火曜日, 12月 04, 2007

3000mに考える

強化合宿に久しぶりに参加した。

全参加はWOC2005愛知前の合宿以来、スタッフとしての準備で迎えた合宿だけど、2日間オリエンテーリングとトレーニングのことばかり考えて過ごす時間はとても贅沢に感じる。久しぶりにオールアウトに近いトレーニングをこなし、皆で風呂に入って大盛りの飯を喰らい、まだ暗い早朝からの朝練と、ガッツ溢れる2日間を過ごした。

さて、初日は岡崎総合運動場のトラックで3000m走タイムトライアルを行なった。

「トラックのタイムはオリエンティアにとって重要か?」

古今東西常に議論の的になるこの命題は昨今のNTで再び盛り上がっているテーマだ。

大陸系でのWOCを連続して迎え、走力という要素が今まで以上に包み隠さず浮き彫りになったことが一つの要因だろう。あるいは代表レベルの選手のトレーニング量が、中堅国としては決して見劣りしないレベルまで達しているにも関わらず予選通過の壁を越えられない現状に、避けて通れない一つの突破口として見えてきたのかもしれない。

アメリカやカナダの選手が多く参加する、Attack pointというブログでも、幾度となくオリエンティアの走力について議論がされている。明確な結論は見ないが、多くのオリエンティアが、どの程度のタイムを出せば自分は成功できるのか、明確なマイルストーンを欲しがっているのだろう。


世界のトップオリエンティアの記録を紐解くと、かなりのばらつきがあることに気付く。
3000mを8分そこそこで走る選手もいれば、9分近くのタイムしか持たない選手もいる。大まかにいって同じ実力のオリエンティアでも3000mで最大40-50秒近い差がある。それは世界でも日本でも同じである。

トップレベルのオリエンテーリングといっても、大きく分ければ「ナビゲーションの要素」と「フィジカル要素」がある。後者の「フィジカル要素」も心肺機能、スタミナ、筋力、バランス感覚、運動神経、様々な要素の総合力として表される。3000m走はその中の一つ「心肺機能」を表すVOmax値を示す指標にしか過ぎない。

「風が吹けば桶やがもうかる」といったらやや誇張が過ぎるが、3000m走のタイムから見たオリエンテーリングの実力は、かなり曇ったガラス越しに見えるぼやけた像でしかない。

しかしながら、総論としてはその関係は無視できない。3000m8分のチャンピオンも8分50秒のチャンピオンもいるのは事実だ。9分でももしかしたらチャンピオンになれるかもしれない。しかし9分半の選手はいない。10分では可能性はほぼ0と言い切れるだろう。

今日本は日替わりでトップが変わる混戦状態だ。しかし、3000mのタイムはやはり9分20秒~10分に広く分布する。ほぼ世界+60~70秒に位置する。割合で示すと、12-15%増程度になる。
これは日本チームが良いレースをした時のぎりぎりの巡航スピードとほぼ一致する。個々の選手ではばらつきはあるが全体として見ればつじつまは合っている。
では皆があと3000mで‐5%で走れるようになったら?? オリエンテーリングも‐5%で走れるのではないか? そう考えるのは自然な論理だろう。

こうして考えると、3000mのタイムを絶対的な指標として使おうとするのは適切でない。相対的に3000mの速い人、遅い人では、世界で成功するための目標値に幅が出てくる。そしてその特性は、その人のトレーニング方法によるばらつき以上に個人の資質も影響しているように思う。
つまり予選通過をするための目標となる3000mタイムは、ロードに強いA君にとっては9分20秒かもしれないが、足は遅いといわれても森での動きが機敏なB君にとってみれば10分で十分かもしれないのである。

仮に今3000mを9分40秒で走るA君がいたとしよう。1年後の予選通過を目指し、脚を磨いて3000mのタイムをあげることを目指してトレーニングするべきか、あるいはひたすら森で走って、今の3000mタイムでもB君タイプの選手になることを目指すべきか。

どちらが正しいかはわからない。しかしトラックのタイムをあまりに重視してしまうと、後者の選択肢が無視され、前者ばかりが注力されてしまう。それがトラックタイム重視が孕む危険性なのだ。
本来はその中間に最適な選択があるのかもしれない。森での走りを磨き、結果として心肺機能も強化され、5秒でも10秒でも3000mのタイムが改善されればオリエンティアとしては成功に近い道筋なのではないか。

日本チームの話に戻ると、全体で見れば3000mのタイムは若干物足りない。分布がもう15~20秒程度速いところにシフトすれば、予選通過にしても大分可能性が見えてくるように思う。そのためには、3000mのタイム向上を見易い目標の一つとして据えつつも、森での走りを磨くという我々本来の目的からぶれない様にすることが大切だ。

火曜日, 11月 27, 2007

10Kロードレース

昨年も走った丹沢湖マラソンに参加。

今年も推薦選手として、妻と共に品川区陸上協会の仕立てたバスに揺られて丹沢湖に向かった。

前週の富士のロングOの影響で一週間疲れを感じていたので、目標タイムは低めに35分台を設定。
交通の便がよくないところだけど、3800人もの参加を集めている。天気は快晴で湖面に映る紅葉も美しくなかなか走っていて気持ちのいいコースだ。
ロードレースとしては小刻みのアップダウンが多い湖畔道のコースだけども、オフロードに慣れている選手には適度に使う筋肉が切り替わって飽きがこない。
レースが始まると案の定序盤の2,3kmでHRの上がりが悪いのが顕著。ペースも3'30は維持できず3'35程度のラップを刻んで進む。終盤少しだけペースをあげるが、タイムはほぼ目標どおりの35'29でゴール。

昨年の記録よりも20秒程遅かったが、平均のHRは175と昨年よりかなり低く、体力的には追い込み方は少ない。トータルで見れば昨年より状態はよくなっていると見るべきだろう。

タイムは悪かったが、運良く年代別で6位入賞した。
表彰式では、箱根50KのTシャツを着た3位の選手が声をかけてくれた。
渡辺さんというトライアスロンの選手で昨秋の富士のロングOも走られたとのこと。
何度か見かけたことはある方だったが話したのは初めてだった。
うちよりも少し大きい、かわいい娘さん二人を連れてらしていた。

妻は年代別で7位。昨年より7分もタイムを縮めて45分台だった。
妻との比は今まで陸上、トレイルランは150%、オリエンテーリングは250%という大体の目安があったけど、
とうとう130%を切った。この日は辛うじて勝ったけど、最近、順位で争うと負けることもある。
むむ、伸び盛りなのうらやましいばかりだけど、負けていられない。
一つ走ることのモチベーションが増えた。

火曜日, 11月 20, 2007

心の薬

ここに書くのは一ヶ月ぶり近い。

その間めぼしいトピックがなかったこともある。
全日本リレー以来、トレイルランもオリエンテーリングも一月ほど競技会参加は休養していた。

だけどそれ以上に、精神的に余裕がなかったのかもしれない。

ブログを書き始めて気付いたが、こうして、書いても書かなくてもいいようなことを、パソコンを開いてパチパチ打つのは、それなりに気持ちに余裕がある証拠。
仕事やらなにやらで、時間的にしろ精神的にしろ切羽詰ってくると、気分は乗らないし、文章を考える気力もなくなってくる。こういうことやってる奴は暇な輩だ、とまで思えてくる。

だからこうして今文章を書いているのは、また、心に余裕が出来た証拠だ。

単純だけど、よい走りをすること、結果がでることが競技をやってると一番良いストレス解消になる。

富士のぞんびーずロングで、最近のもやもやを晴らす走りができた。
優勝はともかくレース内容がよい。
ほぼ現状ではベストに近いレース。3時間のレースでミス率は4%台、体力的にも前半は165-170程度のHR、後半も160前後のHRで極端なスピード低下することなく走りきった。
最近、鉛の錘が胃に溜まったような気分とは裏腹に、実際の体重は徐々に減り体が良く動くのを感じていた。直前の水トレでも、20kmのペース走を1人で74分台で走り我ながら驚いた。ロードのタイムも感覚的には上向いている。

もっともウルトラロングという距離とペースが今の自分にぴったりマッチしていたのかもしれない。地図読みにストレスを感じないスピードなので、手続きはとても滑らかだった。
通常のロングやミドルならもっと、もっとスピードが必要だし、そうなるとナビゲーションとの釣り合いも難しくなる。

幸い秋には、下山大会と、越生大会とロング、ミドルのレースが待っている。
ここで、一通りの自分のコンディションがチェックできるだろう。

木曜日, 10月 25, 2007

奥多摩、高尾と表参道

20日は所属するクラブの後輩の結婚式。

娘と二人で参加した。場所は表参道。外苑の並木が目に和む洒落た街並みにあるレストラン。
「きっと奥様のセンスだな」
久しぶりだけど結婚式はいつでてもよい。あまり飾らない自然ないい式だった。
それぞれの人生、人柄、カップルの個性が見えて。
お決まりの、お付き合い秘話は、意外な展開で笑わせてくれた。
久しぶりにビールをかなり飲んで、夜まで頭痛がした。

同じ日、奥多摩では山耐があった。夜はネットで逐次中間速報を見た。
天候がよいせいか、レベル全体が上がっているせいか、タイムが全体的に速い。
熱い想いを山耐に向けている柳や、円井君、の状態がまず気になる。お、まずまずじゃん。
初出場の大助、山田高志もありえないくらいいい位置で走っている。村越さんも大丈夫そう・・・。
床についても、同じ時間に闇夜にライトで走る選手の姿が脳裏から離れない。

翌日、急に思い立って、湘南新宿ラインにのり、高尾に向かった。久しぶりに陣馬往復を走ってみよう。
行楽シーズン、人手は多いが、秋の気候に空気も透き通るようで、低山の広葉樹林を満喫。
最近、なにかと悩むことが多いせいか、緑の風景に余計に心が和む。自然は人にとって大切。

行きは88分台、平凡なタイム。ところが帰りはだんだん調子があがって72分台。
一番調子の良かった20代後半の頃は、よく加賀屋さんと往復していた。
その頃は2時間35分~40分で往復していたけど、
今日の2時間41分は、かなり近いところまできている。ちょっと上機嫌!
山耐のある週末なのにトレイルランナーは沢山走っていた。
トレイルランの底辺は確実に広がっている。

この週末、箱根トレイルにつづいて、怪我で涙を飲んだ妻は、思いの他冷静だった。
エンジョイからアスリートに写る時、いつかは怪我と向き合う時がくる。
授業料を払ったと思えば、安いものかも。
段々成長する妻にうかうかしてられない。
間瀬さんの旦那様のようになる日が近いかも。

水曜日, 10月 17, 2007

トレーニング不足

「10月13日 児童館 運動会」

10月に入った頃、新聞やダイレクトメールの束に混じってピンクの案内が机の上に置いてあった。

妻が普段娘と通う児童館の集まりで、近くの小学校を借りて運動会をするらしい。
まだ、歩くのも覚束ない娘が運動会?

「あら、おゆうぎの練習だってしてるのよ、ねー」

いよいよこういう時が来たか・・・。娘の運動会に参加とはなんとなく感慨深い。
ではお父さん、娘の前で自慢の脚をちょっとだけ披露?、でも若いお母さん方の注目になったらどうしよう??

「狭い体育館の中よ」

そんな妄想は無用よ、といわんばかりに妻が付け加えた。なーんだ。

当日、会場に入ると巨大な保育園状態。娘が出来たとはいえ、こんなに沢山の子供の輪に入るのは初めて。流石に面食らう。なんとなく居心地悪く、はじの方でハイハイする娘の後をちょろちょろ追って暇つぶし。

はじめの体操がはじまった「おふろじゃぶじゃぶ、からだあらいましょ~」

なんだか冷静に聞いてるとへんてこりんな歌詞、年齢不詳の気のよさそうな、でもちょっとあやしいお兄さんがふりつきで踊ってる。後で妻に聞くと児童館にいつもきているお兄さんらしい。

この感覚、というかテンション、さすがにきつい。いきなりはついていけない。周りをみると、お父さん、お母さんはりきって子供と踊ってる。えらいなあ。自分も少しづつテンションをあわせなきゃ。
3番あたりでようやく周りの人に合わせられる。
そのあとも歌は続く。妙に長く5番か6番まで唄ってようやく終了。
ふう。
その後もテンションの高いイベントが続く。はいはいの子から幼稚園の子までいろいろな競技のオンパレード。

娘の出場種目は、手押し車のよちよち競走、玉いれ、おゆうぎ。
といってもなんとなくそれっぽくやってるだけ。
そもそも本人は何やってんだかさっぱり分かってないし、関係ない子は入ってくるし、あっちで転んでぎゃー、こっちでおむつ替えて。。。。 でもお父さんは皆せっせとビデオを撮ってにやにやしてる。おじいちゃんおばあちゃんもきている家族もある。みんな自分の家の子がかわいいんだなあ。もちろん自分もそうなのだけど。なんやかんやいってやっぱり楽しい。娘もなんとなく楽しいことやってるんだ、て少しはわかってるのかな。

平和な風景だよなあ。
午前中で終了。なんか内容の濃い2時間だった。

「このくらいで、つかれてるようじゃ、父親修行もがんばらなきゃね」

帰りの道すがら、トレーニング不足をちょっと痛感。
まだまだ挽回の余地あり。




金曜日, 10月 12, 2007

3000mTT

久しぶりに水曜日の織田でタイムトライアルに参加。

東大現役2年で渋谷で走る会の新メンバー田中裕也君が企画。
真剣に3000mを走るのは何年ぶりだろう?
夏の間の低迷ぶりから、10分切れれば御の字かなあとチャレンジ。

結果は9:50。最後は75'/周で、結構身体はよく動いた。
10年前のベストに比べれば30秒以上遅いけど、今の状態ではまずまず。

終盤競った現役1年の新入生小林君が9:51
彼は高校時代中距離選手だったらしい。なかなか受け答えもはきはきして、面構えもよく将来に期待できそうな選手。
田中君も10分を切り、ジョージ君も10分数秒でゴール。

今年の東大現役はなかなか骨のある選手が多いようだ。
今後に注目。

水曜日, 10月 10, 2007

16番の悪夢

16番に向けてマツクイムシによる立ち枯れが酷い無残な伐採地を見渡した時、その風景に妙な不安が過ぎった。嫌な予感。何がというわけではない。ただ、スウェーデンやノルウェーの森での経験から、オープンと地形がらみのコントロールは落とし穴が多いことを無意識のうちに体得していたからだろう。

7.0km ウイニング45分×3人。平らで走りやすい加賀海岸の森であるが、人工的な微地形と、低い松の枝による見通しの悪さが相まって、全日本リレー史上で最もテクニカルなレースの一つになることがほぼ予想された。MEディフェンディングチャンピオンの東京都は源後-鹿島田-篠原のオーダ。本命とは言いがたいが十分優勝は狙える。

1走は、予想外のオーダーで攻めたライバル埼玉/高橋が2位以下に3分の差をつけて帰還。東京の源後君はトップと6分程度の差で帰ってくる。埼玉を除けば3分程度の差、テレインの性質を考えればほぼ予定通りのいい位置である。2走、3走は相対的にこの手のテレインに強い鹿島田、篠原なので優勝の可能性は十分にある。モチベーション的には非常によいスタートだった。

前半はほとんど同時に出た村越さんと見えたり離れたりの展開。さすがに緊張感がある。走るスピードでは若干こちらの方が速いがコントロール廻りで差を詰められるようだ。中盤に差し掛かるまでコントロール付近で交差する展開が続く。

ようやく中盤の登りでじりじり離してからは、やがて足音は聞こえなくなる。その他2つの神奈川チームを抜かし、順調に順位は上げる。ほとんどミスらしいミスもない。CC7に続いて脚も良く動く。減量1.5kgの効果だろうか。ペースはしり上がりによくなったころ、リズムの変わった15番でとうとう6分以上前に出たはずの埼玉/新さんの姿を見る。
自分の調子はほぼ完璧。トップで出た6分前のライバルチームに追いた。残りはまだ1/3のこっている。
「よし!」15番の脱出から走る力がさらに漲ってくる。そして運命の16番。
ややロングレッグでコントロールは平らな伐採地にある人工的な細い尾根。明確なアタックポイントはないが、平らなオープンの端に位置し、地形的にも近くに行けばナビゲーョンできる程度の特徴はある。15番を出たときにチラッとコントロール廻りを見てそう判断し、「自分のナビゲーション技術の範囲」と判断すると、手前の道までラフオリエンテーリングで後続の埼玉を離しにかかった。


遠くまで見通せる平たく広いラフオープンは伐採された松の枝で荒れており直進することが難しい。冒頭の不安を感じたのはこの時。しかしその直感から自らを律し、リズムを変えることはできなかった。後ろの埼玉を離したいという誘惑を好調な身体が後押しする。予定した道に乗れず、位置は大まかにしか把握しないまま、大まかな方向を合わせてスピードの維持に努める。

漠然とした不安は現実になる。コントロール手前の道に近づくにつれてイメージが合わないことに気が付く。自分の想定では、道を越えても左右前方に広いラフオープンが続くはずである。コントロールは右奥のラフオープンの角に向かい、斜面の緩急を合わせて捉られるはずだった。しかし眼前はラフオープンと呼ぶには木々が生えすぎている。境界は極めてあいまいだが左手の方は開けていて、右は完全な森だ。一旦、道を超えて入りかけるが、完全な森の中を進んでいる。右手に大分ずれた可能性を考えて右手を見る。ずれているとすれば道が直ぐ見えるはずだ。しかし道らしきものは全く見えない。第一道に近ければ斜面がもっと落ち込んでいるはずである。
埼玉も後ろで地図を見て往生している。

考え直してみろ。まずコントロールはオープンのはじだ。君の居るところは森の中だ。地図を見ると? 来た方向が間違ってなければ、①コントロールより右にずれているか、②行き過ぎているか。その二つしかない。前者は、先ほど可能性がないことを確認した。では行き過ぎている?道の本数を数えてきたはずだ。しかし歩測はしていない。もしかしたら気が付かないうちに道を通り越していたら?地図が変わっているかもしれないとテクミでいっていたじゃないか。でもそんなに距離を行き過ぎているだろうか。


もうワンステップ消去法を理論的に重ねることができたら、ミスは1分で済んだだろう。消去法で、自分が行き過ぎた可能性を消し去ることはできたはずである。行き過ぎていれば前方に明らかに尾根が見え、森の様子も違っていたはずだからである。
この段階であればゴールタイムは45分前後で、東京都に優勝の可能性もわずかながら残す位置だった。
しかし、悲しいかな、詰めは甘く、ここから理論的なリロケートは破綻する。動き出してしまった。自分が行き過ぎているか、それているか判らない状態のままに。仮説を立てることなく。

いつしか埼玉の気配は消えた。

遥か遠くのコントロールが目に入った。広い伐採の中にちょこんと置かれたそのコントロールに本能的に吸い寄せられる。そんな平らなところに自分のコントロールがあるわけないことは頭が理解しても、脚は一抹の望みを求めて向かってしまう。リロケートが破綻した時の一番悪い症状だ。131番。1つ違い。会場で待つメンバーの待ち焦がれる姿が頭をぐるぐる回る。風の音がひゅぅと耳をかすめ、動悸が身体を伝って聞こえてくる。

ここで最悪のシナリオを避けるべく決断をする。リロケートすべき手段を失った自分にはもはや理論的な手法は取ることが出来ない。そう判断するだけの最小限の理性は残っていた。だとすれば最後の手段に出るしかない。

はじめに迷い始めた道に戻り下っていく。道を下り、2つの十字路付近の特徴物を確認する。数百mの移動でようやく自分の位置がわかった。そして迷い始めた最初の位置はほぼ、ルート上で正しかったことを知る。ショックを受けながら、反対側からコントロールにアタックした。前方からははるか前半で追い抜いた神奈川の武田がちょっと驚いたように、でもニヤっと笑いながらアタックしてくるのが見えた。


区間タイムは8分53秒。4分30秒のミス。

その後のレースは精細をかきながらも崩れることはなく何とか3走の篠原にタッチした。

さすがにゴール後はショックに呆然とした。全日本リレー、クラブカップリレー合わせてかれこれ30回近く出走した。その中で一度として大ミスを犯さないことが自分の中でのリレーを走る自信であり、その安定性が競技者としてのアイデンティティーだった。トップと6分差というタイムはそれまでの自分のジンクス、自信を崩してしまう、とてもショッキングな出来事であった。大げさでなく、6月に手にした個人のタイトルも帳消しにしてしまう、ナイトメアだ。


その後3走の篠原が2つ順位を上げ、東京は4位だった。結局2,3走の2人が実力を十分発揮できなかった東京は、優勝の埼玉から10分近い差をつけられた。

何がまずかったのだろうか?


コントロール付近のラフオープンが予想以上に不明確で、ナビゲーションには使いにくかった。あるいは伐採等による森の変化がある、という情報が混乱を増幅した。もちろんそういう要因もある。ラフオープンのとり方が自分にしっくり合わなかったのは確かである。しかしこれらは自分ではコントロールできない外的要因。程度の差こそあれオリエンテーリングという競技が本質的に内包するリスクだ。これらのリスク要因をヘッジして走る術がなければ強い選手にはなれない。
前のコントロールで埼玉に追いついたことが、集中力を低下させたこと、これが大きな敗因だ。もし、もう少しあと2,3%でもスピードを落とし、より自分の位置を狭い範囲で捉えて16番に向かっていたらどうだっただろうか。おそらく同じ場所を走ったとしても、手前を横切る道の距離感、植生情報だけでない地形の情報など、現地の様子をいろいろ目にしていたはずだ。そしてそういった情報を、重層的に利用し、後になって理論的リロケーションをする際の鍵と出来ただろう。
冷静に考えれば、6分前スタートの埼玉に追いついた時、自分はその埼玉を意識的に離す必要はあっただろうか。確かに3走の埼玉/坂本と東京/篠原の現在のコンディションを考えれば2,3分のゲインは欲しい。しかし状況を考えれば心理的にはこちらがどう考えても有利な状況である。追いついた側がリスクを犯して離す意義はなにもない。他のチームとの差を少しでも縮める/広げる意味でも自分のレースを貫くことがもっとも的確な選択だったはずだ。
そのタクティクスが自分の中で十分に意識されてなかっただろう。

もう一点副次的な反省点を挙げれば、理論的なリロケートが破綻するのがあまりにも速かった。もう1分地図と現地を辛抱強く見れば、傷はもっともっと浅かった。これは最近のオリエンテーリングの経験の薄さが露呈した。場数を踏んで不意の自体にも冷静さを失わないメンタルマネージメントの問題でもあろう。

しばらくトレイルランにうつつを抜かしていた。 トレイルランは単純明快ですがすがしい。体力の不足を隠すことは出来ない。それはそれでオリエンテーリングにない厳しさがある。トレイルランを通じて得たメリットも十分にある。

だけどオリエンテーリング特有の、この難しさ。集中力を保つことのできるぎりぎりのスピードを表現する戦術、これまたとてつもなく難しい。そして面白い。このバランスを本当の意味で体得しなければ強い選手にはなれない。自分はまだまだ詰めが甘い。「まだまだ青いな」自分より4分近い速いタイムで流石のレースをした村越さんに言わた。10年前と会話が変わっていない。悔しいけど苦笑いしてしまった。こんどこそは・・・・。これがオリエンテーリングの醍醐味だろう。

来年のクラブカップはこの加賀海岸らしい。リベンジできるチャンスがあることにちょっとほっとした。

信越100mile 2022

<レースの記録を忘れていたので後から記載>  START 18:30  日没して約30分、暗闇の中スタート。序盤はスキー場の中の登りとトラバースを繰り返す。 2,30分で下りからロードに出てそこからは比較的平坦のパートが続く。1時間30分くらいで斑尾山に向けて急登が始まる。...