので、大丈夫だろう。

案の定、月明かりが照らす道に出る。ゲレンデのようだ。バンフ手前のように、やや急な草っぱらの中の道を下っていく。なるべく丁寧に、筋肉にダメージを与えないことを念頭に下っていく。やがてエイドの明かりが見えてきた。エイドに入ると、兼俣林道で抜かした外国選手が直ぐに入ってきた。

A3 アパリゾート 55km in 7:14:32 27位  out 7:24:05 24位


最初のドロップバッグポイント。眠眠打破を1本飲んで、1本分をボトルに入れる。食料は思ったより消費してないので、必要な分だけ補充した。
ここでオリエンティアの三宅君に声をかけられる。一回り歳は違うが名古屋大で走ってたとか。結構気づかないところでオリエンティアが活躍してるのだな。
しばし会話してお互いの健闘を願って次に進む。

ここからは、広めの砂利道でなだらかに下る部分が多い。身体に任せて気持ち良く下っていく。このあたりから、空の視界が開ける部分が増えてきて、満月の月明かりに、一瞬夜明けかと勘違いすることしばしば。虫の鳴き声だけが聞こえる平和な深夜の明るい夜道。
少し後ろに一人選手がいるらしい。見通しのよい直線でライトの光を感じるが、つかず離れずか。

下りきると田んぼの中の舗装道となり、川沿いに出る。月あかりでライトがなくても走れるくらい。川沿いはやや登りの砂利道。得意ではないが、無理してもしょうがないので自分のペースで走っていく。
途中2名くらい選手に抜かれる。そのうち一人は先ほどエイドで目にした外国選手だった。意識せずマイペースマイペース。。やがて登りの舗装道。高速を超えてさらに登り70kmを過ぎると、用水路沿いの砂利道になる。そろそろ単調な登りに飽きてきた、という頃にエイドに着いた。この区間はほとんど舗装道か砂利道だった。

A4 国立妙高青少年の家 72km in 9:30:52 26位 out 9:34:03 24位

ここまで事前の予定より15分ほど早く進んでる。そろそろ10時間だけどまだ身体の動きも悪くない。今日はいいペースで行けるかもしれない。
エイドを出るとすぐに緩やかなトレイルに入る。この区間は前半山場の急登と急下降があるので身構えていたが、地図をよく見ればしばらくは緩い傾斜で少しづつ登ってくようだ。
空が薄っすら明るくなって夜明けとなってきた。今までの100マイルの経験で、夜明けは一番眠くなる時間帯。しかも急登が眠気を誘う危険ポイントだ。赤倉の急登に備えて、ボトルに入れた眠眠打破の2本目分を飲む。美味しくないが、何となく元気が出た。
周りはすっかり明るくなり、ロードの登りからいよいよスキー場の急登になる。
この風景は既視感あり。武尊Skyviewで何度も登るスキー場の風景と一緒だ。武尊のつらい経験があるので、このくらいは想定内、と感じる心の余裕があった。経験が活きる。
遥か斜面の上に、2人ほど鈍いペースで登る選手ポツポツと見えた。段々と近づいてるようだ。
スキー場の急登は緩やかな林道を挟んで断続的に続く。やがて、1人、2人と抜かす。二人とも並走して軽く声をかけると、「この登りはやばい。。」と、僕に言ってるのか独り言なのか、同じつぶやきをした。「もうちょっとですよ」と励ましで答える。

ようやく登りが終わると、容赦なく反対側の急斜面の下り。しかも舗装道だ。これは登りでパンパンの脚には辛い。悲鳴をあげる大腿二頭筋。とにかく小股で衝撃を減らすしかない。1キロほどで芝生の斜面になる。少し衝撃は緩和するが、それでも斜面は急で大腿筋の痛みは続く。広いスキー場の下りをジグザグに斜めに下って、多少なりとも脚への負担を減らす。赤倉観光ホテルを過ぎてようやく斜面がゆるくなり、ほっとする。

ここまでくれば、エイドはすぐだ、とルートマークを辿ると、道は森のトレイルに入る。ここからエイドまでは2、3kmのはずだが実はずっとシングルトラックだった。(すっかり町中に入り舗装道を走ると思っていた。)下り基調とはいえ、森の道は微妙なアップダウンが続く。急激に空腹を感じてペースダウン、途中で歩いて栄養補給する。

A5 池の平スポーツ広場 88km 12:08:12 22位

エイドには2,3人の選手がいるだけだ、だいぶ選手の密度が減ってきた。
「ラーメンどうですか?」とエイドの方に進められたので、ラーメンをお願いすることにした。
ところがまだ開店間もないらしく、なかなか出てこない。少ししびれを切らして、時間がかかるなら断ろうかと思ったところで出てきた。
このラーメンはうまかった。食べてよかった。あまりに美味しそうだったのだろう。エイ
ドの女性が「写真とりましょうか?」と声をかけてくれた。レース中写真を撮ることはないのだけど、ちょうど前のポケットに携帯が入ってたので、取り出してとってもらった。

時計を見るとエイドで10分使ってしまった。ドロップバッグのないエイドでは、予定より使い過ぎた。
慌ててエイドを後にした。

ここから110kmの合流点までは、下り基調のゆるいトレイルや舗装道を繋いでいく。途中地元の民家の私設エイドで美味しい水をもらい、元気もつけて走る。
1時間もせずに杉野沢に出た。ここで、次の黒姫で待つペーサーの妻にメッセージ。
「8時40分~50分かな」 
ここからは110kmで良く知った黒姫までの登り道。舗装道からシングルトラックへと良いペースで進む。時計も8時を過ぎて、陽の当たるところは結構暑く感じるようになった。

この区間結局誰にも会わなかった。想定時間でも早い方で8時41分に黒姫のエイドに飛び込んだ。

(その3に続く)
 

信越五岳 100miles 2019 その1 準備

前日 13日

定時を少し過ぎて無事退社。
帰宅は19時前。準備は概ね週の中頃に済ませてたので、チェックリストをみてまだ欠けてたものをカバンに入れる。
夕食を20時頃とり、景気づけのビールも飲んで9時30分頃に子供より先に就寝。

当日 14日

翌朝は4時過ぎに起床。5時25分頃に車で出発。
五反田インターから首都高と外環を繋いで関越へ。途中若干混んでる時もあったがほぼ予定通りにドライブ。途中コンビニとサービスエリアのトイレ休憩を短く入れる程度で、9時50分頃に斑尾高原の会場に到着。

10時からの装備チェックを15分ほど並んで受け、受付を終えてすぐに赤倉のホテルに向かう。途中スーパーとセブンイレブンによって最後の買い出し。

11時30分頃にホテル到着。
チェックインを済ませ、昼食(コンビニおにぎりやサンドイッチ)と装備準備。
13時頃にひと段落したので、ベッドで仮眠を15時まで取る。
結構しっかり寝た感じ。軽い食事の追加と、着替えをし、ホテルの送迎で体育館横のバス発着所まで行く。16時にバス発。

16時30分
斑尾高原ホテルに着。足のテーピングを終え、最後の補給食をとって、ドロップバックと荷物をトラックに預ける。再びバスでスタートのあるレストランハイジへ。

スタートまで1時間ちょっと。暇なので、スタート横の草っぱらに横になってのんびり待つ。かつてUTMB前の鏑木さんが、「1時間前まで徹底的にリラックスする」といってたのを何となく思い出す。

やがて日も落ちてきてあたりが暗くなる。20分前頃スタートに入ると、

「鹿島田さんですか」

と声をかけられる。あったことはないが、FBで友達になっていた同年代のトレイルランナーの方。競技ははじめて5年、100マイルは初めてとのこと。話してるうちに、何となくだけど、自分と似たバックグランドをもった選手の匂いがして、会話が心地よかった。初100マイル是非頑張って欲しい。

18時30分
お互いの健闘を祈ってスタート。
怪我はなし。体調も問題なし。体重もベストよりやや重い60.5㎏だが許容範囲。
トレーニング状態も、自分の感覚では悪くないはず。
さて、どんなレースになるか。


金曜日, 5月 10, 2019

UTMF2019 その4  リカバリー

(自分の備忘録として)

4月27日 
 フィニッシュ(17:40頃)後、天気は良かったが身体は濡れて寒さも感じたので比較的すぐにドロップバックと荷物を回収して更衣室で着替え。寒さや身体の痛み、ドロドロのウエアの始末もあって、着替えに1時間近くかかる。19時頃にようやくスーツケースをゴロゴロ引きながら徒歩20分のホテルへ。
19時30分頃チェックインしてすぐ入浴。
21時頃外出して付近で食事処を探すがファミリーレストランはどこも混雑。席の空いてるインド料理屋を見つけて一人で夕食。フィニッシュ時の胃の調子はイマイチで、食欲もまだ回復してなかったが、食べてみると胃は受け付けた。ビール2杯。
23時頃寝床に着くが、足の指、特に左足の中指人差し指あたりが紫色に腫れあがり、痛みが激しく眠れない夜を過ごす。痛み止め(ロキソニンやバファリン)を持参すべきだった。夜中にシップをはって冷やすが効果なし。明け方になって漸くうとうと眠れた。
脚の爪は黒くなってるが剥がれるまではいかない。

4月28日
 朝食後、10時近くにチェックアウト。河口湖駅からバスで新宿へ。家は14時頃着。小休止後、18時から近くでやってた小学校の同窓会に行く。結構ビールを飲んだ。ロキソニンを飲んで、就寝は23時過ぎ。トレーニングなし。

4月29日
 朝起きると顔と身体が異常に浮腫んでる。おそらく、レースと昨日の飲酒で肝臓の機能が低下してるのだろう。
 朝ジョグ5km程度。キロ7分以上でゆっくり。顔の浮腫みは夜まで続く。昼頃から会社に半日出勤。

4月30日
 朝ジョグ、8kmキロ6分台、筋肉痛はあまりない。2日くらいあまり外出せず、本など読んでゆっくりと。

5月2日
 夜行便バスで家族が休暇を過ごしている愛知へ。

5月4日
 愛知、朝ジョグ、キロ5分ペースまで回復

5月7日
 朝ジョグキロ4分台まで漸く回復




 
 

水曜日, 5月 01, 2019

UTMF2019 その3 A7山中湖からFinishまで

A7 山中湖 127K 19:45:11  87位
エイドを出るまで12分。トイレで数分を使ったが、それ以外の補給は他と変わらないはずなのに12分は休みとして多すぎる。士気が低下してる証拠だ。

エイドを出て少し走ると、左の靴の違和感をふと感じる。ソウルが地面に引っかかるような感覚だ。ソウルが剥がれかけているのか、と止まって確認するがそうではない。靴のつま先部分上面に断続的に穴が開いてきて、弱くなっており、自分の足に比べて靴底が下がってきしまってるのだ。A4のドロップバックで替えの靴は一応用意していたが、その時点では大丈夫だった。
このまま劣化すると靴が上面と下面で分離してしまうリスクもあるため、路肩に座り、テーピングテープで靴のつま先部分をぐるぐる巻きにする応急処置をしてみた。ところが、濡れているせいか、泥もついているせいか、テーピングテープと靴が着かず、歩いて10分ではずれてしまう。他に処置の方法も思いつかず、しょうがないので靴が壊れないことを祈ってそのまま進むことにした。
(結果的には靴は最後までもったので幸運だった。)

A7からA9手前の杓子山までは山岳トレイルが約5時間続く。明神山の斜面は、礫の地面に丈の高い草が生えた、やや荒涼とした風景が続く。雨も降っっておらず気温も少し上がって、見晴らしもいくらか良くなってきた。気分的にも上向いてきた。登りはつらいが、前後にいる選手とほぼ同じペースで登れてるので、前の区間に比べて少しペースを取り戻しただろうか。

登りは3人の集団で「辛いですねえ」とお互い声をかけて登っていった。登り切るとトレイルは荒地から森の中に入って、やがて走りやすい下り基調の道に入る。
下りは得意なはずなのに、残念ながら筋力もだんだん尽きてきたのか、他の二人より速く走ることはできなかった。登りはじりじり離されるので、トータルすると少しづつ遅れていく。広葉樹の静かな森の中、やがて前を行く二人は樹々に見え隠れするようになり、とうとう見えなくなる。

ここからA8までひたすら一人の旅が始まった。時々見通しの良い登りで遥か前方にさっきの選手が見え隠れするが、追いつくことはできない。一方長い登りで振り向いても後ろから選手が追ってくる来る気配はない。

レースを別にすれば、この区間、山中湖周辺特有の、広葉樹に覆われた見通しの良い静かな森が続く。鳥のさえずりも聞こえてきそうだ。穏やかになった天気も相まって、気持ちは随分と上向いた。切通し、山伏峠ではやや厳しい登りもあるが、段階的に標高を上げていくと、最後の石割山手前は比較的緩やかで美しいトレイルが続く。雨上がりの霧もあってか、神々しさも感じる森の静けさだった。鏑木さんが、新コースとしてこの区間を選んだのも良くわかるな、そんなことを考える余裕もあった。後半では一番無心に走れて、トレイルの楽しさを感じた時間帯だった。
石割山はあっさりと通過し、急な道を下るとA8が直ぐ見えた。

A8 二十曲峠 137K 23:00:54 74位

「鹿島田さん!」
エイドで声を掛けられて驚いた。久山君だ。A4-A5のロードでさっそうと抜かれて以来の再開。彼は脚がもう限界に来てるのだとという。僕はペースは少し復活していたものの、胃の気持ち悪さがそろそろまずい状況に近づいていた。お互いそれぞれ問題をかかえての終盤残り30km、お互い頑張るしかない。
それでも僕は結構楽観視してた。4年前のUTMF2015と二十曲峠の通過はほぼ同じタイム。今日はペースが上がらないとはいえ、28時間で走るチャンスはまだ残ってる。闘志はまた復活していた。

久山君と前後してエイドを出て、小さな起伏を繰り返すトレイルを進んだ。比較的得意な起伏のはずだが、少し前を進んでいる久山君の姿は、小さな起伏を一つ越えるたびに少しだけ小さくなっていく。それを何度か繰り返しているうちに、やがて彼の姿は見えなくなった。
焦るまい。自分のペースを守ることが大切だ。下りになれば違う展開もあるかもしれない。

杓子山に近づくにつれ、斜面はだんだんきつくなる。やがて鮮やかなカラーのテント群が見えてきた。杓子山の岩場を監視するスタッフが立てたものだ。これだけのスタッフが夜を徹して監視するのだから、大会運営にかかるエネルギーは想像をはるかに超える。

杓子の核心であるロープを渡した岩場に来た。ここがいよいよ後半の山場だ。一歩一歩丁寧に登る。ここでは疲労より緊張が勝る。
ふと下を見ると、今までに何度か遭遇している欧米系とアジア系の2人組選手が黙々と登ってくる姿が遥か下に見えた。

核心のロープ場を過ぎても、しばらく尾根に出るまでは岩場が続く。目前2,3m先の岩を見ながら、どう手をかけるか、どちらに脚をかけるか、目の前に集中して無心に登るしかない区間だ。一人の選手を抜く。

やがて雨がポツポツ降ってきた。やあ、また雨か、もう勘弁して欲しいな、と思う。
ところが、雨にしては背中に感じる「粒」の感覚が違う。なんだろう、もっと乾いてるような。
そのうち目前の岩に降った雨がコロコロと転がってることに気づく。雨、じゃない。

「雹だ。」

そして「雹」の量はみるみる増えて、付近の草むらや岩場に跳ね回るようになる。

寒さを急に感じたが、この岩場では何もできない。先ほど追いついてきた2組の選手も数メートル下の岩場を黙々と続いてくる。今はとにかく登るしかない。そのうちにも雹はますます激しくなってきた。そしてそのうち、雨か、雪か、良く分からなくなった。

10分ほど岩場と格闘し、ようやく尾根に近づいて、少しだけ平らになったところを見つけザックを置く。既に体中がずぶ濡れだったが、レインウエアを出して着た。それでもいくらか着た方が寒さを防げるのだ。

岩場は終わったが、杓子山に向かう尾根道はまだしばらく続く。山中湖で一度抜かれた星野ゆかり選手(7位)と、もう一人の男性選手が追い付いてきた。もうここは競っている、というよりも、お互い無事にどう対処しようか、そういう想いを共有してたと思う。激しい雨雪の中、岩と泥の斜面でお互い転倒しないように気遣って進むのが精いっぱいだ。

杓子山を過ぎ、細いトレイルに入ると、ここからが、この日のコースの一番の難所だった。一本のトレイルはずっとぬかるんでおり、斜面は容赦なく急に下っていく。僕は泥濘を得意とずっと自負してきたが、この日のコースはなすすべがなかった。ロープや木に掴まって小股で足踏みをするしかない。それでも何度も脚をとられて派手に転ぶこと数えきれない。尻はおろか両手、背中のカバン、すべてがドロドロに濡れてしまった。まったく今まで経験したことのない酷い状態だった。
終盤になって、脚をとられて転んでるところ、「大丈夫?」と声をかけられたので、振り向くと、エルワンさんだった、エルワンさんは歳も近い日本在住のフランス人選手。UTMFのレース中会うのは3度目になる。2014、2015はこちらが抜かしたが、今日は逆の状況だ。ただもう今日はそんなことはどうでもよかった。知ってる選手の顔を見てなんだか凄くうれしくなった。

「これは酷いよね」といいながら、エルワンさんは長い脚を使って僕より先に降りて行った。酷い状況でも、同じ場で苦戦している選手がいると、辛さはいくらか軽くなる。

しばらく我慢して下ると、つづら折りのトレイルに変わり、ようやく普通に走れるようになった。そこから少しづつ元気を取り戻した。エルワンさんをもう一度抜かし、自分のペースで下っていく。トレイルは砂利道、砂利道は舗装道と変わり、A9の富士吉田に向けて下っていく。

ようやく、エイドまで3kmくらいのところで、先ほど追いつかれた星野選手に再び抜かれた。
「すごいですね~」
正確には覚えてないけど、そんな言葉をかけてくれたと思う。
そういう彼女は強い雨の中でも笑顔で、この状況も楽しんでいるようにも見えた。
鏑木さんが、悪条件の時は女性が強い、といっていたが、その言葉に納得してしまう瞬間だった。そのまま彼女はスーと前に走って小さくなっていった。

A9 富士吉田 140K (26:20:00程度) (78位)
(エイドインの記録が残っていないため、他選手からの推測)

エイドについて、脚を止めると、自分の身体がかなり冷え切っているのに今更ながら気づいた。雨雪に降られた上に、泥濘で転んで下半身もびしょ濡れだった。エイドの補給よりも身体を温めることの方が先だ、と直感した。
体育館内にストーブで、泥だらけのレインウエアと手袋を乾かし、自分の身体も温めることにした。

先に杓子山で抜かれた、海外の二人組(どうやら香港とGBR)の選手が先に座って暖をとっており、ストーブの場所を詰めてくれた。さらに2人くらいが輪に加わる。皆、冷えた身体で次にどうするか悩んでいるようだ。

体育館の屋根に打ち付ける雨の音は一向に止まない。速く先に進みたい気持ちを抑えて、冷静にどうするか考えようと努めた。
この雨の中を、濡れたTシャツにレインウエア1枚で進むのは、低体温症のリスクもある。
かといって、このエイドで服が乾きくのを待つのはかなりの時間がかかるだろう。。。
行動を決めかねず、40-50分たったろうか。

そのうち、先についていた海外選手二人が、Good Luck!とエイドを後にした。
僕もそれを見て、速いうちに進もうと決心する。ただ、この天気の状況で、今までと同じウエアで進むのは危険だ。
考えたあげく、濡れた短パンを脱いで、まだ使ってない長ズボンとレインウエアの下を重ね着する。上はTシャツはそのままに、その上に、持っていたダウンジャケットを着、さらにレインウエアを着た。頭にはフリースの帽子にレインウエアのフードをかぶせた。

正直走れる恰好ではないが、保温はかなり効いている。この格好で歩いてでも進むのが良いだろう。

出発前にトイレにいった。すると個室内から、どこからか、役員の声が聞こえた。

「杓子山の積雪でレース中止だって」

瞬間的に嫌な予感がした。レースが中止になるかもしれない。
慌てて個室から出ると、すぐに計時ラインを超えて、山に向かった。役員は、「がんばってください」と声をかけてくれた。結果的にこの時の判断は正しかった。僕がエイドを出て間もなく、打ち切りが決まった。

最後の山、霧山は標高差600mの登り、元々走れる傾斜ではないので、雨に打たれながら一歩一歩登っていく。ペースはゆっくりだが、後ろから追ってくる選手の気配はない。
エイドを慌てて出たので、補給を十分にしていなかった。残ったコーラを少しづつ飲んだが、それでは足りず、霧山の中腹でハンガーノック気味になった。胃の調子は悪く、げっぷを繰り返していたが、残っていたジェルを押し込んだ。残りの霧山を登るくらいのエネルギーにはなるはずだ。
気が付くと雨は止んでいる。気温も少しであるが上がってるようだ。エネルギー補給で少しペースをあげると汗もかいてきたので、レインウエアの下に着ていたダウンを脱いでカバンにしまいこんだ。

霧山頂上に登る頃には、体もだいぶ良く動くようになった。下りに切り替わると、普通に走るペースに戻すことができた。時計を見ると28時間45分。1時間でゴールすれば、まだ29時間台はいける。段々闘志が戻ってきてペースもあがってきた。途中レインウエアも脱いでTシャツ姿になった。

下りの急斜面はそれほどぬかるんでなく、意外とあっさり市街地まで来た。軽い登り返しを超えて階段を降りるとスタッフの応援が聞こえる。その応援から自分のすぐ前に選手がいることも分かった。俄かに元気が湧いてくる。湖畔まで下りたところで前の選手に追いついた。無意識のうちにお互い握手をして走り始めた。僕の方が余力はあるようなので、そのまま彼をおいて、自分のペースで走り続けた。

すっかり天気は回復し、サクラも咲く河口湖畔は、観光客でごった返し、散歩するカップルやよちよち歩く子供で、走るコースを見つけるのも苦労するくらいだった。つい1時間前まで厳しい自然と対峙していたことが嘘のような、平和な風景だ。

ふと観光客が皆対岸に向けて写真をとってるのに気づいた。
その方向を見ると、今までかくれてばかりいた富士が、その雄大な緑の裾野とともに姿を現していたのだ。頂上は少し雲に隠れていたものの、その威容は言葉にならないくらい素晴らしかった。河口湖から、こんなに素晴らしい富士が眺められることを初めて知った。

河口湖大橋を渡る間も素晴らしい富士はそのままだった。最後の最後にこれ以上ない姿で出迎えてくれた富士に感謝したい気持ちになった。

河口湖大橋の階段を降り、公園をぐるりと回るとフィニッシュあっけないくらい、すぐ目の前に現れた。

Finish 165K 29:39:42 89位


ゴールでは鏑木さんが笑顔で出迎えてくれた。
インタビューで
「鹿島田さんはこういう天気得意でしょう?」
鏑木さん流の優しい弄りだった。かつて若い頃オリエンテーリングに挑戦してくれたことのある鏑木さんは、オリエンティアの不整地、倒木や泥濘のある場所を走る技術を評価してくれていたのだ。今日のレースの困難をすっかり忘れて、「雨も泥濘も大好きです」と答えてしまった。
いや、今日に限れば、自分にはもっと対処すべき点、反省点があったのに。

A9エイドは僕の後1名で打ち切りになったらしい。途中一人抜いたので、僕はフィニッシュまで来た選手の中で後ろから3番目だった。本当に幸運だった。


2013年 30時間
2014年 28時間24分
2015年 27時間58分
2019年 29時間39分

毎年出るたびにタイムが向上したUTMFだが、今年はタイムを上げることはできなかった。しかし、この気象条件の中で走り切れたことは、別の点で大きな成果だったと評価したい。
もちろん、順位は2014,2015よりだいぶ落ちており、この悪天候でもペースを落とさず走っている選手は多いことを肝に命じたい。次回に向けて装備や服装の点で、改善できる点はあるだろう。
例えば、
・低温時にも筋肉を冷やさないためには短パンよりもハーフタイツを使う
・レインウエアを、よりタイミング良く来て脱ぐためのパッキング
・胃のトラブルに対処するための、バリエーションつけた食料
などだろうか。


今回のレースで一番強く感じたことは、UTMFの運営が、現場で関わってるボランティアの皆さんの努力の上に築かれている、という当たり前のことだった。12時頃の雪の降りはじめからレース中止判断が15時、そこから各エイドからの選手輸送、成績への対応、相当の運営上の対処が必要だったのではないか。こうした事態をある程度想定して準備もされていたのだろうが、いつどこで天候が変わる分からない中で、適切な対処をできる運営は、僕らの想像以上の準備がなされているに違いない。
中止となった翌日、中央高速から眺めた
杓子山。尾根は雪がかぶっている
またコース上の安全管理の誘導員の数も、165Kのコースと丸二日という時間を考えると、何百人単位で収まるか、という数のボランティアの方の協力があってこそとなる。
月並みながら、運営側の皆さまの準備を想像すると、参加者としては走らせてもらえるだけ幸せな大会、と感じるばかりである。

今は走る側として参加させてもらっているが、いつかは自分も、大会を支える側のボランティアに加わりたいと思う。

運営の方々本当にありがとうございました。








UTMF2019 その2 StartからA7まで

Start 0K 12:00

前回出場した2015と同じように雨と霧の中のスタート。スタートゲートまでは10秒くらいでストレスはほとんどなし。

はじめの16kmはロード。2キロほど緩やかに登った後はほとんど下り基調。右ひざの痛みの様子を見ながら走る。心拍は135-140付近で、いつものスタートよりゆっくり目だろうか。5キロくらいのところで、許田君に会う。
初めて走る彼に、

「こんなペースですか?」

と聞かれた。

「うーん、こんなものかな。毎年よりちょっとだけ遅いかも」

と答えた。彼も「そんなもんなんですね」と少し安心したようだ。このレースは(渋滞にはまらない限り)焦ってもしょうがない。その後、人の流れに乗って走るうちに自然と彼とは別れた。それを最後に彼にレース中会うことはなかった。

粟倉 Wエイド 16K 1:28:21 241位
ここは素通り。粟倉まではマラソン大会のようにロードを人混みの中走る感じだったが、ここからシングルトレイル基調に変わり、人の列も一列の筋に変わる。平坦なトレイルに時々切れ込んだ沢で急な下りと登りが現れる。まだまだ人が多いので、急な下りでは、渋滞までいかないものの、詰まってスピードが落ちる。
自分のペースより遅い状態が続くが、ここは焦らず周りのペースに合わせて進むことにした。

富士宮 A1 23K 2:14:50 227位
予定より少し早く到着する。もっとも予定が少し遅すぎたろうか。
次の区間は4時間以上補給がないので、補給に抜かりないように。2つの500mLのボトルを満水にし、予備の300mLのボトルも満たしてエイドを出る。300mLのボトルはこの区間専用に用意したもので、手に持ったまま走る。
富士宮の市街地を抜け、緩やかな登りのトレイルからいよいよ前半の山場、急登600mがはじまる。
そうはいってもまだ序盤で走り始めて3時間程度、それほど辛くはない。心拍を150程度までにキープして淡々と登る。
稜線の天子ヶ岳(1330m)に登り切ったところで4時間程度。ここからアップダウンを繰り返しつつ高度を上げて熊森山(1574m)まで登る。途中、コース監視だろうか、田中正人さんと山田君とすれ違い、声をかけてくれた。
スタート時から降っている雨は止む気配もないが、走ってるのでTシャツ短パンで寒さは感じない。
稜線は1時間半ほどで終わり熊森山に着くと、そこから急斜面を下る。このパートは激しいぬかるみ道になっていた。滑りやすい下りは得意なのでこのパートで多くの選手を抜かした。それほど長くもなく15分くらいで林道に出る。ここからは舗装道を下り10kmくらいでエイド。あまりスピードをあげて大腿筋を傷めない様に注意しながら走る。比較的良いリズムで走れてた区間。

下り切って平坦になったあたりで、一人の選手に追いつかれた。外国の選手である。少し並走したので自然と会話が生まれる、フランスから来た選手らしい。

「フランスは良いレースがたくさんあるでしょ」
と聞くと、
「イエス、でも日本のトレイルも素晴らしい。東京の観光もとてもエキサイティングだよ」
とのこと。リップサービスのところもあるだろうが、欧米人からすると、僕らにとって見慣れた里山トレイルの風景も、異国情緒ある刺激的なコースなのかもしれない。
話がひとしきりでひと段落したところで、
「Keep your pace」
彼の方が良いペースなのは明らかなので、先に行ってもらった。

エイドにつく2,3km手前でトレイルに入ったところで、暗くなったのでハンドライトを点ける。そこから10分程度でエイドについた。

A2 麓 51K 6:40:57 153位

前のエイドから少し距離があったので、ここで食料は少し多めに補給。3分くらいでエイドを出る。
相変わらず止まない雨の中、走り出すとちょうど6,7人の集団に吸い込まれた。平らな森や草原の中を一列に走る。集団のペースは、自分にとって平地だとややきついが、登りや下りのペース変化で追いつく、といった塩梅。そのペースを利用して1時間ほど走る。竜ヶ岳への登りになると、ペースが変化し、集団は割れていく。自分は無理せず後ろの集団で登っていくことにした。
竜ヶ岳に登っても富士山はまったく見えず、頂上は雨が吹き荒れてる状態。2013の時は確か見事な富士が見えたっけ。景色を楽しむこともなくすぐに下っていく。
急斜面のジグザクの登山道に入ると、濡れた路面でテクニカルな下りになっていた。自然とペースは周りより速くなり、前の人を一人一人抜いていく。時々抜かれまい、と頑張る人もいるが、そこは無理せず着いていき、相手が一息入れるタイミングで抜いていく。20分ほど続く斜面で10人くらいは抜いただろうか。
下り切ると、そこからはロード3kmくらいでエイド。ここでは逆に1,2名抜き返された。これが僕のいつものペース。起伏のあるトレイルや下りで抜かして、登りや平たんなロードで抜かれる。

A3 本栖湖 66K 9:10:13 105位
エイドで直ぐに、スタッフの山田君が声をかけてくれた。あれ?天子が岳山系の尾根で会ったのに?スタッフも移動で大忙しなんだな。
このあたりは一番身体もメンタルも調子が良い時だったと思う。補給も2分程度で直ぐにエイドを出た。
次の区間は100%トレイルで、起伏の具合も好きなところ。いつものパターンでエイド後の登りで1,2人抜かれたが、その後の尾根道はリズム良く走ることができたと思う。何故か人と並走することがほとんどなかった。烏帽子岳の下りでまた何人か抜いたけど、それ以外はずっと自分のライトだけで走った。

A4 精進湖 78K 11:20:33 91位
相変わらず雨が降っている。ドロップバッグを受け取って、まずは腰をを探すとこれがあまり広くない。そして想定外に、防雨のテントはどうやらなさそうだ。とりあえず道路わきの縁石の上に座る、と暗くて分からなかったが雨水がたまってて、短パンがべちゃっと濡れて冷っとした。
しまった、と思ったが、もう濡れてしまったからしかたない。そのままそこに腰を下ろしてドロップバッグを開ける。用意したTo Do Listを上から見ていく。
①食料入れ替え、②GPS時計の充電、③アミノバイタル補給、④後半地図の入れ替え、⑤眠眠打破ピックアップ
⑥Tシャツの交換と、⑦靴交換は不要と判断してそのままにした。
エイドで暖かいスープをもらって出発。ピットイン時間は11分。毎年とほぼ同じだ。

走り出すと筋肉が冷えてすごく重たい。これは毎年ドロップバッグのあるエイド後に遭遇する想定内のこと。10分も休むと夜間の冷えた空気と雨で、筋肉は冷たくなってしまうのだ。出だしのペースは遅いのはしょうがない。
ここからは少し平坦なトレイルを回ったあと、しばらく退屈なロードの登りが続く。とにかく遅くても歩かないことを目標にひたひたと走る。

ロードに出てすぐに女子の高島選手(女子6位)にさっと抜かれる。とうていついていけないペース。自分のロードの遅さを、しみじみ感じるがここで無理してもしょうがない。
その後も何人かに抜かれる。景色の変わらない退屈なロードは、時間の進みが極端に遅く感じる。
ようやく、そろそろ終盤という頃に、後ろから「鹿島田さんだ!」という元気な声が聞こえた。振り向く間もなく、すっと横を通り過ぎたのは、久山君だった。大学の後輩で、数年前信越で初めて会い、それ以来ロングトレイルでは近い実力のライバル関係にある。今年初めて同じUTMFを走っていた。
「いいペースだね!」
「お互い頑張りっましょう!」
と声をかけ終わるころには、彼はもうするする10mも20mも先を走っていた。

自分のロードの遅さに腹立たしくなってきたが、ここで無理しても速く進めるわけじゃない。後半でまだ二転三転あるさ、焦らず行こう。

エイドを出て1時間近くしてようやく足和田山に登るトレイルに移る。
さあ、ここからペースを取り戻してしっかり登ろう、と思うが何故かペースが上がらず、返ってペースが鈍っていく。
ここで、エイドを出て1時間以上エネルギー補給をしておらず、ハンガーノックを起こしかけてることに気づいた。慌ててドライフルーツや、Power Barを補給する。
少し前から、胃がもたれるてきたのだが、その影響でエネルギー切れを起こしても空腹を感じなくなっている。それが補給のタイミングが遅れた要因だった。これ以降は空腹に関係なく早めのエネルギー補給を心掛けなければいけない。
補給してから10-20分たってようやく血糖値が上がるのを感じ、心拍もあがってきた。足和田山の下りに切り替わる頃には元気になった。

A5 勝山 78K 14:17:28 85位

前の区間で若干ハンガーノック気味にはなったけど、まだレースへの気力は十分ある。エイドの休憩は3分程度で次に向かう。
ここからは、1月前に試走したのでコースイメージが良くできてる。当面はまた苦手のロードだ、焦らず行こう。
この区間でも数人に抜かれただろうか。寒さもあるのだろうか、筋肉がいつも以上に固い感じがする。足の運び方や筋肉の使い方を走りながらいろいろ工夫してみるが、ペースは大きくは変わらない。
途中浅間神社でトイレに入った後、雨が再び強くなりバシャバシャと降ってきた。さすがに夜の気温低下に加えて厳しいコンディションになってきた。
車が激しく水を跳ねて走り去る国道脇の歩道を、とぼとぼとひたすら走る。我慢の時間帯だ。信号で誘導をしているスタッフが、「厳しいですね」と小さな声で気遣うように声をかけてくれた。それだけ僕が、険しい顔をしていたのかもしれない。
雨から逃れるためにも早く森に入りたい。ようやく忍野に向かう尾根への登り口まできた。
そこで追いついてきた選手が
「この雨はつらいっすね」
と話しかけてきた。
「もういい加減止んでくれないですかね」
「もうすぐ夜明けかな?」
「忍野に着くころには明るくなりますね」
そんな会話をし、取り止めもなく励ましあう。そんな場面が一番UTMFらしいといえるかもしれない。
その後二人とも無言になって、それぞれのペースで進むと、僕の方が少し余力があるのか、少しづつ先を行きはじめた。
忍野に向かう山越えの登りになるころ、空は白けてきた。と同時に雨も小降りになってきた。悪い時ばかりが続くもんじゃない。
気づくと数人の無言の集団が後ろに見え、追いつかれ、抜かれた。自分のペースが悪いわけじゃない。自分のペースを守って淡々と進む。やがて尾根から下るトレイルが現れ、快適な下りトレイルを数分行くと集落が見え、直ぐに忍野のエイドについた。

A6  忍野 114K 17:25:28 82位

着く前にエイドを「如何に無駄なく早く出れるか?」と考えてるうちは闘志があり、レースを競ってるといえるだろう。しかし、「いくばくかでも休めるか」と考えはじめると、士気が低下したサインでレースといえるか怪しくなる。

このエイドから、この「少し休もうか」という気持ちが出始めた。特別な理由なく休憩に8分以上かかってる。
雨も止んで空も明るくなっているが、気温はまだ低かった。ここから数キロ平たんな畑のなかの道をまわり、そこから山に登る。比較的楽に感じてよいパートだが、体の動きが悪く平地すら走るのがつらく感じた。多分筋肉が冷えて動かないのだろう。
平らな区間は4キロ程度、おそらく10人近くに抜かれた。スピードもキロ8分近く落ちてたのではないか。
登りになってもペースはあまり変わらなかった。大平山に向けた登りでもまた何人かの選手に抜かれた。エネルギー不足でもないが心拍も110を切る。ペース自体が落ちてきた。
淡々と進むしかない。やがて尾根を下るトレイルに入り、山中湖に向けて下っていく。湖畔に出ると観光地らしく、のんびり歩く家族やカップルがたくさんいる。最後のロードで、また一人二人抜かれた。信越で良く活躍する西城さんと、女子の星野さんだった。

UTMF2019 その1 準備と結果

【トレーニングとコンディション】
11月 315km 32時間 (Trail 53km  7:40 )
12月 406km 41時間 (Trail 85km  10:50)
 1月 361km 33時間 (Trail 41km 4:00)
 2月 325km 30時間 (Trail 38km 4:50)
 3月 369km 40時間 (Trail 109km 16:00)
 4月 245km 28時間 (Trail 34km 6:00) (25日まで)

2年連続の落選で落ち込んだのが11月。2次抽選を期待せず、阿蘇120kmに申し込んで切り替え、冬もトレーニングを継続したが、やはり100mマイルとはモチベーションが違う。
すっかりUTMFのことは頭から消えた後に2次抽選で当選したのが2月中旬。
大会まで2か月と10日しかない。できることは限られるけど、やはり100マイル を走るには長距離のトレイル練習が足りない。
3月中は海外出張が2度あり、どうしても出発日や帰国日が週末になり、まとまった練習をする日が確保できない。2度ほど、2時間程度のトレイルに出かけた他、3月末になんとか丸一日を確保し、早朝から夜にかけて後半のA5勝山〜フィニッシュを試走した。

ここで未体験のA5-A6の長いロードや、A7-A8の手ごわいアップダウンのあるトレイルを体感。前半は過去の大会で経験してるので、コース全体のイメージはできた。

想定外だったのは、試走後に4月に入って右膝の今までにない部位に痛みが出たこと。トレーニング負荷を減らすことに。時間の経過とともに、痛みは和らぐが完治しない。様子を見ながら前々週にトレイル34km、前の週にロードレース10kmを39分、いずれもだましだまし走ることはできた。負荷の低いUTMFは何とかなるだろうと自分を納得させる。

体重管理はカーボローディング前で60㎏ちょうどくらい。ここのところ失敗が多い中ではうまくいった方か。

【結果】
29時間39分42秒 全体89位 男子81位(速報)

UTMF2013 30時間
UTMF2014 28時間24分
UTMF2015 27時間58分
UTMF2019 29時間39分

【荷物】
2013の時からずっとグレゴリの8Lザックを使っていたが、ようやく今主流のベスト型でボトルを胸にセットするタイプのザックを購入した。Ultimate Directionのマウンテンベスト4.0、付け心地が良く、全体に良く作り込まれたザックと思う。ただUTMF用としては容量がかなりギリギリで、今回も荷物のパッキングに少し苦労した。

食料
①トレイルミックス(ドライフルーツとナッツ)とドライフルーツ7袋(200kcal/袋程度)
②Power Bar 2本(199kcal/本)
③Carbo Shoz 3本(116kcal/本)
④粉飴 4本(100kcal/本)
⑤アミノバイタルゼリ 1本(100/本)
⑥眠眠打破×2本 

残したものは①を2袋。中盤から胃の調子が悪くなり、食欲が減退。その中で食べやすかったのは、おにぎりやうどん(エイド供給)、バナナ、Powar Bar、クリームパン、ジェル類、トレイルミックスの順。口に入れれば食べられなくはないが、食欲が減退してるため、補給のタイミングが遅れてペースダウンする場面がA4以降しばしば見られた。コーラは全般的に受け付けたので、コーラのエネルギーに大分助けられた。
次回は、Powar Barなどの固形物をもう少し増やし、逆にトレイルミックスは少なくしよう。
眠眠打破は、小さなフラスクに入れ、明け方5時頃と8時頃に飲んだ。今年は眠眠打破が凄く効いた、という実感もなかったが、明け方以降眠気でスピードダウンはしてないので、効果はあったのかと思う。

ウエア
①ミドルウエア:モンベルのダウンジャケット(15年くらい前に購入)
②レインウエア:ノースフェイスの軽量なもの
③ウインドブレーカ:ノースフェイス(規定にないもの)
④Tシャツ:UTMF2014参加商品
⑤短パン:ノースフェイス股下3インチ
⑥下着(上):finetrack
⑦アームウォーマー:CWX
⑧カーフスリーブ:CEP
⑨手袋:のびる手袋
⑩防止:フリース地の無名品

水分
500mLソフトボトルx2、300mLソフトボトルx1
ほとんど1Lあれば十分と考えたが、A1-A2のみ4時間以上に及ぶので1.3L持参。ところがずっと雨で気温も上がらなかったため、実際は800mL程度しか飲まなかった。その後もエイド間は多くて500mL程度しか補給していない。300mLボトルはデポジットで置いていった。

【直前の準備】
1週間前の金曜日に葛西ナイトマラソンで10kを走る、39:02。自分の今の想定タイムより1:30-2:00くらい遅いが、膝の調子を見ながらの参加で心拍を180まで上げられたので十分合格点。これを最後のポイント練習とする。
その日は、ラン仲間と外食+ビールで打ち上げたが、その日を最後に外食は控えた。
前の週は仕事の忙しい状況もあったけど、9時には帰宅、11時前には寝るようにし、前3日は7時間程度の睡眠は確保できた。

前日は定時退社後に荷物をもって新幹線で三島へ、送迎バスで時之栖栖に到着
装備チェックを受けてチェックインしたのが20時15分頃。
入浴後、レースの準備を少して、地ビール350mLを一本飲んだ後に22時15分頃就寝。


朝は6時過ぎにゆっくり起きて7時から朝食。8時30分のバスで会場(こどもの国)へ。
9時過ぎ会場に着くと雨が降り止まない。受付後、混雑している更衣室テント内になんとかスペースを確保。荷物整理やテーピングなど準備を進める。
10時半頃、雨も止んだので外に出て荷物を預け、トイレの列に並ぶ。
並び始めたのはたしか11時過ぎ、十分時間あると思っていたがトイレの列が非常に長く、結局済ませたのは11時40分のスタート20分前。これは想定外。早めに並んでおいてよかった。
慌ててゲート近くに進んでスタートを待つ。









土曜日, 10月 13, 2018

武尊山スカイビュートレイル2018 120K その3 レース後半

A5 オグナほたかスキー場 12:19:17  17位

ここで14分のゲイン。今の区間は単純にペースがおちてゲインが減った。
恒例の「To Do List」を見ながら、食料の詰め替え、アミノバイタル補給、眠眠打破補給をする。暖かいそば(ラーメンだったかもしれない)を食べ、昨年と同じ約8分でエイドを出る。

山に取りついて森に入ると急に暗くなる。前のエイドでヘッドライトを用意し忘れ、まだカバンの奥底にあることに気づいた。まだぼんやり明るいので、次のエイドまでは手持ちライトでいけると判断し、ヘッドライトはそのままにした。

やがて53あたりから道は沢沿いの快適な下りトレイルとなる。この区間は、この大会でも最も好きな区間の一つである。リズム良く緩やかな下りトレイルを走って気分も乗ってくるところだ。
やがて舗装道に出て、49の分岐から林道を登り返していく。体力的な辛さはまだ感じず登りを2/3走って1/3歩くを繰り返す。昨年はもう少しつらい記憶があったので、今年はきっと悪くないペースだ。

A6 赤倉林道分岐 13:40:57 14位

ここで19分のゲイン。いっきに5分タイムが縮まった。よし、いいペースだ。
その分少し焦ってたのかもしれない。この日3つ目の想定外が発生する。

エイドで食料補給や水分をとって、走り出し、エイドの光が届かないところまできて、ヘッドランプをザックから取り出すことを忘れていたのに気づく。慌ててカバンを開けて探そうとするが、暗くて見えない。ここで手持ちライトがないのに気づく。エイドに戻り、給水の時に荷物を置いた付近を見回す。ない。無意識にカバンにしまったのかと中身を全部出して探す。ない。エイドを出る時に走りながら落としたのかも、、、ない。

なぜか手持ちライトがない。時間はどんどん経過する。。。
ここで色々な考えが頭をめぐり、一つのかけに出た。このまま探すのに時間をかけるのか、それとも残りのレースをヘッドランプのみで走るのか。

その時は1分1秒が惜しい心理に駆られていた。結局、手持ちライトを諦めてヘッドランプだけで残りのレースを走ることに決めた。
この間ロスタイムは4分程度である。

結果的に正しい選択だったろうか。いや、冷静に判断してもっと時間をかけて探すべきだったと思う。皮肉なことに、それはレース最後のアクシデントで明らかになってしまう。


その先はずっと10キロほど林道。はじめ下って、後半は緩やかに登る。昨年は38の登り始めからペースが鈍り何人か選手に抜かはじめたポイントである。
今年の方が少し元気に感じる。登りも走れる割合は高かったと思うが、それでも林道の終点35付近で後ろから近付いてきたライトにあっさり抜かれた。その選手の登りは全然おっかける気がしなかった。山道に入ってライトはどんど斜面の上に離れていき、やがて闇の中に見えなくなった。

自分は登りのペースは遅いので焦らず登ることにする。それでもまた眼下に後続の光が見えるのではないか、とついつい振り向く回数が増える。疲労が蓄積してきたのか、少し気持ちの面で弱くなってきた証拠である。

登りがようやく終わり、山の斜面を下るコースとなる。まだ大腿二頭筋は大丈夫なようで比較的自分のリズムでステップをきって下ることが出来る。
やがて32あたりで、先ほど登りで抜いた選手を抜き返した。下りは苦手らしい。一人で淡々と林道とロードを快適にペースをあげてエイドに向かった。


W3 樹恵里前 15:59:56 14位

ここで19分のゲイン。前エイドのロスを思うとペースは悪くない。昨年はこのあたりから胃腸の調子を崩したが、今年はまだ大丈夫そうだ。ただ胃を刺激しないように、なるべく飲料やゼリーで栄養分を補給し固形物は減らすようにする。

ここからのだらだら登りはさすがにもう走れなかった。歩くしかないので辛くはない。淡々と脚を前に出して進むのみ。先ほど抜いた選手に再び抜かれるだろうか、何度か後ろを振り返るがライトが見える気配はない。真っ暗闇な林道を一人でひたすら登るだけ。

頂上までは、この日最後の急斜面、と自分に言い聞かせて登った。(A7後の山はだらだら登りだけなので) そしてとうとう26過ぎの頂上を超えると今度は急な下りの連続である。このパートの下りは容赦ない急斜面で、昨年の記憶は辛いことしかなかった。ところが今年は脚の筋力が辛うじて残ってる。リズムを保って下ることができた。

ところがここでまたまた第4の想定外。

再びコースロストである。

25付近か。つづら折りの急斜面からなだらかな巻道に入ると、しばらくしてマークがないことに気づいた。慌てて戻ると、つづら折りで下りの分岐で矢印の看板を見過ごしたのだ。多少霧もあったが、手持ちのライトがなく、ヘッドライトで限られた視野しか見てなかったことも災いしたか。
ここのコースロストは4分くらいである。

本日2度目のロストで少し気分が落ち込むが、幸いその間に抜かれた気配は感じない。エイドまでは残り2,3kだった。

A7 太郎大日堂 17:14:08 14位

ここで18分ゲイン。下りのロストの4分を考慮すればペースは昨年よりかまだ速い。昨年はここから失速したので、このまま崩れなければ21時間の目標は達成できるだろう。

エイドは前にも後にも一人。
エイドで声をかけてくれたボランティアの青年は、TRIMTEXのウエアを着ていた。「めずらしいですね」と聞くと、最近は結構人気ですよ、と教えてくれた。その方はリカちゃんのこともしっていた。

「田島さんとは若い頃一緒によく森を走ってたんです」

彼女と知り合いだと、色々なところで繋がりを見つけることができる。TRIMTEXも彼女が大いに広げてくれたのかな。

直前にロストしてるので、それをリカバリーしたい気持ちもあった。会話を早々に切り上げて、4分弱でエイドを後にする。足はまだ元気に動くので前に早く進みたい気持ちもあった。

ここからは延々と林道のだらだら登りになる。走るか歩くか微妙な傾斜だが、足の筋力がもう残ってなく殆ど歩いたと思う。歩くとあまり身体に負担もかからないので、少し間延びした時間帯になる。

そのうち、W4まで半分以上過ぎた頃か、後ろから遠くにチラチラライトが見えてきた。つづら折りを折り返す毎に少しづつ距離が縮まるのが分かる。W4までは何とか抜かれない様に頑張ろう、と時計を見ながら少し気合を入れなおして歩くスピードを速める。

W4 浅松山 18:05:57

後続のライトの追いつかれる直前にW4についた。
ここでは時計を見なかったが、あとで確認すると昨年より22分速い。

追いついた選手は、今までレース中会ったことのない選手だった。おそらく後半にペースをあげて順位をあげてるのだろう。「登り速いですね」というと、「えっそうですか?」と少し驚いていた。

エイドには水しかなかったので、持参したポカリスエットの粉末を入れる。後半の胃の不調を予想してエネルギーをとれる飲み物にした。

もう一人の選手は早々にエイドを出ていった。ほどなく僕も出て前のライトを追って登っていくが、ペースが相当違うのかライトはみるみる小さくなっていく。
この区間、林道はずっと工事中で作業用のコーンが反射板のようにチカチカあちこちで光ってる。ところがレース用のマークは見当たらないことに気づく。一本道だし前の選手もどんどん登っているし、昨年の記憶でも林道はW4よりしばらく続いていたので、あまり深く考えずにそんまま林道を登っていく。

暫く、まったくひどい泥濘の道だった。やがて泥濘から抜けて林道の工事も終わり、山の中の細い道になっていく。ところがマークがあいかわらず見当たらない。思い返せばエイドから一度も見ていない。暗闇の中左右の木を一本一本注意深く照らして反射板やマーキングを探すけど見当たらない。

今日は既に2回コースロストをしていたので、少し自分に自信を無くしてたのだろう。

思い返してみると、W4からずっと一本道の林道を登ってきたつもりだが、実はどこかで分岐があったり、あるいは林道からはずれて山に入る矢印を見落としていたのではないか。いや、そもそもW4の出だしの方向を間違えたとも限らない。
暗闇の中でポツンと立ち止まり、そういうミスの可能性に可能性をめぐらせはじめた。そして、急激に自信がなくなってきた。

「戻ろう」

そう決めて、今きた泥濘の道を下りはじめる。時々振り返りながら分岐や矢印の看板がないか確かめながら。しかしどこにも看板も分岐もマークもない。いくつものつづら折りを曲がってどんどん下っていく。とうとうW4が見えるくらいの位置まで戻ってきた。そこで一人後続の選手が登ってきた。

声をかけると、W3の手前で抜き返した選手だった。
「この先工事中なのですが、ずっとマークがないんです。」

そう話すと

「でもエイドからこの方向しかないし、しばらく林道のはずですよ」
ここまで戻って確かに分岐がないということは、やはり間違ってなかったのか。
狐につままれたような気分になったけど、彼はそのまま登っていくので、自分も一度登って降りてきた道をもう一度行くことにした。

「しばらく酷い泥濘なんですよ」
「でも足跡はありますね」

またしばらく登ると見覚えのある林道の終点にきて山道に変わっていく。

「さっきこの辺りまではきたんですよ」

そういいなかがら暫く進む。
やっぱりないかな、、不安が過る。でも、二人でいる分いくらか先ほどより冷静である。

「あ、あれじゃないですか」

相手の選手のライトは相当に明るくて、だいぶ先の木にぶら下がる白いものを明るく照らした。確かにマーキングだ。

「そうか!さっきもう100m先にいけばよかったんだ!」

ホッとした気分と同時に、なんだよ、マーキングをもっとつけるとか、せめて工事区間はマーキングをつけないので注意、とブリーフィングで伝えるとか、してほしかったな、と少し怒りが込み上げてきた。

これが第5の想定外の顛末。結局17から16付近にいって、一度17に戻り、また16にに行ったことになる。どのくらいロスしたろうか。感覚的には15分から20分くらいかな、とにくかこれで21時間は無理になった。。。でも昨年のタイムを更新するチャンスはまだあるはず、、、と色々ぐるぐる頭に回りながら、少しづつ自分を落ち着かせる。

一緒に登ってる選手とは少し会話しながら進んだけど、やがて少しづつ僕の方が先行して、一人で走り始める。

すると第6、この日最後の想定外の前兆が現れた。
浅松山付近の14あたりだろうか。一人で平らなトレイルを走ってる時に、ふっと、ヘッドライトが消えた。
ヘッドライトしかなかったので、真っ暗になる。慌てて歩を止めた。電池切れか。
まずカバンから予備の電池を探す。幸い月明かりがあるので作業は辛うじてできた。がさがさしているうちに、先ほどの選手に抜かれる。
電池交換しようとおもったが電源ボタンを押すとライトはついた。どうも接触不良だっとようだ。なんだ、とザックにまた荷物を戻して走り始める。

暫く走って、どのくらい走ったろうか。またふっとライトが消えた。慌てて止まって電源ボタンを付けると、すぐについた。またしばらく走るとまた消える。ボタンを押すとつく。。。。何度となく繰り返す。その間隔は徐々に短くなっているようだった。

13,12,11,10あたりは、比較的細かいなだらかな起伏のシングルトラックを進むコースで、足場も悪くない。夜なので景色は分からないが、走りやすくて良いトレイルだと思う。
ただ、ライトがたまに消えてしまうのには困った。

変なことに気づいたが、意外と人間は突然ライトが消えても、直前の残像で2,3歩先までは進めるものだ。消えた時に電源ボタンを直ぐに押せば、それほどロスにならずに走り続けることはできる。下りは少し慎重にはなったが、そのうちライトが消えても焦ることなく走り続けられるようになった。

それよりも完全に消えてしまったらどうしよう?そうしたら70Kの選手についていくか、スマホのライトしかないな、、、。

途中、先ほどの選手にまた追いついた。
脚の筋肉が限界にきており、下りが走れないらしい。少し声をかけて先に行かせてもらった。
それ以外にも何人もの70Kの選手を抜く。皆脚が限界まで来てるのだろうか、登りよりも下りで苦戦している選手が多いように感じた。
「頑張りましょう!」
なるべく声をかけて抜いていく。

こちらは、走るリズムも上がらないけど、失速もしていないい。そろそろいいかげんこのトレイルも飽きてきたな、と思う頃に、W5のある尾根に乗り、遠目にぼんやりエイドの明かりが見えてきた。

W5 雨乞山 20:37:11

ここでも時計はもう見なかったが、後で見ると昨年からのゲインは13分に落ちていた。15分以上ロスしたことを考えると、ペースはあがってはいるのだが。

最後のエイドはメダリストがあったので、美味しく頂いた。エイドの方の「元気出してください」という言葉にも勇気づけら、気持ち的に元気になる。さあ、残りはあと5km!

ちょっと登り返してから最後の難所、5付近の急斜面の下りになる。ここは、あまりにも急なので、パチンコ玉のように左右の樹々に掴まってスピードを殺しながら下らなければならない。
ところがここに来てライトが頻繁に消えるようになっており、ほとんど1分に1回消えてしまう。ボタンを押すと復活はするが、急斜面を手足を使って降りる場面では、さすがに怖くてペースを落とさずにはいられなかった。

なんとか、難所を超えて下り道は緩くなり、沢沿いのガレ道になる。ここではもうライトは30秒に一回は消えた。逆にもうほぼ定期的に消えるので、消えてつけるのが一つのリズムになって、ペースには大きな影響なく走り続けた。
2付近で集落に入り、裏山のようなトレイルを超えて、あぜ道を抜けるといよいよあと1kmである。大きな橋も見えてきた。
昨年はこの光景に感動したっけ。あの橋を渡ればフィニッシュにつく。
そしてとうとう橋を渡る。レースがもう終わってしまうんだ、という寂しさに急に襲われた。


フィニッシュ 21:25:19 15位 総合17位

最後はまったく時計は見なかったので、フィニッシュでようやく時計を見ると、昨年より13分速かった。いくつもの想定外、特に最後のロストがあったけど、タイムは少し縮めることができた。反省点はあるけど、合格点だろう。

順位も少し上がった。でも年代別は昨年と同じ4位。残念ながら表彰はまた逃した。

きついコースだけど充実感の大きい大会だ。よくここまで準備できたな、と我ながらゴール後に一人目頭が熱くなった。

昨年はフィニッシュ後の脱力感と筋肉痛で暫く動けず、風呂前に体が冷えてしまったので、今年は早めに荷物を引き取って風呂に行く。足の爪がひどいことになっていたけど、それ以外の筋肉痛は想定の範囲だ。風呂から上がって体育館に戻りとりあえず仮眠した。

反省と今後

今年のレースは、体力的には良く準備できていたと思う。昨年悩まされた胃腸の不調もなく、ペース的には2,3%は早く進めていた。
残念ながら、コースロスト3回、ライト紛失とライトの消灯による失速などトラブルがあった。もっともこれは事前の準備で解決できる部分もあった。

一つは、ザック。未だにノースフェースのマーティンウイングの古いタイプを使っており、全面のボトルポケットがないタイプ。水を背面に入れるとどうしても落とすリスクがあるし、また前面にポケットが少ないので、レース中後ろのカバンを開ける回数が増える。それだけ紛失リスクは上がるし、無駄な動作も増える。
今の時代主流のベスト型ザックを事前に手に入れるべきだった。

もう一つはヘッドライト。後半2回のロストは、手持ちライトのロストの影響もあるが、ヘッドライトがあまり性能が良くなく、視野が狭かったことも影響してるだろう。接触不良でなんども消えたヘッドライトも、レースの賞品でもらったものであり、それほどグレードの高い製品ではない。後半のレースペースを意識するなら、やはり輝度を高く保てる製品をもつべきであろう。

また、地図も今回は家のプリンターが壊れていた関係で、セブンイレブンで白黒印刷した地図をもっていたが、これが見にくかった。そのため夜にはカバンにしまってしまい、見ようという気が起こらなかった。地図をみていたら、もしかしたら、もう少し冷静に動けたかもしれない。これも微妙に準備の甘さが影響したかもしれない。

あと、今回の靴はモントレイルのバハダだった。UTMF2014から100km以上のレースは3回SportivaのBushidoを愛用していたが、100キロ以上にはやはり少し負担が大きいように感じ、変えてみた。本当は他のメーカも試してみたかったのだが、限られた時間で靴のリサーチができず、失敗しない無難なモントレイルにしたこともある。
結果的には失敗ではなかったが、もう少し他の靴を試してみたい。

次はUTMF2019の当選が課題、10月は少し休んで11月から半年計画で準備したい。









 

武尊山スカイビュートレイル2018 120K その2 レース前半

スタート 川場村中央公園 AM5:00  

今年は雨も降っておらず、寒くも暑くもないちょうど良い気温。走り出しの身体は比較的良い状態。薄暗い田舎道を縫ってぼんやり黒い塊となった里山に向かう。あまりスピードを出しすぎないようにロード区間を終えて林道の登りへ。

比較的走りやすいなだらかな登り。徐々に明るくなっていく中、走りやすいトレイルが続く。自分の調子がまだつかめないので心拍を見ながら自重して進む。123のロード区間を過ぎて、121過ぎの切れ込んだ沢を下り登り返してA1に向けた下りのロードへ。身体の動きは悪くない。


A1 川場スキー場第4駐車場 1:30:51 54位

時計を見ると、昨年より6分近く速い。それほどペースをあげたつもりはないが、今年の方が体の動きが良い分いいペースで来てたのか。ここはバナナと水の補給で数十秒でにエイドを後にする。

ここからは剣が峰に向けた急な登りが続く。初めから無理せず早歩きに移し、つづら折りを延々と登っていく。ここでも心拍を150以内に収めるよう気をつけて登る。
登りは飽きるほど長いがまだ疲れる距離でもないので淡々と登る。
やがて視界が開けて森林限界を超え、剣が峰の頂上が見えてくる。このあたりどちらを見ても見事な景色。はるか遠くのスカイラインまで綺麗に見える絶景。レース中に遭遇した景色では今までで3本の指に入るかもしれない素晴らしい眺め!
頂上は2時間57分で通過。昨年より7分ほど速いタイム。


一転110付近の下りは、岩場と泥濘の急斜面で去年と同じような状態。脚を大きくアスレチックに使う下りはあまり得意でない。焦らず手足を使って木の根岩に掴まりながら降りていく。
結構しつこく厳しい傾斜が続いて、だんだんいやになってくるが、やがて斜面はゆるく走れるトラ―バースのシングルトラックに。2,3回渡る沢水の一つで手足と顔を洗ってリフレッシュ。
砂利道に出てそこからは重力を使って適度にスピードに乗ってW1へ。


W1 3:44:05

昨年までは、給水所は水しかなかったが、今年はクエン酸入りのメダリストが支給される。これがレース中に飲むと本当においしい。A2までは短いので、飲んで補給するだけで次に向かう。
ここからは下り基調の舗装道。あまり無理して飛ばさないようにだけ気を付けて快適に。


A2 宝台樹スキー場 4:08:17 IN 4:12:46 OUT 29位

ここで昨年より13分速い。
次はレース前半の最難関の武尊山。途中W1を経由するがそこでの補給の量は望めないので、ここで2つのボトルを満水にし、トイレにもいって4分ほどの休憩。

エイドを出ると、スキー場を遥か直登していくコースが、でーんと眼前に現れる。登っている人はポツポツ数人見えただろうか。昨年はここで10-20人は見えたので、今年の方が通過時間が速い分、人がまばらなのだろうか。

ひたすら歩いて登る。途中、コースは目前の山を左に巻いて登っていく。前も後ろもはるか先が見えるが、どちらの選手も間隔はあまり変わらない。マイペースでひたすら我慢。

99付近で登り切るとオープンの尾根道を下っていく。途中砂利道になって、すぐにW1からA2に向かう道に合流する。97付近。ここではA2に向かう沢山の選手とすれ違う。すぐに許田君とすれ違った。元気そうに見えたが、彼の昨年のタイム(23時間代)からすると、やや遅いペースで、どうしたんだろう?とちょっと不思議に思う(レース後彼によれば、トレーニング状況を鑑みて前半を抑えたようだ)


W1 4:58:33

メダリストを飲んですぐに出発。
エイド直後に、女子選手にすっと抜かれる。昨年優勝の大石さんだった。細い身体でゆるい登りの舗装道をすべるように走っていく。はじめ少しペースを合わせてみたが到底無理だと感じてすぐ前に見送った。さすがに女子のトップ選手である。

93付近で道は砂利道から登山道に入りシングルトラックへ。登り口で前に女性が歩いているのが見え、おや、大石さんかな?と思ったら背格好は似てるものの違う選手で、加藤さん(女子3位)だった。
やがて加藤さんに追いつき、少し並走する。その先は武尊山まで前後するものの概ね見える距離でご一緒した。
途中、ポツポツと選手を抜いたが、あまりペースを変えず淡々と登っていたように思う。
途中91付近で稜線から離れ笹やぶの中の道へ。本当によく切り開いたと思うけど、藪の中で視界も悪く急斜面、刈った笹と泥濘で滑りやすい地面、非常に根気のいる区間である。
それでも、我慢しているとやがて頂上の声が聞こえてきた。
武尊山の山頂は6時間44分。昨年より16分速いタイムだ。やはり今日は昨年より少し調子が良い。21時間も現実的な目標に思えた。

稜線に出ると、それまで目前にいた加藤さんがすっ、と見えなくなった。僕は登りから下りへの切り替えが苦手なようだ。筋肉がパンパンな状態からぐに下りに対応できず、数分の切り替え時間が必要になる。たいていそこで前の人に置いていかれる。

それでも、89付近、素晴らしい眺めの中登山客に道を譲ってもらいながら、一人で気持ち良く2000mのトレイルを楽しんだ。

ここからの区間はほとんど前後のランナーを見なかった。A3まではきついコースではないが泥濘がひどく、途中86付近だろうか、うかつにも転倒、全面から倒れて右脚の膝を強く殴打してしまう。からだは泥だらけで、膝もじーんと痛みが走った。幸い岩でなく木の根にぶつけたので切れてはいない。ペースを落として歩きながら痛みが引くのを待つ。ここまで順調だったレースに少し狂いが生じた瞬間だった。

しばらく歩いてからペースを戻して走り始める。そのまま元のペースをつかめないままにA3にたどり着いた。


A3 武尊牧場キャンプ場 7時間44分27秒 22位

ここまで昨年より16分ゲイン。水分とエネルギーをしっかりとる。

荷物を降ろすと、この日この後何度も悩まされる想定外の一つ目に出くわした。

背中のザックポケットに入れていた600mLのボトルがなくなっていた。どこだろう。おそらく木の根を潜る時に擦れて落ちたのだろうか。
幸い500mLのボトルの他に、300mLの予備ボトルを持っていたので、合計800mLはある。これ以降のエイド間はこの量の水で走らなければならない。幸い1日の暑い時間帯は過ぎており、この後気温は下がっていく時間帯なので大きなトラブルがなければ大丈夫だろう、と気を取り直す。

ペースが昨年より速いので疲れが少し心配になるが、今のところ闘志は衰えてない。
3,4分の休憩で次に向かう。

エイド後にキャンプ場内の道を進んでいく。ここで2つ目の想定外。
次のエイドまでのコースを思い出しながら進んでいると、ふと道の方向が昨年の記憶にない方向に曲がり、遠くにA3にこれから入る選手が走っている姿が目に映った。あれ?なんかおかしい。
慌てて元来た道を戻る。先ほどのエイドで抜かした加藤さんも、おかしいと気づいて戻り始めた。
どこかで曲がりを見失ったのだろう。2、300m戻ると右に曲がる矢印を見落としていることに気づいた。推定ロスタイム4分程度。しまった、ここまで順調にタイムを稼いできたのに、、勿体ないことをした。

あまり落胆しても仕方ないので、景色を楽しみながらゆるい砂利道の下りを快適に走っていく。82,81,やがて道は登りになり、そこで加藤さんに追いついた。
歩くペースは加藤さんの方が速い。その代わり僕はだいたい3分の2を走って残りを歩く。トータルのペースはあまり変わらず。
たわいもない会話をしながら、次の難関に向けて進んでいく。

78でスキー場の直登が見えてきた。昨年の記憶で辛い場所ベスト3に入る。脚の関節が固いせいか、急な登りに弱い。なので、無理せず斜めにジグザグに登って使う筋肉を微妙に変えて紛らわす。前を行く加藤さんと着かず離れず、黙々、淡々と登っていく。

この急登ははじめは絶望的に感じるが、冷静に時計を見れば約20分である。300mの標高差を登り切ると77でスキー場の下りコースに入る。今後は急斜面と緩斜面のコンビネーションで、急斜面はブレーキをかけて走るのがつらくなる。延々と下っていくうちに大腿二頭筋に疲労がたまっていくのをヒシヒシと感じる。

ようやく下り終えて、73の集落の間を抜け、再びスキー場の登りに取り掛かる。このあたりでずっと前を行く加藤さんを抜いた。また急登をジグザクと登る。もういい加減いやになる頃に頂上につき、72からスキー場の下りになり2kmほどでA4につく。ここでは、かの奥宮さんがマイクで励ましてくれながら出迎えてくれた。


A4 片品高原スキー場 9:32:26 22位

昨年より14分ゲイン。途中ロストした分でゲインが初めて減ってしまった。
疲労感はまだなく、食料補給と水分補給でここも3,4分でエイドを後にする。

エイドから66付近までしばらくは平らな農道の道。ポツポツと70Kの選手を抜きながら走る。昨年の記憶ではすでに辛さを感じた記憶があるが、今年はまだそれほど辛く感じない。やはり昨年に比べれば良い状態だろうか。
このあたりからは周りの選手というよりも、自分の昨年のタイムをベンチマークとして走る。

やがて林道の登りから、65付近でシングルトレイルの急登に移る。ここも結構きついが、最後の手ごわい尾根を越えると63あたりから尾根の下りのトレイル。オリエンテーリング的に快適なリズムで得意な下りだ。最後は泥の急斜面で沢山の70Kの選手を沢山抜いてW2に入る。


W2 十二様 10:50:42 19位

ここでのゲインは17分に。水の補給をして直ぐに次に向かう。

再び砂利道のゆるい登り。もう一度山を越えるとドロップバッグのあるA5につく。いわば前半最後の難所といったところか。
ここの登りは2段になっていて、400mくらい登った後に一旦平らな林道があり、さらに200mくらいの登りがある。
昨年の記憶では一段目にきつい記憶がなかったのだが、今年は1段目の途中(60付近)で疲労を感じてペースが鈍りはじめた。心拍があがらなくなり、すぐにおかしいと気づく。A4を出てからあまりきちんとした補給が出来ていなかったせいだろうか。羊羹を食べてエネルギーをとり、いったん落ちたペースの回復を待つ。やがて59で平らな林道に出てゆっくり走り始めると、エネルギーが身体に行き渡ったのか、体が復活してきた。

57で林道から最後の急登の道に入った時、もはや夕暮れ時に移っていた。とぼとぼ歩いている120Kの選手を一人抜かす。走ることはほとんどできないが、一歩一歩しっかり登って頂上を目指す。

やがててっぺん56から下りに移ると、今度は今までにない急傾斜の直滑降コース。足でブレーキをかけるので精一杯という斜面が続く。ここもこのレースの難所の一つだろう。足の悲鳴が聞こえ始めた頃に斜面が変わりはじめ、やがて快適なスキー場の緩斜面になる。ここでもう一人120Kの選手を抜かした。

信越100mile 2022

<レースの記録を忘れていたので後から記載>  START 18:30  日没して約30分、暗闇の中スタート。序盤はスキー場の中の登りとトラバースを繰り返す。 2,30分で下りからロードに出てそこからは比較的平坦のパートが続く。1時間30分くらいで斑尾山に向けて急登が始まる。...