日曜日, 8月 17, 2008

25日後の登山

人間は1人1人がブラックボックスみたいなもの。
中の仕組みはそれぞれ違う。まあできのいい部品もあるしそうでないものもある。個性的な部品もある。そういうのを組み合わせて皆頑張ってる。だから同じ刺激を与えてもその反応は人それぞれ。だからこの世界は面白いし、逆に戦争も絶えないのだろう。
だけど時々、同じ刺激に、揃えたように同じ反応が出てくることがある。きっと出てくる過程は様々なんだろうけど、生物学でいう相似性のようなもの?

例えば、WOC出場という刺激で例えると、日本では何故か予選より少し下に結果が収斂する。皆それぞれ部品構成、環境は違うのに。そんなのも一例。
こんなのも一例。WOC後、大抵の人の場合、その後数週間のんびり期間になる。ある意味当たり前。でも、3,4週間くらいたつと、オリエンテーリングではなく、山に登りたくなるらしい。これはきっと有意に頻度の高い反応である。

WOC同僚のブログを徒然に見ていて、なんか笑ってしまった。このお盆山に行った人が多いなあ。それぞれ独立に。そして、自分も時間を見つけて山に登った。

お盆中は2歳の娘と二人で実家に帰省。乳飲み子と格闘する妻に、もう二人の面倒を見させるのは酷だからだ。 
実家とはいえ都会のど真ん中。茹だるような暑さの中では娘連れで外出するのも辛くインドアが基本。五輪のテレビ観戦の他といえば、近所のアンパンマンの映画くらい。そんなお盆はあまりにも辛い。
父母に大分慣れた娘の様子を見て、1日時間をもらった。車を借りて朝2時過ぎに出発、南アルプスの広河原から北岳、間ノ岳へ登った。昼には下山して夕方家に戻る日帰り登山である。
チェコ以来の不整地である。天気も良く景色も最高。実走6時間弱、登りはトータル2000m強だったけど、幸い体も意外と元気だった。
そして久しぶりの筋肉痛がなんだかとても気持ちよい。焼いてしまった肩の日焼けが少々無用心だった。

帰って地図を見ると、「いや、次は日帰りで農鳥まではいけるかも」と段々欲がわいてくる。TJARに出る選手や、あるいは柳下君のような領域にはとても届かないけど、なんとなく彼らの追い求めるロマンをすこし味わったような気がする。


火曜日, 8月 12, 2008

五輪と母と辛口のコメンテータ

北京五輪がようやく盛り上がってきた。


今日は北島の100mの話題でもちきり。あれほど強いと鳥肌が立ってくる。競技者としてただ尊敬するのみ。
僕らの世界でも、ティエリーやシモーネのように、常勝の強さが信じられない選手もいるけど、同じ日本人に、あれだけ勝負強さを発揮した選手がいると、僕らの潜在的な民族的コンプレックスを一蹴してくれる。背が低いとか、寸胴だとかそんなのはいい訳さ、って。

一方、全体的な五輪の成績は前評判に比べると低調らしい。これからまだまだだけど、今までのところ日本選手の成績が期待されたほどでない。

見ていて残念なの確かだが、そこには選手の色々な表情、心境も垣間見えてくる。それはそれで心に訴えるものもある。
例えば谷なんて、今まで正直それ程好きな選手ではなく、4年前連覇したアテネの時もほとんど興味はなかった。だけど今回終わった時の表情やメデ ィアへの毅然とした対応を見て、彼女の背景~子育てのハンディや年齢と戦い~が垣間見えたようで、しんみりと来て涙を誘った。

一方で他国の選手に目を移すと、個性的な選手、素晴らしい選手が世界には沢山いて、ふとテレビを見ながら俄かフ ァンになる。普段馴染みのない国のアスリートの美しさにその国の風土や文化を想像するのも愉しいもんだ。水泳を見ればノルウェーのオーエン選手や韓国の朴選手なんて、伸び盛りの若者らしいオーラがいっぱいでなんとも魅力的ではないか。

ナショナリズムは感じるけれど、日本チームのメダルはメインディッシュではな い。スパイスとまではいわないけれど、他の見方がたくさんある。

ただそういう楽しみ方はあまり一般的でないらしい。
「やわらちゃんは金じゃなきゃものたりないな」、無神経なコメンテータの言葉に驚いた。女性アスリートならではの苦労も想像できないのか。
あるいは、昨日実家で本を読んでいたら、テレビを見ていた母が興奮して「やっと 金メダルとったよ!」と知らせに着た。彼女には、「誰」が「なんの競技」で「どんな風に」優勝したかは問題ではな く、日本に初の金メダルが訪れたことが重要なのだ。

別に母を責めるつもりはなし、コメンテータの言葉も評論の一つ。メダルの数勘定に忙しいメディアを通じた今の日本は全体的にはそういう傾向にある。いやむしろ考えてみれば、メダルという結果重視の見方、世間の厳しい目が、スポー ツに対する正しい見方なのかもしれない。

僕の場合、そういう見方に辟易してしまう。しかしそれは、自分が競技で成功することの難しさ、色々な矛盾を感じ、結局克服できなか ったことで、五輪でも失望した競技者への共感を生み、敗北への許容を生んでいるのだろう。

シュートを失敗して、この世の終わりのように天を仰ぐ選手。
「なーにあれ、へたくそ、ぜんぜんだめじゃん」、テレビを横目で見ながら一蹴する母。
あ~、自分は絶対にあんなこといえないなあ。あのプレーだって、何百万人の選手から選抜された素質が、それこそ何万回の練習を繰り返した結果だと思うと。

でもそれは、アマチュア的な、主観的な「がんばった」を軸に評価する甘い見方なのだろう。

渡る世間はなかなか厳しい。

自宅や実家で娘の面倒を見てのんびり過ごす週末を送っている。大分リラックスした、いや、もう少し正直に言えば怠惰な生活をしている。
WOCを目指してトレーニングしていた時、自分は生き生きとしていた。そう2歳分くらいは若返っていただろう。その反動で終わった直後は脱力感で生気が消えた。数日で一気に3歳分くらい老け込んだ。

結局差し引き実年齢分歳とって辻褄はあってるわけだ。それをこの10年以上繰り返してきたのだ。

この数日、ようやく急速な老化進行が止まった感がある。五輪を見て元気を取り戻し た。
そう、そろそろせめて数ヶ月分くらいは若返えろう

水曜日, 8月 06, 2008

第二子誕生

予定日より2週間早い帝王切開なので、2600gとだいぶちびで生まれた。娘のままごと人形と殆ど同じ感覚。良く生きてるよな、この大きさで。

それでも、おやじの放蕩生活なんてつゆ知らず、のんびりあくびしている。顔や背中にうっすら産毛がたくさん、毛むくじゃら君。僕に似て将来毛深くなりそうだ。

これでイベント尽くしの7月がやっと幕を閉じた。今週中には退院予定。

築30年、居間4.5畳+寝室6畳の木造ボロアパートでいよいよ親子4人の生活が始まる。
軒が重なる懐かしい下町風情の街並みとはいえ、流石にこのままじゃ昭和30年代ドラマ。
Always三丁目じゃあるまいし、もう少し広い家が必要だなあ。



金曜日, 8月 01, 2008

WOCの写真

チェコのWOC期間中に、カナダチームのWil Smithと、Holgerが写真を沢山撮ってました。「Attack Pointから見られるよ」と教えてもらったので見てみると、かなり沢山の写真をとってます。しかも上手い。

オフィシャルサイトよりいい写真多いかも。

見てみると日本の選手も結構います。

日曜日, 7月 27, 2008

A Day in the Life

朝4時前にセットしたアラームが鳴った。寝過せないという緊張感のせいか眠りは浅かったが、体はだるかったので次のアラームまで数分うずくまっていた。昨晩のバンケットが終わってから数時間、考えてみればさすがに少し強行軍過ぎるかもしれない。これからの36時間の予定を考えて少し後悔した。

---

昨日は最終日のリレー。日本のアンカーとして第3走者を務めた。理由は分からないが身体の動きが悪く、集中力も100%発揮できず、鈍いレースだった。疲労困憊したゴールでチームの面々が快く出迎えねぎらいの言葉をかけてくれた。「ごめん、走らせてもらったのになあ」思わず出た言葉に、「いや、いいレースでした」と力強く答えてくれたチームメイトの言葉に救われる気分だった。22位というリザルトは過去と比べても悪くない。1走、2走の大助、小泉の力走が好結果をもたらしてくれた。反面自身はまったく振るわない走りで脚を引っ張ってしまった。
でも細かい反省は後でじっくり考えよう。とにかくWOC2008は終わった。

旅の終わりはいつも慌しい。レース後の会場はすでにフラワーセレモニーも終わり、後片付けモード。ゆっくりレースを回顧している暇はない。テントに戻り急いで着替えて宿へ向かう。
夜のバンケットまでの数時間で荷造りを済ませなければ。大急ぎで荷物をトランクに詰め込んでいると、「お疲れ様です。」気を利かしたメンバーが人数分の缶ビールを買ってきてくれた。まずは乾杯、ビール缶片手にほろ酔い気分で残りの身支度を続けた。バケット前の慌しい時間を縫って、最後のミーティング。メンバーが思い思いのコメントを綴る。人によっては数年の歳月をかけて望んだWOC2008。その結果を受けてのコメントは人それぞれに重みがある。

さあてバンケット。各チームそれぞれに華やかに着飾ってトラムに乗り街中へ。欧米文化のはっきりとしたTPOを感じる時だ。日本女子もかわいらしいおそろいの服に身を包んだ。男子は?まあ皆それぞれのファッションセンスで。バンケット会場は、街中の建屋の中庭のような空間。料理やビールを囲んで乾杯。なにやら初めに挨拶のようなものもあったが、それ以外のイベント出し物は一切なし。ひたすら飲んで食べる珍しいバンケットだ。


自身のリレーの走りをまだ消化できてないせいだろうか、メダリストを追っかけたり、他国の選手に話しかける元気が沸いてこず、気がつくと1人でぼーと飲んでいた。俊介が話しかけてきた。バンケットの話題はいつも「今後」に収束する。全力でゴールに向けて走ってきた。結果はともあれ誰でもそこで迷う。「次はどこへ向かう?」
お互いの今後について、お互いぼんやりとしたビジョンを話し合った。10時の時計が廻ったところで、酒を控え、宿に向かった。流石に次の日の予定を考えると、無茶はできない。

---

2度目のアラームでようやく体を起こした。鈍く体を起こしていると、まっちゃんが電気をつけてくれた。まだ自分の出発には早いが、見送りにわざわざおきてくれた。彼とは今回10日間ルームメイトとして共に過ごした。ベテランとして同じ方向を目指しつつも、異なる環境とアプローチでこの10年来競技を続けている。それぞれの境遇、今後についてベッドで語り合う機会も多かった。現実を考えれば夢満載の今後でもない。地に脚の付いたビジョン。それもまたWOC期間中の貴重な時間だった。

10日分のしつこい髭を剃り終えてホールに出ると、ほどなく俊介と石山さんも待っていた。予定の4時半。まだ暗い駐車場を出た。一路オロモウツからブルノ経由でプラハまで、約300km。時速120km/h前後で快適にドライブ。途中マックで朝食を取る。10時発の飛行機に乗るため8時前には空港に着く予定だったが、プラハ近郊に入ると渋滞が予想外に酷い。首都高のような渋滞にはまり何度となくハラハラする。ちょっと見通しが甘かったか。
それでも俊介の的確なナビに救われて、なんとか無事8時半にハーツレンタカーデスクにたどりついた。スペアタイヤの装着やクレジットカードの紛失など、旅のハプニングによるトラブルがあり、デスクでの混乱も心配されたが、幸いスムーズに事は運んだ。
便が遅い俊介、石山さんに短く別れを告げ、エールフランスのチェックインへ。のんびり30分待たされるところはやっぱりのどかさが残ってる国である。パリ経由で一路成田へ。トランジットのシャルル・ド・ゴール。加藤とラウンジで夜明けのコーヒーを飲んだのは調度10日前、はるか昔のことに感じる。
翌日のことを考えて成田への機内では睡眠をとるよう心がけるが3時間程度うとうとしただけか。

20代の頃は成田に着陸する時、現実へ戻るギャップに息苦しくなるような感覚を覚えた。例えれば、ビートルズのA Day in the Lifeでポールのコードに遷る瞬間のような、そんな感じ。
しかし今はそれ程の夢をWOCに感じていないせいか、成田に戻る瞬間の抵抗感は少ない。気がつくと今日やるべきことを頭の中で整理していた。

まとわり付くような熱気に出迎えられ、成田の出国はスムーズに過ぎた。飛行機を降りて1時間後には成田エキスプレスの中にいた。午後出勤には時間があるので、一旦自宅に戻ることに。西大井の駅に降り立つと暑い盛りの中、妻と娘が迎えに来ていてくれた。「あ、パパだ!、パパおかえり!」娘が喜んでくれたことにほっとした。人生が僕の20分の1しかない彼女にとってたった10日間は半年みたいなもんだから。
さっとシャワーを浴び、ひとしきり留守中の話を聴いた。お腹の状態があまりよくなく、もしかしたら予定より早く入院することになるかもしれない。今日も午後に病院にいくそうだ。留守中心細かったに違いない。若干後悔の念も浮かんだ。
寝不足と暑さに食欲のわかない胃に素麺を流し込で、小一時間一息してから会社に行く準備をした。
「取りあえず仕事のたまり具合みるだけから」
早目に会社から戻ることを約束して、再び西大井から横須賀線に乗った。


1万キロ離れたチェコの1週間が遠い国の夢物語かのように、日常生活がはじまった。


日曜日, 7月 20, 2008

露・諾・芬・仏・瑞そしてチェコ

WOCも個人種目が終わり、いよいよリレーを残すのみ。

昨日はロングで地元チェコのダナが、ノルウェーのマリアンヌを僅差でかわして劇的な優勝を飾った。チェコは昨日までスプリントでの入賞や、ミドルの銀、銅とホームグランドとしてそれなりの結果を出していたけれど、金をきちんと取るあたりは流石である。
マリアンヌはシモーネ不在の今年にチャンスがあったはずだった。今シーズン不調のうわさも聞こえてきたが、WOCにはしっかり照準を合わせてきた。きっといいレースだった違いない。終盤に差し掛かるパブリックコントロールまではトップだったが、最後に疲労からペースダウンしダナにかわされた。

一方男子は、個人3種目すべてで決勝を走ったスイスのダニエルが、出遅れた序盤から疲れ知らずの走りで後半順位を上げ、2位に1分以上の差をつけて優勝した。
森の様子が映し出された会場のスクリーンでは、、タフガイぞろいの男子選手でも、流石に終盤疲労から厳しい表情でペースの上がらない様子が見て取れた。その中で森の中を飄々とはねるようなダニエルの走りには誰もが唖然としたに違いない。これで個人3種目で2位、4位、優勝。ロシアのアンドレイと共に、しばらく彼等の時代が続くことは間違いない。

この日の男子コース。優勝106分に対し、120分ではすでに34位となる。トップ+20%では出走者中ほとんどビリになる。1995年のドイツでもちょうどそのような接戦となったが、優勝タイムは90分でしかもコースはもう少し易しかった。このような厳しいコースでこれだけ接戦になるのは、やはり世界の層の厚さが少しづつではあるが増していることを示してるだろう。
ここまでロシア、ノルウェー、フィンランド、フランス、スイス、チェコが金メダルを一つづつ獲得。
大国でまだ優勝してないのはスウェーデンくらいである。北欧全盛の時代は遥か昔の記憶。まさに群雄割拠の時代である。

夕方宿に戻り、いよいよリレーの準備。光栄なことに3走を任された。
チームメンバーの山口、小泉は代表では共に始めて一緒に走る。
今日観戦した男子選手のような走りは正直自分にはできないが、予選での走りをもう一度再現すること、そうすれば昨年一昨年の日本チームの成績を越える結果を出すこともできるだろう。
涼しくなった夜に、自分の身体の状態を確かめるため、近くの畑地の中をジョギング。
夕暮れ時の景色が、ちょうどミレーの絵画に出てくるような風景で思わずカメラをとってしまった。

木曜日, 7月 17, 2008

118 4.5

いろいろな趣味の人が世の中にはいる。

ワインを楽しむ人。その香りと味わいに何万、何十万の価値を見出す。
残念ながら僕にはそういう楽しみは味わえないし、多分その価値が分からない。でもその代わり、森の中を走り回って、からからに乾いた喉を70円のピルスナーウルケルで潤す喜びを味わうことが出来る。レストの日に楽しむチェコビール。それも人生の楽しみかたの一つ。
閑話休題
LAPCENTERで予選の解析をしてくれた。感謝。
結果を見てみると、やっぱり自分の感覚に合った数字が出ていた。

巡航スピードは118。ヒートは違うけど大助、まっちゃんの115,116より遅い。その代わりミス率ではヒートでも5番目に低い数字で、改善の余地はせいぜい1分程度。
考えてみれば、日本でも大助やまっちゃんから巡航スピードで2,3%遅れることが多いので、そのままといえばそのままだ。
予選を通るには巡航スピード110で6,7%のミスといったところ。今の日本チームは数%の改善が求められる。


信越100mile 2022

<レースの記録を忘れていたので後から記載>  START 18:30  日没して約30分、暗闇の中スタート。序盤はスキー場の中の登りとトラバースを繰り返す。 2,30分で下りからロードに出てそこからは比較的平坦のパートが続く。1時間30分くらいで斑尾山に向けて急登が始まる。...