金曜日, 6月 04, 2010

引っ越し


住み慣れたアパートから引っ越すことにした。

今の部屋は6年半住んだ。結婚前、部屋を探していた妻が「いいところがあった」と一緒に下見に来た時は、正直なところ「えっ」と思った。細い路地の奥に住む老夫婦の持ち家の2階が貸部屋になっている。今まで見たことないほど急で薄暗い階段を登り、狭い玄関から覗くと奥の部屋の窓を通じてすぐそこに隣の家が見えた。ちらしに書かれた文字は「2K 29m2」
確かにこの近辺の相場は安くはないけれど、もう少し広くてこぎれいなところでも贅沢とはいわないのではないかと。

でも結局その部屋に住んだ。もう覚えてないが、誰かに「貧乏するなら若いうち」と言われ、それもそうだと頷いたからである。はじめから快適で広い住まいに住んでしまえばそれに慣れ、次はもっと良いところに住みたくなる。でも若い夫婦や小さい子連れなら狭い古い家での生活も楽しい思い出になるよ、と。
もっとも安月給のサラリーマンだったからもともと住まいに高望はできなかった。二人で海外遠征したり、遠路の大会や合宿に出かけていたのだから、給料はそういう方向につぎ込まれてたし、その分住まいは少し我慢してどうせなら貧乏暮らしを楽しんじゃおっか、とそんな乗だった。

かくて4畳半の居間を中心とした生活がはじまった。この界隈は品川からひと駅と交通の利便が良い場所だけど、庶民的で下町的な風情の残る地域でもある。猫とお婆ちゃんの多い街、庭つきの広い家なんてまったく見かけず、細い路地があちこちに入り組んでるし、軒先が重なるように所せましと家が建っている。庭がないからみんな手入れもされてないプランターを路面に並べる。朝になると3軒隣から、がっちゃんこ、がっちゃんことプレス機のようなものがフル回転してる音が響く。

3年くらい前、娘が生まれてひと段落したころに、そろそろもう少し広いところに越そうか、と話したこともあった。それでも生活に不自由はないし、それなりに住みよかったのでなんとなく話はたち消えた。

その後、2人目の息子が生まれ、4人家族になると、さながら昭和30年代のドラマのような生活になってきた。4畳半の居間での食事は4人がちゃぶ台に肩を寄せ合うように並び、寝室は物置のようになり、夜は2枚の布団に皆で寝転ぶので、最後に寝る人は余った場所を探して寝るようになる。我が家の子は親とのスキンシップが多いように思えるけど、それも空間的に限られた中での生活が原因かもしれない。

そんな生活も慣れると楽しいもんである。飲み会のネタにもずいぶん使った。懇親会で同年代の人と家の狭さ自慢をすれば負けることはない。「いやあ、なんか急に親近感わきました」と初見の人に肩組されたこともあった。どうも見た目は山の手の優良物件に住む輩に見えるらしいので、急に敵対心が和らいで「勝った」感を相手に与えるのだ。宴席の苦手な自分もビジネスではずいぶんとこの手を使わせてもらった。

けれど、やっぱり少しづつ問題点はでてくる。すべての生活空間が一緒なので、子供が寝ない限り自分の時間は皆無、ホームオフィスなんて夢のまた夢である。泣いたり叫んだりする声が狭い家に収まらず近所中に鳴り響く。
でも一番切なくなるのは、広くて快適な部屋に住む友人にお招きいただいた時である。ああ自分ももう不惑目前だし、それなりに人生がんばってるんだから、せめて友達くらい招待できる家に住みたいなあ、と

そんなこんなで探した部屋は2DK。1つ向こうの辻の3階建のマンションである。築年数や広さで少しだけグレードアップ。今までの1.5倍の広さでは4人家族にはまだまだ狭いけど、でもやっぱり自分の収入と子供の幼稚園代を考えるとここが妥協点かなと。

狭い路地で会う近所の人に「さびしくなりますね、ずいぶんとにぎやかだったから」といわれ、つい「すみませんでした」と答えてしまった。 そういえばこの路地の住民はずいぶんと個性的で暖かだった。公明党の勧誘に熱心なおばさん。長い話に付き合わされたけど、気がつけば今まで見向きもしなかった公明党の政策も一応目を通すようになった。娘をいつもかわいがってくれたおばさん。僕より年上の息子さんの出勤を毎日見送る姿には敬服。ついに孫も生まれてたいそう喜んでいたっけ。毎日白シャツの山下清風の大将。パンツ姿で車を洗っていても、近所の人は平然とあいさつする。うちの子供は会うたびにどこから持ってくるのかお菓子やらジュースやらをもらっていた。いつかは高級なウナギまでもらったことも。

引越しの数日前、アパートの部屋の南側の空き地が整備されて公開された。旧JT社宅の跡地を品川区が買い取り、防災用の広場として整備したものだ。児童公園になるわけではなく、クローバーが自生した一面緑の広場。それほど広くはないけど子供には良い遊び場。もう少し今の場所に粘ってもよかったかも、と思わず感じてしまった。
子供たちがこの路地の暮らしを覚えていてくれれば将来きっと良い思い出になるだろう。

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